★ 契約獣:敢為邁往(かんいまいおう)
※引きつづき、契約獣カチューシャの視点です。
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何故なの。
夜、無邪気な寝息を立てて熟睡する芽芽を眺めながら、再び心の中で同じことを問いかけた。
武人でもないのに、男の格好をしないといけない荒んだ世界。愛を知らない両親から忌避されて、自分はずっと異端扱いだった、と言っていた。
おまけに今じゃ、右も左も判らない異世界に飛ばされて。
結構踏んだり蹴ったりの人生だと思うのだけど、もし『神』を信じているのなら、何故罵らないの。何故そんな幸せそうに眠れるの。
≪グウェンフォール、やっぱりあの時、竜騎士に保護させるべきだったんじゃないかしら≫
ダルモサーレへ向かう馬車で相席した、行き遅れの中年男のことを思い出す。
≪ガーロイドのことか≫
≪あいつ、芽芽のこと探っていた≫
戦闘狂が親切面して、宿屋までずっと至近距離で話しかけていた。
王宮勤め組は市井の一般人のフリを貫き通していたけど、侍従次長が時おり、関連性のない単語を放り込んでは芽芽の反応を観察していた気もする。絶対に怪しい。
≪母親から二代続きで、師団長にまで登り詰めた奴だからな。多少は疑ったかもしれん≫
≪それに芽芽、一日で歩く量がだいぶ減っているの。元から大して動ける方じゃ無かったけど、よく休憩したがるようになったわ≫
蟲だの樹だの、本気で珍しがってはいるようだけど、それだけじゃない。子竜やわたしたちに心配させないよう、妙な気を遣っているのだろう。
≪しかし……トゥレンスの動きが気になる。エイヴィーンも火の選定公家の出身じゃしな≫
グウェンフォールが竜騎士向けの魔道具を開発しているせいで、わたしたちの住まう研究塔には師団長クラスの竜騎士が出入りしていた。
けれど、水の師団長はこのところ、神殿長たちと密会を重ねていた。
色気と美貌を磨いては、新人竜騎士や魔導士を骨抜きにする傍迷惑な風の師団長も、弟である火の選定公が神殿に出入りするのを容認するようになった。
≪ガーロイドならルウェレンに連絡を取れるが……神殿長に勘づかれてしまう可能性が高い≫
火の師団長は、現国王の大叔父。罪を犯した魔導士が有力貴族の血筋であろうと、彼が捜査に関われば恩情の余地は皆無。だからこそ、魔導士たちも常日頃から彼への最大限の警戒を怠らない。
≪人間に頼るのは嫌だけど、芽芽は危なっかしいわ。あの元侍女の家に戻す?≫
ガーロイドもそうだけど、芽芽はほんの数日間で、オルラとも顔見知りになってしまった。
土の師団長に、偽聖女の元上級侍女。この引きの良さも精霊に祝福されているってことになるのかしら。
≪まずは森で眷属を見つけるのが先じゃ。それさえ叶えば、あとは保護させて柱を上げるように導いても良いだろう≫
≪問題はどう保護させるかよね≫
元侍女から姉の竜騎士に連絡……は時間がかかりすぎるし、親帝国派に情報が漏れてしまいかねない。
≪ワシの検問を利用せい≫
≪いやそれ、しょっぴかれるでしょ≫
≪うーむ。では、王都に戻ってガーロイドの家を直接当たるか?≫
≪……芽芽の体力がもつかしら≫
そして何より、芽芽が奴隷契約解除を諦めるとは思えない。この娘なら、這ってでも青い馬の連峰に行くとか言いだしそう。
……人間なのに、竜なんかのために何故。
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それからも芽芽は、毎日懲りずに様様な魔樹に近づいては色色と分けてもらっていた。『雲の樹』だの、『星の樹』だの、兇暴な魔樹が人間の娘にぬるみまくった仇名を付けられて怒――喜んでる気配がびんびん伝わってきた。
誰か気のせいだと言ってお願い。
一応、目を離さないようにしているが、襲われることは無かった。
聖女候補って眷属なしでも、こんな感じなのかしら。間近で本物の聖女を見たのは、随分と前のことだからよく思い出せない。
≪蜘蛛は阻止しろ! 魔蟲なんぞ駄目だ論外だ。森の使いも王都ではもたん! すぐに消え去ってしまうではないか≫
≪ああ、そういうこと。精霊の眷属にさせたくないのね≫
でも、呼び名を付けたら即、眷属決定とは限らないでしょうに。焦りすぎだわ。
≪もっとこう、黄色でなくても天道虫か、茶色でもいいから蛙か、縞栗鼠に近い小動物か、蝶もどきを捕まえさせろ≫
≪今、秋よ。冬ごもりの時期よ。そうそう都合よく、現れる訣ないでしょ≫
そもそも近年は天候不順続きなの。どれも個体数が激減しているのを思い出しなさいって。
陽射しの緩む黄昏時。そろそろ今夜の野宿場所を決めなければ。
小竜に芽芽の警護を任せて、旧街道沿いをひとっ走りする。崩れかけた野営地が向こうに見えたので、皆を迎えに行った。
やっぱり運がいいわ。
芽芽と一緒に円塔の中まで入ると、昨日あれだけ雨が降ったのに湿っていない。古代の風除けのまじない模様だけでなく、魔獣払いの結界まで残っていた。
奥の石壁に、霊山で遭遇した幻の魔草が陣取ってるのが余計だけど!
普通は一色だけでも見かければ奇跡と言われるのに、今回も黄の聖土花、青の聖水花、赤の聖火花、紫の聖風花の揃い踏み。
だ~か~ら~ねぇ、折角追いかけてきたんなら攻撃しなさいよ。何のんびり寝そべってるのよ。竜にまで貴重な花をむしゃむしゃ食い散らかされて!
でも、意味不明な名付けをされた『森の使い』が、聖花に変化したのには度肝を抜かれたわ。人を襲う『森の狩人』への途中形態なのかしら。ってことは。
≪芽芽の言う『四つの豆』を一つか二つ栗鼠の口の中にブチ込めば、聖火鼠が完成するんじゃない?≫
≪おお! 妙案じゃ!≫
ふふん、これで眷属の問題はきっと解決ね。栗鼠の生け捕りは……襲って脅して仮死状態にすればなんとかなる筈よ、恐らく。
芽芽ったら、今日は子竜に待機を命じて足早に遠ざかろうとする。これまでは荷物を一旦置くと、その附近で手分けして焚き木を拾っていたのに。
≪もう竜には念話が聴こえんぞ≫
グウェンフォールが声をかける。
古代竜の気配が周囲にあった方が襲われにくいでしょ。危険な森の中なのだから、指定した相手しか聴こえない念話にすればいいものを。
芽芽の魔術はまだまだ未熟だわ。だから戦って場数を踏めって言ってるのよ。
≪で? 何じゃ。ここ数日、フィオと離れる隙を伺っておったじゃろ≫
何が嬉しいのか、芽芽が一瞬だけ笑顔になった。そしてすぐに真剣な顔つきに戻す。
≪あのね、フィオが言ってたの。『異世界の少女を生きたまま食べれたら言うことをきく』って条件をなんとか入れたんだって。
――それってつまり、私が死んだら契約は発動しないってこと?≫
≪まぁ、そうなるな。しかし、別の女を召喚すれば済む話じゃろう≫
グウェンフォールの答えに頷き、何を決心したのか、道端に落ちた枯れ枝をぎゅっと握り締める。
≪戦いを始めようとする頃、フィオが駆り出される寸前を狙って私が死んだら、多少の時間稼ぎは出来る?≫
≪……確かに、稼げるな≫
≪グウェンフォール!≫
思わず叫んだ。神殿に本物の聖女を連れて行って、いかさま魔法の根源を断つんじゃなかったの。五代前の本物の聖女様、ティーギン様の名誉を回復させるんじゃなかったの。
何を正直に魔術分析しているのよ、この研究狂い!
≪フィオが悲しむぞ≫
≪でも竜の方が長生きでしょ、いずれは先に逝くもん。同じことだよ。だったらせめて、フィオが自由になれるようにこの身体を使いたいの。
もしそうなったら、爺様とカチューシャでフィオを青い馬の連峰に連れてってあげてほしいの。そして呪いが解けたら、竜の大陸に連れて行ってあげて。
……あのね、どうか、どうかお願いします≫
芽芽が道の上に奇妙な坐り方をして、深く頭を下げてきた。森の神へ祈るときと同じように、光の粒子が周囲に溢れ出る。
そして、光に包まれた小さな手で、熊の人形をうんと優しく撫でるのだ。何故だろう、その手で自分も撫でてほしくなった。だって、こんなの、やりきれないじゃない。
≪最悪、自分でこの身体を灰にしてでもフィオを守るから、そのつもりでいて≫
まだ幼い容姿の少女が、きっぱりと宣言した。ああ駄目だ、この娘なら本当に躊躇いなく、火の魔法を自らに放ちかねない。
――そんなの嫌。この光が消えてしまうのは絶対に嫌。
今はその、迷いのない強さが恨めしかった。死の恐怖さえも揺さぶることの出来ない不動の魂。これまで仕えた魔導士たちとは目の輝きが全く違う。
どこにも生への執着が感じられない。だけど毎日、誠実に生きている。決して命を軽んじているわけでもない。
――お願い、置いていかないで。
こんな気持ち、あの天才魔導士が死んだときだって感じなかった。彼女とは、どうしても離れたくない。寿命が違うことなんか、解っているわ。でも。
向こうでフィオの叫び声が聴こえた。この世界へ引き留める、芽芽の当座の命綱。
縦え断わられても、わたしがこの少女を守ってみせる。そう決意して、野営地趾へと走りだした。
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