170 悲しそうな顔
蕾ちゃんが意識不明になる前の、元の元気な蕾ちゃんがいるということは、時期的にはまだお兄様と磨北さんがお付き合いをする前だということがわかる。
つまりは戻る前にアイちゃんが話したお兄様と磨北さんを引き離して、付き合わせないようにすることが出来るかもしれない日にちに戻ってきたということだ。
しかし、私はそれをしないということを一つ前の時間で話しているので、二人の幸せのために付き合わせないようにするつもりはない。
でも、少しお付き合いするのを遅らせるのは、結果としてお付き合いをするわけだし、問題ないのではないのかと私は思い立った。
少しというのは一ヶ月ほど‥‥桜の花が散る頃。
お付き合いをする前ならば、デートという名目がないので二人で桜を見に行くなんてことにはならないだろうし、付き合った後も桜が既に散っているならば、そもそも遠出して桜を見に行くということにはならないだろう。
つまりはお付き合いはするが、桜を見に行くことのできないようにするのだ。
その事を大まかに話すと、アイちゃんが少し悩むような素振りをした後、話し始めた。
『でも、夕闇さん。 あなた、いつから二人が親密な関係になったかとかそこまで詳しくないんじゃないんですか?』
「うぐっ、そうだった‥‥」
確かに私は二人が付き合いだしたのも、二人から話されて知ったわけだし‥‥。
高校で仲良くなったのは確かだけど、私は中学生でその場にいることが出来なかったから、情報は少ししか知らない。
「あの‥‥奈留ちゃん?」
「ん? どうしたの、蕾ちゃん?」
先程までは隣で無言で座っていた蕾ちゃんが口を開いた。
「奈留ちゃんはお兄さんのこと‥‥諦めちゃったの?」
「それは‥‥」
蕾ちゃんにはずっとお兄様のことを相談してたんだ。
でも、お兄様が付き合うとか、そういうことが起こる前に蕾ちゃんが倒れちゃって、報告も相談も出来なくなって‥‥。
「‥‥ううん、奈留ちゃんにも色々あったんだよね。 私が知らないだけで‥‥奈留ちゃん、ごめんでござるよ、話の骨を折ってしまって」
「いや、全然そんな‥‥」
今の私が勝手に諦めただけで、蕾ちゃんはそれ以前の私を知っているから、きっと驚いているんだろうな‥‥。
私がどれだけお兄様のことを好きなのか、いっぱい語ったから。
でも、磨北さんはいい人で、私は磨北さんのことも大切で‥‥しかし、蕾ちゃんに諦めたなんて言葉をどうしても自分の口からいうことができなかった。
蕾ちゃんも特にそれ以上話すことなくことなく先程までの真剣な表情に戻ったが、私には何だか悲しそうな、そんな顔をしているように見えた。




