48.問いつめる
街で今までの地球製よりも大きなリュックを購入する。オリーブグリーン色で帆布みたいな厚生地だから軍隊っぽい。
この国では精霊四色じゃないと見向きもされないのか、店晒し状態でかなりくたびれていた。
首元の爺様に確認すると、やはり大陸の南側の品を扱う輸入雑貨店らしい。売れない色なのに置くのは、異国の珍しい物がありますよってアピールなのかな。
おなじ場所で首輪代わりになりそうな大判のバンダナも入手した。
人気のない公園へすぐ移動し、木で周囲が遮られたベンチに腰かける。
まずはカチューシャの変装だ。
バンダナは『野良犬じゃありません』と伝わるように、三角巾に折って布地が出来るだけ見えるようにした。ふんわりと首元へ巻く。蔦模様の優しい花萌葱色だ。
フィオがグリーンバジリスクな鱗で、爺様も小鴨色のネックストラップで吊るされてて、私が若竹色のコートを着ている。
ということで緑がチームカラーになったぞ!
新たな大袋の底に爺様のローブを敷きつめ、自分のリュックをその上に置く。パンパンに膨らんでいたリュックから、巾着袋やタオルをいくつか取り出して周囲につめて。それでもまだ余裕があった。
これからは、もとのリュックの上部を開けっ放しにしてあげられる。
大きな背負い袋の中を覗き込むと、くるんと丸まってたフィオとばっちり目が合った。手ではなく、尻尾の先をゆらゆら振ってエアー返事してくれる。
ごめんね、閉じ込めて。だいぶ広くなったから、中で少しぐらい動き回っても大丈夫だよ。
しかも今回の袋は目が粗いから、穴を開けなくてもフィオなら問題なく外を見通せる。逆に向こうからは中身がそんなに見えないという優れもの。
魔道具じゃなくて、編み方と糸の副産物。お店で物色していたときに発見した。
さて、荷物の問題が解決したから次だ。
私は休憩がてら公園の椅子に腰かけ、珈琲牛乳色のぬいぐるみ熊を首から外し、膝の上に置いてじっと見る。ついでに白いサモエド犬も私の正面に来てもらう。
≪カチューシャと爺様に確かめたいことがあるのだけど≫
妙な勘が働いたのか、二人ともビミョーに目線をずらしている気がする。ぬいぐるみの目はこっちを向いているけど、中に入っている『しがない教師』の目がどうにも泳いでいる気がしてならない。
≪あのさ、私に何かしていない?≫
しーんと静まり返ったまま、誰も答えない。
≪私、会う人会う人に『小さい』とか『幼い』って言われるの。そりゃこの国の平均身長よりも低いのだろうけど、いくらなんでも子ども仕様ってことはないよね?≫
ふむ。まだ発言するつもりがないのか。
≪それとね、皆の態度。『陰気で不愛想』なお国柄の人たちが、そろいもそろって全員すごぉく親切。これちょっと出来すぎているよね≫
私は二人を交互にじっと見つめた。答えるまでここ、動かないよ?
≪――外套よ≫
溜め息をつきながらも、先に話しだしたのはカチューシャだった。
≪森の中で、外套広げさせたでしょ。あの時、芽芽が『おまじない』を掛けてもいいって許可したの≫
≪うん。縁起担ぎの『おまじない』はね。でも多分これ魔術だよね? なんかの、高等魔術だと思う。そんなの許可してない≫
また黙りこくっちゃった。
≪なんで先に説明してくれないの? 私、ちゃんと理由があることなら、別に反対しないよ?≫
爺様たちに事情があるのは承知している。それを敢えて聞き出そうとは思わない。ここまで本当にたくさん助けてもらったもの。心の底から感謝している。
ただこんな風に勝手に魔術かけられたりするのは、ちょっと不安になった。私は怒っているんじゃなくて、そんな大事なことも話してもらえないくらい、信用してもらえてないのが悲しいんだよ。
≪カチューシャが描いたのは精神へ微弱に作用する魔法陣じゃ。
お前さんが誰かの目の前に立ったとき、その者が親戚の子や近所で見知った子どもを想起し、警戒心を軽減させるためにな≫
催眠術のようなものかな。地球でも、レモンやワサビを甘く感じるようになったり、プラセボ薬で病気が治っちゃう人がいる。
≪……皆が異常に親切だったのは、私のことを親しい子だと勘違いしてたからだったのね≫
ていうか、風邪云々は人前でコート着用をキープさせるためか。この二人が毎回そろって『着ろ着ろ』の大合唱なんて、なんだかおかしいとは思ったよ。
≪……落胆したか?≫
気まずそうな爺様がぽそりと訊いてくる。
ミーシュカ乗っ取り犯と女王様犬の言動に関しては、納得しただけであまり気落ちしなかった。だって最初からこういう二人だもの。
他の人に関しては……う゛ー。正直に認めると、そりゃねぇ、それなりにショックだよ。
皆、私の言動をまず見て、私自身が親切に値する人間だと評価して、優しくしてくれたわけじゃないもの。
チヤホヤされてちょっと天狗猿になってたから、ぴしゃりと現実突きつけられて、マングローブの水底に落っことされた気分。
≪でも、親切にしてもらった事実は変わらないし、皆には感謝している。爺様やカチューシャも含めて。あ、フィオもね≫
リュックの中でずっと静かにしていたフィオが、のんびりした声で≪ボクも~≫と返してくれる。
親戚の子限定でも、あんなに愛情深い態度を取れる人たちに出会えて幸運だったのではないだろうか。冬が厳しいこの国で、家族をうんと大切にしている様子が垣間見える。純粋に、いい人たちだと思う。
≪この世界に身一つで放り出された私は、運を当てにしたり、誰かの情けにすがることでしか生きていけないの。だからコートの魔術自体もそんなに気にならない。
ただ、一言断ってほしかっただけ≫
≪ぜ……善処しよう≫
……つまりは結局、NOってことかな?
爺様が下を向いたままな気がする。カチューシャの目線もなんだか挙動不審だ。志半ばで亡くなってしまったから、私を使って何かしたいのだろうけど。
二人の計画の全貌が見えない。
私は息を吐けるところまで吐き出して、自分の中のもやもやを捨て去るイメージをした。うん、大丈夫。価値観が違うことを責めても仕方がない。彼らには彼らの生き方と信じる道がある。
そして私は、そういう一人ひとりの世界を尊重できる人間でありたい。親にさえ自分の『普通』を受け入れてもらえなくて苦労したのだ。他人を自分の尺度に押し込めて、思い通りに操ろうとは思わない。
≪一つだけ、確認≫
ようやく自分の顔を、ちょっとだけ笑顔に戻す。死んだおじいちゃんも言ってたからね、笑顔は最大最強の魔法だ。
自分が微笑めば、世界中が微笑みに包まれるんだよって。
≪このコートの魔法陣は、竜騎士や警察魔道具に絶対反応しない? 魔導士たちにバレる要素になる?≫
≪いや。竜騎士は、魔導士の身体を取り巻く魔素の揺らぎに反応するのじゃ。特に攻撃系の魔術は力を凝縮するからの。
世間には魔道具がごまんとあるからな。警察魔道具でも特殊な魔法陣以外は検知できんよう鈍化してある。魔獣討伐となると、魔核に反応する魔道具が登場するが、カチューシャや古代竜ならかいくぐれる≫
魔力を持つ物質には反応しない、魔核を持つ生き物にも反応しない。
ちょっと待て、じゃあサンバでマンボは一体何の探知機?
≪あの機械を引っ張りだしたということは、一般人に偽装した魔導士を探しておったのじゃろう。この国で魔導士登録をすると、あの探知虫と反応する魔法陣が体内へ組み込まれる。
以前、他国の魔導士がこの国の魔導士のフリをして度重なる悪事を働いてな。或いはこの国の魔導士が他国の魔導士を騙ることもあった。そこを踏まえて導入された管理制度じゃ≫
地球の指紋認証とか、住民登録のマイクロチップ埋め込みみたいな話? 『探知虫』って名称からして、なんか怖いな。
≪魔導士はそれだけの責任を伴う仕事じゃ。一般人よりも遥かに多くの力と知識を持ち高額の給料を稼ぐのであれば、それなりの手枷足枷がないと、周囲が怖れて、やがては排斥運動に繋がる≫
魔女狩りだね。一方的な正義で頭ごなしに悪役にされる恐怖は、よぉく解る。生粋の異端者だもの、私。
≪少なくとも中級・上級の認定を受けたいのであれば、あの登録を受け入れるしかない。まぁ、その登録をせずに上級の魔術まで習得するツワモノも極まれにおるがの≫
≪もしかして、爺様がそのツワモノ?≫
≪違う! ――≫
うぬぬ、読みが外れた。やっぱり、私ってば最近調子に乗ってたのね。
≪――ワシは後から登録しておる!≫
違わないじゃん。順番おかしいからツワモノ決定。登録したってことは、中級か上級の魔導士だ。魔獣と契約できるレベルだから、当初から『最上級です』って白状してたけど。
もはや『しがない教師』の件を追求する気が露ほども湧き起こらないよ、熊乗っ取り犯め。
カチューシャも呆れたのか、思いっきし目を細めてスナギツネ顔。無言の非難が積もり積もって、背後にチョモランマがそびえ立ちそうだ。
それにしても、あの検問所。緊急配備ってわりには、竜騎士たちに危機意識がミジンコもなかったよね。『上からの命令なんで、すみませんねぇ。一応ざっくり中見させてもらえたら、もういっすよー』みたいな軽いノリ。
凶悪犯罪やらかした悪徳魔導士が逃亡中なら、もっと焦ってないか。
≪赤い竜騎士たちが探してたの、爺様?≫
≪………………≫
うん、この読みは当たった気がする。
≪まぁ、気が向いたらでいいから、なるべく事情を教えてくれるとうれしい。もしフィオに関係することだったらお願い、ってことなのだけど≫
≪…………善処する≫
はぁ。とてつもない無力感に苛まれそう。
いやいや、それでもこの二人には一杯助けてもらったじゃない。念話通訳やこちらの文化風習の解説を考えれば、オルラさん一家以上のお世話になってるよ。
よし! 私は気合いを入れるために、両頬をぺちぺちと叩きつける。
話を切りあげ、爺様の肩掛け袋をお腹側で斜めにする。熊のぬいぐるみを首にかけ、新しいリュックに音消しと重量軽減の風の膜を張って背負った。
これから食料を買い込んで、森へ逃走するのだ。
≪――あれ? じゃああの不良はなぜ向かってきたの?≫
決意を固めたところで、ふたたび疑問が沸き起こる。そういや思いっきり親切じゃない連中もいたわ。
≪うむ? そ、それはまぁその、親戚の子どもにもああいう態度なのじゃろう≫
いやそれはあり得ないって、と突っ込もうとしたが、実際に親戚どころか実の子どもを殺す親もいるから、あながち否定できない。
だとしたら緑頭巾ちゃんファッションだからって、魔導士に優しくしてもらえるとは期待しないほうがいいだろう。
爺様とカチューシャに確かめると即行で同意されてしまった。
≪かけるんだったら、完璧にかけてよ!≫
魔法でどこまで出来るのか全体像が判らないけれど、所詮は人間のすること。やっぱり中途半端感がぬぐえない。
※「自分が微笑めば、世界中が微笑みに包まれる」というのは、有名なジャズ曲からアレンジして訳してます。芽芽のおじいちゃんは、インテリゲンツィヤでジャズ通なのでした。




