85 心の底から
前半は蔭道蕾さん視点で、後半は森田広葉さん視点です。
どこからどう見てもあの頃のひーくんの面影がある。
やっぱりこの人が‥‥。
「だ、大丈夫ですか?」
そういえば、いきなり走って目の前に行っちゃったから、変な人に思われちゃったかな?
それに昔遊んでたこと、ひーくんは覚えてないだろうし。
「す、すみません、大丈夫です!」
昔はこんなに緊張しなかったのに‥‥。
今思うとよく抱きついたりなんか出来たなと、昔の自分を恐ろしく思う。
「でもまだ息切らしてるし‥‥ちょっとベンチに座っていてください」
彼はベンチに私を座らせて、走っていってしまった。
え、何処に‥‥。
すると彼は数十秒で戻ってきた。
「はい、飲み物」
「え?」
彼は飲み物を買いに行ってくれたらしい。
私のこと覚えてないはずなのに‥‥。
優しいところは変わってないんだなぁ。
「それで、走ってきたけど、どうかしたの? あ、別に言いたくないんだったらいいんだよ?」
ここまで来ておいてなにも言わないなんてあり得ない。
もう聞くしかない!
「‥‥私の、昔この公園で遊んだ人が同じ場所に居たから」
「え? それはどういう‥‥」
「ひーくん‥‥ですよね?」
◇◆◇◆◇◆
ひーくん。
そう呼ばれたのはいつぶりだろうか。
今では呼ばれていたことしか覚えておらず、誰が呼んでいたか全く覚えていない。
その名前を目の前にいる女の子が呼んだ。
初めはなんで知っているのか少し疑問だったが、顔をじっくり見ると何だか見覚えがあるような気もする。
そして、俺は何故か一つの名前が無意識に口から発せられていた。
「蕾ちゃん?」
自分でも驚いた。
正直、何故こと名前が出たのかもわからないし、あっているのかもわからない。
それぐらい覚えていないのに‥‥。
俺が名前を言うと、目の前にいる女の子の目から涙が頬を伝っているのが見えた。
「は‥‥はい‥‥っ、蕾です。 お久しぶり、ひーくん」
泣いているが、彼女はとても嬉しそうに微笑んでいた。
俺はただただ呆然とするしかなかった。
しばらくして二人とも落ち着いて、ベンチで話すことになった。
「じゃあ蕾ちゃんってことでいいんだよね?」
「はい、そうです」
「でも、ごめんね。 俺あまりその時のこと覚えてなくてさ。 女の子と遊んだってことは覚えてるんだけど」
悲しませちゃったかな、と思ったが、彼女は表情は変わらず、笑顔だった。
「もう、昔のことですから、忘れていて当たり前ですよ。 むしろそこまで覚えていてくれて嬉しかったくらいです。 それ以上にまた出会えたことが、嬉しいんだけど‥‥」
「でもごめんね。 あ、俺の名前まだ言ってなかったね、森田広葉って言うんだ。 いや、昔に知っているのかな?」
昔に名前を言っているのかもしれないからね。
「いえ、私はずっとひーくんで覚えていたので‥‥やっぱり奈留ちゃん合ってたんだね、あとでちゃんとお礼しなくちゃ」
「奈留ちゃん?」
「い、いえ! なんでもないです」
でも、昔に会ってどんなことをしたんだろう、少し気になってきたな。
「もしよかったらだけど、少し昔のこと話してくれない? もしかしたら思い出せるかもしれないし」
「はい、大丈夫ですよ。 えっと、まずはですね───」
その後、蕾ちゃんは俺に大雑把にあった出来事を話してくれた。
自分はそんなことをしたのか、と思う部分が多かったが、なんとなくあったかもというのもあった。
それと何だか話している蕾ちゃんはとてもイキイキしていた。
「───という感じです。 少し飛ばした部分もありますが‥‥」
「うん、大体わかったよ。 この公園でよく遊んでたんだね」
「はい、色んなことをしました」
そうかぁ、昔にそんなことがあったんだね。
蕾ちゃんかぁ‥‥‥‥え、蕾?
俺の頭のなかに一つの名前が頭に浮かんだ。
”蔭道蕾”
あの人が俺に言った、関わるなと言われた人物。
いや‥‥違うと思いたい。
「ねぇ、蕾さん。 そういえば、蕾さんの名字ってなんて言うの?」
違っていてくれ‥‥頼む。
「え? ”蔭道”ですけど‥‥」
ははは、まじかよ‥‥。