◆ 風の竜騎士: 竜嫌いの偉人と異国の花
※引きつづき、風(紫)の竜騎士ディルムッド視点です。
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「~~~~盾にしましたね」
後ろから蔓篭を抱えたバノックが、恨めしげな声を出す。
「ディルムッド様ともあろう御方が、女性一人ご自分であしらわれぬとは。
――聖女様で連日鍛えておいででしょうに」
周りを行き交う他の竜騎士には聴こえぬよう小声で不満を漏らしてくる。
見た目は軽薄そうだが、王都の情報屋連中を掌握する有能な部下だ。
「鍛えてたまるか。逃げ回ってはいるがな」
そこで口を噤んだ。
同期一人と取り巻きどもが、騒がしくこちらに闊歩してきた。
黄色いマントを威勢よく翻すユルヴァン。
奴も取り巻きの連中も、飾りを最低限にした遠征用の格好だ。
来月のかぼちゃ祭りのために、魔獣狩りをした帰りか。
「おやおや、ディルムッド閣下? おモテになるねぇ。今度は誰の差し入れなのやら。それとも、お美しい風の師団長様へのご機嫌取りかな?」
お互い微笑みを顔に貼りつけてはいるが、友好的な関係が築けた試しがない。
こちらは風の選帝公の甥。
向こうは今月新たに土の選帝公となった男の兄。
べつに四つの選帝公家で競い合っているわけではない。
しかし貴族の頂点ということでどうしても比べられるせいだろう。
騎士学校に入った当初から目の敵にされた。
「いや。これはバノックが頂戴したものだが、もし腹が減っているのならユルヴァン殿にお譲りしよう」
俺が提案するや否や、バノックが新米竜騎士へ蔓篭を押しつける。
満面の笑みで迫られ警戒を緩めてしまったらしい。
ユルヴァン本人が拒絶する前に、しっかりと篭を抱えてしまった。
被せた布にたかる蝿の数が、さらに増えている。
部下を叱りとばそうと口を開いた金髪男の肩を軽く叩く。
「失敬」と目礼して通り過ぎた。
長く関わり合うとロクなことがない。
「髪とか入ってないといいですねー」
いくつか廊下を過ぎてから、横を歩くバノックが手を合わせる。
今では廃れた古代の祈りの仕草だ。
そういえば、初代聖女も肖像画では必ず合掌した姿で描かれていた。
「呪いの一つくらいは入っているかもな」
俺も思わずしたり顔になってしまった。
婚約者や身内の差し入れならともかく。
行き遅れまいと必死な女性が持ち込むものは油断がならない。
『念を籠めながら切り刻んだ自分の髪』入りの惚れ薬。
『乾燥して磨り潰した猫の睾丸』入りの催淫薬。
呪術系のまじないを定期的に紹介する帝都新聞が諸悪の根源だ。
なにが『民間伝承を次代に伝えるため』だ。
材料からして毎回おかしい。
『大きくなったらディードのお嫁さんになるの』と可愛らしく抱きついてきた姪が、ヤモリの尾と蛇の鱗の粉末をお茶に入れて渡してきたときには血の気が引いた。
まったくもって世も末だ。
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「ディルムッド」
石だけの殺風景な中庭を突っきろうとすると、偉そうな声がした。
鬘頭のペルキンが贅肉を揺らしながらやってくる。
万年中級の魔導士だが、神殿の金庫番を務めているせいで威丈高だ。
「聖女様がお呼びだ」
「そうですか。では――」
早々に退散したかったが厄日らしい。
続いて登場したモスガモン神殿長に「待て」と呼び止められる。
犬じゃあるまいし、と文句の一つも言いたくなるが、問題は起こしたくない。
「お前、姪の捜査を勝手にしているらしいな。ユルヴァン殿は、弟君が選帝公としてお披露目をされたばかりなのに、積極的に魔獣狩りに出向いておられるぞ」
「祭りの準備を怠ったつもりは毛頭ございません」
今はまだ秋口。
魔獣狩りをすべき季節は真冬だ。
どこかの街が危険に曝されているわけじゃない。
単に、第一収穫祭で使うかぼちゃを帝国から買うための交換条件だろうが。
嫌味には嫌味で応酬してやりたくなるが、神殿長の酷評にもすでに慣れた。
選帝公本家出身の竜騎士を引き合いに出されるのも、毎度のことである。
「竜騎士に捜査権が与えられるのは、魔導士が関わった事件だけだ。それも身内の場合は禁じられている。
エイヴィーン女史からも厳重注意させた筈だぞ」
「承知しております」
べつに正規の仕事を放り出したりはしていない。
だが、勤務時間外で何をしようと勝手だろう。
それと各師団長は女性であろうと『卿』で呼べ。
「連続児童失踪事件は、どれも魔術が使われた痕跡はなかったと聞いておる」
「左様でございます」
「であれば王都の優秀な警備隊に任せよ」
「もちろん任せておりますが?」
王都警察には大いに働いてもらわねば。
ただ取りこぼしがないかと、路地裏まで地道に潰していっているだけだ。
あくまで一市民の善意である。
「こちらはお前たちが上級魔導士をついでに三人も逮捕してくれたせいで、仕事が増えて大変なのだ。
今度はカハルサーレの領主殿にまで累が及ぶ始末。そのせいで霊山裏の周辺警備もおろそかになってしまった。
あまり引っ掻き回すのは控えよ」
はあ、と曖昧な返事で怒りを誤魔化す。
偽の目撃情報に端を発した逮捕劇。
なにが『片耳の垂れた灰色猫が現場に必ずいた』だ。
調べてみれば、猫どころか田舎から人間の子どもを買っていたのだぞ。
小児性愛に耽っていた魔導士らは全員妻子持ちだった。
檻の中の被害者は、誰もがやせ細って怯えていた。
斡旋していたカハルサーレの一族まで捜査が及んで何が悪い。
「竜騎士にはこれから別の失踪事件を担当してもらわねばならない」
「別の、と申しますと?」
「魔導学院から陳情が来ておる故、神殿が行方不明のグウェンフォールを探してやることにした」
他にも問題が山積する中で、あからさまに敵視している相手を優先するだと?
後ろに一歩下がっていたバノックが、「ええっ!?」と思わず声を上げた。
まだ訓練がなっていない。軽く睨んで黙らせる。
「あの男は竜嫌いだからな。外出時には幾つか竜避けの魔道具を装備していると聞いておる。よって竜は連れていくな。
これから各師団長にも命じるが、検問を緊急配備するつもりだ」
まるで脱走兵扱いだ。
グウェンフォール様を神殿の古参の魔導士らは毛嫌いしていた。
大陸の南方や古代の魔術まで熟知した異国人は許せない存在らしい。
かつてアヴィガーフェとの九年大戦を勝利に導いた救国の魔導士。
今では王都の魔導学院の名誉ある学長。
便利な魔道具を次々開発しては国民に寄与してくだる方に対して無礼な。
「暇な竜騎士に任を充てる。ユルヴァン殿を見習ってかぼちゃ祭りに専念しておけば、王都に留まれたものを」
神殿長は大袈裟に憐れんできた。
軽く頭を下げたまま、無言で見送る。
後ろをぞろぞろと歩く腰巾着まで威張り散らすのが腹立たしい。
一体いつから魔導士の方が竜騎士よりも上位となったのだ。
「――狂犬が」
誰かが去り際にぼそりと呟いた。
髪型も女遊びも副神殿長を真似ているケセールナックだ。
背後のバノックが動かないよう、片手をわずかに上げて押し留める。
魔導士が竜騎士を蔑むのは昨日今日のことではない。
姉貴分のコミーナにまで『聖女の飼い犬』だの罵倒されるのだから今更だ。
「申しわけありません。短慮に過ぎました」
魔導士たちが立ち去ると、バノックが詫びてくる。
「気にするな。俺も思うところはある」
「しかしグウェンフォール様が失踪とは、穏やかではありませんね。もしや神殿とまた何か――」
即座に首を横に振って、話を終わらせる。
あの方を亡き者と望む人間を探すなら、この神殿が最有力候補地だろう。
未解決の児童失踪事件でも虚偽情報を流すくらいだ。
紙上の『灰色猫』の描写はグウェンフォール様の契約獣と酷似していた。
「まずは情報を集めてからだ。それよりも、このまま聖女様のお部屋に参上する。一緒に来い」
嫌がるバノックの肩にがっちり腕を回し、ずるずると引きずる。
神殿で一番危険な場所に単身乗り込む気は更々なかった。
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聖女の部屋の前まで行くと、すでに待ち構えていた侍女が扉を開ける。
本人はしどけなく長椅子に身を預けていた。
沢山の宝石が散りばめられた紫の玉虫色ドレスをまとっている。
その横には篭の中に仰々しく鎮座した赤い聖火鼠。
同僚には秘しているが、小動物は嫌いではない。
赤ん坊の頃から慣らせば、竜をそこまで怖がらない犬猫もいる。
将来は愛竜のダールや可愛い生き物たちに囲まれて暮らしたい。
だが昔、好きだったネズミ系は計画からすべて外した。
この微動だにしない不気味な栗鼠のせいだ。
最近では悪夢の中に登場しては、淀んだ目で何かを訴えてくる。
「まぁ、ディルムッド様! いらしてくださるなんて……」
部屋の主は、自分で呼びつけておきながら意外そうに驚く。
「先ほど神殿長に申しつかりました。竜騎士に御用でしょうか?」
今度は小鳥か蜘蛛か蠅か。
ここ何代かの聖女は神殿に紛れ込む生物を異常に厭う。
犬や猫が迷い込めば、その場で無残にも処分される。
当代の聖女は、神殿を守護する竜や通信用の鷹すら嫌がる。
竜舎や鷹塔の移転を声高に唱えるようになった矢先だ。
極力、機嫌を損ねたくはない。
~~~だがしかし。
先週は、ゴキブリがいたと広場で侍女たちと大騒ぎしていた。
通りがかりに抱きつかれそうになって、近くの竜騎士を差し出した。
途端に魔鬼の形相と化した聖女が、哀れな身代わりを瞬時に突きとばすとか。
『ディルムッド様ぁ、こわぁいっ』とシナを作って追いすがられても。
黒い虫よりも、よっぽど恐怖を感じた。
「見たところ不審な生き物もいないようですし、では――」
「あら。そんなつれないことをおっしゃらないで」
染め上げた金髪を靡かせた聖女が、するり、と腕を絡ませてきた。
ワザと足元を崩し、ついでに豊満な胸を押しつけようとする。
その勢いを利用してもう片方の腕を掴み、目の前へと移動した。
「大丈夫ですか」
なるべく身体を離すと、悔しそうに顔を歪めている。
「え、ええ。ありがとう。……ディルムッド、前回の舞踏会は約束していたのに、お忙しくて連れていってくださらなかったでしょう?」
先にグローニャ嬢に捕まって勿怪の幸いだった。
失踪事件で度忘れしていたが、この週末の舞踏会に誘えということか。
「その節は申しわけございません。
実は先ほど、聖女様の御祖父であらせられるモスガモン神殿長直々に王都外での仕事を命じられたばかりなのです。
残念ながら聖女様をお連れする栄誉に与ることは当分難しそうです」
両の踵を鳴らして敬礼をすると、部屋から退出した。
赤栗鼠の定まらない目線がやけに不気味だった。
眼球全体が白濁しかけている気さえしてきた。
ヘスティア様と発見した魔獣の死体箱を思い出す。
一方、こちらは精霊の眷属だ。
魔核などありはしないのに……。
思考を切り替えよう。風の塔へ急がねば。
エイヴィーン卿にどうやって休暇届を受理してもらうべきか。
風の師団長は、前にも増して魔導士側へすり寄っている。
執務室を開けたら、魔導士の男がひん剥かれて地べたで勝手に喘いでいるとか。
いくらエイヴィーン卿や秘書たちが普通に事務作業していたとしても、正直もう遭遇したくはない。
ふと、昼休みに聞かされたレイモンドの歴史よもやま話が脳裏に浮かぶ。
聖女の部屋があるこの区画こそ、神殿でも最古の建築部分だ。
『実はねぇ、1853年前の王都の大火、あれは地震が引き金だったらしいんすよ。
今回と同じ直下型のがいきなり来ましてね。
その混乱の直後、霊山の裏側の麓で初代聖女が発見されたっす。
でも王宮にはいらしてくださらなくてねぇ。
困った王家が、聖女様の暮らす霊山の中腹に建てたのが神殿の起こりだったとか』
初代聖女様は異国の出身だ。
遥か南、四季折々の花の咲き誇る山岳地帯からいらしたのだという。
外国人のグウェンフォール様がこの国で比較的受け入れられたのも、そういった背景がある。
当時北国では珍しかった花々の装飾が、この廊下の壁にも並ぶ。
その内の多くはこの国でも栽培されるようになった。
初代聖女様のために皆で品種改良したのだ。
かつては神殿中で、常に色とりどりの花が咲いていたらしい。
曾祖母と年の近かった五代前のティーギン様の時代も。
それがなぜ、今では全く見かけない?
花壇自体が神殿には一つもないのだ。不自然じゃないか?
……騎士見習いで神殿に入った時からだ。
草木の一本も生えていないのが『普通』だった。
近年の天候不順のせいにするには、計算が合わない。
『ティーギン様が亡くなられ、飼っていた犬と小鳥は水の選帝公家に引き取られたが、肝心の精霊の使徒であるヒキガエルの行方は杳として知れなかった。』
今朝読んだ、帝都新聞の一節を思い出す。
そうだ。あの時代には、神殿内に犬も小鳥も確かに存在したのだ。
禁止になったのはいつからだ? 何のために?
『いいえ、ディードは解っていません』
四日前に喧嘩別れしたままの親友の声を思い出す。
俺は……竜騎士たちは……何を見落としてしまったのだろう。
◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇
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