100 あの頃は‥‥
夜が深くなり始めた頃、案の定というかなんというか、未だ兄さん達は真ん中辺りで、壮絶なビリ争いを繰り広げていた。
たぶんだけど、祈実さんは長く遊ぶために作ったんだと思うが、これはさすがに長すぎるね!
ちなみに、私と信くんはもうとっくにゴールしていた。
まぁ結果は私が二位だったけど‥‥なんか私、二位に愛されてるね。
でも、早く終われてよかったかな。
晩御飯も作らないといけないし。
そんなこんなで、今、信くんと一緒にキッチンにいるわけだけども。
え? これはなんですか、共同作業ですかね?
「奈留さん、切り終わったよ」
「あ、ありがと。 信くん」
あまり、料理を手伝ってもらったりとかなかったから新鮮だなぁ。
昔は一緒に作るとかも憧れたけど、兄さんは、かたくなに作ろうとしなかったし。
「でも、奈留さんって料理できるんだね」
「あれ? 言ってなかったっけ? うん、ほとんど私が作ってるよ」
まぁほとんどって言ったのは、私がいないときなんかに、カップ麺とかを兄さんが作るからっていうことなんだけど‥‥やっぱり百パーセント私が作ってるね!
「お兄さんが作っているのかと思ってたよ」
えぇ、前世では全く、その通りでしたね!
しかし、私が言うのもなんだけど、男の人より女の人の方が料理できるイメージが、私の中にはあるんだよねぇ、兄さんとかを見てると‥‥そんなに言うほど意外かな?
知らなかったら普通は想像通りなんじゃないのかな?
「兄さんは作ろうとしないからね。 まぁ料理は好きだし♪」
「‥‥なんだか、奈留さんが彼みたい‥‥」
ん? 彼?
「え? 誰かと似てる?」
「‥‥ん! いやいや何でもないよ、ははは!」
なんだかはぐらかされてしまった。
自分と似ている人がいるなら是非とも友達になって、辛いことなどを共有したいところだが‥‥。
「でも私から言えば、信くんの方がビックリだよ。 料理できるんだもん!」
「あぁ、それは昔、母さんが花嫁しゅ‥‥」
しゅ?
あれ、固まっちゃった。
「どうかした?」
「いやいや! 花嫁の主人になるんだから、夫も料理できた方がいいっていわれたんだ!」
へぇ、なんだか珍しい母親だね。
祈実さんに教えるならなんとなくわかるんだけど‥‥。
「でもすごいね。 そうだ、ネギも切ってもらっていいかな?」
「うん、いいよ。 そういえば、奈留さん」
「ん? どうかしたの?」
「包丁とかってないの? なんで果物ナイフ?」
‥‥あ、っと一瞬動揺しちゃった、危ない危ない。
目の前に火があるから物理的に危ない。
「あーうん、刃物があんまり得意じゃなくて。 昔は果物ナイフも無理だったんだけど、これじゃあいけないと思って頑張ったんだ」
「‥‥なんだか、珍しいね」
「そうかな? 刃物は誰だって怖いと思うよ」
まぁ前世のことが言えないから、こういう答えになっちゃうんだけど、でも刃物って普通怖いよね?
「それもあるけど、怖くて、よく料理なんてできるなって。 普通ならお兄さんにやってもらおうとか思うと思うけど」
「その時は、そうするべきだって思ってたからね」
何もかも私がすればいいと。
そう、あの頃の私はただ、完璧な妹を演じていればいいと思い込んでいた。
だからかな‥‥兄さんと、一時的に仲が悪くなっちゃったのかもしれない。
「そうなんだ」
「今では後悔してるけどね。 ‥‥兄さんダラけて全然手伝ったりしてくれないんだもん!」
だから、兄さんが作って、私が手伝ったりするっていうことに少し、憧れがあるなぁ。
まぁ、あの頃のことを考えると、贅沢な望みなんだけど。
「でも、そうは言っても、お兄さんに全部作らせようとは思わないんだね」
「うん、そうだね。 だって私が望んだことだから。 ‥‥よし、こっちは出来た。 信くんネギ切れた?」
「え!? いや、ごめん。 話してて全然切れてない」
「ははは、遅いよ信くん」
その後も信くんとお喋りしながら、楽しく料理を作っていった。
いつもよりは料理を作るのが遅かったかもしれないが、こんなに楽しいなら、毎日こうなってくれたらいいのになぁ。