21.市で果物を買う
「******」
面食らった私がじっと立っていると、フラミンゴみたいな背高のっぽの桃色おばさんが話しかけてきた。イントネーションだけなら、抑揚の激しいケルト訛りの英語もどき。なのにどうにも単語が掴めない。
カチューシャや爺様の通訳によると、『この果物が旬だ』とか『こっちはお買い得だ』とか売り込んでいるらしいのだけど。なんの反応もない客というのも不気味なので、ところどころ頷いておく。
≪フィオ、どんな果物が好き? それともあっちの野菜?≫
私はその場で身体を捻っては、フィオが極小の覗き穴から店内を物色できるようにしてみた。
≪お腹がまんまるで赤いの!≫
≪……赤林檎じゃな≫
≪あっちの青くてお尻がぷっくりの!≫
≪……青洋梨じゃな≫
爺様がいちいち特定してくれた。こっちの世界でも林檎や梨に相当する言葉があるのか。まぁ人間が同じ形なんだし、犬や猫もいるんだし、植物だって似たり寄ったりだよね。
『梨』じゃなくて『洋梨』って脳内変換されたのは、私が『洋梨』と『日本の和梨』をまったく別物として頭に登録している上に、この世界にも双方に該当するものが存在するからだろう。
フィオに数を尋ねると、各二つくらい、と答える。話し方からすると遠慮しているみたいだ。
うーん、これは倍の四個くらい買ってあげたいなぁ。結界突破記念だからねぇ。
でも八個持てる自信もない。とりあえずは各三個で我慢してもらおう。
≪爺様、カチューシャ。どこにも値札が見えないよ。赤林檎三個と青洋梨三個で、どの硬貨が何枚必要だと思う?≫
≪…………≫
完っ全に想定内だったけど、思ったとおり二人が揃って押し黙る。昨晩お金の話をしたときに判明した。この『しがない教師』と『ただの猫』は、金銭感覚ゼロだ。平均的な宿代とか、食費とか、もうさっぱり当てにならない。
持ち物はどれもこれも高価な雰囲気だし、ローブを脱がせたときに気づいたけれど、爺様の肉体の爪はきちんと手入れされていた。お貴族様なのか確かめると、『今は違う』という意味不明の返事。少なくとも貴族並みの暮らしはしていたんじゃないの、とツッコんだら、黙秘を決め込んだ。
硬貨はなんのために持ってたのよ、とさらに問い詰めると、魔術を乗せる道具としてむにょむにょ、てオイ……『しがない教師』の設定どこ行った!
仕方ないので、私はフラミンゴおばさんにニコッと笑顔を作り、林檎を指さして、右手の指を三本立て、次は洋梨で同じジェスチャーをした。
ここでは数字の1は親指を立て、2だと親指と人さし指、3を表すときには親指・人さし指・中指を立てる。周りの人たちを観察していたから、すでに把握済み。ようするに欧米だと大陸式の数え方。使い慣れてるから、すぐ真似できた。
ピンクの髪したおばさんが何やら頷きつつ話しているが、『林檎三個と洋梨三個ね』的なことを言ったのだと思う。
≪それと、他に要らないのかって訊いてるわよ≫
カチューシャが念話通訳してくれる間ちょっと考えるフリをして、最後に首を横に振る。残念そうな顔をされたから、どうやら通じたらしい。
≪どちらも3クイッド、合わせて6クイッドですって≫
うーん。昨日から私の頭の中では、お金の単位が俗称で『クイッド』、正式には『ポンド』って変換されつづけてる。多分、『円』だと俗称を使う習慣がないからだと思う。
でも、目の前の店主はイギリス式に『クイッド』なんて音は発してない。
首を傾げていると、また合計金額を繰り返してくれたが、どこからどこまでがお金の単位で、どこが動詞なのか不明だ。でも、おばさんが薄桃色の指を3本立てながら「3」を連呼してくれたおかげで、そっちは覚えた。
私はだぶだぶの袖の中に手を入れ、腰に引っ掛けていた複数の巾着袋を探り、『銀馬』と呼ばれる銀貨をこっそり取り出す。この世界でも一番価値が高いのは黄金だったが、大金貨・中金貨・小金貨とあるらしく、具体的な相場は不明のままだ。
だって『しがない教師』は、毎月の給料額すらきちんと把握してないんだもん! 『開発協力金や発明料も加わる故むにょむにょ』ってなんだコラ。
握りしめた蹄鉄型の銀貨を、肘に引っ掛けていた空の巾着袋へと移す。巾着袋ごと袖の外に引っ張り出し、『私、お財布にはあんまりお金入ってません』アピールである。
「はい。6“クイッド”ね」
お金の最小単位は『鉄狼』と呼ばれる鉄貨。それが12枚そろったら1銅貨、すなわち12進法で1『小花』分なのだ。そして脳内の『1クイッド』に相当するのが、小花1枚。
さっきの1銀馬は12小花分。わざと多めの額のコインを渡したら、ちゃんと『小花』でおつりを返してくれた。
別に店主の計算能力を試したかったわけじゃないよ。出来るだけ会話のやりとりをして、お金の単位を聴き取りたいのです。
「……イリ?」
私は篭の中に取り分けられた林檎と洋梨をくるんとまとめるように指で示し、小首を傾げる。
そうすると、「6イリ! 6イリ」とピンク色した店主が頷いていた。カチューシャや爺様にもチェックしたけど、≪イリ≫で音がそのまま通じたから確定だ。
にしても林檎と洋梨合計六個って覚悟していたよりも重そう。連日歩きつづけて野宿だし、ロクに食べてないし、ただでさえヘタレな筋力が著しく弱っている。
とりあえず、腕よりも肩で支えたほうが持てそうだったので、フラミンゴおばさんに手渡される一個一個をお腹に回した爺様の斜め掛け袋へ無理矢理詰め込んでおく。
こちらの世界でも、市が立つのは決まった日の限られた時間らしい。必要なものは早急に見つけて買わなきゃ。私はきょろきょろと辺りを見渡した。
≪あ、カチューシャ。あそこに服屋さん≫
≪……芽芽、あれは古着よ。服はちゃんとした店に発注するものでしょ≫
≪そうじゃ、他人が下げ渡した服なぞにわざわざ金を出す奴がおるか。遠慮せずにきちんと作ってもらえ≫
爺様とカチューシャの日常が窺えるよ。はぁ、と私は溜め息をついた。
案の定、爺様は仕立て人を自宅に呼びつけるお立場だったらしく、入店した経験もロクにない。
≪あのね、最初のオーダーメイドは細かく寸法計るために、ローブを脱がないといけないでしょ。第一、この格好でまともな店に入れると思う? よくて入店拒否、最悪通報されるよ。
古着のほうが、『一昨日、こっちの世界に来たばっかりです』って宣言してないし、古ぼけて目立たないから安全なの!≫
私は二人の意見を無視して、露天商のもとへ行く。濃い紫のもじゃもじゃ爆発ドレッドヘアー店主が振り返って……うわぁ、肌が吸血鬼!
顔も耳も首も長袖から覗く両手も、ものすごく薄いけど、うっすら確実に紫色っぽい白肌だ。
≪え!? ここって人間の街じゃないの? 魔界の魔人も交じってるの!?≫
≪は!? 人間しかいないじゃない! 魔界だなんて空想小説でも今どき登場しないわよ≫
カチューシャに呆れられてしまう。爺様には≪大丈夫か、頭?≫と心配されてしまう。フィオには≪芽芽ちゃんみたいに違う世界の人なの?≫と純粋に不思議がられた。
つまりは、だ。これが『普通』なのだ。魔人も通常人類だってことだ。
いかん、じろじろ見たら警戒される。服をカウントしよう。吸血鬼屋じゃなくて服屋さんだもん。
コートやワンピースは、傍らの木枠で出来たカートにハンガーで引っ掛けてある。あ、ハンガーが存在するのか。ただし、どこも金属じゃなくて木製だ。いや、必要なのは服だよ吸血鬼服。
駄目だ、動揺が服大蒜だ。じゃなくて落ちつけ紫な私。
※芽芽は、某胡麻通りのカウント大好き伯爵のファンでして。
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