21. 色が色々違う
悪徳魔道士に待ち伏せされていないか、カチューシャが気配を探ってくれる。
現代の馬車が通れない『旧街道』は、狩猟採集するときしか使用されなくなって久しい。大半が森に呑み込まれてしまった。その『四つ足の道』側からだと、野原や耕作地帯を挟んで、街の背面と繋がることが多いそうだ。
どの街も周囲をぐるりと高い壁で囲んである。戦時中でもあるまいし、農作業用の裏口は自警団が冬だけ魔獣を警戒すればすむ。
石造りの壁に嵌め込まれた小さな木の扉。横手には古い鉄鍵が無造作にかけてある。四つ葉のクローバーみたいな形の鍵だ。
垂れ下がった飾り房はお守りなんだって。赤・黄・青・紫の四色の糸で編んだもの。やはり四つの月と同じ配色だ。
でも施錠もされていない。軽く押しただけでそのまま開いた。
ぽかぽか陽気のおかげか、すぐ隣の見張り塔は閑古鳥が鳴いている。その先も果樹がわんさと生い茂り、遠方からの視界を遮ってくれた。
≪ってぇ、実も葉っぱもお月さま四色!≫
細長い葉っぱが羽状の複葉、小さい実が房状に垂れ下がっている。これってエルダーベリーだよね? 地球でもスタンダードな白い小花に緑い葉じゃなくて、ピンクの小花に黒い銅葉の品種があったっけ。あのダークな感じで、紺色の葉の樹は紺色の実が。紅色の葉の樹には紅色の実が。黄金色の樹もあるし、濃い紫の樹もある。
≪壁面には、よく群生しているじゃない。
まぁ確かに、普通は扉の前くらい剪定しておくものよね。たとえ魔獣の季節には落葉しているとしても怠慢だわ≫
≪ここの領主は骨董狂いじゃ。街の美化衛生に回せる金なぞあるものか。背後に帝国がいるせいで、国王陛下でも迂闊には譴責できぬ≫
サモエド犬と爺様がそろって溜め息をつく。今朝、腐敗した神殿派だと説明されたっけ。この街自体には領主館はないし、ド田舎だから代官すら常駐していない。貴族やエリート魔道士なんてロクに寄りつかないって。
とりあえず、セイヨウニワトコの葉っぱをちぎって、靴下と素足の間に挟む。森の王様の葉っぱも道端に落ちていたのを拾って、寝ている間中くっつけておいた。幸いどれもかぶれていない。
雑草だらけの農道の左右には畑が広がる。街の外はイネ科の穀物畑だった。内側は芋っぽい葉や人参っぽい葉と……豆かな。そしてやっぱり月の四色。野菜の種類ではなく、色で畑が分かれている。
魔獣が侵入してきた時の緩衝地帯かつ戦闘空間なんだって。居住区域は、壁と畑で縁取られた中央部分に密集していた。もっと豊かな街なら、居住区域の手前にもう一つの防御壁。州都や王都の規模になれば、何重もの壁を設置するらしい。
≪今って初秋なんでしょ。みんな、まだ夏のバカンスでお出かけ中なの?≫
≪いや、昨日今日のような快晴は稀じゃぞ。夏の間も陰気な雨続きでな、雹まで時折降るしのう≫
爺様に言わせると、近年は天候に恵まれず、畑の手入れや冬の備えで忙しい時期なのだそう。なのになぜか今日はガランとしていた。
居住区域は御伽話に出てきそうな美しい街並みだけど、やはり人気がない。遠くからウィンドチャイムのような音を微風が運んできた。妖精が通り過ぎたみたいな、キラキラと繊細な音。
西洋中世風の家壁は、焦げ茶色の分厚い木骨に、少し赤みのある漆喰が塗り込んであった。この地方で採れる土の色らしい。
どこも四階建て構造で、その上には妖精のとんがり帽子みたいな急勾配の真っ赤な屋根が乗っかっている。
≪ここってかなりの積雪量なの?≫
≪恐らくは、普通と思うぞ?≫
爺様、この国の『普通』量の雪って何。
抗議すると、≪王都と同じくらいじゃろ。まぁ霊山の裏手ゆえ、少しくらいは増えるかもしれんが≫という、さらに想像のつかない比較対象を出された。
どの軒先にも小さい庭があって、花や香草が植えられている。洗濯物は表から見えない。側溝はあるけれど、汚物臭はしない。薄赤色の石畳は掃き清められ、やはり文化度は高そうだ。
≪ここら辺で雪の被害は聞かないわね。霊山のすぐそばだし≫
霊山があると雪は増えるのか減るのか。カチューシャの補足で余計にややこしやぁ――って天を仰いだら、いきなり誰かが左側の家から出てきた!
男性の髪が真っ青! 女性のは真っ黄っき! 二人とも二十代前半っぽい。これって反逆の象徴?
男性のほうは、肌も薄っすらペイントしたみたいに、ほんのり青みがかっていた。女性は白色人種の顔立ちなのに、蜜柑を食べ過ぎたかのような黄色肌。
なのに二人とも露出度の低い、かちっとしたお洋服というチグハグっぷり。
「っ痛!」
女王様気質の凶暴犬が、私の足に尻尾をバンバン当ててきている。あ、念話で何か言ってくれてたのね。びっくりしすぎて固まってたわ。
「******!」
あれ、向こうも焦ってる。手を繋いでるから恋人だろうか。男性は、なぜだか弁明するような口調だ。女性はおろおろしている。どちらも自分の髪色をダークにした色合いの手袋にロングコート姿。大きな荷物まで抱えている。
≪むむっ、地震じゃと? 珍しいな。住民は正門近くの壁の補修工事へ……その隙に駆け落ちしようとしていたらしい。
男は貴族階級の役者かぶれかのう。仰々しい言い回しを並べて悦に入っておるが、こりゃ相当、精霊に蹴り散らかされとる。女はその使用人といったところかの≫
爺様がすこぶる呆れていた。『精霊に蹴られる』は、おバカってこと。目の前の古民家は、女性のご実家っぽい。漆喰にひびが入っていないから、大地震ではなさそうだ。
最初は「叔父上の寄こした追手か! マイスイートハニーをどうするつもりだっ」と警戒されて、そいで今は「でも身なりが外国人だから、はっ、もしかして幸運の前兆?!」と盛大に勘違いされてる最中。正確には、『精霊のことほぎ』って表現するんだって。
私、これをどう対処したらいいの?
≪もう! だから隠れなさいって言ったのに!≫
あのさカチューシャ、私は忍者適性ゼロだから。ドアが開く瞬間に言われたって、ロクに聞こえてもいなかったよ。あと、月にお送りするという物騒な提案も止めて。
≪旅の精霊らしく、祝福を寄こせと言うとるぞ≫
爺様によると、この国では旅立つときに『お達者で』的な声掛けを先導してくれる人を『旅の精霊』と呼ぶ。本来は見送る人が一堂に会して行うから、手締めみたいなものかな。とはいえ、私はこの国の言葉で「さぁさ、お手を拝借~、いよ~っ」なんて定型文は知らないわけで。
≪時代劇の中でしかお目にかからんような、今は廃れた風習じゃ。無視しても――は、ちとマズイの。こいつ、ここの領主の縁戚じゃ≫
めっさヤバイやん。愛想笑いのまま、フリーズしてしまう。
≪『叔父上』がどうのって慌ててたものね。帝国風の貴族服じゃないってことは、傍系かしら≫
≪主人公が行商人に変装する、例の陳腐な恋愛古典劇になぞらえておるのよ。なぁにがそれでも隠しきれぬ気品じゃ、田舎もんが≫
都会のネズミどんよ、問題はそこじゃねぇ。えっと……コノ国ノコトバ、私ヨクワカリマセンってどう言うんだ? 通報されて荷物検査されたらフィオが! うわぁ、落ち着け! 何か捻りだすんだ、魔王メメ!
≪芽芽ちゃん、大丈夫? タビゲイニンしたらいいよ、きっと≫
リュックの中から緑竜が助言してくれた。そっか。『旅して芸する人』だ。こっちではお月様の数である四がラッキーナンバーなんだよね。そいで幸運でしょ。短くまとまってて、とにかく明るい曲調で……裏扉の鍵の形だ!
命がかかっているのに、恥ずかしいとか言ってらんない。両手で交互にワン・ツー・スリー・フォーっと大袈裟な動きでフィンガースナップを鳴らす。こういうのは音を外そうが、ノリノリで歌えば何とかなる!
「(四つ葉のクローバーを見てるとこなの、
これまでは見逃しちゃってたけどねぇ。
葉っぱの一つ目はお日様さんさん、
二つ目は雨、三つ目は小道に咲くバラ。
説明なんて不要よ、
最後の一枚は私の愛する誰かさん。
四つ葉のクローバーを見てるとこなの、
これまでは見逃しちゃってたけどねぇ)」
古い英語の歌を満面の笑顔で締めて、右足をすっと斜め後ろに引く。そのまま下に両膝を軽く曲げてカーテシー。イメージはバレリーナの優雅なプリエだ。フィオを背負っているから、お辞儀で前のめりになるのは避けたかったのさ。
「******!」
興奮したお兄さんが、劇場カーテンコール並みの熱烈な拍手。お姉さんもそばかす顔をくしゃっとさせて喜んでくれた。
何か言いながら、硬貨を何枚か渡してくる。チップってこと? もらっちゃっていいの?
よく解らないけど、私たちが通った街壁の裏扉へと続く道を二人勇んで歩きだした。営業スマイルを張り付けたまま、手を振って見送る。
≪見直したわ牙娘。こんなにすぐ金を稼ぐだなんて≫
カチューシャが唖然としている。
≪聞いておらんぞ。本当に芸人じゃったのか?!≫
≪だって芽芽ちゃん、お歌は得意だも~ん≫
爺様まで驚いている。フィオがなぜか得意げだ。そういえば、脱皮を手伝った時に糸巻きの歌を披露したね。
にしても、これって何円くらいなんだろう。カチューシャの鼻先に持っていって確認してもらう。
≪あら、林檎だわ≫
大樹のシンボルが浮き彫りになった八角形の硬貨。林檎の樹よりも幹が立派だけど、通称は『林檎』なんだって。どちらかというと、爺様の斜め掛け袋の刺繍を彷彿とさせる。
≪これで何がどれくらい買えるの? たとえば本物の林檎の果実なら、何個分?≫
……ここまでお喋りだった爺様とカチューシャがいきなり黙りこんだぞ。この国の平均月給とか、貴族じゃない役人の初任給とか、話をいくら振っても梨のつぶて。
もしかして、爺様も貴族階級なのかな。少なくとも高給取りだろうし――お金の管理は秘書さんに丸投げなご身分だったりする?
≪そ、そんなことはない! ワシとて年度末の決算くらいは目を通す!≫
年に一回なんて、庶民じゃないじゃん。しかも、お付きの存在を否定しないよ、この老人。
カチューシャが、≪わたしは犬だもの!≫と言い訳するのは仕方ないけどさ。ん? いや待てアナタ、つい昨日まで猫だったじゃん。
≪……硬貨は……4とか8とか16の倍数の筈だわっ≫
カチューシャよ、掛け算は元になる数と答えの両方が虫食いだと解けないんだよ。掛けるほうも4か16かで、答えが大いに変わるし!
怪しさ極まれりの王都ネズミ組だけど、時間が勿体ない。市場というのは、早朝がメインとなるのが基本。尋問は切り上げて、街の中心部を目指すことにした。硬貨を入手したことだし、質屋を探すよりも先に市場へ直接行ってみよう。
駆け落ちする若いカップルとはいえ、B級グルメなら一食分はいける金額なんじゃないかな。モノは試しだ。
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※爺様:神殿の反対側斜面なので、王都に比べたら雪は多いかも。
カチューシャ:まだ王都近郊なので、北部の州に比べたら雪は少ないかも。
……地球で言えば、北欧三国の首都あたりの緯度。ただし積雪量は日本の豪雪地帯並みです。
※芽芽が唄ったのは、“I'm Looking Over a Four Leaf Clover”という4ビートの歌謡曲。「( )」内に作者訳で、日本語の意味を表記しました。
ちなみに街鍵が実際に模しているのは四大精霊の菱形の一種であって、四つ葉のクローバーではありません。




