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24.本を探す

 だいぶ日が昇ってしまったけれど、市場は依然として活気を帯びていた。私はさっきのフラミンゴおばちゃんの所で、再び果物を指さして数の練習をしつつ、いくつか購入。


「は~い、ありがとう」


 おばちゃんが紫林檎(りんご)を渡してくれる。


 ウォンバットさんのときに言えなくてもどかしくて、その後は他の店主がこのセリフを言いそうな場面を繰り返し観察したのだ。カチューシャたちにも確認したから、もう堂々と言える。


「アリガト!」


 私はフラミンゴおばちゃんに向かってにっこり笑った。

 あとは……『何』って単語が判明すると便利なんだけどなぁ。市場で飛び交っている台詞のどこに埋没しているんだか、さっぱり見当つかない。




 路地裏で覚えたての「ダイジョーブ」や「アリガト」の発音、そして各購入金額をメモった後は、携帯食になりそうなナッツ類とドライフルーツを購入する。


 袋ではなく、大きめの竹みたいな葉っぱで(ちまき)みたいな円錐(えんすい)形に包んでくれた。エコである。そこは良いのだけど……。


 ドライフルーツやナッツまで、赤と黄色と青(!)と紫という四色(ぞろ)いなのだからびっくりだ。正体不明で不気味だが、お得なのでミックスセットにしてみた。

 にしても芯まで色が濃い。染めているのかと(じじ)様に確かめると、全て天然自然の色との答え。カチューシャも≪年中出回ってるやつじゃない≫と首を傾げていた。フィオは≪何か変なとこがあるの?≫と心配してくれる。


 ――ここは地球じゃないんだな、と改めて実感した。


 しかも生の果物よりもさらに高額。12イリの『馬助』銀貨どころか、48イリの八角形鉑貨(はくか)(伝説の大樹が描かれているから正式には『鉑樹(はくじゅ)』だが、どう見ても林檎の樹だろってことで俗称『林檎(りんご)』)が飛んでいく。

 いくらか戻ってきたものの、道中稼ぐ方法を捻り出さないと青い馬の連峰まで辿(たど)り着けるか心配だ。


 服を買ったときに使った『金竜(きんりゅう)』は一枚で144イリ。林檎3枚分、馬助(うますけ)12枚分だ。この金貨も『竜助』とでも呼ぶのかと思ったら、こちらは俗称なし。

 生活に根差したものは規則的でないことが多い。外国語を学ぶときに必ずぶち当たる壁だから、覚悟はしていたけどさ。


 異国の古着まで扱う市場といえど、ここら辺が限度だろう。余所者が高額の買い物を続けていれば悪目立ちする。




≪で、本屋どこ?≫


≪そうねぇ……この規模の街なら一軒はあるかと思ったのだけれど、無さそう≫


 市場のたつ中央広場から四方に伸びる各大通りにはお店が何軒か続いている。カチューシャがだいぶ先まで走ってくれたが、どこにも見当たらないと言う。

 私も近場のショーウィンドーをあちこち(のぞ)いてみるが、本らしき物は並んでいない。文房具屋や雑誌屋(キオスク)すらない。


≪言ったではないか。普通は図書館じゃろーて≫


≪いやそれは本を借りる場合でしょ≫


≪本は中身のみ書き換えるものじゃ!≫


 爺様の説明を聞いていると、どうやら本自体の形状は地球と同じっぽいのだが、電子本みたいに中身を図書館でダウンロードできるらしい。


≪そのお話を気に入って、消したくなくなった場合は?≫


(ページ)数の多い本を最初から買って、そこは消さずに残りを埋めていくか、別の本を買うしかあるまい≫


 やっぱりメモリー媒体扱いだ。


≪しかし本は高額じゃ。普通は一人で十冊も持っていれば多いほうかのう。大貴族ともなれば本で埋め尽くした豪勢な部屋を自慢するが、あれは代々の当主が特注品を集めたもので普段使いではないな≫


≪普通の安いのでいいのだけれど……本自体も図書館で売ってるの?≫


≪他にどこで売るというのじゃ≫


 いやだから、本を売る本屋さんだよ。そう爺様に反論しようとしたら、白犬が唖然(あぜん)としていた。


≪芽芽、もしかして普通の真っさらの本を買いたかったの?≫


≪カチューシャ、さっきまで一体何を探してくれてたの?≫


≪貴族の館にあるような、宝石を()めた装飾本。あれなら図書館以外でも好事家向けの工房があるでしょ。あとは、魔導士用の専門書。魔術を記す場合は、特殊加工しないといけないから魔道具のお店も探したのだけれど……≫


 アレ? 『本屋』と『普通』で話が全く通じていなかった。収集癖があると勘違いされてたみたい。


≪違うよ、子ども用の御伽話(おとぎばなし)本で言葉を勉強したかったんだってば≫


 そして宝石なんて余計な出費はぜひとも避けたい。お土産目当ての観光客じゃあるまいし。そう伝えると、カチューシャが面喰(めんく)らったように目をしばたいた。


≪そんな(ごく)普通の、お店なんかで売っているわけがないわ。万が一、売っていたとしても中味は図書館でしょ普通≫


≪……うん。理解した≫


 パラレル西洋世界とナメてかかっていると、思わぬところで『普通』が違う。


≪爺様、図書館って入ったり、借りるのに身分証明のカード必要?≫


≪王宮や個人のものではなく、街の一般図書館ならば入館自体は自由じゃ。就学すると役所から配布される木札があってな。それがないと借りられん。大人になると職業ギルドでもっとマシな身分証に変更する≫


 ――無理じゃん。


≪犬は入れる?≫


≪……特別の許可証があればな≫


 どこまでいっても身分証明が必要かい。

 はぁ。()め息がこぼれる(ほお)を両手で包む。(もり)芽芽よ、ファイティング(がんばるの)だ、気分を立て直すのだ!




≪フィオ、また私が歩いても大丈夫そう?≫


≪うん、そんなに気にしなくても大丈夫だよ~≫


 リュックをこっそり(のぞ)き込むと、つぶらな瞳がきゅるるんと輝いた。丸々としたお腹の上で、丸々とした林檎を大切そうに抱えている。なんだろう、この癒し系アイドルは。

 ごめんね、と断ってリュックを背負う。無音化のため、風の指輪もしっかり握りしめた。泥棒に目を付けられないよう、宝石部分は手の内側。


 市場の露店がいくつか店じまいを始める中、最後にぐるっと回って確かめておく。フラミンゴおばちゃんに捕まって、売れ残った生果が安くなっていたのを三度目のご購入。


 ちょっと先のナッツ屋さんやドライフルーツのお店に閉店セールはなかった。日持ちするもんねぇ。いや、解ってたけどさ。でもさ、流石にここに来てお腹が強烈な音を立てはじめるからさ。


 屋台の前を通ろうとしたとき、立派な太鼓腹のおじいさんが同情して呼び止めてくれた。ウォンバットおじさんと違って、横にも縦にも大きいフグさん体型。そして肌は薄っすら赤っぽい。

 ここの人たち、長袖長ズボンか長袖長スカートで、手袋している人も多いし、頭にも帽子だの頭巾だの被ってるから、よく見ないと判らないんだよね。


≪あれ? 『赤肌』ってもしかしてこんな感じ? 赤林檎の皮みたいに赤々(あかあか)しい人もいるの?≫


≪そんな奇抜な色味があってたまるか。旅芸人でも見かけたことないわ≫


 爺様の(あき)れた声がする。でもだって『赤肌』って言ったじゃん!


 ついでに確認したら、やっぱりウォンバットおじさんが『黄肌』だった。でも私みたいな、地球でいう黄色人種の肌をした人もいれば、もっと褐色の肌もあるらしい。

 おそらく黒人と思われる人種もいた。地球の白人と同じにしか見えなかったフラミンゴおばちゃんは、赤肌の一種らしい。ややこしいな。


 爺様との念話に気を取られていたら、熱い鉄板の上に乗った『ベビーカステラ』もどきを数個、大きな葉っぱにさっと(すく)い入れて目の前に差し出してくれる。

 なぜか団栗(どんぐり)を模したのは赤色で、ポルチーニ(たけ)っぽく成型したのは青色。あとは紫色した紅葉(もみじ)と、黄色の向日葵(ひまわり)形もあった。


 爺様に確かめると、やっぱり天然の色。これがこの世界の≪普通≫なのだ。


「イリ?」


 指さしながら、値段を確かめる。


≪売れ残りを片付けたいから、持ってけって。あと横のパイもね≫


 うわぁ、優しい! カチューシャに訳してもらってすぐ――フィオにリュックを揺らしちゃうことを念話で断ってからだけど――ぺこぺこお辞儀をする。


「アリガト!」


 縁日のベビーカステラみたいな見た目に反し、香りも味もフライドポテトだった。どこか一部が欠けたり焦げていたが、塩とハーブがまぶしてあってまだ温かい。

 じゃが芋は少なくとも四色存在して、こんな風に器用な形に料理するのが『普通』ってことだな。


 次に渡された紅葉(もみじ)型の紫パイは、私の手の平よりも一回りデカイ。まともに食べていなかった身としてはありがたかったが、タダであげてしまって大丈夫なのだろうか。

 中のクリームソースも上のパリパリチーズも真紫でエグイけど、おじさんの好意と屋台の香ばしさにフォーカスだ。小麦粉まで四色あるらしいが、多分死なない、生きていけるはずだと自分に言い聞かせる。


 ポテトとパイを(かじ)って見せては、大袈裟(おおげさ)にジタバタジタバタ。

 めっちゃ美味しいです、と全身のジェスチャーで赤フグおじいさんに感動を伝える。笑顔でもう一度しっかりお辞儀して、また移動再開。


 こちらの世界に来て、初めてまともな加工食にありついた!


 座って食べる時間はない。変形(カステラ)ポテトと紅葉(もみじ)パイを(ほお)張りつつ、お客もまばらになった露店の合間をチェックしていく。

 いきなり旅になったから何が必要なのか正直判らない。爺様の話だとタオル以外は不確実なものの、宿で借りられるアメニティだって多少あるみたいだし……。


≪フィオもあとで食べる?≫


≪――竜に人間の食い物を与えるヤツがおるか。特に(いた)め物なんぞ身体を壊すぞ≫


 爺様のドクターストップが入ったので、私が一人占めさせていただくことになった。


 って、~~仕方ないじゃないか。

 犬猫ペットと似たようなものだと考えれば確かに非常識なのかもしれないが、念話とはいえ人間みたいにしゃべれる竜の食生活なんて想像つかないんだもん。

 しかもフィオは魔獣のスプラッタ肉のせいで、普通の竜とは食の好みが違うし。


≪あの、芽芽ちゃん、えっと、せっかくなのに……ごめんねぇ≫


 食べられなくて、とリュックの中でフィオが恐縮している。ただでさえ、ミニミニサイズなのに。


≪いいよぉ、あとで果物食べようね!≫


≪うん!≫


 フィオは林檎や梨を芯の部分まで、しゃりしゃり美味しく食べる。なんなら上に付いていた枝まで丸ごと、(たね)も気にならないとのことで、大変エコな竜である。


 我が家の緑竜は、ラブ&ピースの究極ヴィーガンなのだ。


※お読みいただき、ありがとうございます。

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