27.宿を探す
≪ふぅ。後は宿屋? 高級な宿じゃないけど、女の子の一人旅でも安全そうなところってありそう?≫
≪広場に一軒あったわ。でも貴族や大商人が利用しそうなのよね≫
≪それはちょっとなぁ……身分証は必要?≫
≪普通は宿帳に署名するだけじゃろ≫
≪名前だけ? 住所は?≫
≪………………≫
カチューシャとの会話に割って入ってきた爺様がそこで押し黙る。
≪もしかして宿屋は他人に予約とか手続きとかさせてたの?≫
≪いや、かつて諸国を巡っていたときはじゃな、普通に一人で……うむ、住所は適当に書いたり書かなかったりな気が……思うに、今の時代はというと……うーむ、手続き的なことは……≫
つまりこの国で“しがない教師”になってからは、秘書だか召使だかにやらせてたな。あるいは顔パスか? ブラックカードか?
大変当てにならない協議の結果、私の場合は異国の緑頭巾を示しつつ日本語でまくしたて、国内の住所がないことを察していただくことにした。お金さえ払えば仔細を問わない宿は、この国にもあるそうだ。
≪あ、そういえば一階は食堂だったけど、宿屋っぽい看板があったかしら≫
カチューシャの記憶を頼りに、大通り沿いのお店へ行ってみる。
宿屋の看板って、皆似たような六角形にくり抜いてあるらしい。なんでも昔、隣国に有名な宿屋の亭主がおり、その人の屋号にあやかっているのだとか。
……戦争予定の相手国と、仲いいじゃん。
犬は入れないみたいだから外で待機してもらって、爺様と予約しようと挑戦したら、保護者はどこだと心配されて、お巡りさんを呼ばれそうになった。
熊のぬいぐるみじゃ身元引受人は無理ですよね、ハイ。
もう少し細い道で発見した別の宿屋は、明らかにガラの悪そうなおじさんたちがお酒を飲んでいる。各ジョッキに青いストローが挿してあるのだけど、誰も使わず、豪快にあおってた。
そちらも勇気を振り絞って中に入ったら、無愛想な店主に「子どものくる場所じゃない」と摘み出された。「これ持って帰りな」と焼き栗を一袋頂いてしまう。
地球と同じ茶色の鬼皮を割ったら、例の四色の色してる栗が顔を出すって珍しいけどさ。赤・黄色・青・紫のどれが出てくるか、びっくり玉手箱で面白いけどさ。
欲しいのは個室とベッドだ。
看板を一つひとつ確かめながら、やっと見つけた次の宿屋はカチューシャ曰く、扉に『改装中』と書かれて閉まっていた。
最初に話していた広場の高級ホテルは、扉横に立つ守衛さんが優しそうだったからいけるかも、と思ったら丁重に追い払われた。
ホテルの前で待っているように言われ、辛抱強く待っていたのに。戻ってきた年輩の守衛さんが小粒なマフィンを四つもくれて、そしてにこやかに手を振ってくる。
やっぱり例の四色一つずつだな、うん。でも私が欲しいのはチガウ。
……なぜだろう、この街に泊まれる気がミジンコもしない。
肩を落としていたら、フィオがお手洗いしたいと訴えはじめたので、大急ぎで外壁を目指す。
そういや街ではこういう問題もあったのだった。さっき森に戻ったときに偶然二人とも済ませていたから途中もったけど、次回からはちゃんと意識しておかなきゃ!
相変わらず施錠もしていない外壁の小さな扉をくぐって、周囲に人がいないことを確かめる。カチューシャのお墨つきをもらってからリュックを地面に置くと、フィオが慌てて飛び出した。
小さな緑竜が外壁の陰にうずくまるのを、私とカチューシャで囲ってなるべく隠す。この街は例外なのかもしれないけれど、理論上はどこかから人間がひょいと出てきたっておかしくない場所なのだ。
そして元の森へと戻った。
今日も野宿である。でも警察にかち会わなかっただけマシだと思おう。フィオのことを考えたら、自警団まで夜回りする街の路地裏は無理だ。寝るときくらいはリュックの外で、伸び伸びさせてあげたいもの。
集めた枝で焚き火を作って、暖を取る。爺様は指輪のほうが『ちゃんとした魔道具だ』と言うのだけど、縞栗鼠さんにもらった団栗でも火の調節は出来るのよね。
≪団栗はまじないに過ぎん。そりゃお前さんの体内から発露した魔法じゃ≫
≪だーかーら! 脳内翻訳では区別されてるけどさ、おまじないと魔法と魔術の違いがよく判らないの!≫
カモノハシやハリモグラは卵を産むのに哺乳類なんだよ。現代地球じゃダンゴムシもアリグモも昆虫じゃないって習うけど、昔は蛇を長虫だの真虫だの呼んでいた。境界線なんて曖昧だけど、生きていけるじゃない。
爺様の講釈は右から左へ受け流し、酒場の焼き栗の残りを頬張る。切り込みが一つひとつしっかり入っていて助かった。
栗の種類が地球とは微妙に違うのかな、それとも煎り方が違うのかな。ちょっと引っ張ると鬼皮も渋皮もつるんと剥けてくれる。
今度は青い実が出てきた。もう冷えてしまったし、黄色以外はまだ抵抗あるけど、どれも芯まで鮮やかに濃い色で……栄養がある証拠に違いない、健康でヘルシーだ、きっと。
栗の後は、高級ホテルの小粒マフィン。コロコロした球体で、底の3分の1はアイシングで覆われていた。クリームの四色は流石に人工着色料かと思ったら、マフィンの頭部に水飴で貼りつけてある花びらと同じ植物の根や茎で色づけするとのこと。
≪砂糖系は普通、そういう色してるでしょ? 昔から≫
≪薬剤の色づけも同じ植物を使う。専用の材料が揃わなければ、魔法陣を描く際にも代用するぞ。どこにでもあるからのぉ≫
……カチューシャと爺様の解説についていけない。砂糖って白か茶色じゃないの。
抹茶や紫芋の粉を混ぜ込むようなものよね、うん、きっと自然でナチュラルだ、多分。
マフィンの中には林檎みたいな食感の果物の甘煮とハーブの刻んだ葉っぱが入っていて、やはり内側も四色のうちのどれか。
……可愛いが、御飯系が食べたい。
隣にちょこんと置いた小うるさい爺様にも、食べ物のエネルギーを取り込めるのなら遠慮なく取り込んでね、と断っておく。
お墓にお供えする感覚? 幽霊なら、そういう方法で摂取するんじゃないかなと提案すると、爺様が興味深げに≪ふむ。検討してみよう≫と答えた。
じゃあ挑戦するのかと思いきや、霊の魔力とはなんぞや、そもそも霊の定義とはこれ如何に、とまたワケの解らないことをぶつぶつ探求しはじめたので放置決定。
生の果物はフィオ用だ。そのほうがお腹が膨れたとかで、リュックに隠れていたときのミニミニサイズのまま、赤林檎一個としつこく格闘している。
元のサイズでお腹いっぱい食べさせてあげたいなぁ。
ペンで何も書かなかったアイス棒の余りを一本、炎にくべてみよう。頭部の印は青。しばらくジジジ、と変な音を立ててただけだったけど、急に炎全体が青くなった。
≪うわぁ、きれ~い≫
フィオがはしゃいでくれる。寝床を整える頃には、地球でもよく見る焚き火の色に戻ったので、今度は別の一本を入れた。
純粋な真紅に変わる。なるほどこういう色味なのね、とようやく納得がいく。青よりも持ちが悪かったけど、フィオがふたたび喜んでくれたので何よりだ。
結界代わりに四つ並べた地球の小石を、爺様が『おまじない』とディスってくるのは無視だ無視。
小さい頃に暗闇を怖がっていたら、日本のおじいちゃんが教えてくれたんだもの。就寝前の儀式だよ、どんな時だって安心して眠れるって効果がちゃんとあるもん。石をペットにする人間だって実際にいるんだよ。
……だからカチューシャ、これ見よがしにドン引きしないで。
それにしても今夜は風が多少出てきた。昨日と一昨日は完全に凪いでいたのに。湿った空気を運んできてはいないけど、夕方から空はすっかり雲で覆われてしまった。
≪洞窟は無理でも、大きな岩くらいあれば良かったんだけどな≫
ちょっぴり愚痴をこぼす。薄暗くなるまで森の中の道を神殿とは反対側に進んだものの、雨除けになりそうな場所はちっともなかった。
結局、ついぞ人の通らない砂利道の上でゴロ寝である。これって結構切ないし寒い。
朝になって大雨だったらどうしよう。針葉樹の下に逃げ込んでも、相当な濡れ鼠になりそうだ。地球なら樹齢数千年、セコイア将軍クラスの巨木が、どれも針のように上へ真っ直ぐ。横には広がっていない。
そこでやっと、今日市場で買う必要があったのは傘だと思い至る。見かけなかったけどなぁ。でも雨天対策は必須だ。ミニのフィオくらいはお腹側に抱きしめて、守ってあげたい。
あと防寒具。今はタオルを首に巻いて、パーカーや化繊の巻きスカートも着込んでいるけれど、雪が降ったら全然足らない。
――じゃなくて。
悪いことばっかり考えてたら、悪いことを引き寄せちゃう。不安にまみれた妄想はキャンセルだ。その前に青い馬の連峰まで辿り着けばいいんだもの。
きっと平気の河童巻き。超絶簡単アップルパイだ。
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