27. 初めての満月になる
※芽芽視点に戻ります。
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青空靴屋さんの後も幸運に恵まれて、屋台で売れ残りのパイを無料でもらえた。とはいえ、フィオの果物を6イリ分また買ったし、小さな街に質屋の看板は見当たらなかった。
宿屋を試す勇気もない。今夜も昨日と同じ古代砦で節約野宿である。
「……さ、さぶっ!」
凹んでいる内に、焚き火が小さくなってた。道すがら集めた枝を蛇杖で押し込み、赤いヤンキー団栗を握って慌てて火力を上げる。
パチッと爆ぜる音が気になるので、紫岩塩もどきも使って水分を抜こう。爺様の丸焼きをしたときのように、枯れ枝の周囲を風で覆ってみようとしたが、今夜はうまくいかなかった。
≪元素結晶の補助具には限界があるのじゃ。いっそ魔術の練習をせい≫
≪そのために何年も学校に通うんでしょ。無理だってば≫
≪いや。ワシの魔杖があるではないか。四色のヤツを出してみろ≫
私はもう横になっているのですが見えませんかね、熊オバケさんよ。
≪魔杖に仕込んだ魔法陣を作動させれば、お前でも結界を張れるぞ。強風攻撃や炎爆弾、水刀放射であろうと上級魔道士一人分程度の敵なら跳ね返す。
地表にも張り巡らせれば、地魔法で強化した竜騎士が地下から斬りかかって来ようが、単体ならば一刻保つ≫
単体て……強いのか弱いのか、基準からして意味不明。大体なんで戦闘時の防衛を引き合いに説明するんだ。『一刻』も長いんだか短いんだか。地球での何時間か見当つかないし。
でも風が周囲の大木を揺らしはじめて不気味。身体を起こし、リュックから魔杖を取り出すことにした。
嵌め込まれた宝石の特定の部分を、爺様の指示に従って笛を吹くみたいに複雑に握り、誘導されたとおりに魔力を流し込む。起動スイッチらしい。
≪次は胸の前で垂直に構えろ。ワシの後に続いて唱えるのじゃ! *********≫
≪爺様、念話で変換されなくなった。もしかして音節とかリズムも大事なんじゃない?≫
≪――あ゛。≫
≪呪文ってさ、要するに言葉でイメージを現実化して創造するのでしょ。これまでこの国で蓄積された言語文化の極地だと思うのよね。
単語が訳せたとしても、そこに込められたこの国特有の歷史伝統は私、知らないから≫
たとえば林檎。
地球の言語で思考する私にとって、こちらの世界に存在するものは『地球で言うところの○○』だ。爺様たちが大樹の通貨を林檎の樹になぞらえて『林檎』と通称で呼ぶように、私にとってはこっちの果物自体が『地球の林檎もどき』なのだ。
たとえ遺伝子レベルまでイコールな物体だったとしても、私の使う名称には、私の育った地域の文化が影響している。
聖書の禁断の果実だと解釈され、ギリシャ神話で不和の林檎が生まれ、ヴィルヘルム・テルが射貫いて、ニュートンが掴んだ。
同じ西洋でも、フランス語の『ポム』とドーバー海峡渡った先の『アップル』では、現地の人が思い描く典型的なイメージは違う。現代の経済問題ならシリコンバレーのGAFAを想起するかもしれない。
中国語の『苹果』は、音的に願かけにも使う。日本語なら『林檎といえば青森』と連想する人も多いし、『ほっぺがリンゴ』といわれても通じる。
≪そいでさ、魔術が一大学問なら、これまでの研究成果だってそこに含まれるんじゃないの? おまけに古代語が表意文字なら、現代語とは言語系統が異なりそうだし≫
昼間の爺様の説明を思い出しながら指摘すると、やはり高度になればなるほど、比喩の多い古代詩や、果ては難解な数式まで絡んでくるのだとか。
じゃあ、それらをすべて無視して日本語や英語で呪文っぽく唱えれば済むかとなると……一応、試したものの、うんともすんとも変化せず。だって呪文どころか、魔術の仕組み自体を理解してないんだぞ私。
≪盲点じゃったっ≫
爺様が激しく落ち込んでいるが、逆に根性論とイメージ力だけであっさり成功したら怖いよ。私が『爺様なんて嫌い! マイマイの微塵浮蝸牛になっちゃえ! そいで今すぐ裸亀貝ちゃんに食べられて消化されちゃえ!』ってキレたら、ストッパーなしで叶っちゃう。
学校に行くのは、過去の失敗例や危険性を叩き込むためでしょ。ただの魔法をより強力に具現化させる手段なのだから、しっかり研鑽を積んでから使うべきだ。
でないと世界が、魔法使いの気分次第であっさり滅ぶ。
≪~~芽芽ちゃあん≫
ミニフィオがこてんと頭を寄せてくる。眠いらしい。そいでもって、どうやら今夜も何か唄ってほしいらしい。
緑のはぐれ竜は、キラキラした光と優しい歌が何よりも大好きなのだ。
「(光のお星さま、輝くお星さま、
今夜こうして出会えた一番星さま
どうかお願い、できればお願い
今夜の願いを叶えてちょうだいな)」
≪…………わぁっ!≫
唄い終わると、急に夜空が明るくなった。
フィオが空を見上げて歓声をあげる。まるで雲の向こうの一番星が大盤振る舞いしてくれたみたい。
上空は地上よりもさらに風が強かったのだろう。空を覆っていた雲をあっという間に吹き飛ばしてしまった。そして現実とは思えない、幻想的な光景がさーっと辺りに広がり始める。
なにせ青い月が昨夜までと比べて圧倒的に近い。
私の視力でも月面が見えた。でこぼこしたクレーターではなく、青白く光る表面に濃い青の蝸牛模様が呪文のように絡み合っている。
周囲には大きな一等星がいくつも取り巻いて、一緒に強く輝いていた。空にたゆたう幾筋かの雲も地上の空気も、竜宮城に迷い込んだかのようにことごとく青系色のグラデーション。
≪え、他の三つの月は?! どこ行っちゃったの?≫
≪後ろに下がっただけ。星みたいに小さく見えてるでしょ≫
また『普通』のことを訊いて呆れられたのかな。チベットスナギツネみたく思いっきし糸目になったカチューシャに、おざなりに言われてしまう。
青い月が近づいて、他の三つは下がったの?
目を凝らしてみたけど……どれだろう、あそこら辺の大きな星かな。
≪だって月だもの≫
姐さんよ、当たり前のように言わないで。
これじゃあ空も地上も、まるで煌めく海の底。すべてが満月の魔法にかかってしまったかのように青みを帯びている。フィオもカチューシャも爺様も青い。
≪今夜は青い月の日なの。来週は赤い月が満月になって、こんな風に近づくわよ≫
見飽きているのか、地面に丸まっていたカチューシャは至極つまらなさそうに解説してくれた。
えー、じゃあ辺り一面赤く染まるの?
≪そりゃそうよ。だって赤い月光だもの≫
その次の週は?
≪次は紫の月≫
うわぁ、面白そう。ホントに古代の王様主催の天体ショーが続いてるんだ。
あくまで奥さんのためであって、魔力ゼロのお姫様本人を慰めるためじゃなかったのが、引っかかるけど……うちの父親なんて妻も子も眼中になかったから、それでも王様のほうがマシなのか。
……興奮したり落ち込んだり、私ってば情緒不安定になってる。フィオをミーシュカ代わりに抱っこして、数を数えながら呼吸を深めた。
サモエド犬もモフモフさせてほしいなぁ。ぼーっと眺めていると、カチューシャがやおら起き上がり、ふるると身体を振ってみせた。
≪ちょっと出かけてくるわ。子竜は、わたしが帰ってくるまで見張り番ね。古代竜のくせしてショボい魔獣を近づけるんじゃないわよ? 万が一にも人間が通りそうなら、荷物と芽芽は樹の後ろに隠す、いいわね?≫
いや、そんなことさせるくらいなら、私が頑張って起きてるってば。
≪芽芽は起きてても気配を察知できそうにないし、役に立たないから寝てるのと同じなの。だったら寝なさい≫
≪だ、大丈夫だよ! ボク、頑張る!≫
まかせて、とフィオの鼻息が荒い。
私は、カチューシャとフィオの二人がかりで爺様のローブの中に簀巻きにされた。強制的寝袋の完成だ。
今夜もローブが男臭い。そっか、どこかで嗅いだことあると思ったら……おじいちゃんに抱っこされたときの匂いだ。フランキンセンスの香りも同じ。
≪どのくらいで帰ってくるの?≫
≪遅くても朝日が昇る前に戻るわ。風も収まってきたし、満月が雲で陰らなくなったってことは、暫く雨は降らない筈だから≫
そうかな、まだ少し吹いているのだけど。そう訊ねようとしたら、もうカチューシャは一度も振り返ることなく、砂利道を神殿や王都の方角へ音も立てずに走りだしていた。
しばらくすると青白く照らされた毛並みが、樹々の合間に消えてしまう。
≪爺様、私やらかした? カチューシャ、まだ怒ってる?≫
≪あ? 気にするな。アレはいつもあんな感じじゃ≫
いつもって……。
≪大方、食事やら色々済ませてくるつもりなのじゃろ≫
≪え? 食事するの?≫
≪うむ。魔力を食べるのじゃ。魔獣を狩ったり、魔力の籠もった植物を採取する≫
ほぉぉ。なんか想像つかないが、地球人の食事感覚とは別物なのね。
白いモフモフ犬が帰ってきたら、出迎えようと思っていたのだけれど……自分で感じていた以上に疲れきっていた私は、ローブごとフィオのぷよぷよなお腹にぴったりくっついて、すぐさま寝落ちしてしまったのだった。
『私の大事なお姫様。月の光で包んであげようね』
古代の王様が、青い光をブランケットのように私に掛けてくれた。それをお妃様が、優しく見守っている。満開の花のような笑顔。二人して、私の背中をぽんぽんって、撫でてくれるの。
切ない夢だなぁ。
……いっそこのまま、醒めなければいいのに。
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※芽芽が子守歌代わりに唄ったのは”Star light, star bright”という古い歌です。毎回、筆者の超訳で表記しています。




