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52.枝を拾う

 そこからは三人とも無言。


 時折カチューシャが枯れ枝を見つけて、鼻先で示してくれる。日陰の枝は雨で湿気ているものもあったけど、爺様に教えてもらった火の魔法で乾燥させれば大丈夫。


 よっこらせ。背筋を伸ばして肩甲骨を回し、力を抜く。


 半眼で焦点をボカすと、針葉樹の合間に白い雲が浮かんでくる。魔樹だ。本来は春から初夏の夜、枝先に細い線上の白い花を密集して咲かせるらしいが、なぜか私には秋の日中でも花が見えてしまう。


 出会ったのは数日前。


 ダルモサーレからの馬車を降りて、最初に入った森で≪どうせ()き火をするなら、いい香りの枝があるとうれしいのだけどな~≫と樹々に話しかけながら辺りを歩いていると、雲のような花がぼんやりと浮かびあがった。

 近くまで行って香りを嗅ぐと、蜂蜜(はちみつ)レモンにうっすらミント味。


 もしゃもしゃ白い花といい、てんてんと細かい葉っぱといい、オーストラリアのティートリーみたいだ。もう枯れている枝を少しもらっていいかと樹に断ると、下のほうの古くなった枝を自らパサリと落としてくれる。


 あら、なんてご親切な、と感動していると、血相変えたカチューシャが跳んで来た。

 緑のコートを(くわ)えてずるずると荷物置き場まで連行され、リュックの上に鎮座していた爺様から、≪魔樹に無暗に近づくでないっ、この怖いもの知らずが!≫としこたま説教されてしまったのだった。


 でも別に攻撃してくるわけでなし、≪樹さん、樹さん、素敵な香りの枝を分けてほしいな~≫と辺りに呼びかけると、自分から白い花を揺らして優しく居場所を教えてくれる。決して悪い子じゃないと思う。

 フィオたち他の三人には白い花は見えないらしく、爺様からは≪体内の魔力が暴走しているのではないか≫と懸念されてしまった。実害はないし、便利なのであんまり気にしていない。


 呼びかけない限り、私にだって花は見えないし。多分、樹のほうが見せたいと思ったときに、見せたい相手に花を出現させているのではないだろうか。


≪雲の樹さん、ありがとう≫


 今回も貴重な香木を分けてもらえた。他の木の枝と混同しないようにコートの大きな左ポケットに差し込んで、ぺこりとお辞儀をする。雲みたいな花だから『雲の樹』と呼んだら、喜んでいる感じが伝わってきたので、以来この名称で通している。


 横でカチューシャが樹に警戒しながらも、私に針で刺すような目線を寄越してきた。


≪……人を襲う殺人樹よ、これ。竜騎士を何人も串刺しにしたって言ったでしょ!≫


≪それは事情も説明せずに、いきなり伐ろうとしたからじゃないかな。普通にお話ししたら、襲わないよ?≫


 死んだおじいちゃんが言ってた。木を伐るときは、先に手を合わせて『ごめんなさい、どうしても切らないと困るのでお許しください』って一言断らないと木を悲しませてしまうんだって。


≪隙を狙って襲ってくるかもしれぬであろう。大体――≫


≪あ、あっちに星の樹が来た!≫


 胸元の爺様が納得してくれていないので、ふたたび話題を逸らすことにした。といっても、別の魔樹である。こっちの花は皆見えているらしいので問題ないだろう。


 銀木犀(ぎんもくせい)みたいな白い十字の小花を咲かせた花。なので勝手に『星の樹』と命名した。

 精霊四色で四が縁起良いとされるこちらでは、夜空の星は五角形ではなく、十字に描いて表現するのだ。


 森に入った人間の恐怖を操っては迷子にさせる名人らしいのだけど、特に迷ったことはないので普通に話しかけている。多分この子がどうのというより、これも人間側の『恐怖』ってのが肝なんじゃないかな。


≪星の樹さん、お花を分けてくださいな≫


 沢山の花を付けた枝の下でコートの裾を拡げると、パラパラと肉厚な花を落としてくれる。少し移動して、別の枝にも振り入れてもらっては、ポケットの中に()めて行く。


 この花を()き火にくべると、金木犀(きんもくせい)のような甘い香りを辺りに振りまきながら、小さな光の粒となってポップコーンみたいに可憐(かれん)に爆ぜるのだ。

 『古代の休日』にゆっくり月へと昇る妖精の光とはまた違った元気さで、とってもキレイ。フィオと私が森で何より楽しみにしている、夜の余興である。


≪星の樹さん、ありがとう≫


 ふよふよ、と樹の枝が動く。何か差しているみたい。その先を見ると、薪になりそうな針葉樹の枝が地面に落ちていた。


 さらに御礼を言って一つ一つ拾うと、両手で抱えるのが結構大変になってくる。うん、だいぶ集められたかな。フィオの待つ円塔遺跡に戻ろう。


「――わぷっ」


 旧街道に戻り、元来た方角へ向き直ると、いきなり身を切るような突風が吹きつけた。




≪芽芽! 誰か人間が近づいてる! 荷物を取ってくるから隠れてて≫


 突然、カチューシャが険しい表情で傍の茂みの方向を(あご)でしゃくった。ここに潜めってこと? いやでも、この大量の枝どうしよう。


 突発的な事態がすこぶる苦手な私がのろのろと迷っているうちに、フィオの叫び声がした。獰猛(どうもう)な獣の野太い声音。他の人が聴いたら威嚇とか攻撃の雄たけびだとか勘違いしそうだけど、きっと違う。フィオはすごく臆病なのだ。


 魔力だって古代竜だから、爺様いわく普通の竜の何倍もあるらしいのだけど、本人は肝心のその使い方を理解できていない。

 自分を小さくしたり、(うろこ)の色を変えたり、小さい姿のときでも羽の威力を増やして高い木から果物をもいだり、が関の山。


 人間を攻撃する方法も知らないし、母竜とひっそり暮らしていたから他の竜との闘い方も知らない。想像しただけで、≪そんなの怖い≫と腰が引けてしまう子なのだ。


≪……フィオ!≫


 しばらく立ち尽くしていた私は、二度目の叫び声で我に返って駆けだした。


 お願い、どうか間に合って。私の大切な竜を、もう誰も傷つけないで。


※お読みいただき、ありがとうございます。

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