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四大精霊の愛し子 ~自慢の家族はドラゴン・テディベア・もふもふ犬!~  作者: 羽廣乃栄 Hanehiro Noë
朝焼けの街 (カハルサーレ)

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29. 文字を探す

 街の中央部を訪れると(いち)が残っていた。広場の隅っこで規模はかなり縮小されているし、お店の数も少ないけれど、無性にうれしい。

 昨日は青の満月で週末。平日の今日は、建物内で営業するお店に挑戦するしかないと覚悟してたもの。


≪あら、運が良いわね牙娘。まだ王都の連中がたむろしてるわよ≫


≪ふむ。()まで足を延ばしたわりには、荷が捌けなかったようじゃの≫


 カチューシャや爺様によると、霊山を横切ることを禁止された一般人は、迂回しないと霊山の『裏』、つまり北部へ抜けられない。だから地図上では霊山を挟んで王都のすぐ隣なのに、ド田舎扱いなんだって。


「イッ、ニン、シャン!」


「いち、にい、さん、ね」


 昨日のフラミンゴおばちゃんの所で果物を指さし、数の練習をしつつ購入。


「これだけでいい?」


「ダ、ジョブ!」


 フラミンゴおばちゃんにも、最大限にっこり笑った。ここ数ヶ月分の表情筋をこの二日で消費してる気がする。でも怪しまれないために笑顔は必須。


「大丈夫、ね」


「ダィジョーブ」


「そうそう上手。はい、これ。ありがとう」


 おばちゃんが紫林檎(りんご)を渡してくれる。


 昨日はウォンバットおじさんのときに言えなくてもどかしくて、その後は他の店主がこのセリフを言いそうな場面を繰り返し観察したのだ。夜、森の中でカチューシャたちにも確認したから、もう堂々と言える。


「アリガト!」


 あとは……『何』って単語が判明すると便利なんだけどなぁ。市場で飛び交っている台詞のどこに埋没しているんだか、さっぱり見当つかない。


 フラミンゴおばさんのお隣の乾物屋台も物色。なぜか店番が、昨日は古着屋さんしていた紫エリマキトカゲ伯爵。お仲間なのかしら。逆に乾物屋は昨日の記憶にない。

 積んである麻袋の中に、ナッツ類とドライフルーツがちょこちょこ売れ残っていた。ってことは昨日も出店してたってことだ。完全に見落としてた。

 紫伯爵から、お得なミックスセットを勧められる。ようは在庫処分だよね?


≪まとめて買ってくれたら、32イリですって≫


 馬助硬貨2枚分! たっか! カチューシャに確認すると、こっちの世界でも旅の携帯食だって。栄養価が高い上に、持ちも良い……それは欲しい。


 もう64イリの『林檎』は残ってないんだよね。いっそのこと、今朝の高額硬貨をくずしてみる?

 うん、三つのうちでは最も安いはずの『竜貨』で実験してみよう。一枚だけしかお財布袋に入れてないもん。袋の中は少額の硬貨ばっかりだから、多分怪しまれないはず。


≪なんで小さな子がこんなの持ってるんだって、訊かれてるわよ。……とりあえず、威嚇しとく?≫


≪通報されたくないから、穏便に!≫


 どおしよお、うちの女王犬がナチュラルに猟奇的すぎる。

 おちつけ、芽芽。きみは魔王だ、最強だ、鋼の心臓だ。広場まで歩いてくる中、作戦は練りに練ったじゃない。


 深呼吸して、両手を握って開いて。人の目は緊張するから、ナッツを凝視しよう。魔王メメ様なら絶対にできる。もう一度グッパーして、肩甲骨回して、力みを取って。


 昨日の駆け落ちカップルで思い出したプッチーニのアリア。インテリのおじいちゃんに、有名どころの絵画の解釈やオペラの歴史は叩きこまれたんだよね。東洋人で女だとマウントを取られやすいから、教養で武装しろって。


「(ねぇ、私の大切なパパ、

彼が好きなの、彼ってそりゃあカッコいいのよ。

赤い扉通り(ポルタ・ロッサ)に行きたいわ、

結婚指輪を買いに!)」


 メロディーがはっきりしているから、そこまで上手じゃなくてもなんとか誤魔化せるはず。高音になるほど、背中を意識して。発声はミュージカル調でかまわない。

 クライマックスまでやると技巧不足がばれるので、短くさっとまとめて、優雅にお辞儀する。お隣のフラミンゴおばさんや近くで休憩していたウォンバットおじさんまで、オーバーリアクション気味に拍手喝采してくれた。


 ……多分、親戚の子どもが発表会に出たノリなんだろうな。上手い下手は関係なしの身内贔屓ってやつ。

 それでも感謝でございます、と笑顔を振りまく。


≪『なるほど、旅の楽士か』って訊いてるわ≫


 興奮ぎみの紫伯爵には、自信たっぷりでうなずいておく。そうです、歌って稼いで来ましたとも。嘘じゃないよ、昨日ちゃんとお駄賃をもらったもん。ご祝儀価格で。


「******」


 良かった、不審がられずに竜貨も受け取ってもらえた。お釣りは財布用の袋とは分けておく。あとで何イリ硬貨なのか調べるためだ。

 ナッツとドライフルーツも増量してくれたみたい。大きめの竹みたいな葉っぱで(ちまき)みたいな円錐(えんすい)形に包んでくれた。エコである。


 その場で齧ってみると、どれも芯まで色が濃い。固い木の実まで赤と黄色と青と紫という月の四色(ぞろ)いなのだからびっくりだ。


≪これも染めてるの?≫


≪帝国と一緒にするでないわ。国内産なら天然ものに決まっておろう≫


 (じじ)様が何やら憤慨している。帝国、なかでも帝都では色付けしたまがい物が多く出回って、逆にそれが帝国テクノロジーを証明する最先端トレンドになってるんだって。

 カチューシャも≪年中出回ってるやつじゃない≫と首を傾げていた。フィオは≪何か変なとこがあるの?≫と心配してくれる。


 ――ここは地球じゃないんだな、と改めて実感。







≪で、本屋どこ?≫


≪そうねぇ……この規模の街なら一軒はあるかと思ったのだけれど、無さそう≫


 市場のたつ中央広場を横断する大通り。カチューシャがだいぶ先まで走ってくれたのに、どこにも見当たらないと言う。大半が民家だけど、広場周辺だけは店舗が軒を連ねていた。

 私も近場の店内を窓越しに(のぞ)いてみるが、本らしき物は並んでいない。金物屋さんや食器屋さん、靴の修理に、あっちの看板は裁縫関係?


≪申したではないか。普通は図書館じゃろうて≫


≪いやそれは本を借りる場合でしょ≫


≪借りねばならぬ本とは、高度な魔道書のように魔法墨で手書きしたもの。一般人向けの本は、中身のみを図書館にある専門の魔法陣で転写するのじゃ!≫


 爺様の説明を聞いていると、本自体の形状は地球と同じっぽい。なのに、中身は図書館で書き換えって……タブレットにダウンロードした電子書籍みたい。


≪その内容を気に入って、消したくなくなった場合は?≫


(ページ)数の多い本を最初から購入しておき、該当部分は消去せずに残りを埋めていくか、別の本を入手するしかあるまい≫


 やっぱりメモリー媒体扱いだ。


≪しかし本体の本は高額じゃ。普通は一人で十冊も所持しておれば多いほうかのう。大貴族ともなれば本で埋め尽くした豪勢な読書室を自慢するが、あれは代々の当主が特注品を集めたもので普段使いではないな≫


≪普通の安いのでいいのだけれど……本自体も図書館で売ってるの?≫


≪他にどこで販売できるというのじゃ≫


 いやだから、本を売る本屋さんだよ。そう爺様に反論しようとしたら、白犬が唖然(あぜん)としていた。


≪芽芽、もしかして普通の何も書かれていない本を買いたかったの?≫


≪カチューシャ、さっきまで一体何を探してくれてたの?≫


≪貴族の館にあるような、宝石を()めた稀覯(きこう)本。あれなら図書館以外でも好事家向けの工房があるでしょ。ここの領主は骨董好きで有名だもの≫


 アレ? 『本屋』と『普通』で話が全く通じていなかった。収集癖があると勘違いされてたみたい。


≪違うよ、子ども用の御伽話(おとぎばなし)本でこの国の言葉を勉強したかったんだってば≫


 そして宝石なんて余計な出費はぜひとも避けたい。お土産目当ての観光客じゃあるまいし。そう伝えると、カチューシャが面喰(めんく)らったように目をしばたいた。


≪そんな(ごく)普通の、お店なんかで売っているわけがないわ。万が一、売っていたとしても中味は図書館でしょ普通≫


≪……うん。理解した≫


 パラレル西洋世界とナメてかかっていると、思わぬところでしっぺ返しを喰らう。

 王様と貴族のいる身分社会なのに平民の入れる図書館が充実していて、紙と鉛筆と印刷技術も発明済み。居並ぶお店には、歪んでいない透明な窓ガラスが大きくはめてあって、ショーウィンドウ・ディスプレイの発想もある。街路灯も街路樹も等間隔で配置されてある。なのに馬や竜で移動し、紙幣はない。


≪爺様、図書館って入ったり、借りるのに身分証明のカード必要?≫


≪王宮や個人のものではなく、街の一般図書館ならば入館自体は自由じゃ。就学すると役所から配布される木札があってな。それがないと借りられん。大人になると職業組合でもっとマシな身分証に変更する≫


 ――無理じゃん。


≪犬は入れる?≫


≪……特別の許可証があればな≫


 どこまでいっても身分証明が必要かい。

 はぁ。()め息がこぼれる(ほお)を両手で包む。


 魔王メメにグレードアップしたくせに、このくらいで凹んでどうする。メメント・モリだ、今日死んでも一切後悔しないくらいガッツリ生きろ!




 昨日の帰り道で目をつけておいた、商店や住宅の標識を見て回ることにした。文字らしきものを描き写すのだ。通行人がいるから、私の地球製のじゃなくて(じじ)様の手帳と鉛筆を使わせてもらっている。


 自称『しがない教師』によると、母音は五つで対応するアルファベットも五つ。

 日本語だと「エー」みたく横棒を付け足して伸ばす発音は、フランス語のアクサン記号のような斜線を上に書いて表現する。

 英語で言うところの長母音、「エイ」とか「アイ」とか「オウ」といった音は、単に母音を2個並べて書けばよい。


 ただ残念ながら、曖昧母音も存在してた。eが逆さまになったschwa(シュワー)の法則だ。対応するアルファベットはないものの、かなりの頻度で母音を軽く読まないといけないらしい。

 つまりローマ字ちっくなイタリア語式発音ではない。


 子音は27個。昨夜、声に出して確かめたらFとVがあったり、LとRが区別されて、Rはスペイン語やロシア語みたく巻き舌だってのはすぐ判明したものの、そこからが長かった。


 英語だとshやchと表記する音に、独自のアルファベットが存在すると判明。Zh(shの濁音)とzとdsの音もそれぞれ文字があって、Jはこのどれかに割りふるからなし。

 古英語やアイスランド語みたく、thの清音・濁音にも固有のアルファベットが一つずつ割り振られていた。

 厄介だったのがKとGとH。日本語みたいな柔らかいのと、喉の奥から息を激しく出して発音する、アラビア語かよってのが別個にカウントされている。さらに鼻音のngも別文字。


 Cは柔らかいのがSに相当する文字でまとめられていて、固いほうはKに相当する文字が担当するから存在しない。Qも「kyu」と書くし、Xも「ks」と表記すれば済むからなし。つまりだ、古代ラテン語やギリシャ語の影響がない。


 焚き火を作りながら、現代ヨーロッパなら通用する古語由来の言葉をいくつか口に出したが、爺様に私の説明した意味では近い音すら聞いたことがないと言われてしまった。

 ヘキサゴン(六角形)もオクタゴン(八角形)も駄目。Cent(百)をセントやサンだの読み方変えても通じなかったから、もうガチで言語体系が違うっぽい。


 そもそもアラビア数字にローマ数字に漢数字。どれを書いて見せても首を(かし)げられた時点で、確実にここ数千年の地球じゃないんだけど。




 アレコレ考えていると不審者扱いされそうなので、とにかく素早くこっそり書いてはその場を立ち去る。

 ミミズのようにつながった草書体は最初から捨てて、楷書体と思しき角張った独立文字を選んだ。


 大文字小文字の差は大きさだけ、というのがありがたい。

 ただ、文章や固有名詞の最初っていう欧米の区分けとは違うらしく、一つの単語らしき塊の途中で大文字っぽい部分がたまに顔を出したりしている。気になるけど、文法は後回し。


 様々な形を十分集め、お馴染(なじ)みの潜伏場所となりかけた市場横の路地裏に戻った。

 まずはリュックをそっと下ろして、中に潜んでいるフィオの様子を(うかが)う。さっき話しかけたときに、むにゃむにゃ念話が途切れてるなと思ったら……寝てたし。


 カチューシャに教えてもらいながら、私の方眼手帳のほうでアルファベットと数字の一覧表を作成。


≪なるほどな。それがしたかったのか≫


 爺様が感心してくれるが、まだ子音が少し足らない。でも&に相当する記号と、1から5、16と90、200の数字は集まった。

 表音文字だと聞いたのに、漢字の百・千・万みたく桁毎に記号があったのだ。あと『16』は1と6を続けて書いてもいいが、通貨の倍数だからなのか、一つで16を表す独特の表記もよく使うときた。


 一番目、二番目といった序数は、語尾ではなく語幹変化。英語の1st・2nd・3rdみたいな『番目』の部分は、1からずっと同じ。4th・5th・6th……とthに相当する記号を頭に付けるらしい。そちらの記号も発見した。


≪カチューシャ、残りの子音と数字が書いてあるのを探してくれる?≫


 白い犬の後ろについて、ふたたび大通りへ向かう。必要な情報をメモって両方の表が完成した。

****************


 ※芽芽が広場で唄ったのは”O mio babbino caro”というアリアです。毎回、筆者の超訳で表記しています。

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