22.古着と靴を買う
薄紫の吸血伯爵の存在は深く考えない。ファンタジーな世界だもの、紫エリマキトカゲさんだと脳内変換することにした。
≪あ、これ可愛い!≫
厚手のコートが目に留まり、思わず手に取る。優しい若竹色だけど、デザインは童話の赤頭巾を彷彿とさせた。体に当ててみると、長さはちょうど膝下くらいかな。大きめの木製ボタンに彫られているのは、野薔薇のような五弁の花。
フードとケープの周りには紺青のリボン、袖口やコートの裾には濃紫のリボンが縁取っていて、どのリボンにも様々な色の大輪の花や小花が所狭しと刺繍してある。
これってリュックの肩紐に巻きつけたハンカチや、ネックストラップのチロリアンテープの刺繍とすごく合う! しかも緑ならフィオの鱗とお揃いじゃないか!
≪~~~でも花模様は絶対ダメだ。男のフリしたいし≫
≪それ、男ものよ?≫
――どこが?
見たら判るでしょ、とサモエド犬に返されたけど、さっぱりすっぱり判んない。もしかしてボタン合わせの位置が、右前か左前かの違い?
≪は? 単純に身体の正面で留めてないじゃない≫
男の人はシャツもコートも、上着は左わきか右わきで開け閉めするのだそうだ。ベルト紐も、腰の横手で結ぶ。逆に女の人の上着は真ん中で合わせて、帯と紐の両方を中央で結んで垂らすらしい。
今までちっとも気づかなかったけど、周囲を見渡せば本当に男女別で分かれていた。
≪だとしても、全体的にもっと渋い色味を探さなきゃ≫
気が乗らないけど初志貫徹だ。うんと地味な、どぶネズミ色とかくたびれた土色のコートが理想。スパイが着るような、どこにでもある、誰にでも合いそうな、まったく記憶に残らない没個性的ファッションで身を守るのだ。
≪えー、可愛いよ? 芽芽ちゃん、それが似合うと思う!≫
ありがとう、フィオ。気持ちはうれしいが、私は隠密行動をせねばならぬ身。
≪構わんじゃろう。旅芸人ならば派手な色合いが多いぞ≫
≪そうね。この国の平均的な服装してたら、逆に芽芽の変さが際立つわよ。異国の服で誤魔化しなさい≫
そこの姐さんや、ちょいとオハナシしよーでは……ん? つまり、あの若竹色のコートはこの国の服ではないのかい?
≪それ多分、国五つ向こう、壁際の山岳地帯のファッションよ。留め具がこの国のものじゃないもの。花の刺繍も、どこか壁の少数民族っぽいし≫
昨夜、寝る前に爺様が地理的な説明をしてくれた。『壁』は、この大陸の中央近くで南北を断絶するようにそびえる山脈の略称だ。
蛍のような妖精の玉の解釈だけじゃなく、文化も、人種も、感性も、何もかもが南北でまったく異なるらしい。
≪さすが変わり者じゃ。真っ先に普通じゃない服を選びおったか≫
爺様がナチュラルに感心してるのが逆に悔しい。別に変人街道まっしぐらを狙ったわけじゃないもん。単にふつーに『可愛い』と思ったのが若竹色のコートだっただけだもん。
≪芽芽、こっちにもさっきの国のがあるわ。露店だけあって、異国情緒あふれたものが多いわね≫
落ち込んでいる私を尻目に、カチューシャがブラウスやシャツを並べた一角へ移動する。色とりどりの花の刺繍が施されてあるし、カーディガンまであった。かなり可愛い。かなり好み。
そしてなぜかどれも男物。これだけ花尽くしなのに女物じゃないって感性がミジンコも解らない。ファッションに疎そうな爺様とカチューシャが断言する理由は、刺繍の紋様に未婚・既婚のしるしや『男除け』のおまじないが全然入ってないから。
向こうのは入っているでしょ、と犬鼻で示してくるけれど――マジ判らん。
爺様の解説によると、その民族が住む高原は豊富な種類の花が咲き乱れているのが自慢で、主要産業が花の精油や薬草の乾物らしい。フィオが喜びそうだ。いつか一緒に旅してみたくなった。
緑頭巾ちゃんコートをもう一度手に取り、爆発ドレッドヘアの店主を見ると、50イリと教えてくれた。ヴィンテージで逆に超高級品ってわけでもなさそうだ。
≪皆が言うなら……旅芸人ファッションで、私攻めます!≫
ちっとも判んないながらにテンション上がってきたぞ。私は下着っぽいシャツや靴下も含めてちゃちゃっと掻き集め、紫エリマキトカゲ氏に渡した。
≪200イリですって≫
まずは左手の親指と人さし指だけ立てる。次に左右全部の指をパーにして手の平を見せ、「イリ」と付け足して首を傾げると、何度も紫もじゃもじゃ頭が頷いていた。
≪果物と比べるとだいぶ高いなぁ。ねぇ、ひょっとして洋服と果物じゃ、税率が違うの? それと、こういう時って値段交渉するの?≫
≪…………≫
ごめん。訊いた私が悪かった。老人も犬も竜も押し黙ってしまったので、一人で考えることにする。さっき別の客が服を購入してたときは、なんか交渉してた感じだったのだよ。こう、指を何本か立ててさ。
試しに、紫エリマキトカゲ氏に向かってにっこり笑いかけてみる。左右全部の指をパーにして手の平を見せ、次に左手の親指を一本だけ立て「イリ」と付け足す。10と1、つまり110イリでどうだ。
≪それじゃ商売にならないって言ってるわ≫
でも笑顔のままだし、そこまで怒らせてないね。じゃあこれは? 指十本開いて、一回ぎゅっと拳を握って、次は五本だけ立てる。そして小首をぴょこっと傾げる。譲歩して150イリだよ、おにーさん、ダメ?
≪芽芽が可愛いから、160イリでおまけしてくれるって。
――はぁ? 何それ。さっき200イリだったじゃない、コイツ!≫
なぜかカチューシャが憤慨していた。値引きしてくれるんだから、お行儀よくしておくれ。
私はぺこりとお辞儀をしてからお金を渡して、満面の笑みでおまけの麻袋に入れてもらった衣類を受け取った。ここで竜の模様の小金貨を初めて一枚使ってみたけど……万札ていどの扱いなのかな、紫エリマキトカゲ氏に驚いた様子はなかった。
≪あとは……靴だよ、靴≫
どっか売ってないかな? 地球製登山靴を見せられないからフィッティングが不可能だけど、いっそのこと靴下とか詰め込んじゃえば多少大きめでもなんとかなるはず。
≪芽芽、向こう側。靴が並んでるわ≫
往来がそこそこ激しくて、人間目線だとからっきし見えませんてば。
人と人の合間を通り抜け、カチューシャを見失わなわないように必死についていくと、地面にいくつもの靴を並べた露店が出現した。
服の詰まった買い物袋が重たい。私は店の真ん中あたりにしゃがみ込むと、麻袋を両膝の間に挟み、少し大きめの靴のラインを見つめる。カチューシャ曰く、男女共用のデザインを取り揃えているようだ。
≪今見てる白い靴が8イリですって≫
おじさん店主が話しかけてくれた。前を通り過ぎる人は大勢いるのに、誰も店に寄りつかないから相当暇だったみたい。
今度は薄っすら黄色みがかった白肌。でもアジア系の『黄色い肌』とは別物だ。
明るい干し草色の髪は肩まで。後ろで一つに縛って、ちょろりと垂らしている。口元も短くちょろりん髭だ。小さな瞳と口には不釣り合いなムフっとした大鼻のせいか、ウォンバットに似てる。
じゃあこっちは? と隣の靴を指さしてみる。カチューシャによると、7イリ。果物六個が6イリだったから、この店って激安じゃない?
≪カチューシャ、今からいろいろな靴を指してくから、このおじさんが6イリって答えたのと、9イリって答えた靴がないか覚えてて!≫
私はいくつか違うデザインのものを、手当たり次第に指さしては、陽気なウォンバットおじさんのセリフをそのつど真似した。そしてカチューシャに6イリの商品と9イリの商品を教えてもらう。
「6イリ、7イリ、8イリ、9イリ?」
にっこり笑いかけながら、それぞれの値段の商品を何回か繰り返し指さす。幸い他に客も来ないので、店主も苛立つ様子はない。
「そうそう!」
なるほど、『はい、そうです』はそう発音するのだね。歌うようなイントネーションが、第二の母国のお隣さん、ウェールズ訛りを思わせて妙に心地いい。
次は左右の指を十本立てる。右の指を閉じたり立てたりしながら、「6、7、8、9?」と尋ねて、小指をぴょこぴょこさせると、最後の10という数字を教えてくれた。じゃあ、左手のほうは? と小首を傾げる。
黄ウォンバットさんは、私が何したいかすぐに解ってくれた。自分の両手をぐいっと突き出して、「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10」とリズムよく指を立てていく。私も『それが知りたかったの!』的な笑顔全開で、同じように数を数える。
そのまましばらく、即席・出張幼稚園をお付き合いいただいた。かたじけねぇ。
「9イリ!」
私は一番高かった駱駝色の靴を指さし、12イリ相当の馬助一枚を渡した。ウォンバットおじさんがお釣りを渡そうとするのを、笑顔で首を横に振って拒否する。心ばかりの授業料代なのだ。
サイズを確かめなくていいかとか、本当にお釣りはいらないのか、とか話しかけてくれてるらしい店主には申しわけないが、私は無言でぺこりとお辞儀して、そのまま来た道を急いで戻った。
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