5.色を決める
≪で、色は……≫
しかも会話がループしてる気がする。色? 色ねぇ。
私は目の前の竜をじっくり眺めた。焚き火の灯りと四色の月明りに照らされて浮かび上がる白っぽい体。鱗の一つひとつがオパール色に煌めいて、宝石みたい。
そして……あーやっぱり、ぽっこりお腹が超ラブリー。キュン死しそうな理想のゆるキャラ体型。た、たまらん! 抱きつきたくて、腕がむふむふするっ。
いや、変態化する前に落ちつけ、私。竜……ドラゴン……といえば。
≪マジック・ドラゴン!≫
そーだよ、私の原点だ。子どもの頃に大好きだった絵本と歌が一気に蘇った。なのに、どうやら目の前の子はこの有名な同族を豚と知らないらしい。きみ人生損してるよ、パフはそのくらいに偉大な竜なのだ。
≪子どもの頃に好きだった歌でね、有名だから絵本にもなってね、緑色の竜なの、パフっていうの!≫
興奮冷めやらぬ私は、熊のミーシュカと共に身振り手振りで必死に説明する。のだが、肝心の名前が伝わらない。
≪ごめんなさい、名前の部分が聴こえないです≫
≪だから、パフ、です。ぱ行のぱ、Fのふ。P・U・F・Fで、Puff!≫
≪うーん。えっと、あー……≫
竜は、何を言いたいのか多少は察してくれたようで、≪念話だと純粋な音は伝わらない≫のだと説明してくれた。
うーむ。整理してみよう。つまり、アレだ。念話というのは、脳内翻訳機能なわけだね。私が言いたい内容の意味を竜の脳に伝えてる。空気振動で直接話しているわけじゃないから、音は伝わらない。
例えば私が自分の言語で『えーと』と念じると、『言葉を探す合間の音』→竜の頭の中で竜語がその状況で出す『えーと』に対応した音に変換される。
でもこの竜にとって初耳の『エィト氏』なる人物は、『--氏』と固有の音部分が消えちゃうんだな。
≪じゃあじゃあ、これは? 私の好きなドラゴンの名前は――≫
「パフ!」
≪今の音、聴こえた?≫
名前の部分だけ、普段どおり声に出してみた。
≪聴こえた! パフ!≫
およ。一回覚えたら、念話でも大丈夫みたい。お互いの頭の中でその音が何をさしているのか、共通認識が構築されるってことね。
≪私ね、その竜が大好きだったの!
鱗は可憐なエメラルドグリーンで、背中のぎざぎざは濃い目の緑色で、お腹はほんのりクリームイエロー、だったかなぁ……≫
思い出しただけでもうっとりだよ。おじいちゃんに何度も読んでもらった絵本。パフは史上最高にキュートな美竜なのだ。
あ、でも、もう一つ捨てがたい候補もいたぞ。
≪あのですね、こっちの世界にいます? グリーンバジリスクってトカゲ≫
≪うーん、単語が届かないので多分ボクは知らない生き物です≫
≪この位の大きさの横長の爬虫類なのですけど……≫
私は両手でバジリスクの大きさを表現する。といっても、実際に見たことはないので、正確な身長は判らない。ま、なんとなくよ、なんとなく。竜みたいな巨体じゃないことが伝わればよし。
≪それもエメラルドグリーンの肌しててね、しかも大きめの水玉模様がところどころにあって、水玉は水色なの! です! そいでもってお尻尾のほうは黒いストライプがちょこっと入ってて……≫
嗚呼、あの色彩美は文字だけでは到底伝えられないわっ。
ミーシュカにわきにどいてもらい、リュックに仕舞ったスマホを取り出して、保存してあったお気に入り画像を見せる。
『電源の希少さ < トカゲの美しさ』という方程式で世界は回っている。トカゲのラブリーさは世界を救う。ビバ☆爬虫類! 私はきみたちを応援している!
あ、ぬいぐるみも昆虫も哺乳類も菌類も。植物もどんと来い!
ついでに加えると鉱石さんたちもウェル亀祭りだ。
≪見えます?≫
これでいい加減、物理的な距離も縮められたらいいのだけど。と思ったら、なんと竜様、私から5メートル以上は確実に離れたまんま、写真を認識しました。
なんだその視力。ケニア、タンザニアのマサイ族ですか。ジャンボでマンボ?
≪ホントだ、きれー……≫
どうやらこの子とは気が合いそうだ。うんうん、解るぞ。鱗の緑と水色と黒の絶妙なコンビネーションが、猛烈に蛸ツボなのよ。
≪じゃあ、こんな感じ、かな?≫
私がいまだスマホ画面のトカゲに呆けていると、いつの間にか竜が私と同じ身長に変化していた。おまけに色彩がグリーンバジリスク! ぷらす薄柳色のぽってりお腹がマジック・ドラゴン!
ちょいと奥様、ご覧になりまして?!
わたくし悶絶して、のたうち回ってもよろしいですか? 鼻血出るかも、いや根性で出します。だってだってパフだよ、理想のパフ・ザ・ドラゴンがグリーンバジリスクのコスプレして目の前に神降臨っ。
≪かかか可愛い! 世界一! いいえっ、宇宙一だわっ!≫
両手の親指をぐっと突き出し、いいね! のジェスチャーで大絶賛。きゃあああん、こっち来んさい、ハグさせんさいっ。
私が諸手を挙げて大歓迎すると、等身大になった竜はようやくこちらに歩いて来た。ぽてぽてぽて、と体を左右に揺するのが、もう超可愛い。
はぁぁん、何しよん、その尻尾の揺れ具合っ。ゆめかわ街道驀進じゃ犬っ。
いつの間にか敬語も吹っ飛んでいたが、向こうも気分を害してる様子はないから、このまま『祝・お友達コース』を突っきらせてもらおう。
隣にちょこんとしゃがんだ竜に、許可を頂いてから鱗をお触りさせていただく。くぅぅぅっ、なんだこのむきゅむきゅな触り心地。クセになりそうではないか。
一方だけなのはフェアじゃないので、ついでに≪ご興味あればどぞ≫と自分の腕も差し出した。
がーん……あんま興味ないみたいだ。ツンツンと服の上から軽く突かれただけで終わってしまう。
≪……人間は、やっぱりきらい?≫
≪え? 違うよ! 違う≫
ぽちゃ可愛ドラゴンが慌てて弁解してくた。
≪違うの、人間って弱いでしょ。ボクが触ったら壊しちゃう。ボクの爪、尖ってるから傷つけちゃう≫
なんだ、そういうことか。
≪じゃあ私が触るのは不快じゃない?≫
≪うん、全然!≫
≪ほんとにほんと? 絶対の絶対?≫
≪ほんとのほんとに絶対の絶対!≫
ぬぉおお、愛い奴よのぉ。私はぎゅむっと竜に抱きついた。この感触、クセになっちまったよ、すでにどっぷり依存症。
でも、浮気じゃないからね、ミーシュカ。
もきゅもきゅと、もふもふとは違うもん!
※フォークソングの『Puff, the Magic Dragon』は、ピーター・ポール&マリーの曲です。
最後は竜のところに少年が来なくなってしまうという悲しい歌ですが、絵本やアニメや縫いぐるみにもなっていて子どもたちにも人気です。竜好きの芽芽は、歌って踊れます。
「ジャンボ」や「マンボ」は、スワヒリ語の挨拶だそうです。
「じゃ犬」……広島弁の「~じゃけん」の芽芽版。吹っ飛んだのは敬語だけではない気が(汗)。