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25. 森に戻る

「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10」


 高く澄んだ空の下。四つの月色の野菜畑の間を通って、裏口から街を出る。草原みたいな穀物畑も抜けて、ちびピラミッド裏の蛇杖(へびづえ)を回収し、森の中へ。

 カチューシャたちが話かけてくれるのは、ちゃんと聞こえてるってば! 返事をする余裕がないだけで。


 そして荷物を茂みの傍にすべて置くと、リュックを開けてフィオに外に出てもらい、メモ帳とペンを探す。


 「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10」と「イリ」と「そうやそうや」の発音を、まずはカタカナで大ざっぱに書き込み、その後、発音記号でもっと近いものに訂正。


≪よし! 皆さまお待たせしました~。もう話せるよ≫


≪別に覚えなくても、わたしや『(じじ)様』が通訳すればいい話でしょう? 子竜だって文字は読めないけど、ちゃんと聞き取れるのだから≫


≪だけど、実際に口を使って話せるのはこの中で私だけだもん。不測の事態はいくらでも起こり得るんだから、武器は多いほうがいいってば≫


 というか私、剣や弓なんて扱えないし、運動神経も体力もないし、残ってるのって頭くらいなんだよ。

 普段使う日本語と英語に加えて、学校の外国語科目や古典としていろいろ触れてきたから、言語習得は唯一要領良い分野だと思う。


 念話は超のつく高難易度の魔術。上級魔道士ですら片言レベルなんだって。一般大衆とのコミュニケーション・ツールとしてまったく期待できない。

 声そのものが出ませんって唖者(あしゃ)のフリをするのも一つの手だけど、びっくりしたり痛かったりしたとき、咄嗟(とっさ)に声が漏れてしまうのまで押し殺す自信がない。


 基本単語だけは頑張って覚えて、後はさっきみたいに『外国人なのでこの国の言葉は苦手なんです』って、歌で誤魔化すのが無難な気がした。

 周辺国は長らく同じ言語体系で、方言ほどの差異しかないらしいけど、『壁』と呼ばれる険しい中央山脈を越えれば、文字からしてまったくの別物。大陸の南から流れてきた旅芸人で押しきろう。




≪フィオ、はい、これ果物≫


≪わぁ、ありがとう~≫


≪あ、私の分は1個だけ残してくれたらいいから≫


 それだと私のお腹がすくんじゃないか、と心配してくれる緑の竜。いいからいいからと答えつつ、購入した服を引っ張り出す。


≪じゃあ着換えるから、爺様とフィオはこっち見ないでね。

 カチューシャ、着方をチェックしてくれる?

 あと、皆で誰か人が来ないか見張っててくれると助かる!≫


 三人が了承してくれたので、熊のぬいぐるみ(ミーシュカ)を反対方向に向けて置きなおす。

 一昨日から着たきり(すずめ)だった私も、やっとこの世界の服に袖を通せる。ちなみに爺様の男臭い勝色(かついろ)ローブは断然ノーカウント。


 ――あれ? カチューシャがびっくりして、ひとの肌をまじまじと観察しはじめる。


(うそ)、やだ、肌に入れ墨が一つも……ううん、何でもないわ。えっと、その、芽芽! 女の子なのにそんな勢いよく脱ぐんじゃないわよっ≫


≪あー、私、そこまでの恥じらいはない。へーき≫


 そんなことよりも時間が勿体(もったい)ない、と足元で見上げてくるカチューシャに答えると、カチューシャだけでなく向こうの爺様にまで盛大な()め息をつかれた。

 変な脱ぎ方したっけ? でも誰が来てもおかしくない道端で着換えるんだし、急いだほうがよくない?


 そういや一瞬、『入れ墨』って聞こえた気がするけど……もしかして犯罪者の烙印(らくいん)でもあると疑われてたのかな。遺体の追い()ぎしちゃった身だし。


≪そこはともかく。コート貸しなさい≫


 何するつもりだろう?


≪感謝しなさい、わたしが()()()()()してあげるんだから。効果のほどは判らないけど≫


 昨夜、おじいちゃんの小石をおまじないだと言って寝床に並べたら、ドン引きジト目(チベットスナギツネ)顔をしたくせに。この国の習慣だの、縁起担ぎだの主張しだしたぞ。


 指示されたとおりにコートを地面に広げると、カチューシャがその上を何度もいろんな角度から飛び越えていた。鬼気迫る目線をなんとかして、尻尾さえ振ってくれたら、『面白そうなおもちゃを見つけて狂喜乱舞のキュートなわんこ』に見えなくもないんだけどなぁ。


≪いいわ。もう着てよし≫


 おまじないレベルなのかねぇ? 私はコートの土埃(つちぼこり)を払って若竹色の布地をじっと見る。

 焦点をぼかしても、フィオの首元みたいな怪しげな黒い糸は巻きついてなかった。さっきと特に違いはないな、うん。まぁでも。


≪ありがとう、カチューシャ≫


 そう言ったら、盛大に困った顔をして向こうを向いてしまった。


 地球のおじいちゃん(いわ)く、こういうのってこめられた相手の気持ちが大事。実際の効果云々(うんぬん)じゃないと思うよ。わざわざ私のためにしようとしてくれたのだから感謝なの。


 照れた様子で≪バカじゃないの、ふんっ。別にわたしは……≫とかなんとか、可愛く悪態ついてる白犬の横で、緑頭巾コートを着込む。ボタンを一つひとつ丁寧に留め、カチューシャの気持ちごとぎゅっと一度抱き寄せてから、フィオの横にしゃがみ込んで休憩。


 木漏れ日が気持ち良い。森の奥からは、ホッホゥという(はと)のようなくぐもった声が届き、頭上ではピリリリリという高音のさえずりと共に小鳥が飛び立つ。


 フィオは遠慮したのか、紫縞瓜(しまうり)と青洋梨を1つずつ残してくれていた。スイスナイフで少しずつカットして、どちらも半分いただく。栄養分は皮や皮近くにあると聞いたことがあるから、皮ごと。それでも硬すぎず、柔らかすぎず、絶妙に美味しい。


≪はい。フィオの分ね≫


≪でもでもっ≫


≪私はまだお菓子があるから。後で食べたらいいよ、リュックの中に入れておくね≫


 本当は、梅干し味の飴とドライの枸杞(くこ)の実が辛うじて残っているだけだけど。フィオは加工品は食べてくれないしねぇ。歌で気を逸らそう。


「(さぁ市場へ、さぁ市場へ、買うのは太った小ブタ(ピッグ)

さぁお家へ、さぁお家へ、ジグティ・ジグティ・ジッグ)」


 街に一度出たことで、結界から出た実感がようやく湧きあがってきたのかな。妙にテンションが上がる。自然とノリのいい古い童謡が口から出てきた。確かその後は、


「(さぁ市場へ、さぁ市場へ、買うのは太った大ブタ(ホッグ)

さぁお家へ、さぁお家へ、ジグティ・ジョッグ)」


 と続く、英語の意味なし歌。緑竜が拍手代わりに、ペッコンペッコンと喉を鳴らすのを受けて立ち上がり、若竹色コートの裾を摘まんで膝を曲げ、お姫様お辞儀をする。


 腐った肉を吐き出していたフィオに比べれば、私の空腹なんてどうってことない。そのまま上機嫌で街に戻ろうとした。のだが、新しい靴がぶかぶかすぎ!

 ハンカチを丸めて詰めても、歩くたんびにパコッと脱げてしまう。お金は節約したいが、コケて怪我したら元も子もない。


≪いっそのこと、誰か月へ(はた)き飛ば……≫


≪ダメだよ、野盗に落ちると一般国民まで敵に回すよ≫


 カチューシャの発想は親切なんだか、物騒なんだか。私だって強い人間じゃない。一度、人から奪うことを覚えたら、きっと歯止めが利かなくなる。







※芽芽が唄ったのは英語の歌なので、( )内に日本語の意味を表記しました。マザーグースの古い童謡「To market, to market」から、作者訳です。

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