表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/123

3. 聞き取り調査せねばなりませぬ

 いや、ちょっと待て。


≪さっきみたいに飛べば逃げれるじゃん≫


 あやうく(だま)されるとこだった。


≪む、無理だよ。魔法のね、結界がお空にずーっとあって、さっきの部屋から、ここまで、うんと低くしか飛べないの≫


 はて。今なんか変な単語が脳裏に響いたよーな。


≪だ、だってあの人たち、すっごく強い魔法使いなの≫


 (かね)を持て余した狂人の悪魔召喚ごっこじゃなかったの? ミーシュカと共に小首を傾げ、ゆらゆら『わけワカメ』な舞をしてみる。


≪お母さんに、移動する時は小さくなりなさいって言われてたのだけど、ちょうど古い(うろこ)が取れかけてて、こ、この大きさに戻ってじっとしてたら、見つかっちゃって、それで、それで……≫


 脳内フリーズしかけた私を置いて、竜はどんどん話を進めていった。




 ……えー、こちらの世界におります竜によりますれば。

 の話を、わたくしめが時系列に整理いたしますれば。


 この竜は、隣国の深い山奥で母一人子一人の生活をしておりました。

 普通は『竜の大陸』(!)に生息するらしいのだけど、シングルマザーには諸事情があったご様子で。なんかこの子自身もよく解らない理由で群れから離れて、『人間の大陸』でひっそり生活していたのでした。


 空気の美味しい場所に巣を構えて、たまには小さくなって人里まで忍び込み、人間の文化風習も学習しながら、二頭は楽しく幸せに暮らしておりましたとさ。

 ですが少し前に母竜が天に召され、独りぼっちになった子竜は、母親との思い出が詰まった場所から巣立ち、あちこち旅する決意をするのです。


 ……と、ここまでが前フリ。いいな、『竜の大陸』。魅惑的な響きだ。


 『人間(こちら)の大陸』でも竜に乗って戦う竜騎士がいるので、竜そのものはそんなに珍しくはない存在。けれども野生の竜は攻撃的な個体が多いので、危険視されてるらしい。


≪……竜騎士の竜のほうがよっぽど攻撃的な感じがするんだけど≫


≪竜騎士と契約する竜は強いよ。でも、契約しているから人間が命令しないと、攻撃しないんだって≫


≪拘束力すごいね、それも魔法の契約とか?≫


≪何かそんな感じ。たぶん?≫


 で、山脈沿いを歩いていたらしい。そしたら国境越えちゃって、この山に辿(たど)り着いたと。ちゃんと国の旗を識別できるのはスゴイね……お母さんに教えて(もら)ったのか、そーか、でもさ。


≪え? 行き当たりばったり?≫


≪う……うん。だって、竜の知り合い、いないし。行くとこ、ないし≫


 なんじゃそれ、涙ちょちょ切れじゃねーか。お姉さんの胸で泣け! 泣いていいぞっ。

 ……って、よく考えたら私とミーシュカもおんなじ状況に今いるんだけど。


 はぐれ子竜が渡ってきたこの山には、変わった形の古そうで頑丈そうで巨大な家が中腹にどーんと建っていた。しかも建物の背面に隠された扉から山に出入りしていた、とっても意地の悪い魔法使いに見つかってしまう。そしてそれが、ミーシュカと私を召喚した血飛沫(しぶき)まみれの白ローブ連中だ。


 彼らの望みは、この竜が隣国との戦争に協力すること。まだ開戦してないけど、両国の国民が戦争したくなる気分にするらしい。


≪まほうで?≫


 洗脳か? 暗示か? 全国民を?


≪ちがうちがう。ボクが聞いちゃった話だと、隣の国の騎竜のフリして、この国の偉い人を殺して、それからえっと、弱い人間がたくさん怪我して、たくさん暴れて……≫


 情報操作で暴動を起こすつもりか。つまり偽旗テロね、卑劣だな悪徳魔法使い。しかも人間同士のいざこざで、竜を殺人の実行犯に仕立て上げるなんざ万死に値する!


 で、なぜか知らんが、開戦したらこの竜が先陣切って隣国に攻め込め、と。

 当然この子は、その願いを跳ね除けた。立派である。竜たるもの、かくあるべし。


 だが、相手もゲスかった。さすが人間だ。こんな時だけ皆で団結しては魔法を駆使し、巨大な結界の(おり)を編み上げ、竜をこの山の中に閉じ込めてしまったのだ。


 戦争の手助けを命じられて困った竜は、実現不可能な条件を出すことにした。

 というか追い詰められて、無理矢理首根っこ抑え込まれて、魔法で契約させられそうになったから、なんとか力を振り絞って条件だけでも滑り込ませたらしい。


 それが『別の世界から連れてきた人間を生きたまま食べれたら、言うことをきく』というもの。つまり、ホタルイカの踊り食い的な?


≪であれば……竜さんがこの先も末永く珍味をゲットできるよう、先行投資で一日一善を提案する! 私に関しては食べる前に一発でさくっと殺そう! そしたら恨まないから! 毒々しい感情まみれでないほうが、私の旨味はきっと増すよ!≫


≪ちがっ! じゃなくて! ホントにそんなこと出来るって思わなかったの!

 だって、お母さんが召喚魔法は古代には存在したけど、すごくすごく危険で、すごくすごく難しくて、すごくすごくいけないものだから封印されたんだって。

 今の時代の魔法使いは誓いを立ててるから絶対しないって。できない条件だったら、言うこときかなくてすむと思ったの。『人間を食べる』って言っておいたら、怖がってくれると思ったの!≫


 私の調理方法をポジティブに助言したら、地面にぺしゃりと凹みまくってた竜がとうとう泣きだした。ふしゅふしゅ鳴らす鼻の先を()でて落ち着かせる。


 戦争ってのは無辜(むこ)の民はもちろん、大勢の動物や植物が犠牲になるってことだ。それが平気な時点でサイコパスだよ。誓いなんぞ平気で破るのさ。(ちまた)の政治家や法律家がしょっちゅうやることを、こっちの悪徳魔法使いがやらないはずがない。


≪とりあえず、あの連中は昼間、5日か6日に一回、短時間だけ、ここに来るんだね?≫


≪た、たぶん? 昨日のお昼に来たのは一人だよ。片方の足が変な感じで歩く人間なの≫


 そもそも森に覆われた山脈が連なっているのだ。その中でも悪の集団が居座る一帯なだけあって、一般人の出入りは厳しく規制されている。


 この子は人間の文字は読めないけれど、周辺諸国共通の『立入禁止』のマークは母親に教えてもらってて、だから隠れるのに最適だと思い込んじゃったんだって。


 今いる場所は数日に一度、魔法使いの手下みたいな若者が二人くらい、餌の塊をうんと遠くからこの子の身体にぶつけて、すぐ退散していく。で、数時間後に足の悪い魔法使いが単独で確認しに来て、食べ残していると怒られる。


 どうやら餌づけで飼い()らそうとしているらしい。でもけがれた魔法でぐちょぐちょになった獣の死骸だから、気持ち悪くて吐いちゃうんだって。そしたら魔法で()み込ませようとするものだから、すっかり草食派になっちまったんだと。


≪なにそれ酷い! でも昨日持ってきたばっかりなら、餌やりはあと数日の猶予があるとして……この山の結界とやら、どっかに隙間ないのかな≫


 ここより下のほう、といっても麓ではなく山の中腹に昨夜の巨大扉がある。大きな建物ならば、別の通用口を探して回りこむとか。

 あるいは、山自体をぐるりと回って、屋敷と()反対の方角。人間の集落も見当たらず、深い森の斜面が続くらしいが、結界の突破口はないのだろうか。


≪ボクが来た道は、戻れないか試してみたんだけど……≫


 竜が、しゅううん、と項垂れる。おおう、ごめんよ。落ち込まんでくれ。


≪例えばさ、私の大きさならどっかから出れないかな? 人間も全員だめ? 別世界の人でも抜けられなさそう?≫


≪うーん……どうかなぁ?≫


≪取りあえず悪い人の家は避けて、反対側で結界の穴を探そう。まずは結界との境界線に連れて行ってくれる? なんか見つかるかもしれない≫


 物語だと結界って、基軸となる魔法道具が設置してあったり、魔法陣みたいなのを物理的に描いてある。それをちょちょいと崩すと、意外にあっさり無効化したりしなかったり。


≪それがダメでも、下りられるだけ山を下りて、関係者っぽくない他の人間探そう! 全員が連中ほど邪悪とは限らないでしょ? ひょっとしたら良い人に出会えるかも!≫


 こちらはかなり他力本願な作戦だが、内側に閉じ込められている以上、外側からの応援を呼び込むことも考慮に入れるべきだ。


 詭弁王(キケロ)も言ったではないか。息ある限り、希望を胸に。人生しつこきゃ、なんとかなる! この魔王メメ様に任せなさい!


 ホゥホッ、ホーウという巨大耳羽梟(ワシミミズク)のようなくぐもった鳴き声が不気味にこだまする真夜中の山の中。


 サイケデリックな緑色の箒星(ほうきぼし)が妖しく光る空の下。


 自信なさげな大型獣(ドラゴン)を見上げ、魔王な私は努めて明るく宣言した。




 ※キケロの格言は「Dum spiro, spero(息をする間は、我は望む)」だけです。最後の一文は、芽芽(めめ)の解釈です。興味のあることには、才能とか運とか関係なしに大層諦めの悪い子なので(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ