140 誰もいない玄関
「お兄様、いってきます」
私は誰もいない玄関に向けて言う。
初めは癖で言ってしまい、何だか悲しい気持ちになったが、今は意図して言うようにした。
あり得ない話かもだけど、お兄様が笑って送り出してくれているような気がするから。
あの日、アイちゃんから覚悟がないと言われた訳だけど、今はどうなんだろう‥‥。
お兄様がいない毎日は寂しいし、まだ夜中色々と考えてしまって涙が流れることもある。
会えるなら今すぐにでも会いたい‥‥でも、覚悟といわれるとまだはっきりとはしていない。
いろんな事がありすぎて、心の整理が出来ていないのだ。
アイちゃんは出来るだけ使わせたくはないだろうから、アイちゃんの方からは聞いてくることはないので、私が言わなければずっとこのままだろう‥‥。
「アイちゃんが言っていたこともわかるし、お兄様だって私に時間を戻してほしいなんて思ってないだろうからね‥‥でもなぁ‥‥」
その後、私は一旦考えるのはやめて、蕾ちゃんの家に向かうことにした。
◆◇◆◇◆◇
「奈留お姉ちゃん、私がやるので大丈夫ですよ!」
「え?」
「あ、料理も私がやりますね!」
「いやいや、小乃羽ちゃんいいよ。 というか、私のやることなくなっちゃうよ」
「そ、そうですか‥‥」
「いや、ありがたいんだよ? 本当に嬉しくはあるんだけど‥‥」
お兄様のことがあってからというもの、小乃羽ちゃんが私のことを気遣って、そして手伝ってくれるようになった。
まぁ、手伝うっていうか全部やるって感じなんだけど‥‥。
小乃羽ちゃんには、小乃羽ちゃんにしかできない仕事があるし、私は出来ることをするよと言ってるんだけど、それでも小乃羽ちゃんは私を気遣ってくれる。
何だか申し訳ないというか‥‥ここまでやられたら長く悲しんでなんていられないな、なんて思うわけで、頑張って笑顔は作ってるつもりなんだけど、今日もまた手伝ってくれる。
「では、何か用事があればいってください! お姉ちゃんにはいつもお世話になってますし、私なんでもやりますから!」
「‥‥ありがと、小乃羽ちゃん」
今かなりうるっときそうだったよ‥‥もし、小乃羽ちゃんが年上のお姉さんなら私は抱き付いて泣いたかもしれないよ‥‥。
『小乃羽、昨日お願いした仕事は?』
「やってません! アイちゃん、今はそういうことをするときではないのです!」
『いや、するときだから』
やっぱり小乃羽ちゃん、かなり負担が大きくなってるみたい!
私も出来るだけ心配はされないように頑張ろう‥‥!




