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26.文字を探す

芽芽(めめ)視点に戻ります。

****************




 市場を出て、商店のショーウィンドーや住宅の標識を探すことにした。文字らしきものが見つかったら、すぐ描き写すのだ。

 今度は人目につくから私のじゃなくて、(じじ)様の手帳と鉛筆を使わせてもらっている。


 自称『しがない教師』によると、母音は五つで対応するアルファベットも五つ。

 日本語だと「エー」みたく横棒を付け足して伸ばす発音は、フランス語のアクサン記号のような斜線を上に書いて表現する。

 英語で言うところの長母音、「エイ」とか「アイ」とか「オウ」といった音は、単に母音を2個並べて書けばよい。


 ただ残念ながら、曖昧母音も存在してた。eが逆さまになったschwa(シュワー)の法則だ。対応するアルファベットはないものの、かなりの頻度で母音を軽く読まないといけないらしい。

 つまりローマ字ちっくなイタリア語式発音ではない。


 子音は27個。昨夜、声に出して確かめたらFとVがあったり、LとRが区別されて、Rはスペイン語やロシア語みたく巻き舌だってのはすぐ判明したものの、そこからが長かった。


 英語だとshやchと表記する音に、独自のアルファベットが存在すると判明。Zh(shの濁音)とzとdsの音もそれぞれ文字があって、Jはこのどれかに割りふるからなし。

 アイスランド語みたく、thの清音・濁音にも固有のアルファベットが一つずつ割り振られていた。

 厄介だったのがKとGとH。日本語みたいな柔らかいのと、喉の奥から息を激しく出して発音する、アラビア語かよってのが別個にカウントされている。さらに鼻音のngも別文字。


 Cは柔らかいのがSに相当する文字でまとめられていて、固いほうはKに相当する文字が担当するから存在しない。Qも「kyu」と書くし、Xも「ks」と表記すれば済むからなし。つまりだ、古代ラテン語やギリシャ語の影響がない。


 試しに現代ヨーロッパなら通用する古語由来の言葉をいくつか口に出したが、爺様に私の説明した意味では近い音すら聞いたことがないと言われてしまった。

 ヘキサゴン(六角形)もカルディアックやコラソン(心臓)も駄目。cent(百)をセントやサンだの読み方変えても通じなかったから、もうガチで言語体系が違うっぽい。


 そもそもアラビア数字にローマ数字に漢数字。どれを書いて見せても首を(かし)げられた時点で、確実にここ数千年の地球じゃないんだけど。




 アレコレ考えていると不審者扱いされそうなので、ポテト(ちまき)を握って食べ歩きのフリも加えつつ、とにかく素早くこっそり書いてはその場を立ち去る。

 ミミズのようにつながった草書体は最初から捨てて、楷書体と思しき角張った単独文字を選んだ。


 大文字小文字の差は大きさだけ、というのがありがたい。

 ただ、文章や固有名詞の最初っていう欧米の区分けとは違うらしく、一つの単語らしき塊の途中で大文字っぽい部分がたまに顔を出したりしている。気になるけど、文法は後回し。


 様々な形を十分集め、お馴染(なじ)みの潜伏場所となりかけた市場横手の路地裏に戻った。

 まずはリュックをそっと下ろして、中に潜んでいるフィオの様子を(うかが)う。さっき話しかけたときに、むにゃむにゃ念話が途切れてるなと思ったら……寝てた。


 緑頭巾コートのポケットに突っ込んでいたアイス棒を取り出す。せっかく四つの束に分けてもらったのに、毛糸の結び目をほどかないといけないのが少々申しわけない。

 手帳に書いた模様のどれがアルファベットなのか、どの音に相当するのか。カチューシャと爺様の前で確かめながら、バラした一本一本に油性の名前ペンで書いていった。


 下のほうには、同じく油性でも細目のボールペンで地球の発音記号を加える。現地の人が違和感を抱くようなものは、なるべく目立たないように。

 題して即席知育玩具、アルファベット棒だ。


≪なるほどな。それがしたかったのか≫


 爺様が感心してくれるが、まだ子音が少し足らない。でも&に相当する記号と、1から4、7と8と12と100の数字は集まった。

 表音文字だと聞いたのに、漢字の百・千・万みたく桁毎に記号があったのだ。あと『12』は1と2を続けて書いてもいいが、12進法だからなのか、一つで12を表す独特の表記の仕方もよく使うときた。


 一番目、二番目といった序数は、語尾ではなく語幹変化。英語の1st・2nd・3rdみたいな『番目』の部分は、1からずっと同じ。4th・5th・6th……とthに相当する記号を頭に付けるらしい。そちらの記号も発見した。

 ただしアイス棒が足らなくなりそうなので、アルファベット以外は1から10の数字だけとする。あとは手帳上で整理しておく。


≪カチューシャ、残りの子音と数字が書いてあるのを探してくれる?≫




 白い犬の後ろについて、ふたたび商店街へ向かう。必要な情報をメモってアルファベット棒が完成した。


 お次は子どもが集まっている場所を探すのだ。

 カチューシャの優秀な犬耳が子どもの遊び声を拾い、ふわふわな尻尾を揺らして、こっちこっちと誘導してくれた。


≪フィオ、起きてる?≫


≪わかんなぁい、たぶん……?≫


 まだ眠そう。リュックの中の小さな竜に揺らすことを断ってから、道端にしゃがみ込んで荷物すべてを両足の間に置いた。


 子どもたちに笑いかけながら、爺様の手帳に絵を描こう。さっき買った林檎(りんご)でしょ、洋梨でしょ。靴でしょ。

 ずーっとその動作を繰り返していると、だんだんと子どもたちの警戒がとけ、近づいてくる。にっこり。あ、この子、ぶっちぎりで好奇心旺盛なタイプだわ。にっこり。


≪『ボク何してるの?』だの『どこの子?』だの()かれてるわよ≫


 カチューシャは遠くから通訳してくれる。ふわもふ犬VS(ヴァーサス)怪しい異国の旅芸人だと、人気判定で勝てる気がまったくしなかったので、さっきから路地裏に隠れてもらっているのだ。

 ちなみに熊のぬいぐるみ(ミーシュカ)もそっちに隠した。中身はジジイだが、外見は珈琲(コーヒー)牛乳色したラブリー極まれりの子熊である。勝てる気が――以下同文(ちくせうっ)


 そして髪形とズボンのせいで、『少年(ボク)』と呼び掛けられるのは市場でもう慣れた。だけど小学生くらいの子どもから『どこの子』扱いされるって……そこまで幼くないぞ。


 こ・れ、と絵をさす。何か判るかな?

 最初に一番近くに来て手帳を(のぞ)き込んだ男の子が何か言うと、他の子も興味津々で、口々に話しだす。


 子どもたちのおかげで、今日買った商品の名前がだいぶ判った。忘れないよう、別のページをこそっと(めく)って、カタカナとアルファベットの混合で発音を走り書きしておく。


 子どもたちの持つおもちゃや、ここから見える範囲にある物も描いて、『さぁこれはなんでしょう~』的に手帳を見せては、わいわいと(にぎ)やかに過ごす。

 もうここら辺になると、単語の記憶容量を越えてきているので覚えようとはしないけどね、『これは○○です』って言い回し部分は耳タコで耳コピした。


「コレハ、リンゴ。コレハ、クツ」


 手帳の絵を指して私が『そりゃもう頑張って話してます』的に大きく口を動かすと、子どもたちも私の微妙な発音の間違いを訂正しながら繰り返してくれる。ええ子たちや。


 あんまり長い時間やると飽きちゃうよね。ここら辺で締めに入りますか。

 私はページをめくり、鉛筆でぐるぐるの線を描く。その後、縦の線を加えたり、横の線を加えたり。

 「コレハ……コレハ……」と私が言いながら筆を動かしていると、子どもたちが何を描いているのか不思議がって、盛んに当てっこしはじめる。


≪今の! 水色の髪の少女≫


 カチューシャが遠くから叫んだ。


 『ん? 聴こえなかった』って顔して、さっき何か言った水色の髪の女の子を見る。すると、その子がまた同じようなフレーズを言う。他の子たちも、口々に同じことを言う。

 私、ちょっと耳が遠くて頭の悪い人だと思われてるみたい。いや、シャウトしなくていいからね、そこの君。


「コレ、ハ、ナァニ」


 子どもたちと同じフレーズを発音してみた。


 前のページの林檎(りんご)の絵を指して、「コレハナニ?」と不思議そうに首を傾げ、「……コレハ、リンゴ!」とにっこり。

 「コレハナニ? ……コレハ、コート」と一つひとつ大げさな表情で語り聞かせながらページを(めく)、最後になんじゃもんじゃな絵に到達。奇妙な線の塊を指して「コレハナニ? ……コレハ、ナ・ア・ニ。ナァニ!」と言うと、子どもたちがどっと笑った。



 荷物をふたたび背負った私は、子どもたちに手を振って別れを告げると、カチューシャと合流する。

 『なになにオバケ』の紙芝居は終わったのに、まだ手を振り返してくれはるやないか。ホンマにええ子たちや。

 感激のあまり、謎の関西人モードになりながらも、じぃぃんと感動を味わう。良かった、計画どおりに子どもたちが反応してくれて。


≪まさか児童を語学教師にするとは思わなかったぞ≫


≪今の? あれはねぇ、私の国の有名な言語学者が使った手を真似させてもらったの≫


 ぬいぐるみ(ミーシュカ)の花柄ネックストラップ部分をもう一度首に掛けつつ、爺様の問いかけに答える。


 おじいちゃん(いわ)く、事実は違ったんじゃないかとも言われているのだけどね、金田一京助という学者がアイヌ語を現地調査したときのやり方なのだよ。

 カチューシャに『この絵は何だ』ってフレーズが出たら、誰が言ったか教えてって先に頼んでたから、私の場合はもっと簡単だったものの、子どもが素直に応対してくれるか心臓バクバクだった。


 人生やったもの勝ち。何事も恐れず挑戦してみるものだ。


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