3.夜、火を点ける
ぷっくり着ぶくれ福良雀になったのに、なんで暖かくならないんだっ。
寒さと痛みで今度は怒りが湧いてきたよ。我慢の余白スペースが枯渇していってる気がする。
落ちつかせるために息をゆっくり吐けるだけ吐ききって、ふと気がついた。
そういえばここ、森か林の中だよね? 熊みたいに人間を食べる子とか、蛇みたいに人間を呑みこむ子とかいるのかな。もしかして今も獣がこっちを窺っていたりする?
逆に私が猟師で、茂みの中から動物を狙っていたとしたら、仕留めようとするのが世の常。だから死ぬのはいいんだけど……噛みつかれてから地面に何回も叩きつけられての、なぶり殺しは嫌!
私は慌ててリュックに括りつけてた熊除けの大鈴を掴んだ。おじいちゃんがよく手荷物に付けて持ち歩いていたやつ。
形見分けのときに誰も欲しがらなかったらしく、書斎の壁にポツンとぶら下がっていたのを引き取ったのだ。
どっか山奥の神社の社務所で売ってあったらしいのだけど、いぶし銀の釣り鐘型で手の平大のカウベルにしか見えない。お花で飾られたジャージー島の牛が首からぶら下げていそう。音もガランゴロンと低めで重厚感ばっちし、流石おじいちゃん。
――じゃなくて。打撲痛がなかろーが、すこぶる足の遅い私。鈴の音一つでどうやって猛獣を撃退できると言うのだ。
えーと。考えろ。……いや、丸鈴もじゃらじゃら一杯あるよ? お財布にも付けてるし、スマホにも付いてるし。リュックのファスナーにもぶら下がってるし、巾着袋にも。
おじいちゃんが毎回私のために、各地の神社で買い集めてくれたお土産の魔除け鈴なら、ほら。こんなに沢山。……って、なんかチガウ。
肉食獣を遠ざけるのは、火だよ、火! おお、私ってば頭いい。
で、その火はどうやって調達するのかね、きみは。
~~~~登山セットをネットで揃えるならば、遭難セットも購入しておくのだった。ファイヤースターター、めっちゃ安かったのに送料ケチって先送りにした私は馬さん鹿さんだ。
ううう゛。泣きたい気分で目の前に転がる枯れ枝をじっと見る。昔からのクセだ。
意味不明なんだけど、小さい頃から私には、見つめているだけで火が点けられるという根拠のない自信があった。一度として成功した試しがないというのに、である。
マッチ棒を箱から取り出した瞬間とか、火の点いていない蝋燭の芯と目が合った瞬間とか。どうしても眼力だけで炎が上がるんじゃないかと、見つめずにはおられない。
どれだけ失敗しても、この自信は揺らがなかった。だって、超能力の一つとしてちゃんと入っているんだもん、発火能力。
他の人が出来るんだったら、物理的に不可能じゃない。人間の潜在能力は計り知れないのだから、可能性は絶対あると思う!
枝さん、枝よ。貴方なら燃えられる! 燃えよう! うん、燃えるんだ!
……あーダメかな今回も。
べしっ!
「ふぎょっ」
小石を胸元に投げつけられた! 誰、と辺りを見渡すと。…………ふさふさ尻尾をくるりんと巻いた縞栗鼠でした。
なめ栗鼠系なのか、毛皮が全体的にバリ赤い。しかも投げつけたのは小石じゃなくて、つやつや立派な団栗だ。
御控なすってなのです、縞栗鼠の兄さん、ゴチになりやりやがれという解釈でよろしいでしょうか。
私はお腹へころころ転がった木の実を持ち上げ、確認する。きみ専用の鉄パイプでないの? と差し出してみると、赤毛の縞栗鼠はしばし首を傾げていた。そして突然後ろを向くと、すばしっこく走って消えてしまう。
一瞬何が起こったのか思考がついていかなかったが、私もしばし首を傾げ、今は火だと思い出す。手の中の団栗を握りしめ、もう一度念じてみることにした。
火の神様、火の精霊さんたち。火に関係するすべてのお方々。
~~~~お願いします、火! 炎さま! ホントのホントにどうしても必要なんですってば!
「ひゃっ! えっ?! ぉわっ?!」
うそお。点いたよ。枝が燃えてる。
沈静化するまでしばらくの間、私は呆然と目の前の炎を眺めていた。はて……なにが起こったのだろう。隣のミーシュカにも相談してみるが、ぬいぐるみなので返答不可なのが惜しまれる。
とりあえずミーシュカの小首をこてんと傾げてみました。――てか、寒いな。うん。まずは枝集めだ。私は団栗をカーディガンのポケットに捩じ込んだ。
体の節々の痛みも多少は治まってきたみたいだし、ゆっくりと起き上がって、周囲の枯れ枝を集め出す。焚き火っぽく枝をぐるりと組み上げて凝視。ヤンキー団栗を握りしめると、なんとふたたび炎が上がった。
今度は継続して燃えてるよ、すごい!
あ。じゃあアレもできないかな? 寝る前に時々挑戦したやつ!
焚き火の前でミーシュカと団栗を抱えてしゃがみ込んだまま、周囲の暗闇をぼんやりと眺める。焦点はどこにも集めない。あくまでぼんやりと。
小さな光の玉が、ぽつん、ぽつん、ぽつん。蛍のように儚げに、シャボン玉のようにふわふわと生まれては辺りを漂っていく。
興奮して消してしまわないように、私は心の中を出来るだけ平静に保ちつつ、オーロラのようにキラめく光の玉を目の前の空間に次々生み出していった。
うーむ……愛熊とヤンキー団栗パワーで、こんなにするする出来ちゃうとは。やっぱり夢オチなのかも。でもさ、でもさ、この光景ってなんて――。
≪きれー……≫
いきなり脳内に男の子の声が小さく響いて、私は身構えた。びっくりしたせいで、光の玉は一つ残らず消えてしまう。
一瞬、ミーシュカが話せるようになったのかとそりゃもうすごく期待したのだけど、ぬいぐるみは軽く揺さぶっても豚と応えない。
なぜだ、我が友よ。きみは頑張れば出来る子だぞ。
そこでふと思った。万が一この珈琲牛乳色した子熊じゃなかったら、誰だろう? 足元の焚き火はちゃんと燃えつづけてくれているけど、それって私が周囲から丸見えってことだよね?!
「ダ、ダレッ?!」
樹々の合間で仄白い何かが揺れた。大きな生き物が潜んでる。上からじっとこっちを見ている気がする。
やだよ、おじーちゃん、助けて。なんとかして! ……じゃなかった失敬。なんとかしてください、合掌。
※「なめ栗鼠」も「ヤンキー団栗」も芽芽語。
なめんなよニャンコの栗鼠ヴァージョンですかね。
団栗のほうは、『Yankee Doodle』という有名な歌のタイトルに掛けていると思われます。