183 誠心誠意
桜の咲く頃が徐々に近付いていた頃。
私は直接お兄様に行かないでと言おうと決めた。
今までは直接的には言わないようにしていたが、でもそれは逃げているだけだと思った。
きっと、誠心誠意お願いすれば、お兄様だって頷いてくれる。
それに今だったらお兄様はまだ桜の約束をしていないはずだし、事前に言えば誘われても断ってくれるはずだし‥‥。
これで最後だと思うと、迷う気持ちとかそんなものはなかった。
私はキッチンでお皿を洗っていたお兄様の元へ向かった。
◆◆◆◆◇◆
「お兄様、少しお話いいですか?」
「どうした、改まって。 恋人か? 兄さんは許さん」
「違いますよ。 それよりいいですか?」
「あー‥‥少し待ってくれ。 すぐ終わらせる」
そして、少し待っていた後にお兄様がキッチンからリビングの方に来る。
「それで、何なんだ、奈留」
お兄様としては何も思い当たることがないわけなので、疑問そうに首を傾げている。
「‥‥お兄様には今後、どんなことがあっても桜を遠出して見に行ったりなどをしないでほしいんです」
言ってしまった‥‥でも、ここで冗談だ、なんて言うつもりはないので、お兄様の反応を待つ。
「‥‥ん? どういうことだ? 別にそんな予定はないが‥‥」
「いえ、予定がなくとも今後あるかもしれないので」
私としてはあるかもではなく、絶対に起こることになっていることだけど‥‥。
でも、お兄様にしたらそんなの知らないわけだから、何を言っても仕方がないが‥‥。
「うん? そもそもなんで駄目なんだ? 占い的なことで見たら不幸になるとかそういうことか?」
それは違うと言いたいが、正直に腕時計のことを話すわけにはいかないので、私は否定できなかった。
本当ならここまできたら全てを話すべきなんだろうけど、蕾ちゃんやアイちゃんが信頼して話してくれているだけで、本来は外部に漏らすことは許さないとかなり前にアイちゃんから聞いていたから‥‥。
「‥‥そんな感じです」
「奈留って占いとか信じてたか? ‥‥まぁ、奈留がそういうならそうするよ。 不幸は嫌だからな」
絶対に疑問だらけだろうけど、無理にでも納得してくれるお兄様は本当に優しいんだなと思い、改めてこの人が好きなんだと実感する。
「‥‥ありがとうございますお兄様」
「よくわからんが、気にするな、奈留」
お兄様が優しく頭を撫でてくれて、まだどうなるかとか未来のことは全くわからないが、その時は久々に心が暖かくなるような、優しい気持ちになれる、そんな日になった。




