3. 聞き取り調査せねばなりませぬ
いや、ちょっと待て。
≪さっきみたいに飛べば逃げれるじゃん≫
あやうく騙されるとこだった。
≪む、無理だよ。魔法のね、結界がお空にずーっとあって、さっきの部屋から、ここまで、うんと低くしか飛べないの≫
はて。今なんか変な単語が脳裏に響いたよーな。
≪だ、だってあの人たち、すっごく強い魔法使いなの≫
金を持て余した狂人の悪魔召喚ごっこじゃなかったの? ミーシュカと共に小首を傾げ、ゆらゆら『わけワカメ』な舞をしてみる。
≪お母さんに、移動する時は小さくなりなさいって言われてたのだけど、ちょうど古い鱗が取れかけてて、こ、この大きさに戻ってじっとしてたら、見つかっちゃって、それで、それで……≫
脳内フリーズしかけた私を置いて、竜はどんどん話を進めていった。
……えー、こちらの世界におります竜によりますれば。
の話を、わたくしめが時系列に整理いたしますれば。
この竜は、隣国の深い山奥で母一人子一人の生活をしておりました。
普通は『竜の大陸』(!)に生息するらしいのだけど、シングルマザーには諸事情があったご様子で。なんかこの子自身もよく解らない理由で群れから離れて、『人間の大陸』でひっそり生活していたのでした。
空気の美味しい場所に巣を構えて、たまには小さくなって人里まで忍び込み、人間の文化風習も学習しながら、二頭は楽しく幸せに暮らしておりましたとさ。
ですが少し前に母竜が天に召され、独りぼっちになった子竜は、母親との思い出が詰まった場所から巣立ち、あちこち旅する決意をするのです。
……と、ここまでが前フリ。いいな、『竜の大陸』。魅惑的な響きだ。
『人間の大陸』でも竜に乗って戦う竜騎士がいるので、竜そのものはそんなに珍しくはない存在。けれども野生の竜は攻撃的な個体が多いので、危険視されてるらしい。
≪……竜騎士の竜のほうがよっぽど攻撃的な感じがするんだけど≫
≪竜騎士と契約する竜は強いよ。でも、契約しているから人間が命令しないと、攻撃しないんだって≫
≪拘束力すごいね、それも魔法の契約とか?≫
≪何かそんな感じ。たぶん?≫
で、山脈沿いを歩いていたらしい。そしたら国境越えちゃって、この山に辿り着いたと。ちゃんと国の旗を識別できるのはスゴイね……お母さんに教えて貰ったのか、そーか、でもさ。
≪え? 行き当たりばったり?≫
≪う……うん。だって、竜の知り合い、いないし。行くとこ、ないし≫
なんじゃそれ、涙ちょちょ切れじゃねーか。お姉さんの胸で泣け! 泣いていいぞっ。
……って、よく考えたら私とミーシュカもおんなじ状況に今いるんだけど。
はぐれ子竜が渡ってきたこの山には、変わった形の古そうで頑丈そうで巨大な家が中腹にどーんと建っていた。しかも建物の背面に隠された扉から山に出入りしていた、とっても意地の悪い魔法使いに見つかってしまう。そしてそれが、ミーシュカと私を召喚した血飛沫まみれの白ローブ連中だ。
彼らの望みは、この竜が隣国との戦争に協力すること。まだ開戦してないけど、両国の国民が戦争したくなる気分にするらしい。
≪まほうで?≫
洗脳か? 暗示か? 全国民を?
≪ちがうちがう。ボクが聞いちゃった話だと、隣の国の騎竜のフリして、この国の偉い人を殺して、それからえっと、弱い人間がたくさん怪我して、たくさん暴れて……≫
情報操作で暴動を起こすつもりか。つまり偽旗テロね、卑劣だな悪徳魔法使い。しかも人間同士のいざこざで、竜を殺人の実行犯に仕立て上げるなんざ万死に値する!
で、なぜか知らんが、開戦したらこの竜が先陣切って隣国に攻め込め、と。
当然この子は、その願いを跳ね除けた。立派である。竜たるもの、かくあるべし。
だが、相手もゲスかった。さすが人間だ。こんな時だけ皆で団結しては魔法を駆使し、巨大な結界の檻を編み上げ、竜をこの山の中に閉じ込めてしまったのだ。
戦争の手助けを命じられて困った竜は、実現不可能な条件を出すことにした。
というか追い詰められて、無理矢理首根っこ抑え込まれて、魔法で契約させられそうになったから、なんとか力を振り絞って条件だけでも滑り込ませたらしい。
それが『別の世界から連れてきた人間を生きたまま食べれたら、言うことをきく』というもの。つまり、ホタルイカの踊り食い的な?
≪であれば……竜さんがこの先も末永く珍味をゲットできるよう、先行投資で一日一善を提案する! 私に関しては食べる前に一発でさくっと殺そう! そしたら恨まないから! 毒々しい感情まみれでないほうが、私の旨味はきっと増すよ!≫
≪ちがっ! じゃなくて! ホントにそんなこと出来るって思わなかったの!
だって、お母さんが召喚魔法は古代には存在したけど、すごくすごく危険で、すごくすごく難しくて、すごくすごくいけないものだから封印されたんだって。
今の時代の魔法使いは誓いを立ててるから絶対しないって。できない条件だったら、言うこときかなくてすむと思ったの。『人間を食べる』って言っておいたら、怖がってくれると思ったの!≫
私の調理方法をポジティブに助言したら、地面にぺしゃりと凹みまくってた竜がとうとう泣きだした。ふしゅふしゅ鳴らす鼻の先を撫でて落ち着かせる。
戦争ってのは無辜の民はもちろん、大勢の動物や植物が犠牲になるってことだ。それが平気な時点でサイコパスだよ。誓いなんぞ平気で破るのさ。巷の政治家や法律家がしょっちゅうやることを、こっちの悪徳魔法使いがやらないはずがない。
≪とりあえず、あの連中は昼間、5日か6日に一回、短時間だけ、ここに来るんだね?≫
≪た、たぶん? 昨日のお昼に来たのは一人だよ。片方の足が変な感じで歩く人間なの≫
そもそも森に覆われた山脈が連なっているのだ。その中でも悪の集団が居座る一帯なだけあって、一般人の出入りは厳しく規制されている。
この子は人間の文字は読めないけれど、周辺諸国共通の『立入禁止』のマークは母親に教えてもらってて、だから隠れるのに最適だと思い込んじゃったんだって。
今いる場所は数日に一度、魔法使いの手下みたいな若者が二人くらい、餌の塊をうんと遠くからこの子の身体にぶつけて、すぐ退散していく。で、数時間後に足の悪い魔法使いが単独で確認しに来て、食べ残していると怒られる。
どうやら餌づけで飼い馴らそうとしているらしい。でも穢れた魔法でぐちょぐちょになった獣の死骸だから、気持ち悪くて吐いちゃうんだって。そしたら魔法で呑み込ませようとするものだから、すっかり草食派になっちまったんだと。
≪なにそれ酷い! でも昨日持ってきたばっかりなら、餌やりはあと数日の猶予があるとして……この山の結界とやら、どっかに隙間ないのかな≫
ここより下のほう、といっても麓ではなく山の中腹に昨夜の巨大扉がある。大きな建物ならば、別の通用口を探して回りこむとか。
あるいは、山自体をぐるりと回って、屋敷と真反対の方角。人間の集落も見当たらず、深い森の斜面が続くらしいが、結界の突破口はないのだろうか。
≪ボクが来た道は、戻れないか試してみたんだけど……≫
竜が、しゅううん、と項垂れる。おおう、ごめんよ。落ち込まんでくれ。
≪例えばさ、私の大きさならどっかから出れないかな? 人間も全員だめ? 別世界の人でも抜けられなさそう?≫
≪うーん……どうかなぁ?≫
≪取りあえず悪い人の家は避けて、反対側で結界の穴を探そう。まずは結界との境界線に連れて行ってくれる? なんか見つかるかもしれない≫
物語だと結界って、基軸となる魔法道具が設置してあったり、魔法陣みたいなのを物理的に描いてある。それをちょちょいと崩すと、意外にあっさり無効化したりしなかったり。
≪それがダメでも、下りられるだけ山を下りて、関係者っぽくない他の人間探そう! 全員が連中ほど邪悪とは限らないでしょ? ひょっとしたら良い人に出会えるかも!≫
こちらはかなり他力本願な作戦だが、内側に閉じ込められている以上、外側からの応援を呼び込むことも考慮に入れるべきだ。
詭弁王も言ったではないか。息ある限り、希望を胸に。人生しつこきゃ、なんとかなる! この魔王メメ様に任せなさい!
ホゥホッ、ホーウという巨大耳羽梟のようなくぐもった鳴き声が不気味にこだまする真夜中の山の中。
サイケデリックな緑色の箒星が妖しく光る空の下。
自信なさげな大型獣を見上げ、魔王な私は努めて明るく宣言した。
※キケロの格言は「Dum spiro, spero(息をする間は、我は望む)」だけです。最後の一文は、芽芽の解釈です。興味のあることには、才能とか運とか関係なしに大層諦めの悪い子なので(笑)




