46.馬車を止められる
「あらまぁ、じゃあ独りで『**』へ? 小さいのに偉いわねぇ」
次の街で乗ってきた、ぽっちゃりしたおば様に話しかけられた。見た目は現代地球の五十代前後。桃色の髪を後ろで一つに結わえている。チュールレースかな、オレンジピンク色の繊細なリボン留めが高級感を出していた。
霊山裏の街で果物を売っていたフラミンゴおばさんよりは、少し黄色が混じっている。爺様に確かめると、やはり染めているらしい。
服は髪より薄めの桜色のワンピースで、裾近くに黄色の線が入っている。こちらも上質の布地だと思う。カチューシャたちも、≪王都っぽい≫と評価していたから、こういう二色使いがこの国の『都会』の雰囲気なのかもしれない。
王都暮らしの長かったオルラさんも、赤と黄色の組み合わせだった。元気かな、お酒飲みすぎていませんように。
ほんわりマシュマロみたいな笑顔がよく似合うおば様である。だが質問に答える代わりに地図でこの馬車の最終到着地を指し示したら、また『小さい』認定されたのはなぜじゃ、なぜなのじゃ。
「これ食べる? 一昨日焼いたケーキなの」
「アリガト」
外側が四辺とも、桃色の薄い花びらでまぶされたパウンドケーキが蔓篭から出てきた。スライスされた中身は、基本が地球と同じ卵色のケーキ生地だけど、真ん中5センチくらいは四弁の花形にくり抜いた赤い生地。どうやって作ってるんだろう?
桜漬けみたいなしょっぱさはない。甘酸っぱいベリー系でおいしかった。おまけに外側はクッキーみたいにカリカリで香ばしい。
恵んでもらえるのはうれしいよ。でも、なんでこの人もこんなに親切なんだろう。まるで自分の子どもにでも話しかけているみたい。
――――ん? そういえば。
これまで何となく気になっていたことが、形になって頭をもたげてきた気がする。これって、もしかして――――。
その時、馬車が急に速度を緩めた。後方に広がる景色はのどかな田園風景。次の街はまだ先だ。
誰かが街道途中で乗り込んでくるのかと思ったら、馬の雰囲気がもっとずっとピリッとしている。念話とまではいかないものの、なんだアレいつもと違うぞ的な馬さん二頭の感情がひしひしと伝わってくるのだ。
「どうしたのかしら?」
マシュマロおば様も不思議そうに、御者台のほうを見る。馬車を覆う幌は横側なら透けている窓部分がかなりあるけど、前方は両わきしか見えない。
馬車の奥の方、つまり御者台近くに座っていたおば様は、手を伸ばして精霊四色を編み込んだ紐を引っ張った。
「お兄さん? どうしたの?」
どうやら飾りじゃなくて通信具だったみたい。糸電話じゃないよね、例の『生活魔道具』なのかな。
「あー、すみません、お客さん。なんかこの先で検問やってるみたいで、前の馬車があっちの道のど真ん中で停まってるんすよねぇ。わきに寄ってくれりゃいいのに」
私も前方を覗いてみた。目が悪いからよく見えないけど、警察の制服なのかな。黒っぽい格好した人たちがいる。
「まぁ、竜騎士の方たちだわ。暗赤色の外套だから火の第三騎士団ね。何か事故でもあったのかしら」
「どうなんすかね、ただの事故や事件で竜騎士が出てくるのは妙ですね。しかもさっきから竜の姿が全然見えないんすよ」
「あらホント。変ね、あの方たちって、いつも竜と一心同体なんでしょ?」
おば様と御者のお兄さんの会話をそこまで訳してくれていたカチューシャが、ふいに馬車の出入り口へ移動し、そのまま外へすっと降りた。
さすがに後部座席の客が一名気づいて、しばらく視線で追っていたけど、深く考える様子もなく連れとの会話を再開してしまう。
カチューシャの『注目を集めない魔術』、今日もすごい威力だ。
≪爺様、カチューシャは検問を見にいったの?≫
≪恐らくな。竜騎士は魔術を気配で感じ取る者もおるから厄介じゃ。念話は少し控えるぞ。検問が始まったら完全に念話無しじゃ≫
私は熊を自分の側に反転させる。つぶらなテディベアの瞳を真剣な顔で見つめ、了解とばかりに頷いた。
ついでに隣の座席に置いたリュックの上部をトントンと軽く指でつついて、フィオにもいざという時の合図を思い出してもらっておこう。
≪フィオ、我慢できそう?≫
≪大丈夫だよー、ボクじっとしてるからね。念話もなしだよね!≫
うちの緑竜がピュアすぎて、キュン死寸前モモンガ悶絶である。神殿でひどい目に遭ったのに、同じ人間である私のことを信じきっているこの善良さ。
でも検問ってのがもし荷物を逐一調べられるってことなら、今のうちに馬車から降りて、逃げたほうがいいんじゃないだろうか。
何人もの鍛えられた兵士に追いかけられて、振り切る自信なんてゼロだ。
フィオの姿は人前で見せられないし、カチューシャに早く帰ってきてもらって、私の地球製リュックごとどこかの茂みに避難させなきゃ。
私は爺様の斜め掛け袋から、魔石の入った小さな巾着袋と金貨の革袋を、そっと手で隠しながらリュックのフロントポケットに一つずつ移していった。
ファスナーを覆っている布をまくり上げたから、こちらの世界にない開閉具をマシュマロおば様に見られてしまったけど仕方がない。異国仕様ということで、なんとか誤魔化されてください、お願いします。
二本もある怪しげな魔杖は、前からリュックの中だ。フィオ・スペースのつっかえ棒として利用している。
爺様のじゃらじゃら装飾品も盗難されにくいように、リュックの底に敷いた元の世界の服の合間に挟んである。あとは爺様の魔法陣ローブか。これ、リュックには絶対入らないよね。蔦で外側にくくりつけたまま、カチューシャが全部持てるのかな?
≪フィオと、私のリュック、爺様のローブ巻き……カチューシャ、全部、持てる?≫
念話を減らしたくて、単語を短く並べるだけになってしまった。
≪ああ。ワシとワシの肩掛け袋は置いておけ≫
すみません、元からそのつもりです。カチューシャいなくなったら、爺様しか通訳してくれる人がいないんだもん。ごめんなさい、巻き込みます。
遠くまで広がる畑や野原の中を運河沿いに一本道が走っているだけ。目隠しになりそうな家は一軒も建っていなくて、たいそう見晴らしがいい。
カチューシャが空を飛んだら絶対に目立つ。でもそれ以外に手を思いつかない。
竜騎士相手に魔術大戦を仕掛ける実力はないけど、いざとなったら私がポケットのヤンキー団栗で火の玉を作って、竜騎士たちの注意を引かなきゃ。
≪芽芽、竜騎士たちが一隊総出でこの道を通る馬車を全て検分している≫
カチューシャが音もなく馬車に戻ってきて、隣に腰を下ろした。
≪私のリュック、爺様のローブ、持って逃げて。お願い≫
≪……大丈夫よ、所持品まで検めてはいないから。人を探しているだけ。しかも何故か捜査魔道具の使用も避けているのよね、また悪徳魔導士絡みの事件かしら≫
そっか、じゃあ大丈夫なのかな。でも絶対とは言い切れないし。
≪あんたは挙動不審にならないこと、いいわね≫
う、うん。
≪身体に力入り過ぎ≫
う゛、深呼吸だ。吐いてー、吸ってー。げほっ!
むせてたら、スナギツネ顔と化したカチューシャが呆れてた。チベット通り越してツンドラ地帯かよココっていうくらいに、サファイアの瞳の中で情け容赦ないブリザードが吹き荒れている。
「大丈夫」
マシュマロおば様が私の握りしめた手の上に、自分の両手をそっと置いてくれた。すべてを包み込むような優しい微笑みで、ゆっくり首を上下に振ってくれる。
蜘蛛の糸を垂らしてくれるお釈迦さまのようだ。
カチューシャにはもうちょっと見習ってほしい。最後のぶちっと切れる場面を聞かせたら、嬉々としてやってくれそうだけど。
やがて馬車は停まり、検問の順番待ちを始める。やたらと時間を長く感じてしまう。
やっぱりフィオを逃がしたほうが。あ、カチューシャ、わざとひとの足を踏みつけるのやめて。犬の肉球の使い方、間違ってるから!
そいでもって体重かけないで。連日歩いて、それでなくても足が疲労骨折しそうなのよ。おまけに緑頭巾の裾も噛みだしてくれちゃったし、いつか愛犬モフモフ協会に危険犬として通報してやるっ。
――心の中で毒づいていたら、やっとこの馬車の順番が来た。
初めて見る竜騎士たちは、案外普通で、昨日のおじさん四人組と変わらなかった。あの人たちもガタイが良かったけど、竜に乗れるくらいだから輪をかけてムキムキなプロレスラー怪人が登場するのかと身構えていた。
しかも馬車の中に乗り込んできたのは、地球だと二十代前半って感じの若いしゅっとした竜騎士さん。ストレートに流した髪は赤くて、肩上までのおかっぱ。天使の輪っかが出来ていて冠のように輝いている。
骨格も筋肉も、一般の女性よりも確実にがっしりしているのは隠せないけれど、お顔はとっても端正。手足が長くて、某歌劇団ならトップ男役を独走しそう。
膝下までの深紅色のマントは、木彫りの団栗ブローチで両方の肩章を挟み、四連の細い鎖があいだに渡されていた。
外を見ると、やはり他の騎士も同じ留め具とマントをひるがえして、きびきびと動いている。
ただし腰下までのナポレオン・ジャケットみたいな左右にボタンが並んだ黒制服を、一番いなせに着こなしているのはこの竜騎士姫だと思うな。
「**********」
出入り口の席から一人ひとりに質問してて、とうとう私の番。
ダンディーなお姉様が何か言ってるけど、爺様たちの通訳なしではさっぱり解らない。意外と低くて力強い声に体がすくんで、知っているわずかな単語ですら聞き取れなくなっちゃうよ。
「あの、**********」
見かねたマシュマロおば様が代わりに答えてくれた。そして私に「な・ま・え」とゆっくり言ってくれた。これ、知ってる。宿帳に書かされたし。便利だから覚えたもん。
「メ・メ。ワタシ、タビゲイニン。イコク、ノ、タビゲイニン!」
これまで何度も特訓した。昨日も読み方をチェックしてもらったばかり。
竜騎士になるお姫様の話を選んだのは、本の一番最初に転写されていた物語だからじゃない。お姫様を手助けするのが『異国から来た旅芸人』だからだ。
長身の竜騎士姫が魅惑の低音ヴォイスで何か言っている。今度は「旅芸人」の部分だけ聞き取れた。でも後は解らない。
おまけに馬車の中を所狭しと飛び回っている、フリスビーに羽生やしたみたいな、なぞの巨大昆虫型ロボットみたいな、もっと言ってしまうと例のマンボだかサンバだか踊る名前の掃除機みたいな、異様な物体がすごく気になる。
『捜査魔道具』とやらは使ってないって言ってたじゃん! カチューシャの馬っこ鹿っこめっ。
乗客の頭上でしばらくホバリングしてから、次のターゲットを探して移動中。う~、もうすぐこっち来ちゃう。
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