26. 街に戻る
地形が平坦なおかげで、森の出口まではあっという間。
かさばりそうな荷物は、ちびピラミッド裏に置いておこう。爺様と私の靴は地球のポリエステル製エコバッグに仕舞って、爺様の勝色ローブも古着屋さんの麻袋に入れた。落ち葉でカモフラージュするのだ。
代わりに、朝から同じ場所に隠していた蛇杖を今回は持っていきたい。人がいる所は不安だ。いざというときに、振り回すくらいはできそうだもん。
「って、あれれ? ない?! ない!」
カピちゃん、どこ行った! 裏口どころか、住宅街を抜けてからこっち、誰一人すれ違ってなかったのに!
≪変ねぇ、牙娘以外の人間の匂いはしないわ。昨日今日は、採取の者も森に入って来ていないと思うのだけど……≫
≪術式が展開された形跡もなければ、魔力痕も漂っておらん。はてさて精霊でも遊びに来おったかのう……≫
爺様の『精霊が遊ぶ』は、うっかり失くし物したり、思わぬミスをすること。この国って、精霊表現が多いよね。でも羽の生えた小さな人型精霊はいないそうな、残念無念。
「キキキッ」
すばしっこい生き物が走ってきて、膝丈ピラミッドのてっぺんまで登った。なにこの白黒茶の三毛猫猿!
全体的に黒いからワタボウシタマリン? お尻から尻尾は茶色だし、『ワタボウシ』な頭は白い。おまけに、エンペラータマリンみたく立派な白鬚も垂れている。手足の先っちょだけ手袋と靴下を履いたかのように黄土色なのは、アカテタマリンだ。
≪……フィオ。たぶん大丈夫だから、ね?≫
まずは、私の後ろで固まっている緑竜を落ち着かせる。なぜに君は小猿一匹で震えてるんだ。そりゃ集団で襲ってきたら、小さな蟻の群れだってホラーだけどさ。森には爽やかな風がゆったりと吹き抜けていくだけ。
そして何より、カチューシャのお顔がチベットスナギツネ。
≪牙娘、何やったの。そいつからあんたの魔力が溢れてる!≫
≪へ? 何もしてないってば!≫
フィオの首元に絡む奴隷契約の糸みたいな気配は感じ取れない。
私と何か関係があるの? と問いかけ、見つめ合うことしばし。猿はくるりんと空中ジャンプして、蛇杖の形になった。
「え? カピちゃん?」
でも杖の色が違う。天然の白木は大部分が黒くなっていた。猿の頭みたいだと思った丸い先端部分だけは天辺が白く、さらに白鬚のような模様も側面のコブに表れている。地面に近くなるにつれて茶系統なのはエンペラータマリンの尻尾が擬態してるってことだろうか。
昨日、鈴をつけるために河原で開けた穴も残っちゃいるけど……。爺様が、うぬぬと唸りだす。
≪そういえば今朝ここで、切った髪を焼却処分しおったな……あの時、煙が杖に吸い込まれるかのように纏わりついておったが、気のせいではなかったか≫
≪まさかこの黒色って私の髪色?!≫
≪おそらくそうね。チッ、牙娘の断片を≫
サモエド女王犬め、血肉が千切れたような言い方は止めて。
今朝のことを改めて思い返す。たしかに爺様の言う通り、煙が杖の方へぶわっと行ったもんだから、慌てて手や服で扇いだっけ。
≪芽芽ちゃんの魔法、すごいねぇ~≫
フィオは褒めてくれるが、不気味すぎる。自分が全く意図していないのに、勝手に物質化するなんて。……どうせなら、お金のほうがいい。
≪無茶を言うな。煙から銭が生み出せたら、国家は崩壊するぞ。
その杖と髪はお前さんが魔力を込めた物質同士、収斂したのであろう。とはいえ、生命体に変化するというのは……うーむ。波長の近い森の小動物や昆虫でも取り込みおったか?≫
熊ジャック犯め、不浄霊が複雑合体するような言い方は止めて。
そういえば、爺様も私のぬいぐるみに入った幽霊だ。カチューシャは正体不明の魔獣だし。今は小さいフィオだって、私を余裕でぺしゃんこにしちゃえる大型竜だ。そして街の同族は言葉も通じないし、髪や肌もありえない色をしている。
地球に似ているようで似てない世界。怖いよ、ホントはすごく怖い。
――違う。悩んでも悩んでも何が正解か分からない、それは地球での毎日だって同じこと。私がどれだけ頑張っても両親は無関心で、私が何も頑張らなくてもおじいちゃんは可愛がってくれた。
だからこそメメント・モリ。
この大地を踏み鳴らせ。
この瞬間この場所を味わいきれ!
「よし。カピちゃん、君を魔王軍に迎い入れる。役割は偵察隊隊長。フィオの奴隷解放に向けて、最適最短の道を照らすのよ!」
フィオには聞かせたくない内容も含まれていたから、日本語で宣言する。夜の地平線に輝く南極寿星のように、満天の幸運を受け止めてもらおう。
そこから改めて、念話で皆に紹介。「カピ」という音だけは実際に声に出した。
≪新しい仲間だね、カピちゃん、よろしく~≫
≪杖が猿。猿が杖……そんなの変よ、異常だわ≫
相変わらずフィオは疑うことを知らないし、カチューシャは意外と頭が固い。ま、おいおい慣れてもらえばいっか。
≪古文書で似たような事象があったやもしれん。牙牙娘、仕組みを解明するためにも協力せい。
まずは脱力して、杖の先の先まで自らの手と思え。魔力だ何だと限定せずともよい。
杖は骨じゃ。その周囲を血が、神経回路が、筋肉組織が、ありとあらゆる微細な構成要素が先端まで巡ると……≫
しがない教師の誘導で体内エネルギー全体を流すイメージをしたら、蛇杖がふたたび小猿に変化した。「キーキー」と小さく鳴くだけで、念話は無理そうだ。
霊山の結界内部で拾った物質だから、超古代魔導具の可能性もあるんだって。それ以上の考察は保留にして、街へ戻ることにした。
結局、荷物を隠すのは辞めた。勝色コートは匂い消しの女王花と爺様の靴と浮遊石も挟みこんで、麻袋に入れる。蔦でぐるぐる巻いて、リュックの下に括りつける。スペース的にかなり邪魔だけど、これ以上の未確認動物は心臓に悪いもの。
私の靴はお腹側に回した斜め掛け袋の中へ。消えた亜空間から取り出せなくなるかも、という不安は考えないことにする。
蛇杖は鈴を外して空いた穴に、蔦を通してリボン結びした。街の中でいきなり猿になっちゃわないように、我流のおまじないだ。
≪なぜかしら……折角、着替えたのに、奇抜さが増しているわ≫
≪いいの! 敢えての変人ファッションだもん≫
カチューシャが五月蠅い。後付けの作戦だけど、コートを焼失せずになったでしょーが。
普段は周囲の注目を蛇杖に集めておくのさ。もし追いかけられたら蛇杖をお猿に変身させて、緑頭巾ごとどこかへ逃げてもらう。私は麻袋に隠していた勝色コートにチェンジ。
追手が『ねじ曲がった杖を持った緑服の少年を見なかったか?!』と聞いて回ってくれれば、儲けもの。
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靴をもう一足ください、とウォンバットおじさんに足元のパカパカ駱駝色靴を見せたら、なぜかオーバーリアクションで、ぎょぎょぎょっと驚かれた。
着替えたからかな。そうです、私が白黒茶の杖の変な人です。監視カメラのない世界。そうやって脳裏に刻んでください。
カチューシャの通訳に促されるまま、何度か問い掛けにコクコク頷いた。困りきった顔で必死にお願いしたら、理解してもらえたようだ。
今度はちゃんとフィッティングして、黒色の裏革を選ぶ。つまり『帝国風』の色だ。
踵の四色四弁の花刺繍や、踝で揺れる四色フリンジで、月の全色が入っている。そこはこの国の『伝統風』アレンジなんだって。
ちなみ『現代風』は月の一色使い。『王都風』は二色使い。
「10イリ! 6イリ!」
馬助硬貨一枚を渡した。まだ16という数は言えないけど、新たに履いている靴の代金として理解していただきたく。
すると店主は最初に購入したぶかぶかの靴のほうを回収し、あまつさえ差額を黒靴の上に載せてきた。
つまり、私がこの6イリ分を掴んでどかさないと歩けない。ウォンバット氏に二足の靴代を押しつけたいからといって、お金を地面に蹴散らして去るのも気が引ける。
「今日は天気がええからな、このくらいの土ならすぐ落ちる。
変な気ぃ回さんとき。交換で大丈夫やて」
いやいやいや。私そっちの靴で森を歩いちゃったからね。
「大・丈・夫」
言い聞かせるようにゆっくり発音してくれるんだけど、それは流石に申しわけないって!
「ダ、イジョ、オブ!」
と私も真似しながら、ふるふるふる、と首を振る。すでに数字の授業料代も、おまけしてもらっているんだよ。
困ったなぁ。無駄に荷物増やせないし、お金も限りあるし、追加で買っても邪魔にならないもの……。
「……イリ?」
しゃがみ込みなおし、茣蓙の上に並べられた少し大きめのストラップを指さす。
街壁の鍵についていたお守りと似ていた。紐を複雑に交差させて菱形や円形に編み込み、飾り房が垂れ下がっている。
カチューシャと爺様が声高に、≪所詮はおまじない≫だと馬鹿にしているけど。縁起を担いで室内扉や壁に掛ける装飾品らしい。
≪可愛いんだから、いーじゃん≫
この世界三日目の私が、なぜここの文化を擁護しているのだろう。そっちだって私のコートにおまじない掛けたでしょ! と指摘したら、都会組がやっと押し黙った。
ていうか、あれは……しょせん単なるおまじない、だったの、だよね?
≪お月様の色だねぇ、可愛いねぇ≫
怪しい二人組が黙秘を貫く中、フィオだけは理解を示してくれた。
赤・黄・青・紫、そのどれか一色の紐だけで作ってある現代的なものもあったし、街鍵みたいに伝統的に四色で編んだものもある。
「2イリや」
「2イリ、3イリ?」
「2イリと4イリやな」
ふむふむ。小さいのは2イリで、一回り大きいのは4イリなのね。じゃあ四色ので、大きいのを二つと小さいのを一つください。
私は値切ることなく、緑頭巾コートのポケットから小銭を取り出す。
「8イリ。2イリ、2イリ」
発音を確認するため、硬貨一枚ぶんずつ声に出す。
「気ぃ遣ってもらってすまないね。ほな鷹助一枚と小花二枚、確かに」
ウォンバットさんは穴の開いたお金を受け取ると、ベルトに垂らした財布代わりの太い紐を引っ張り、慣れた手つきで通していく。日常的に使う下位の貨幣は、すべて穴が開けられているのだ。
「おまけしたるわ。縁起よく四つや。精霊のお導きがあらんことを」
小さいお守りをさらに一つ重ねて渡されてしまった。
私は何度もお辞儀して、最大限の笑顔を一生懸命振りまいた。気持ちしか、返せるものがないんだもの。
親切なおじさん、ありがとう。
どうか貴方の日々が大切な人の笑顔と笑い声で満たされますように。
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