322 久々の一人で
『夕闇さん? 夕闇さーん』
「‥‥へ? ど、どうしたの、アイちゃん?」
『どうしたのじゃありませんよ。 さっき陸さんに出会ったあとから、ずっとボーっとして。 笑顔になったり悲しそうな顔をしたり。 確かにあんなこと言われたら気持ちが揺れるのもわかりますけどね』
そうだ、私は先ほどお兄様に会って、何年後でもいいから会いたいって言われて、それが嬉しくて‥‥でも現実は二度と会えなくて‥‥。
私が海外に行くと嘘をついたせいだけど‥‥。
「ごめんね、何だか色々と思うことがあって‥‥」
『いえ、私は別にいいのですが‥‥。 でも、最後に陸さんの気持ちが知れて良かったですね』
「そう‥‥だね‥‥」
お兄様が好きって‥‥それだけで私は‥‥。
『え、戻るための心の準備が出来たんですか? まだ私達の方が準備出来てないんですが‥‥』
「いや、別に今すぐ戻るつもりはないよ? 小乃羽ちゃんにも話してからだろうし‥‥って、準備ってなに?」
『いえ、何でもないです』
確か、今回は私だけじゃ‥‥いや、まぁもしもの時のための準備なのかな?
『夕闇さん、私先に帰ってますね。 小乃羽を叩き起こしてきます』
「え、あ、うん」
これ以上聞かれたくなかったのか、アイちゃんは逃げるように去っていった。
そういえば、本当に一人で外出って結構久々かもしれない。
それだけ信頼を取り戻しているってことなのだろうか‥‥。
‥‥いや、もしかしたら何処かにアイちゃんの分身がいるかもしれないけどね。
「‥‥っ! あ、ごめんなさい!」
何となく上を見てアイちゃんがいないか見渡していると、運悪く人にぶつかってしまった。
完全に前を見ていなかった私の不注意だよね‥‥。
私はぶつかってしまった女の人に改めて謝罪をしようとその人を目を見たとき、何故か私は嫌悪‥‥いや、恐怖するようなそんな気持ちになった。
「私の方こそごめんなさい」
「い、いえ‥‥」
何故なのか自分でもわからない。
どう見たって、普通の人で‥‥。
でも、一刻も早く私はここから離れたかった。
私はもう一度だけ頭を下げて、その人を通りすぎようとした。
「あの」
何故かその人から話しかけられて、無視するわけにもいかないと思った私は振りかえる。
「えっと‥‥何か‥‥?」
「これ、落としましたよ」
その女の人の手には、私が持っていた蕾ちゃんの発明品の腕時計があった。
ぶつかったときにその拍子で‥‥。
「すみません、ありがとうございます!」
私は腕時計を素早く受け取って、逃げるようにして帰った。




