+ 中級魔導士: 美しさは罪
※中級魔導士(土)のダリアン視点です。
同じ日の昼間、ちょうど芽芽が靴を買い直した頃です。
*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*
「ネリウス兄さん!」
「災難だったな、ダリアン」
身元保証人として、同僚の兄が貴重な昼休みに王都警察本部まで来てくれた。青の第二師団で、師団長補佐を勤める精鋭竜騎士が現れたとあって、皆に緊張が走る。
実は『鉄仮面の下で弟へのブラコン拗らせまくってる人ですよ~』と言いたいのを我慢。
数日前に、兄さんがしてきた無茶な依頼も頭を掠める。この神経質そうな細身の中年男に駆け寄って、派手に抱きつくべきかしらん?
一瞬の躊躇いを向こうも感じ取ったらしい。今は不要だ、と指先で合図してきた。
「アルキビアデス結界長が別邸で倒れた時刻、ダリアンはうちの屋敷に泊まっていたのだが?」
何故それでも事情聴取されたのだ、と僕の横にいた警部に睨みを利かせてくれる。
弟の友人である僕のために牽制してくれてるんだろうけど……竜騎士は王都警察と合同捜査をすることも多いのだから、心証を悪くして欲しくない。
「その別邸に、僕の姿絵が所狭しと飾られた隠し部屋があったからだって」
「――は?!」
ってリアクションになるよね、うん。僕も最初に聞かされた時そうなったから。
「でも僕、そこまであの長老に執着されてた記憶ないし。僕のストーカーをしていたのは、愛人の一人なんじゃないかなって思うんだけど」
「――はぁ?!」
「ほら、あの別邸って、そういうことするのにご老体が使ってた場所だし?」
ネリウス兄さんが珍しく返答に困って、口をパクパクさせていた。竜騎士の中でも生真面目さで有名なほうだし、刺激が強すぎたかな。
「僕のこの美しさにも困りものだよねっ」
両頬に手を添えながらウインクして、話を終わらせることにした。
*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*
貴族街と商業地区の間に建つ警察本部の広い敷地を出た後も、ネリウス兄さんは眉間に深い皺を刻んだまま。そもそも機嫌の良さそうなところを見かけたことがないのだけど、今日は輪をかけて酷そう。
「ごめんなさい」
「何故お前が謝る。そうじゃない。魔導士の問題なら竜騎士の管轄だ。なのに通報が先だったからだの、魔術事件じゃないからだのと理由をつけて越権してくるとは」
『精霊大通り』は、西にそびえる王宮と東の霊山中腹に建つ神殿を繋ぐ王都一の目抜き通りだけあって、人通りが多い。そこを怖い顔した男が竜騎士の制服で歩くものだから、皆が遠巻きに避けようとして、あちこちでぶつかり合っていた。
「まぁ大目に見てあげてよ。あの警部さん個人は良い人だったしね。僕を一晩勾留したのも最初から謝ってくれてたし。
そもそも悪いのは警察上層部に圧力をかけた神殿側なんだから」
「だから、だ! 何故それがまかり通る!」
「神殿が一番上から腐ってるから?」
努めて無邪気に答えたのに、兄さんは大きな溜め息をつく。長年の頭痛の種を再認識させちゃった。
何か慰めになるようなことを言ってあげるべきかな?
「あの別邸って『黄金月』の隠れ家だったし、そんなとこに竜騎士に踏み込ませるわけにいかないもの。どっかに連絡入れないといけないのなら、せめて王都警察にしておきたかったんじゃない? 貴族街警察長とか、商業地区の巡回隊長とか、神殿長の子飼いも相当いるみたいだしね」
「お前、今すごい情報をサラッと複数投下してこなかったか……」
「こんなの王都っ子なら常識の範疇だよ~。ねぇ、あれって最近話題のだよね、お財布持ってる?」
精霊十字の装飾を施した古そうな屋台から、甘辛く焦げた香りが漂っていた。
香草とひき肉を混ぜた芋団子をタレに絡めるのはヴァーレッフェの伝統料理。でもタレを逆に中に詰めて、乾燥した海藻と炒った種子を外側にまぶしたのは新たなアレンジだ。
「お嬢ちゃん、竜騎士様の彼氏とデートかい? こりゃ、『星祭りの精霊姫』に選ばれそうな美人さんだねぇ」
「えへへ。ありがとう! 一番大きいヤツをお願い!」
「~~~~否定しろ! 色々と!」
ネリウス兄さんが律儀に小銭で支払いをしながら、小声で憤慨している。でも女に間違われるのも、隣にいる男の恋人に間違われるのも、いつものことじゃん。
その後も買い食いをしながら、『精霊大通り』を真っ直ぐ歩いた。
「ダリアン!」
神殿の正門前で、兄さんと同じ暗青色のマントを纏ったパトロクロスが手を振っている。横には黄色の線の入った白いローブのポテスタスも居た。
制度的にも性質的にも、竜騎士と魔導士は昔から反りが合わない。ましてや水の竜騎士と土の魔導士だなんて、違う守護精霊に属している人間は滅多につるまない。
僕も土の日生まれで黄色の線が入っているし、ネリウス兄さんは水だし。四人集まれば、さらに目立つよね。まぁ狙ってやってるから、いいんだけど。
「ダリアン先輩~! 昨日、連れてかれて、ぐすっ、もう、ぐすっ、どうなること、かと――」
「泣くなってば。ほら、精霊饅頭」
精霊の象徴である土の蒲公英、水の茸、火の団栗、風の楓葉を模った一口大の柔らかい焼き菓子の入った包みを渡す。ポテスタスときたら、途端に僕のことはそっちのけで頬張りはじめた。
「どうせまた噂になってるんだよね? 尻軽の美少年魔導士って」
もう慣れたから平気。そもそも神殿幹部からのセクハラ対策で、この二人とネヴィンが僕の恋人だって嘘ついていたわけだし。変態ジジイとも付き合ってたことにされようが、どってことないもん。
「いや……それがな、そーでもなくなった。ついさっき」
「えっと、もごご。話題がごっそり書き換えられひゃったって言いまふか……」
ひときわ背の高いパトロクロスと、僕と同じくらい背の低いポテスタスが二人して、困ったように目を見合わせている。
大きな声では話せない内容らしい。神殿の壁際まで移動することにした。
周囲を確認してから、土の魔導士塔が先ほどまで大騒動だったと教えてくれた。昨日未明、上級魔導士であるグナエウス司書次長の奥方が、夫の罵詈雑言に耐えかねて実家に逃げこんだのだ。そして怒り狂った兄の領地伯が神殿に怒鳴り込んできた、と。
「司書次長って、神殿長に絶対服従の万年雑用係なのに?」
人の目があるので、ひそひそ声で確認する。僕もグナエウスと同じ土の魔導士塔の所属だから、そりゃあ中級魔導士が王都警察に一晩拘束された程度の噂は掻き消されるよね。
「家れは、もごっ、奥さんを奴隷扱いひて、いたみたひ、です。ずっと領地にいた奥さんのお兄さんが、何故か、今年の星祭りは、急に出席することにして、もごっ、王都にいらひて。それで、発覚したのだとか、もごっ」
家栗鼠のように精霊饅頭を次々に口へ入れながら話す後輩。なんだか癒される、と思ったのは僕だけじゃないはず。だって壁みたいに高くそびえる竜騎士二人の目元も和んでるもの。
大人しい司書次長の豹変ぶりは意外だった。人は見かけによらないって言うけど……ポテスタスには、丸々と太った子羊みたいな外見と性格のままでいてほしい。思わず頭を撫でてから、神殿の正門をくぐった。
パトロクロスとネリウス兄さんとは、大広間でお別れ。ここから廊下が四方八方に伸びていて、仕事場の塔は別区画。しかも今日は水の週末だから、本来なら水の竜騎士は休日だ。でも王都直下地震のせいもあって、大概が出勤しているみたい。
「ねぇ、次の魔獣討伐隊って発表あった?」
「はひ。れも選ばれてなかった、です」
ポテスタスが、自分のことのように肩を落とす。来月の収穫祭用の帝国カボチャは、ヴァーレッフェで狩った魔獣と物々交換。この国の財政もいよいよ逼迫している感が否めないのは置いておいて。
パトロクロスが魔導士側からも竜騎士側からも爪弾きにされている現状は、セクハラの防御壁になってもらっている身としてホント辛い。
とはいえ、魔導士であるネヴィンと彼が恋人同士なのは真実だからなぁ。僕とポテスタスとだけ何もないって今更言っても、信じてもらえないだろうし。
ネリウス兄さんは、僕ら中堅どころとは世代が一回り違うし、これまで彼女の一人も作らずに幹部に登り詰めた苦労人だから、極力巻き込みたくないし。
でも……一昨日の話を実行するとなったら別なのかな。ネリウス兄さんや水の師団長の悪評を立てるなんて、いくら頼まれたこととはいえ、ホント気乗りしない。
っていうか、そうなったら僕、一体何人と付き合ってることになるんだよ、もうっ。
「フェディラは?」
「彼女も、もぐ。相変ふらず出勤してない、れす。そのせいで聖女様だけれなく、とうとう副神殿長様まで、もぐ。機嫌が……」
ポテスタスが言葉を濁す。聖女付きの上級侍女は、副神殿長の妹。外聞を人一倍気にする男だから、面子を潰されたとかって憤慨しているんだろうな。
ワガママ聖女の使用人いびりも聖女新聞で特集されちゃうし、新しい侍女がすぐに見つかるとは思えない。
一昨日の深夜の地震以来、神殿長は王都と王都周辺の結界の修復作業に忙殺されている。結界の総責任者であるアルキビアデスが意識不明だからだ。
司書部は本来、地震で倒壊した魔導書架の再構築をしないといけないけれど、その旗振り役が醜聞で機能不全になるだなんて。
「あーもう。最悪職場がいつにも増して最悪じゃん。
いい? 今日明日は特に、目を付けられないようにね。何かあったらすぐに僕に呼ばれたって言い訳して逃げるんだよ」
ぽっちゃり子羊が素直に頷くのを確認してから、初級魔導士は立ち入れない奥へと向かう。
例の黄金倶楽部の溜り場で、上司のルキヌスが頭を抱えていた。
「ダリアン~、お前、霊山にちょこっと入る気なくね?」
「地震後の点検ですか? 神殿長様が立ち入り禁止にしていたのに?」
あそこは古代の魔法陣とかもあって危険だから、上級魔導士を厳選してチームを組んで後日確認するって、地震直後に高らかに宣言してたよね。翌日には、『四大精霊様も市井の一般人の安全を優先するよう望まれるはず』って、珍しくマトモな声明まで出してたじゃん。
「う~ん、部外者を入れるのはやっぱ怒られるか……てことは黄金月……は最終手段だろ……でもこのままはマズイよな……どこにも見当たらない……いや、餌場は決まってるはずだろ……あの大きさだから、全部をすぐには食べなかっただろうし……どっかに隠しに行ったか? ってことは西の洞窟群か?!」
意味不明な呟きだけど、うちの上司はこうして別件に気が取られている時がチャンスだ。
「その霊山の裏の領主ですけど、他をあたってくださいね」
ほらね、何の話だか判らないって顔してる。完全に忘れてたな。
「朝焼けの街の領主を誘惑する人員です。僕、アルキビアデス結界長様が腹上死しかけたせいで、さっきまで事情聴取を受けてましたから」
「あ゛?」
「だ~か~ら! 僕が同じような状況でまた登場したら、絶対に疑われます」
とっくに引退すべき年で神殿にのさばって、暗殺ギルド『黄金月』の隠れ家には若い男の愛人を複数囲っていたアルキビアデス。意識が戻っても当分は寝たきりだろう。下手したら、このまま月に帰りかねない。
星祭りの前後で僕に誰かを誘惑させでもしたら、神殿の関与は明白。
一昨日夜の地震の直前まで、どう回避するかネヴィンたちに半泣きで相談していたのに、精霊の逆立ち運がホントに起こるなんてね。
悪徳領主との性交も暗殺も断る口実が出来たのだから、来月の土の週末には守護精霊をお祀りしよう。いっそのこと、明日の土の日でもいいかもしれない。ってことで、3、2、1。
「ルキヌス様ぁ!」
はい、お出でなすった。『アリス』ちゃんこと、火の初級魔導士アイリウス。そしてここは、中級ですら一部の者しか入れない神殿奥。
愛人だからって遠慮しろとは言わない。扉をノックしろとも言わない。
ルキヌスと二人きりになりそうな時は、事前に仄めかしてあげてるの僕だもん。有力貴族のアイリウスは取り巻きも多いから助かっている――僕からの挑発の伝言役として。
「さっきのお仕事、成功すれば神殿長様の覚えも良くなるでしょうし……非っ常に残念で、大っ変心残りですが、他の有能な後輩に回してやってくださると……」
「じゃ、じゃあアリスがやる! なに何なんのお仕事ぉ?」
「いや、ちょっ、ダリアン、待っ!」
神殿長に提出する報告書の束をひょいと掴み、そそくさと退室する。こっちこそ、新人魔導士にさせるべき仕事なんだけどね。
これが僕の目撃した神殿長派崩壊の第一章。
ルキヌスが霊山で何を必死に探していたのかを知るのは、もう少し後のこと。
*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*
※芽芽を召喚した神殿魔導士の様子です。今回の(噂も含めた)登場順だと、
・陰の神殿長(結界長)アルキビアデス → 「なで肩のゴマフアザラシ老人」
・神殿長モスガモン → 「オウム鼻の三つ編み老人」
・司書次長グナエウス → 「使いっパシリのチンアナゴ」
・火の聖女メルヴィーナ → 「残念髑髏美女」
・副神殿長ファルヴィウス → 「さびれた農場のオンドリ」
・事務代理ルキヌス → 「一昔前の茶毒蛾ホスト」
です。「」内は芽芽の認識。財務長ペルキンは出てきていません。
神殿内部でゴタゴタしていて、芽芽に対する初動対応が遅れています。
ルキヌス的には、既に一部分を虹竜に食べられて、残りは霊山の西の洞窟群に隠されたと思いたいみたいです。
ちなみに芽芽は北東へ移動中。




