+ 中級魔導士: 美しさは虚
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静まり返った回廊を斜めに突っ切って、そこからはダッシュで階下へ向かう。
最近、新聞で話題になっている五代前の聖女ティーギン様の時代には、神殿のあちこちに転移魔法陣を仕込んだ魔道具が設置してあったらしい。それが今でも作動してくれていたら、ひとっ飛びで人気のある場所へ行けたのに!
まぁそうなると、神殿奥に初級のアイリウスがしょっちゅう顔を出すのだって、同じく初級のポテスタスがこの前、神殿奥を通過して霊山に入れたのだって、不可能な芸当なんだけど。
それでも昔みたいに転移魔法陣を渡る魔術を組める人間と同伴でなきゃ、格下や部外者は立ち入れない造りにしてくれたほうが、僕としては日常業務がずっと楽。『許可された者に限る』って規則だけじゃ、形骸化する一方だ。
なんで今みたく誰でも魔法陣を通過せずに入れるようになったんだっけ……えーと、転移中に死亡事故が起こって、魔石の劣化だの原因がはっきりしなくて、結局は全ての転移地点で動力源の魔石を回収することになって、その後は……よし! やっとこさ塔と塔を繋ぐ大広間に来れた!
って、今度は逆に人が多すぎ! 誰か頼めそうな人間を探すものの、こういう時に限って――。
「――ネリウス兄さん! じゃなくてっ、水の師団長補佐!」
周囲の竜騎士たちが僕を見るや否や顔をしかめる。暗青色のマントで壁を作ろうとしてくるのを、兄さんが止めてくれた。
「どうした!?」
「聖女の間への西渡り廊下、お願い大至急っ」
息を整えながら、腕を大袈裟に動かして合図を送る。ネリウス兄さんは持っていた書類をクウィーヴィンという幹部候補に押しつけ、僕の来た道をすぐさま駆け上がってくれた。うん。これで大丈夫だ、多分。
「中級の魔導士のくせにっ。毎回ネリウス補佐を動かせると思うなよ、女もどきが!」
「やめろ。補佐がわざわざ構うのは、大切にされている弟君のためだ。コイツなんかのためじゃない」
血気盛んな新人を、僕に一切迎合することなくクウィーヴィンが制する。商家の出だけど、やや垂れ目の中性的な顔と優雅な仕草で、宮廷でも人気の高い竜騎士だ。
対して僕は、尻軽の小悪魔『美少年』で通っている。向こうのイメージを裏切らないよう、妖艶に挑発してやろうじゃないか。
と口を開いたその時、不機嫌そうな上司が片足を引きずりながら大広間に入ってきてしまった。愛人の新米魔導士まで引き連れてるもんだから、規律に煩い竜騎士たちが余計に剣呑な雰囲気に包まれた。
「ダリアン! なんでこの俺様がペルキンの野郎と相部屋なんだ!」
「ね、言ったでしょお。アリスが手配してあげてたら、絶対にそんなミスしないのにぃ」
告げ口とは余計なことを。アイリウスが午前中から珍しく出勤して、土の魔導士塔をうろうろしていたと思ったら。ルキヌスのお気に入りとはいえ、勝手が過ぎる。
「星祭りまで一週間なんですから、近郊の大きな街の貴族向け宿はもう大半が埋まってますよ。穀物街道に親戚の領主がいる僕だからこそ、ダルモサーレでやっと一室開けさせたんです。
確かアイリウスの実家は、遥か南のカグツチ州を斜めに思いっきり下まで行った、アヴィガーフェとの国境でしたよね」
お望みでしたらそちらへ、とルキヌスを見やると、毛虫眉を盛大にひそめていた。
「冗談じゃない。グウェンフォールの捜索に駆り出されるとしても、俺は近場しか担当しないぞ!」
「ですからぁ、アリスがぁ、ダルモサーレへご一緒しますぅ」
「やめてよ。これからペルキン様の部屋を別に押さえろっていうの? 僕はしないからね! だったらアイリウスが責任もって、神殿魔導士にふさわしい宿の、一番良い部屋を二つ確保してみなよ、できないクセに!」
大体さ、裾に黄色いラインの入った白ローブはルキヌスと僕の二人であって、アイリウスは赤のライン。つまり火の塔の所属なわけ。部外者なんだよ!
今ここにいない財務長のペルキンは紫のラインだけど、黄金倶楽部のメンバーだから黄色繋がりで土の塔側が手配を一任されてるの!
「なんともまあ騒々しいこと。神殿はいつもこうなのかえ?」
突然、蛙がひしゃげたような濁声が降りてくる。魔法を使って大広間中に響かせたらしい。行き交う皆が驚いて足を止め、正門方向へと続く主廊下を注視した。
青色のラインが裾に三本入った灰色のローブを纏う小柄な体。水色から青のグラデーションに染めた髪を帽子のように大きく結って、皺だらけの顔は目がギョロっと飛び出ている。魔導士協会のラウィーニア会長だ。
部下を四名も引き連れて神殿に乗り込んでくるなんて、神殿長へ何か抗議をするつもりかな。
「ルキヌスよ、上級魔導士の気概をみせよ。東端の街なぞとケチらず、せめて藁灰の街までは足を延ばさぬか。神殿も数々の魔道具で世話になっておろう、グウェンフォール様のためであるぞ。この恩知らずが!」
あーこれ、第二次捜索隊の旅程を最初から組み直さないといけないヤツだ。中央高地の東端を出ちゃうよ。ルキヌスがごねそう。
ていうか、もう既に物凄い形相になってる。流石に声に出すのは我慢しているけど、毛虫眉が怒りでぴくぴくしてる。
「ほれ、そこの。秘書姫とか申したな。このお婆を案内せい。
見通しの甘いモスガモンには、地震後の無能采配で苦情があちこちから来ておる。加えて臆病者のグナエウスは悪質な嫁いびりをしておったし、恥さらしのアルキビアデスは若い男と性交中に意識を失いおるし、今日は諸々まとめてあのデカ鼻をいびれるぞい」
枯れ枝のような老婆が、棺桶の上の死神鳥さながらの不気味な笑い声を上げた。
また神殿奥に逆戻りか……天を仰ぎかけて、斜め後ろからの視線に気づく。青の竜騎士たちが皆、勝ち誇ったような目でこちらを見下ろしていた。
グナエウスの件は、奥方の実家が神殿に来ちゃったから周知の事実。でもアルキビアデスが休んでいる原因は非公表扱いだったのだ。内容が内容だから噂はすぐに駆け巡っていたけれどさ。このババア、わざわざ大広間で魔導士側の醜聞を羅列しやがったよ。
ここは正門からの客が必ず通る場所だし、魔導士の各塔・竜騎士の各塔へも、閉鎖された鳥塔へも、聖女の部屋を含む神殿奥へも繋がっている。ちょうどここを通過しようとしていた他塔の竜騎士たちも、あからさまに侮蔑の表情を浮かべていた。
これまでが神殿長派、つまり魔導士側の天下だったからなぁ。竜騎士側には長年の鬱屈が溜まっている。
「そういえば、秘書姫や。神殿長と仲良く帝国貴族を接待しとった朝焼けの街の領主が監獄島送りになったそうじゃの。事の発端は、夏の終わりに小児性愛で捕まった変態魔導士どもか?」
~~~~この人、神殿で竜騎士対魔導士の全面戦争を勃発させたいのかな。そりゃ魔導士協会に昔ほどの権力はないけどさ。魔導士の総元締め的な地位にいながら、何故に魔導士を貶す!
ああもう。大広間を行き交う魔導士が、一斉に苦虫を噛み潰したような顔になってる。
でも誰も反論しようとしない。だって神殿長や聖女でさえ、この御仁との舌戦で勝てた試しがないのだもの。おまけに魔導士全員が登録を義務づけられている魔導士協会には、魔導士の品位を問う正当な権利がある。
「ぼ、僕はそういうのは疎くって皆目見当が……神殿長様は先ほど、聖女様のお部屋にいらしたので、呼んでまいりますね。客間で少しお待ちいただければ――」
「構わん! 一緒に行ってやろう。聖女が護衛竜騎士と上級侍女を不当解雇したら、もう一人の上級侍女まで逃げ出したと聞いたからな。人手不足であろう?
小娘のワガママすら正せんとは、魔導士も竜騎士も軟弱者揃いじゃの。誇りなぞという高尚なものは母親の腹の中に忘れてきたか、いや残念至極」
大広間が凍りつく。もうヤダこの老害、全方向に喧嘩売って、何がしたいの。
しかもラウィーニア会長が帰った後、神殿長と聖女からの八つ当たりの大嵐が吹き荒れることは、皆が容易に予想できた。
それでもこの人は、九年大戦でグウェンフォール様と共に先陣切って戦った、救国の英雄の一人なわけで。だから普段、威張りちらしているルキヌスでさえ、必死に怒りを堪えている。
嗚呼もう。まずは大広間から、この歩く着火剤を離さないとヤバイ。
「で、でしたら! ご案内しますので、とりあえずこちらへ!」
いつだって僕は、目の前の厄災をどう回避するかで精一杯で。
魔導士協会と神殿。所詮は上層部の権力闘争だろうと軽視して。
ロザルサーレ行きが会長の思惑すら超えた展開になるだなんて、知る由もなかった。
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※芽芽を召喚した神殿魔導士側のドタバタした様子です。
フィオが落とした鱗を発見したダリアンたち。霊山にはとうとう暗殺ギルド『黄金月』が探索に入りました。そして芽芽一行の足跡を辿ろうとしています。
「一昔前の茶毒蛾ホスト」のルキヌスは、「お手々ワキワキのでっぷり鬘」ペルキンと共に、魔導学院長グウェンフォールの捜索へ出発予定でしたが、行き先が変更されました。
もしこの時点でダルモサーレに行けていれば、ガーロイドたち四人組と鉢合わせしていたかもしれません。
「オウム鼻の三つ編み老人」モスガモンは、芽芽の召喚以降、なぜか相変わらず忙殺されています。火の聖女メルヴィーナは、来週末の星祭りのことで頭が一杯。副神殿長ファルヴィウスは胸のある女性を常に追いかけ、ダリアン美少年には無関心。
朝靄の街で芽芽がお世話になった、オルラ(上級侍女)と姉のシャイラ(護衛竜騎士)もちらりと出てきました。
グウェンフォールの友人、ラウィーニア会長は初登場ですが、7話前の「◇ 土の竜騎士:ルルロッカ追跡?」にて、ちらりと言及されています。




