+ 中級魔道士: 美しさは損
※ヴァーレッフェ王国で、武を誇る竜騎士と双璧をなすのが知の精鋭である魔道士。
地(黄)の中級魔道士ダラン視点です。
ディアムッドらが悪徳魔道士を処分した翌日、
つまり芽芽が召喚される数時間前の神殿の様子です。
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苦しくて苦しくて息が出来ない。
幼少期に罹った魔素過剰の症状と似ている。この国の英雄グウェンフォール様が発明した、循環器治療のお蔭で完治したはずなのに。
上級魔道士になったらお礼を言うんだって夢見て、がむしゃらに精進したのに。
――道半ばにして、わざわざ反吐が出るような悪事になんて加担させないでよ。
「ダラン、喜べ! 昇進の機会をお前に与えてやろう」
秋の地の月、水の週半ばの風の日、深夜まであと一刻。
ヴァーレッフェ王都の東端にそびえ建つ神殿の奥。
腐敗しきった職場の幹部だけが利用できる『黄金倶楽部』の豪華な私室で、僕は長年恐れていた事態に直面していた。
「前に紹介したよな? 朝焼けの街のハゲ領主。そいつを誘惑して始末しろ。
主治医は買収してあるから、腹上死として処理される。酒にこれを数滴混ぜておけば、後から解剖しても誤魔化せる。
デブ好きな秘書姫なら、どうってことないだろ?」
髪と同じ派手な黄色に染めた太い眉毛が、毛虫みたいにくねくねと動く。上司のルキヌスが薄っぺらい笑顔のまま、僕の前に赤黒い瓶を差し出してきた。
外側は市井に出回っている栄養魔素液そっくり。すり替えた中身は恐らく遅効性の心臓毒。帝国の暗殺ギルド『黄金月』に用意させたんだろう。神殿長派の御用達だもの。
「再来週末の星祭り、宮廷舞踏会で犬どもが理由をでっち上げて、ハゲ領主を不当逮捕するらしい。王侯貴族の面前で公開処刑だってよ、ゲスいよな」
いや、正当だし。大事にしないと、アンタらが揉み消すからじゃん。反論したくなるのを、ぐっと堪えた。
魔道士にとって、自分たちの取り締まり権限を持つ竜騎士は天敵。表向きは『犬』と罵って、すぐに見下す。でも裏では恐喝や賄賂で隙あらば懐柔するせいで、こんな風に竜騎士の捜査情報が洩れてしまう。
とはいえ情報漏洩はお互い様だ。
つい昨日、他国籍も含めた複数の魔道士が小児性愛にふけっていた現場が抑えられた。神殿長が火消しに回ったのに、今朝には皆に知れわたるって……誰かが確実にリークしたんだろうな。
陣頭指揮したディアムッドって竜騎士は、そういう裏工作は得意じゃなさそうだし……あの変なお色気三人組かなぁ。風の塔はガッツリと神殿長派って立ち位置だけど、なーんか独自路線だし。
神殿長としては、あれの首謀者役を霊山裏手の領主に押しつけて幕引きを図るってこと?
神殿長が媚びへつらう、帝国魔道士幹部。その接待役を一手に引き受けていた領主が、都合よく『自殺』処理されるだなんて……無理ありすぎ!
夏の王都児童連続失踪事件が発端だから、その程度で竜騎士が諦めるわけないじゃん。下手するとコレ、僕も捨て駒にされる。
「か、考えてあげても……いい、です、けど、せめて王都一の宿の一等室くらいは経費で落としてくださるんでしょうね?」
堂々としてろ、ビクつくな。おもちゃ認定されたら、ネヴィンみたいに病むまで追い詰められるんだぞ。
「来週のどっかで現地にしけこむってのは――」
「――絶・対・に・イ・ヤ、です! 僕は王都生まれの王都育ちですよ? しかもこの美貌! 霊山裏なんてド田舎で僕みたいな美少年が歩いていたら、悪目立ちしちゃうに決まってるじゃないですか。
ま、荒くれ男たちに取り囲まれて、代わる代わる相手するってシチュは捨てがたいですけど」
想像するだけでうっとり、って表情を作る。大丈夫、演技は得意だもん。魔道学院の頃から先輩魔道士連中に何度も襲われかけ、身をもって学んだからね。
魔道士の多数派に正義なんてない。性悪なフリをしないと生きていけない。
「奥方あたりが、星祭り用の服を誂えるために王都に来るはずでは? その時に領主も来させてくださいよ。神殿が声を掛ければ済むでしょ」
「お前なー、神殿長様まで顎でコキ使う気かよ」
「だって世の中の男はみ~んな、可愛い僕の奴隷だもん」
腰に手をあてて、「うふふん」と小悪魔アピール。
正直、この年で『美少年』とか自分で言っちゃうなんて痛すぎって自覚しているよ。これだけで定年まで逃げ切れるわけないだろーけどさ……でも上級魔道士らのお誘いを躱したければ、なりふり構ってられないじゃん。
「とりあえず今夜はデートなので、残業はここまでにさせてください」
「また例の三人と? お盛んだねー」
職場では、『性欲が激しすぎて同時に複数人の男希望』って豪語してる。おまけに『竜騎士は大キライだけど、特殊な体位の都合で必ず一人は混じってないと』って誤魔化して。
「そろそろルキヌス様も参加したくなりました?」
「脳筋トラと大豚デブと引きこもりモグラの人外と? 想像しただけで吐き気するわー、獣交とかマジ無理」
「え~残念!」
ゲテモノ上司と一緒にするな。こっちは全員、はるかにマトモな人間様だよ。――心の中で偽の恋人役を引き受けてくれている三人に今日も感謝。
「だったら今ここで時間、潰さねえか? 前哨戦も悪くないぜ」
毛虫眉が下半身を強引に密着させてきた。左足が不自由なクセに、こういう時だけ素早い。
連中に言い寄られると、なぜか吐瀉物のような酸っぱい臭いが鼻をつくようになった。精神的なもんかなぁ。でも笑顔は崩さない。蛆虫の嗜虐心なんて刺激したら薬漬けにされちゃう。
「ルキヌス様ぁ!」
急に入り口の扉が少しだけ開いて、新米魔道士の一人がひょこっと顔を覗かせた。
――神殿幹部と絶対に二人っきりにならない、ならざるを得ない時は施錠させない。
四大精霊様ありがとう! 毎日、気を張りつめて習慣にしたかいがあった。
「あちゃー、見つかったか」
「ルキヌス様ったらぁ、アリス以外の男に浮気しちゃ、めっなの!」
帝国育ちのアイリウスは舌っ足らずな話し方で、他塔の上司に腕を絡ませる。ついでに、先輩である僕を醜悪な魔獣のごとく睨んできた。
「失礼だな、君。もうちょっと男の数を揃えでもしてくれない限り、僕はつまみ食いなんてしませんってば。じゃ、残業も終わりってことで」
再び口説かれる前に退室しよう。わざと余裕ぶって、ひらひらと手を振る。そしてドアノブに触れたところで――何か思い出したように、世間話のついで風に、さりげなく。
「っと。今夜の集会に赤の聖女様も参加するってホント?」
情報を引き出したいときは、必殺上目遣い。『寂しいな、女になんか盗られたくないな』って雰囲気でね。アイリウスの視線が嫉妬で凄いことになってるけど無視だ無視。
「あの女、魔力だけは無駄にあるからな。お前らも連れて行きたいけど、最上級幹部だけの特別集会だしなー」
別に連れてって欲しいわけじゃないから。こっちをチラ見しながら、もったいぶるなっての。歴代2位の速さで上級魔道士に昇級しただけあって、うちの上司は自惚れがハンパない。
「今夜は封印された宝物庫で、古代のめちゃくちゃ難解な魔法陣を組める実力者だけなんだよねー、ごめんなー」
てことは、地下競技場で血みどろの魔獣を戦わせる日じゃない。
「ルキヌス様、さぁすがぁ! アリスは終わるまでぇ、お外で待ってますぅ」
追々試の救済措置を監督官への色仕掛けで無理くり合格にさせた、初級ポンコツ魔道士の『アイリウス』だろ。自分で愛称呼びとか、ホントやめれ。
「じゃあ僕は、いつもの三人と、いつにも増して乱交してきま~す」
おバカな新米を見習って、きゃぴっと飛び跳ねながら部屋を後にした。
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