始まりの日②〜新城家と川遊び〜
校舎をでて、10分程歩き、タカの家の近くまでついたところで、店の前にいるタカのおやじさんが見えた。
おやじさんは、店の前でうちわを仰ぎながら、暇そうに木製の長椅子に座りながら晴天の青空を見上げていたが、店の前までいったところでこちらに気がついた。「お帰り、レン・ミカチャン・小僧。これでお前ら夏休みだな。あ~ぁ うらやましいぜ全く。俺も休みたいわ~」
こちらにむかって、すこしおちゃらけた感じで、『漠おやじさん』が話しかけてくる。
しかし、店の入り口をふさいでいたおやじさんに、タカは手をひらひらさせ、どくように促した。
「お前も勝手に休めばいいじゃん、話しはいいから・・・邪魔だからどいて」
「全くこの小僧は・・・誰に似て生意気になったんだか・・・」
そういって、おやじさんは重い腰を上げ、入口をふさいでいた長椅子をどかす。
「おじちゃん、おなかすいた~」
「はいよ、今ご飯作るでな、待っとってよ」
ミカにおやじさんが笑顔で返事をした。
タカ・ミカが入口から店内に入っていったあと、おやじさんとすれ違い様に俺は軽く会釈をする。
「いつも悪いっすね。今日も世話になります。」
「なぁに気を遣ってんだ、子供はそんなこと考えず、気楽にいろや」
軽く感謝の言葉を伝えた俺に、おやじさんはやはり、優しい声で反応した。
おやじさんは見た目はとても怖い。190cmはある身長にがっちりした体型。スキンヘッドでさらには、前掛けにはいつも魚の血がこびりついている。知らない人がみたら、間違いなく、元○クザだとおもうであろう。(笑)
俺は小さい頃からタカと一緒にいるためそんなに意識をしたことがなかったが、ミカが初めておやじさんにあった時はそれはもう大泣きをしたものだ。
初めの1カ月程は、俺とタカの後ろに隠れ、一切目を合わせないようにしていたことを思い出し、少し思い出し笑いをする。
店の入り口正面の奥のバックヤードから、2階にあがり、6畳ほどのタカの部屋に入った。
部屋では、すでにタカ・ミカが各々に自分の時間を堪能しはじめている。
ミカは自前のおままごとセットを床に広げはじめ、いっちょう前に今日のシチュエーションをブツブツいいながら考えている。
どうせ後から付きあわされるのだろうと少し憂鬱になりながら、机に座っているタカの方に目をやると、机いっぱいに画用紙を広げ、絵具の用意をしていた。
「やっぱりタカはすげえな・これ何の建物?」画用紙に描かれた古びた建造物の写真をみてタカに問いかけた。
「コロッセオ。西暦80年ごろに古代ローマでたてられた建造物で、殺しあいを行う闘技場・・・知らないの?・・・」俺が知らないことにびっくりしたようにタカが俺に向かって説明する。
「へ~、初めてみた。あいにくうちの死んだおやじと違って、俺は歴史も建造物も興味がないんだよ。(笑)それにしてもいつみても、ほんとにタカの絵はすごいな。細部まで細かく書かれていて、色を付けると本当にパッと見は写真に見えるわ。」
「まあこんな田舎だし、することもないしね。物心ついたときから、じじいがたまに教えてくれてさ・・・まあ5年ぐらいかいてたら、じじぃよりも上手くなってたよ」
タカが才能にあふれている事を俺は少し羨ましく思った。
彼の家系は本当に両極端だ。漠おやじさんと炎斗は根っからの体育会系。炎斗に関しては、ハンマー投げで、国体の記録を持っている程だ。対して、タカとタカの祖父は根っからの芸術派だ。御歳90余りで今でこそボケてしまっているが、祖父は絵画のみならず、彫金師としても活躍していた。彼は祖父の血を濃くうけているのだろう。
絵具の準備を終えたタカが、絵画に色を塗り始めたため、ミカのほうをみる。すると目を輝かせてまだかまだかとこちらを見ていることに気が付いた。俺は腹を括り
「やりますか」と小さくため息をつきながらミカのおままごとにつきあった。
30分はたっただろうか。何度も同じシチュエーションをくりかえし行わされたこともあり、少しなげやりになり始めた頃、1階の台所から、おやじさんの声が響いた。
「3人とも飯だ、降りてこい」
「はーい・あぁ・分かりました〜」3人の返事が重なったが、その時を心のそこから待っていた俺の声が一番大きかったのは言うまでもない。
「いただきます」
8畳の畳の部屋に置かれた脚の短い丸テーブルに4人で食卓を囲み、食事をはじめる。
今日のご飯は、「チャーハン・アユの焼き魚・サラダ」だ。この家では毎食必ず魚がでる。店の横では100㎡程のいけすに、数種類の魚が飼育されており、釣り堀としても活用されている。
先に述べた、「前掛けについた血」も、この飼育された魚を商店で売るためにさばいたときについたものだ。
食事中の会話の大抵は、常におやじさんとミカが占める。
「~でね~、夏休みはあいちゃんと、いっちゃんと、いっちゃんのお母さんと花火をみにいくの~、飴や・綿おかしとか~いっぱい食べるんだ~。おじちゃんいいでしょ~」ミカが目をきらきらさせながら獏おじさんにはなしかける。
「そいつはいいなぁ~おじさんも一緒にいきたいよ。楽しんできなよ。また帰ってきたら土産話聞かせてくれよ」
夏休みの予定をひたすらしゃべるミカに対し、一切のめんどくささも感じさせない、愛嬌のある笑顔で、おやじさんが受け答えをしていた。
小分けにされたサラダをささっと食べ終え、チャーハンに手を伸ばした時におやじさんがタカと俺に話しかけた。
「お前ら、今日の午後は何か予定はあるのか」
「ないけど」
短く一言で返すタカに対し、おやじさんは会話を続けた。
「ないなら、川下に設置してある罠にかかった魚をとってきてくれ。今の時期だから天然のアユが取れているだろう。いそがなくていい。夕方までにかえってくればいいからな。ついでにたまには外で遊んで来い。お前はいっつも家でひきこもっているんだから、ミカちゃんつれて食べ終わったらすぐいけ。いいな!わかったな!」
どうせ、タカが反論してくるとわかっているおやじさんは、一方的に話しをすすめた。
「めんどくせぇ」とぼそっと言葉をもらしたが、鋭い目で見てくるおやじさんに対し、結局無理にでもいかされるのだからとタカはあきらめ、俺とミカに対して
「じゃあ、飯食ったら、部屋片付けて店の前集合な」と一言声を発した。
「じゃあ、水鉄砲もっていこうぜ!」久しぶりに川で遊ぶとなって、少しわくわくした俺は、タカとミカにそう言い、急いでご飯を口に掻き込んだ。
罠が貼ってある川は、おれが毎日登校で渡る橋よりも少し下流に位置する。
タカの家に置いてある自転車にまたがり、俺の後ろにミカをのせた。2台で10分ほど走ったところで目的地の公園にたどりつく。
自転車を公園の砂利の駐車場に止め、自転車を降りると、ミカが一目散に走り出した。公園に隣接した10mほど谷底にあるきれいな小川にむかって階段を駆け下りていったのだ。今日は人が多いな。平日の昼だが、今日が終業式ということもあり、地元の中学からも数人遊びにきているようだ。
タカは背負ってきたクーラーボックスを地面におろし、俺に向かってきた。
「とりあえず俺は、糞おやじの依頼をこなしてくるからな、ミカが危ないことしないように見とけよ。」
そう俺に言い、タカの家で管理している鉄鋼にかこまれた区域の扉を開け網を見に行った。
ミカが下って行った階段をゆっくりと下り、ミカが川辺で魚を見ている横で、立ち止まった。さて何をしようか。そう考えながらタオルを腰に巻き、水着に着替える。
そして「ミカ、汚れるとおじいさんに怒られるぞ」
ミカのそばに行き、頭から下がすっぽりと隠れる少し大きめのタオルをつけてやり、着替えるように促した。
「着させて、うまく着れない。」
ミカが駄々をこねる。
小さなため息を吐き、しょうがなくミカのカバンからアジサイ柄のワンピースタイプの水着を取り出し着させる。
着替えると同時にミカは水鉄砲をもって裸足で川の中に入っていった。
やれやれ、子供だなとおもいつつ、まわりの自然に目を向けた。
ここの川はタカの家含む自治体が管理しており、子どもに本当にやさしいつくりだ。川周辺の鋭利な石は全て排除されており、川の水深は深い部分でも80cmほどである。小さい子供が遊ぶにはもってこいの遊び場だ。まわりには家族ずれや先ほど駐車場にいた中学生が20~30人ほどが各々に水かけや石切をして遊んでいた。
俺はいつも通り、丸くて薄い石を探す。2~3分探すと、川底に、丸みがあり10mmほどの薄くて持ちやすい石を見つけた。
「形はいいけど少し薄いな」
そんな不満を漏らしながら、人がいない上流に向かって水切りをおこなった。
しかし、力の加減を間違える。
俺が投げた石は50m程表面上を進み、対岸の大岩にぶつかって砕けてしまった。
それを見た周囲の人から、「すげえな」と声が漏れる。
「レンちゃんすごいあっちの中学生よりも飛んでるよ。」
まわりが歓喜の目でこちらを見ている中一際大きな声でミカが叫び感動していた。
「別に本気じゃないけどね」
と俺は少してれながらミカに答えた。
事実これでも3割ほどの力なのだが、周りの目がある中ではこれが限界だろう。
先に述べているが、俺は人よりすこし身体能力が高い。50mを全力で走れば、オリンピックで優勝できるほどであろうし、横綱と腕づもうをしたとしてもおそらく勝てるだろう。
これだけの能力があるに関わらず人より少しと言っているのには訳がある。
まわりが全員そうなのだ。目の前にいるミカも、魚を捕りに行ったタカも、レイ姉も炎斗も同じように身体能力が高い。幼少期からこの人たちが周りにいるのだから、俺は特別とはおもっていないのだ。
ふとミカをみると俺のまねをしている。
小石を探し、どれが良いかと悩み出す。
5分程辺りを見渡し、やっと見つけた石を持ち上げる。
しかし。その大きさに驚く。
30cmほどの丸石を両手で持ち、なげようとしているのだ。「私も投げてみる」といい、遠投体勢に入った。まずい・・・さすがに10歳に満たない女の子がこんな大きな石を数十mとばしてみろ。周りの目は一気に畏怖へと変わるだろう。
ミカの投げる手をとめようとしたが、少し距離があったため声をかける。
「ミカ待て」。
しかしすでに遅かった。石はコントロールがなっていない状態で川辺ではなく、
谷上の駐車場にとんでいった。まわりがぽかーんと口を開けてみる中、急いで俺はミカのうでを掴み階段を駆け上がった。
しかしそこで安心する。駐車場ではタカが石を鷲づかみし、こちらをにらんでいた。「何この石、危ないんだけど。殺す気??レン、危ないことしないように見とけっていったよな」
俺とミカにそういって少し説教じみて話しかけてきた。「悪い、気が抜けていた。」と素直に2人で謝罪した。真剣な表情で謝る俺とミカをみて、すこしタカの表情が和らぐ。
「まあいいや。それより帰るぞ、雨降るから」とタカがいう。
「雨??こんなに晴れているのに」ミカが不思議そうにタカに問いかけた。まあ、タカがそういうのなら間違いはないのだろう。彼は感が鋭い、おそらく周囲の湿気や風の状況から何かを察したのだろう。「きたばっかりだけどしょうがないよミカ、帰ろう」俺はなだめるようにミカに言い、一緒に水着から着替える。
5分ほどたったころだろうか、空を見上げると、本当に雲行きが怪しくなってくる。
さすがだなと思いながら、3人で公園を後にした。俺と2人が分かれる橋の途中に来ると、雷が鳴りだしていた。公園にいた人たちも今頃全身濡れているのだろう。
タカの家のほうが近いため、タカが「うちに来るか」と言ってきたが、さすがにシャワーに入って着替えたいと思ったため、断りを入れる。「ありがと、今日は帰る。またな、」そういい俺は家路に向かった。思えばこの分かれ道が、俺の人生を大きく変えたといっても過言ではないのかもしれなかったことに、この時に俺は全く気が付いていなかったのだ。