盲目の魔法
注意:ある日Twitterで「#魔女集会で会いましょう」という素敵なハッシュタグが生まれました。
夢のある素敵な作品が沢山生まれていたので僕もその流れに参加したく本作を作成しました。
沢山の魔女とその眷属(?)達とのイラストやストーリーが発表されていたのでご存じのない方は是非検索を!!
「あなた、目が見えないの?」
魔女は踞る薄汚れた少年に問いた。
「……。」
少年は答えない。
彼女がこの洞窟を訪れるまで溢れかえっていた喧噪は消滅し、静寂だけが二人を包む。
鱗の肌を持つ魔女と物言わぬ少年、二人を取り囲む様に人型の石像が並ぶ。
ここを根城にしていた盗賊達であったそれらは恨めしそうに魔女を見つめていた。
しかしそれらの怒りや恐怖の表情はもう彼女の視界に入っていなかった。
サングラスを外した魔女は踞る少年の前にしゃがみ込み、右手で彼の顎をつかみ顔を上げさせる。
少年の首につけられていたチェーンの首輪が揺れ、ジャラジャラと音をたてる。
その顔には目を覆うように包帯を巻きつけられており、上擦った口元から辛うじて恐怖の表情がみてとれた。
それを見た魔女は笑顔をみせながら静かにその包帯を解き始める。
「じっとしていなさい。」
彼女は期待に胸を膨らませていた。
クリスマスプレゼントを開封する子供のような表情で包帯を崩していく。
少年も抵抗することなく彼女を見上げるように座っていた。
包帯を解き終えた魔女は目を見開いて手を止め、先程までの笑顔を崩す。
「……なによ、これ。」
少年の素顔をみた彼女は静かに手を下ろし絶句する。
それは少年が彼女の目を見て石化しなかった喜びからではない。
瞬間彼女を埋めたのは痛みだった。
本来少年の顔にあるべき二つの目玉は人形のそれに使われるくすんだガラス玉に置き換えられていた。
赤く晴れ上がる瞼、滲み出る血涙の様子からそれが不衛生な環境下で、かつ人為的に行われたことは考えるまでもなく理解出来た。
魔女は改めて周囲を見回し、この少年がここで何をされていたのか推察する。
石像達の後ろには武器や金品があるほかに数多の拷問器具が並んでいる。
この石像達にとってこの少年がなんだったかを彼女は悟ると静かに立ち上がった。
蛇を思わせる這うような足使いで手近な石像に近づきそれの頭部に一指し指を当てる。
「……朽ちなさい、愚図共。」
彼女がそう呟くと石像達は急速にひび割れ、砂となり蒸発していく。
全ての石像達は塵となり、改めてこの場には魔女と少年の二人が残された。
自身に生まれた怒りを霧散させた魔女は再び少年を見つめる。
少年もまたくすんだガラス玉を彼女に向けていた。
それを見た彼女の中には強い同情が生まれた。
自身の呪われた目とは違う、人の悪意によって故意的に創られた彼の目に涙を流す彼女の姿が映っていた。
彼女は少年に駆け寄り、彼を抱きしめた。
少年は抵抗しなかったが体を震わせ動揺を露わにしていた。
「……大丈夫。」
「……。」
「……痛かったでしょ。」
「……ぅ。」
震えていた彼の体は次第に落ち着き、彼女に強く抱きつく。
顔を彼女の長い髪に埋め、涙代わりに鼻水を流しながら彼女に擦り付く。
魔女も一切それに嫌悪することなく、答えるように強く抱擁した。
「あなた暖かいわね。」
冷たく弱り切っていた少年に触れながら彼女はそう口にした。
暫くの沈黙の後に魔女は少年に尋ねた。
「……私と来てくれる?」
「……ぅん。」
少年は彼女の髪に顔を埋めたまま小さく呻き頷いた。
――――――――二十年後。
「ここが今回の魔女集会の会場ね。」
薄暗い森の奥深くにそびえ立つ洋館を前に鱗の肌を持つ魔女と仮面をつけた青年が立っている。
鳥の骸骨を模し毛皮のついたその仮面は彼の鼻から上を覆い尽くし、魔獣のような出で立ちであった。
青年は彼女の手を引き先導するように歩く。
彼女もサングラスで目を隠しながらその手を握り静かについて行く。
「いつも言っているけどいい加減その仮面、外しなさいよ。いつも使い魔と間違われるじゃない。」
「いえ、あなた以外に顔を見せるのは恥ずかしいので…。」
照れくさそうに青年は答える。
「それに私は目がありませんので仮面をつけても支障がないのです。」
口元だけで笑顔をつくり青年は答える。
「折角この集会で治癒魔法を教わって覚えたのに何時になったらあなたは自分に使うのかしら?」
青年は彼女の元で魔術師として成長し、優れた白魔道士となっていた。
その実力は魔女の目をみて石化したものすらその場で元の姿に治療出来る程であった。
それは彼女には出来ないことだった。
「目なんていりませんよ。」
青年は即答した。
「私の姿も見たくないの?」
魔女はからかうように青年に問いかける。
「見えなくてもわかります。」
青年はそう答えると握っていた彼女の手をより強く握りしめる。
「……ふふ。」
魔女も繋いだその手を同じ力で握り返す。
「私もよ。」
彼女は手の中の暖かさを確かめる様に目を閉じる。
「あなたのことは見なくてもわかるわ。」