139 私のため
『ダメですよ』
「や、やっぱり‥‥」
アイちゃんに考えたことを話してみたら、即拒否されました。
まぁ、そんな一回でいいですよと言われるとは私も思ってないけど‥‥。
『お兄さんのことは私も思うことがないわけではないですし、夕闇さん、あなたがまた楽しい日常を送られるならという私もいます。 マスターもあなたが悲しんでいるならとそういう手段を許すかもしれませんし』
「それなら!」
『でもダメです。 夕闇さん、あなたは先程の自殺でマヒしているのかもしれませんが、命というのは一つだからこそ、尊いものなのです。 仮に戻ったとしても、起きたことを意図的に変えるというのはかなり難しいはずですし。 それに、これはあなたのためでもあるんです』
「私の‥‥ため?」
『一度過去に戻って、お兄さんを事故から回避できたとしましょう。 でも、その何十年後かに病気で死ぬ。 お爺さんになって寿命で死ぬ。 その時、また戻るんですか? 事故とは違って回避できないから諦める、なんてことになりますか?』
「その時は‥‥諦めるよ。 理不尽な事故だから諦めきれないだけで───」
『全部、同じ死ですよ。 私は夕闇さんが諦めるとは思えません。 きっと夕闇さんなら何か方法はないかと模索すると思います。 そんな縛られた人生になってほしくないんですよ』
確かに私はその時の感情によってはやってしまうかもしれない。
『夕闇さんが全てをお兄さんが生き続けるために捧げる覚悟があるなら話は別ですが、今の夕闇さんはそうは見えません』
そうだ。 私は思い付きでお兄様が生き返らせることができるなんて考えていたけど、普通はそんなことを考えることすら無理なのに、どれだけの苦労があって、どれだけの覚悟が必要なのか私は考えていなかった。
きっとアイちゃんは私の本質的な部分を私以上にわかっているのだろうな‥‥。
「そう‥‥だね。 ごめんね、無茶なこと言っちゃって」
『いえ、私こそ申し訳ありません。 今一番悲しいはずなのに、こちらとしても叱るようなことばかり』
いや、今はアイちゃんのような言葉の方がありがたい。
周りに甘えすぎなんだよね、私は‥‥。
「ううん、まだ少し未練というか‥‥使いたいって気持ちがなくなったわけではないけど‥‥。 軽く決めることではないってことはわかったよ」
『今はそれでいいと思います。 でも、さっきと違って、夕闇さんが何もかもを捨てる覚悟があるなら、その時はもう一度、私に気持ちを聞かせてください。 その時は私も覚悟を決めますから』
アイちゃんの優しさが私の心に流れ込むような、何だか少しだけ暖かい気持ちになった。




