66.魔導士と鉢合わせする
街道の先には馬車降り場。その横に街の正門がある。数台の馬車に追い越されながら、やっと到着した。ずっと街並みが視界に入っていたのに、実際に歩くとすごく遠かった。
しかも柱の陰からこっそり窺うと、常駐の兵士が通過する人々の中からランダムに呼び止めて、身元確認をしているではないか。
街壁の外周沿いを、さらにぐるりと回ることにした。リュックの中を見せろと言われたらお終いだもの。なんでこんな大きな街なのかな、歩きすぎて足が痛くなってくる。
北側の陰った一角、見慣れた小さな裏扉に辿り着く。
片手で木の扉を押すと、するりと開いて呆気なく街の中に入れた。たったの一歩で街壁を通り抜けてしまう。
最初の頃は鍵がかかってないと思い込んでいたのだけど、街壁の結界を一任されていた『しがない教師』いわく、国がお尋ね者として登録した人間には扉を押しても開けられない仕組みなのだそうだ。つまり、街壁自体に魔法の錠前が組み込まれている。
横に掛けてあるタンポポ型の鍵で、住民が扉を閉じるのは夜間だけ。日中はお尋ね者センサーにお任せだから、開けっ放しだったのだ。
じゃあ他の人を先頭にしてしまえば、悪い人も入れるんじゃない? と訊いたら、その場合は街壁の中をくぐり抜けている時空間が広がって、『御一行様、ウェル亀! 激ムズ幻影ダンジョンへ』となる。……爺様の性格、よく出てるわぁ。
ちなみに私みたいな外国人は、国境沿いで厳しくチェックするから、街壁ではノーマーク。
≪ここは……灰色だね≫
街の中に入って、道の石畳や家々を覆う土壁を見渡す。今まで訪れたどの街よりも古そうで、新旧様々なスタイルの建物が混じって乱立している。薄暗い道路も迷路のように入り組んでいて、細くなったり太くなったり。
ちょっと歩いただけなのに、すでに元来た方向がちっとも判らない。ときどき立ち止まってくれるカチューシャを見失わないよう、急いでついていく。
しゃこしゃこしゃこ。
ヤドカリ歩きじゃありません、早歩きです。ゆっくりに見えても、これは絶対早歩きです、と声を大にして主張したい。
歩くのと速度的に違いがイマイチ体感できないが、少なくとも気分は早歩きだ。だって私、頑張ってるもの。
イラついたカチューシャがだいぶ先でじっと睨んでいるけど、早歩きだ、コレは。
中央広場まだかな。いや、早く宿を取りたい。いやいや、まず先にフィオのご飯。どこか果物売ってないか探さなきゃ。花びらも竜的には美味しいみたいだから、花屋さんでもいいかな。
あとちょっとだ私、しゃこしゃこしゃこ。頑張れ私、しゃこしゃこしゃこ。
「わぶっ」
いきなり誰かとぶつかった。行き交う人々の喧噪が聞こえてくる。もう広場だったんだよ、私ってば思考に気を取られすぎ。
「ゴ……ゴメンナサ……」
慌てて頭を下げてから相手を見ると、白いローブのチャラ男。センター分けで、チャドクガの雌みたいな黄色の髪してる。指には趣味の悪いゴテゴテした指輪がいくつも嵌っている。
太い眉もパチパチ睫毛も指の濃い体毛も、髪と全っ然、色が違うじゃん。ニセ金髪でも別にいーけどさ、オシャレは細部に拘るべきだよ。……て、似たようなことをつい最近も考えた気がする。
男は蔑んだ目で私を見下ろし、吐き捨てるように何か言ってきたが、爺様は通訳してくれない。カチューシャは……およ、どこ行った。
同じく白いローブの肥え太った男が、向こうから何か声をかけてきた。目の前の若い男がぞんざいに応答しながら、片脚を引きずって歩きだす。
あ、この人、脚が不自由なんだ。ぶつかって悪いことをしてしまった。
遠くでふんぞり返っている中年男の方は、そりゃもう見事にお腹が出っ張っていて全体的に油ギッシュ。なのに、あのサラサラヘアのおかっぱ頭って、違和感あり過ぎである。
駄目だ、手がワキワキしてしまう。探求してはいけない領域だというのに手がっ。
いきなり強い風が吹いて、髪全体がごっそりカポっと持ち上がった。あ、これ、見ちゃいけないやつだ。
周囲の人たちに遅れること数秒。皆に倣ってさっと視線を落とし、慌てて歩きだす。私、何も見てません。うん、あれはウィッグな風のイリュージョンでございますとも。
果物買わなきゃ。前方に八百屋さんらしき店が見える。
扉を手を掛けたところで、突然あの二人の記憶が蘇った。
そろいの白のローブ。金髪に染めたパピヨン・ホスト。おかっぱ頭の鬘メタボ。
霊山につながった、神殿の地下で、最奥の部屋で、生贄儀式してた、バチ当たり者ども。神殿の上級魔導士だ。
「――――!」
がくっと腰から力が抜けそうになり、開いたドアと柱の間でガタガタとぶつかってはよろめきながら、敷居の上に無様にへたり込む。
奥から心配そうにやって来る八百屋のおじさん。太く大きな手に引っ張り上げられて、何とか立ち上がった。
「ダ、ダイジョブ」
多分、大丈夫かどうか訊かれたんだと思う。私は何回か頷きながら、ふらふらと壁に手をつく。
「……アリ、ガ、ト……」
広場から見えないところに移動しなきゃ。店の奥へと身体を引きずった。
その後しばらくぼけっと立ったままだったけど、青い髭モジャおじさんは『構わないから、そこで休んでおきなさい』とでもいうように、小さな脚立に座らせてくれた。
でも他に客がいないし、暇を持てあましたモジャおじさんに話しかけられると困る。笑って誤魔化しつつ、出来るだけ時間をかけて果物を真剣に選ぶフリをした。本当はちっとも考えがまとまらないから適当だ。
皮が黄色で中が赤いガウバ、青林檎と紫洋梨。順に指さして、それぞれ二つずつという意味で、「二」と言いながら親指と人差し指を立てた。一緒くたでいいので、持参した麻袋に入れてください。
「10イリだ」
高いな、市場じゃないからかな。値切る気力も会話する気力も残ってない。休憩料金だと思おう。大人しくお金を払うと、そぉっと店を出た。
どこでもいいから広場から離れなきゃ。
きょろきょろと辺りを見渡すと、遠くに白い犬が一瞬だけ見えた気がする。見間違いかもしれないけれど、早く移動したい。脹脛も足裏も、じんわり痛いけど、とにかく歩いた。
どんどん路地が細くなっていく。一本道を歩いていたつもりなのに、曲がりくねっているせいで、徐々に広場の方角が判らなくなってくる。
すとん、と上から何かが着地した。白い巨大な化け犬――じゃない、カチューシャ! 探していたんだよぉぉぉっ。
≪どこに――≫
べしっ、と尻尾をぶつけてくる。
≪宿――≫
べしっ、べしっ。痛いってば!
――あ、念話しちゃいけないのか。
はっと気がついて、口を押える。いや、念話って口を使っているわけじゃないのだけど。
その動作でやっと私が理解したことが通じたのか、カチューシャは無言のまま頷いて、鼻先でひょいひょい、と別の路地のほうを示した。
こくこくこく。後ろについて行きます、お姐様。
私は無言で犬の後を歩いた。カチューシャは時おり猫のように壁や塀の上に登ったり、忽然と姿が消えたりするが、頑張って追いかけるしかなかった。
そういえば……検問の探知虫ってなんで壊れたのかな。神殿悪徳魔導士とフィオのは『奴隷契約』だけど、爺様とカチューシャのは『主従契約』って呼んでなかった? 私とおまじない石トリオのは『主従契約』でいいのかな。私、カチューシャともそれをしているのよね? 従わせるけど奴隷じゃないって何?
魔獣と精霊ってどう違うんだろ。『精霊の卵』から生まれたタウたちでも、『契約獣』になるの? 『眷属』ってのもあったよね。あっちは何だっけ。
念話が出来ないときに限って、確認し忘れていたことを次々に思い出した。
なんとか六角形の看板を見つけて宿に到着し、伝言葉書の威力でゲットした部屋の中に入る。今日は晴れたけど、昨夜の大雨のせいか一段と寒い。私と同じ背丈になったフィオと並んで、暖炉の火の傍にしゃがみ込んだ。
大福よん豆をにぎにぎ。卵トリオは天井近くをくるくる舞っている。ずーっとぼんやりしていたら、カチューシャが私の膝に肉球を押し付けてきた。
≪芽芽、暗くなったらこの街から出るから、今の内に寝ておきなさい≫
なんだか体中がむくんでる感じ。いろいろ質問したかったような気もするのだけど……もうしんどい。私は素直に頷くと、若竹色のコートを脱いでベッドの中に潜り込んだ。
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