+ 中級魔導士: 美しさは星
※中級魔導士(土)のダリアン視点です。
同じ日の夜、芽芽たちが香妖の森で野宿している一方、王都では……。
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星祭りは恋人たちの夜だ。王都全体が愛を賛美して愛を着飾って愛を夢見て愛を飲み食いする。もう皆の気持ちが最高潮まで高ぶるのである。
『ねぇ、あんなワガママ聖女なんて守ってやる価値なくない? もっと人生楽しんでさ、男と付き合ってさ、結婚でもしちゃえば? その、例えば、僕とかさ! お、お互い誰もいないんだし? だってほら、家庭を守るほうがよっぽど有意義じゃん?』
三年前の僕もその一人。封印したい過去は誰だってあるよね、うん。見事に玉砕しましたよーだ。
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ネリウスとネヴィンの兄弟が住まう貴族街の屋敷でも、愛情劇が繰り広げられるのがここ数年の恒例。
一昨年は、若手竜騎士のパトロクロスが僕の同期のネヴィンに初告白した。
『これからも毎年、一緒に星を見上げようぜ!』
『絶対ずっとずっとだよ! ふひひっ』
と二人がロマンチックに抱きしめ合う。
僕は屋台の『愛の精霊ネギ饅頭』を食べつつ、精霊通りの巡回から戻ってきたネリウス兄さんが衝撃のあまり泣き崩れるのを適当に慰めていた。
だって随分前からなんだよ、相談という名ののろけ話を双方から聞かされてたのって。大した年の差じゃないんだから、ホントさっさとくっついてくんないかなって毒づきながら。
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昨年は、僕の恋人の輪(※精霊級の大嘘だけど!)に新米魔導士のポテスタスが加わった。
『神殿では、王都一の美少年の僕がパトロクロスやネヴィンと付き合ってあげてることになってるんだからね。もう一人、偽の恋人が増えたってどってことない。安心して頼ってこい! そいでお前を利用してくる奴らには、僕と僕のクソ上司の名前を出して黙らせろ!』
『ずずずみません、ぐすっ、ぜんぱぁぁぁいっ、ぐすっ』
パトロクロスとネヴィンの二人が、ふんぞり返る僕に賞賛の拍手を送る中、ポテスタスは『愛の精霊ひき肉包み』を頬張りながら滂沱の涙を流していた。
知り合ったのは偶然。僕としては、極力どん臭いヤツと関わりたくなかったんだけど、何でも素直に信じてしまうこの後輩は何度も夜中まで一人残業させられててさ。その成果だけ周りに奪われてるの。イラっときた僕が、ポテスタスを説教したのがきっかけ。
ちなみに、堅物すぎて恋人の出来ないネリウス兄さんは、王宮警備に夜通し駆り出されていた。
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そして今年は――。
「なっ、グルムラがどうしてここに! 離縁だと、実家に戻れと、怒鳴ったではないか! 老いぼれババアは王都には二度と来るなと、あれほど酷い言葉で儂は……」
「はいはい。あなたの口の悪さには何年も付き合わされて、関係各所、そりゃもう方々に頭を下げまくってきた私ですよ? それに、思ってもいないことを無理して言う時の癖、もう少し直さないと丸判りですわ」
「癖なんぞ儂にはない! 儂は! お前なんぞは! だ、だ、大……き、き、きっ」
喜怒哀楽がごっちゃになった顔のまま硬直しているのは、水の竜騎士師団長トゥレンス卿。パトロクロスやネリウス兄さんの上司にあたる偉い人だ。
「嫌いは好きの裏返しって、大昔に私を口説いたのをお忘れですの? 春にオズワルドが亡くなって、お互いずっと落ち込んでいましたし、ちょこっとは騙されてあげようかと思ったのですけど……一人旅は貴方の怒った顔が見れないんですもの。早々に飽きちゃいました」
細身の上品そうな奥様が、わざと軽口をたたきながら、背は低いけど人一倍屈強な竜騎士の老いた身体を包み込むように抱きしめた。
オズワルドってのは水の竜騎士。僕は話したことないけど、子どものいないトゥレンス卿夫妻に可愛がられてたんだって。
だからこそその顔に泥を塗ることを恐れたのかもしれない。今年、借金苦から死を選んでしまった。孤児院育ちの苦労人らしいから、自力で返す当てもなかったんだろうって話。
そして今回、もらい泣きしているのは――。
「ポテスタスはすぐ泣くからいーとして、なんでアイラ姫殿下とコミーナ嬢とフェディラ嬢までここにいるんだよ!」
いい歳した独身女三人が、一切無関係なこの屋敷の応接室のソファに並んで陣取って、特等席から老夫婦の愛の物語をうっとり眺めている。
特にコミーナはさ、ポテスタスと僕が職場からここまで来る駅馬車に強引に割り込んできたんだ。
そいで屋敷の前では、魔道具で髪や目の色どころか肌の色まで別人に変装したアイラ姫が待ち構えていた。
玄関くぐったら、神殿で侍女服を着ている時しか会ったことのない、フェディラが私服姿で立ってたってわけ。ここ、僕の家じゃないけどさ、この布陣っておかしくない?
「わたくしは、ネリウス様に先日、助けていただいたお礼をしたくて……」
柄にもなくコミーナが頬を赤らめる。
その手には、蛙っぽい何かの青い糸玉が刺繍っぽく丸まったハンカチ。水の精霊の眷属の加護は到底望めそうにない残念具合。しかも既に恋人になった騎士が遠征する時でしょ、そういうプレゼントが許されるのって。
「私は、それを聞いて、仲介してくれたダリアンにお礼を言おうとおもって! あ、はぐらかさなくていいのよー。
前にガイアナ先生のことも、魔導学院で生徒たちに、いじめられてたのをさりげなく助けてくれたでしょ? 精霊学の。私にとっては、大切なお義姉様なのよねー」
ガイアナ先生は、アイラ姫が長年、懸想して追いかけ回していた土の師団長ガーロイド卿の妹君だ。
火の師団長を勤める父親と親友だもんな、年が違いすぎるって相手にされてなかったけど。潔く諦めて、魔導士のケセールナックに乗り換えたんじゃなかったのか?
だってさ、夏の蛙祭りの直前に『金の華燭亭』を女性限定で貸し切って、ド派手な失恋パーティーで羽目を外してたよね? 深夜に精霊大通りを酔っ払いながら踊り歩いて、聖女新聞に取り上げられて。社交界の噂によると、蛙祭りはそのせいで謹慎させられたとかなんとか。
「私はトゥレンス卿の奥様と偶然、ダルモサーレの街でお会いしたの。それでここまで一緒に帰ってきたのよ、みんなでね」
そう言って、フェディラは大切そうにお腹を撫でた。そこまで太った感じはしないけど、この典型的なジェスチャーはまさか。
「ふふっ。オズワルド様の赤ちゃんよ」
いやでも、死んだオズワルドもフェディラも未婚でしょ? フェディラの実兄って、火の選帝公と遠い遠い、ものすごく遠い縁続きだったことが自慢の副神殿長ファルヴィウスでしょ? 貴族社会で一番マズい醜聞じゃん!
「なんと! それは誠か!」
トゥレンス卿が割り込んできた。その分厚い腕に、奥様が寄りかかる。竜騎士になると貴族扱いだけど、二人とも平民出身だからか、純粋に嬉しそう。
「そういえばね、あなた。不思議な偶然なのよ。私、ダルモサーレの街で小さな異国人に出逢ってね。古い御伽噺を読んでくれって、頼まれたの。
それで思い出したのよ。あなたが師団長になった頃から忙しくてやめてしまったけど、オズワルドもいた孤児院へ昔は通って、子どもたちに絵本をプレゼントしたり、読み書きを教えてあげたこと。あの子も竜騎士の訓練が大変なのに、よく一緒に手伝ってくれたわ。
その後でフェディラにばったり逢ったのだけど、なんと同じ人に絵本を読み聴かせてあげたんですって」
「緑の外套を着た、森の妖精のような、不思議な雰囲気の男の子で。絵本は竜騎士姫の建国物語でしたわ。
私は聖女からも兄からも逃げて逃げて、もうどこへ行ったらいいかもわからなくて、途方に暮れていたのですけど……読んでいる内に、私だって竜騎士姫の民の一人なんだから、強くならなくちゃって思って。お腹の子にも初めての読み聞かせとなった記念すべき一日でしたね」
「なんと竜騎士姫のお導きか! オズワルドも初めて登城した際に、謁見の間で天井の虹竜の絵を見上げて感動したと酒を飲む度に申しておったぞ!」
盛り上がっている三人には悪いけど、見知らぬ人間に絵本の読み聞かせをねだって回るなんて、すんごく変な異国人。珍しい話を語り聞かせる側でしょ、普通は。
「なんか、ぐずっ、よくわかんないけど! もごっ、おめでたい話だ、ぐずっ……感動っ、もごっ、です!」
ポテタ、お前は食べるか泣くか、どっちかにしろ。『愛の精霊パイ包み』が、口元からぽろぽろ落ちている。
星祭りの夜は、精霊通りの両脇を精霊四色の『星の灯』が神殿前から王城前まで飾られ、その下を屋台がひしめき合う。駅馬車を待つ間に、引きこもっているネヴィンへのお土産と称して色々買い込むべきではなかったかも。
「じょ、情報が処理しきれない……諸々、大丈夫なのか、これ?」
生真面目なネリウス兄さんは、頭を抱えている。パトロクロスとネヴィンの二人は、部屋の隅でこっそりお互いの口にあーんして、『愛の精霊飴』を入れていた。
「ハイ、注目ー! ちょっともう、収拾つかないので! こっから全員で作戦会議します!」
僕は両手をパンッと派手に鳴らして、皆に高らかに宣言した。
解ってる? 星祭りの生酔いって、明日には精霊が蹴りを入れてくるんだよ。それまでに対策考えておかないと、悪が蠢く神殿で痛い目見るからね?!
「まず、ポテスタス。それから女性陣は、これまでの屋敷でのやりとりを口外せずに、忘れて。四大精霊に誓ってくれればいいから。そして残った者だけで魔導宣誓契約を交わそう」
初級魔導士なりたての後輩や、恋バナに浮かれている連中は巻き込めない。僕がそう仕切ろうとすると、同じ中級魔導士のコミーナが濃い紫の扇子をビシッと突き付けてきた。
「ちょっと! 馬鹿にしないでくださいます? わたくしは契約に参加します。もとより、そのつもりで王宮から神殿への配置替えを申請したのですもの。地震の後片付けが終わっても、神殿長の牙城に居座って、内側から崩してさしあげますわ!」
「私も入れると便利ですよー? もれなく娘馬鹿のうちの父が付いてきます。火の師団長をやってますし、腐っても王族ですから。
それを狙ってケセールナックも私を口説いてきたんですもの。あの色魔男、上級魔導士になったばかりで浮かれきってますから、是非利用しましょー」
「わ、私も! 聖女の上級侍女として、神殿奥まで出入り自由です。副神殿長は、親が同じだけの屑ですので、ゴミ掃除するのでしたらついでにお願いします」
流石に妊婦は無理だ。説得しようと正面から見据えて、フェディラには退路が既に絶たれていることに気付いた。
どのみちお腹が大きくなれば、聖女が怒ってクビにするだろう。面子を気にする兄の副神殿長は、未婚の子を処分しようとするだろう。王都育ちの貴族娘が首尾よく追手を巻いて、どこか田舎に潜伏できるとも思えない。
「あのぉ、もごっ、ポテタも契約の、もごっ、参加希望れす」
香辛料をまぶした『愛の精霊干し茸』を頬張りながら、ぽっちゃり新人が小さい背丈にぴったりの小さな手を挙げた。なんだその、秋の遠足に自分も付いてきます的なやつ。
「志だけいただこう。神殿の取り締まりは竜騎士の務めである。中級魔導士のお三人も、そのご友人方も含め、若者を犠牲にするわけにはいかぬ」
それまで古の巨石のように扉の前に居座っていたトゥレンス卿が、僕たちに頭を下げた。こういうの、有無を言わさない気魄って表現するんだろうけど……。
「お言葉ですが、奥様を離縁して、腐敗した魔導士の闇接待に潜入して、自分も汚れ役になって乱交に参加すれば、『黄金倶楽部』の仲間扱いしてもらえるとでも? 勝算は? 神殿長に発覚したら、師団長の首を差し出せば済むとでも?」
挑発するような僕の言い方に、部下のネリウス兄さんとパトロクロスが立ち上がった。僕を止めようとしてくれてるのは解ってるよ。でも。
トゥレンス卿が単身、『部下の一人を失ったばかりで破れかぶれになりました』と演技で誤魔化すのには限界がある。
何度か神殿長派に類が及ばない犯罪を引き受けて、自分の身をどっぷり汚してからじゃないと、本当の意味で近づけない。ま、それでも単なる替えのきく駒となるだけだ。
「良心とか常識とか愛情とか、あいつらには全く響かないんですよ。そもそも正論が通用する相手じゃありません。同じヴァーレッフェの言葉を使っているだけの、人間とは完全に別個の生き物と見做すべきでしょう。
共存は望めません。こちらが徹底的に逃げて関わりを断つか、どちらかが滅ぶまで徹底的に戦うしか道はありません」
長年、僕が素行不良のフリをして、悪い噂を放置するどころか煽ってきたのは、連中と同じだって思わせるため。
善良な人間は、あいつらの嗜虐心を刺激してしまう。だからこそ上級魔導士っていう武器を手に入れるまでは我慢して、その後に神殿から逃げるつもりだったのに。
護衛隊隊長であるシャイラの責任問題にさせたくなくて、一時期は彼女の下に配属されていたパトロクロスを聖女の癇癪から助けた。
ペルキン財務長の雑用係と化していた同期のネヴィン。神殿周囲で隠れているのをワザと見逃した。
ケセールナックらに虐められていた後輩のポテスタスは、自分の恋人だと偽って保護した。
そしたら今年になってネリウス兄さんがトゥレンス卿夫妻のことで相談してくるし。今月に入ってコミーナが戻ってきて、副神殿長に絡まれてるし。アイラ姫は自分から神殿やこの館に突撃してくるし。フェディラの事情まで知ってしまうし。
これじゃ勝手気ままに逃げ出すこともできやしない。
だけど何故だろう。
独りで平気なフリをしていた頃よりも、こうして皆で崖っぷちに立つ今のほうが、よっぽどマシって思う自分がいた。
※この日の密談の面々を地球の年齢に換算すると:
・水の竜騎士師団長トゥレンス卿、妻のグルムラ(△) → 60代半ば
・水の竜騎士ネリウス兄さん → 40ちょうど位
・中級魔導士の弟ネヴィン(火)と同期ダリアン(土)、コミーナ嬢(風) → 30代半ば
・水の竜騎士パトロクロスとアイラ姫(火)、フェディラ上級侍女(△) → 20代後半
・初級魔導士のポテスタス(△) → 20代前半
に相当します。
(地球と自転や公転速度が完全に一致はしていないので、向こうの世界の正確な年齢は数値が異なります。
△印は、聖女の日生まれ。満月の週末のない第一週目を除き、「土の日→水の日→火の日→風の日→聖女の日→精霊の日(満月)」で各週が構成されています。ただしポテスタスは戸籍上では土と申告しているため、ダリアンと同じ土の塔の所属です。)




