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20.色が色々違う

 ぽかぽか陽気のおかげか、見張りが誰一人いなかった。


 こちら側は街の裏口になるそうだ。私たちが歩いてきた『旧街道』とは名ばかり。森で狩猟採集するときしか使用されなくなって久しい。

 そもそも戦時中でもないのだから、小さな出入り口は冬だけ魔獣を警戒して、町の素人自警団から一人か二人、壁の内側の詰所に入るていどの警備らしい。


≪今ってたしか……初秋だっけ。まだ夏のバカンス気分なのね≫


≪いや、昨日今日のような快晴は(まれ)じゃぞ。夏の間も陰気な雨続きでな、(ひょう)まで時折降るしのう≫


 (じじ)様に言わせると、近年は天候に恵まれず、畑の手入れや冬の備えで大変な時期なのだそう。なのになぜか今日は周囲に人っ子ひとりいない。


 平屋ほどの高さの街壁には、小さな木の扉が()め込まれている。悪徳魔導士に待ち伏せされていないか、爺様が魔力の気配を探ってくれた。


 農作業で街の外に出た人のため、扉の横には古い鉄鍵が無造作にかけてある。鍵から垂れ下がった飾り房はお守りなんだって。

 赤・黄・青・紫の四色の糸で編んだもの。四つの月と同じ配色だ。


 でも施錠もされていない。軽く押しただけでそのまま開いて、その先には御伽話(おとぎばなし)に出てきそうな美しい街並みが広がった。

 遠くからウィンドチャイムのような音を微風が運んでくる。妖精が通り過ぎたみたいな、キラキラと繊細な音。


 西洋中世風の家壁は、焦げ茶色の分厚い木骨に、少し赤みのある漆喰(しっくい)が塗り込んであった。この地方で採れる土の色らしい。

 どこも四階建て構造の上に、急勾配の真っ赤なとんがり屋根が乗っかっていた。


≪ここってかなりの積雪量なの?≫


≪恐らくは、普通と思うぞ?≫


 爺様、この国の『普通』量の雪って何。

 抗議すると、≪王都と同じくらいじゃろ。まぁ裏手ゆえ、少しくらいは増えるかもしれんが≫という、さらに想像のつかない比較対象を出された。


≪ここら辺で雪の被害は聞かないわね。霊山のすぐそばだし≫


 カチューシャの補足で、ちょっと安心。

 軒先には花が植えられ、洗濯物は表から見えない。汚物臭もなく、汚水がそのまま流れる側溝もなく、薄赤色の石畳にはゴミもまばらで、文化度は高そうだ。


≪この街の名は『朝焼けの街』という意味じゃ≫


≪あー、確かに。壁の色とか、石畳の色とか≫


≪神殿から見て朝日の昇る東側、という意味もある≫


 爺様が挽回(ばんかい)してきた。地球と回転方向は同じらしい。南北も私の感覚と一緒だったから、今いるのは多分この惑星の北半球。


 爺様の解説を聴きながら、通り過ぎる人々の様子を眺める。神殿の怪しげな連中や爺様の死体から覚悟はしていたが、見事に白色人種オンリーだった。髪は青とか紫とか変な色に染めている人たちもいるが、どー見ても西洋人。


 とはいえ私の肌も白いほうだし、細い()り目でもないし、じっくり広範囲で見られなければそこまで怪しまれないはず! と自分を励ましながら大通りに近づく。

 良かった。黒髪の人もいれば、浅黒い肌の人も少しいる。


≪はて。肌なぞ濃淡様々じゃろうに。赤や青い肌の連中はこの地方では珍しいが、王都に行けば普通に歩き回っておる。お前の言う黄色い肌の人間も存在するな。あと紫も当然おる≫


 紫……つまり黒人の雅称かな。赤は、そばかすだらけの赤みがかった白人肌のことだよね。青い肌は、病気がちってことなのか、お貴族様の高貴な血(ブルーブラッド)ってことなのか。

 なんにせよ異なる肌色の人が普通にいるなら、取り越し苦労だった。


≪そういう情報は、もっと早く言ってよ!≫


 私も確かめるの忘れてたけどさ、でもさっ。


 幸い王都に近いからか、私のような余所者が歩いていても関心を持たれなかった。自分のことで一杯一杯なのかな……帽子や頭巾を目深に被って、表情も変えずに急いで行き交う人が多い。


≪もうすぐ極寒の冬じゃ。今日は奇跡的に晴れたが、先のことを考えると気も滅入る≫


 と爺様はいうけれど、よく解らない。だって、こんなにキラキラきれいな秋晴れなのに、先のことで塞ぎ込むなんて勿体(もったい)ないよ。


≪これから急速に日照時間が減少する。真昼でも空は晴れんし、冬となれば吹雪で外にも出れん≫


 あー、冬(うつ)ってやつだ。そっか、北欧なんかで問題になっている。お日様が見えないと、ビタミンDも生成されなくなってしまう。


 ――やだな、真冬までに青い馬の連峰に辿(たど)り着けるか、私まで不安になってきたよ。慌てて首をぶるぶる振って、迷いを吹きとばす。

 そんな沈んだ表情とは裏腹に、皆のまとった布は染色技術の高さを(うかが)わせる鮮やかな色彩。シェイクスピア時代のドラマに出てきそうな雰囲気のデザインだった。


 ただし、男性陣のタイツだのコッドピースだの、果ては昨今の腰パンだのは、ありがたいことに今のところ皆無。どっちかというと現代のありふれた長ズボンに近い。

 前にしろ後ろにせよ下半身の形状をアピールして優位性を競わないといけない地球文明よりも、成熟しているのかもしれない。


 女性陣もスカートは(くるぶし)まで。クリノリンだのパニエだの巨大な膨らませ方はしていない。胸が丸出しとか片出しなんてこともなかった。

 農婦や酒場の女性の絵はまだしも、貴族女性までが胸を露わにした肖像画を描かれて、それが『美徳』なぞと褒めそやされる某宗教の暴走っぷりが感じられないのは至極ホッとする。


 窓ガラスの透明度も高い。さながら中世を模したヨーロッパの観光地にでも紛れ込んだよう。

 でも看板や案内板に書かれた未知の文字を見るたび、異世界なのだと現実へ引き戻された。


≪爺様、この国の文字は表音文字?≫


≪そうじゃ、市井で使われる現代語は全て音を表すだけじゃ。魔術で使用する古代文字には表意文字も多いぞ≫


≪音だけなら数も限られているかな……あ! あそこ、市が開かれてる!≫




 カチューシャの後をついて中央広場に到達すると、私は色とりどりの野菜が並べられた露店へと急ぐ。隣の店には、果物が所狭しと積み上げられていた。

 赤とか黄色はいいとして。

 輪切りにした内部まで茄子(なす)色の玉葱(たまねぎ)、ワイン漬けでもないのに薄紫色した生の洋梨、といった初めて見る紫系がそこここにあるし、なんと青系のも結構ある。水色の人参や、濃いターコイズブルーの平茸(ひらたけ)に、真っ青な林檎(りんご)。……やっぱり異世界だ。


 こちらの人たちが日頃食べている野菜や果物なのだろうから、見た目で食わず嫌いをするつもりはない。地球人の肉体と舌にも合えばいいな。


 まずはフィオと私のご飯を買おう。


 果物をじっくり品定めしようと近づいたら、店主らしき赤ら顔の中年女性が髪の毛までピンク色! 髪は右耳下にすべてまとめてお団子状にしていたし、派手なピンク色のスカーフで頭全体を巻いていたから、地毛までそうだとは思わなかった。


≪ってぇ、睫毛(まつげ)も眉毛もピンクなんだけど! しかも白髪が混じっている! 染毛技術、すごくない?≫


≪別に染めてはおらんじゃろ。まぁ、染める連中もおるが、あれは魔染料を使わねばならん。身体の周りに特有の魔素を(まと)うようになる≫


 えーと。魔染料とか魔素云々(うんぬん)は、いったん保留として。

 爺様に確認したところ、ピンクはごくごく自然な髪色だそうだ。染めていると私が勝手に思い込んだ住民の青や紫色の髪も、自然な体毛として存在するらしい。……地球人とちょっと違う。


 王都にいるのは赤っぽい肌や青っぽい肌の人、ではなくて、本当に赤い肌や青い肌の人だったの? え、もしかして『黄色の肌』って、本当の黄色? 紫は黒じゃなくて、本物の紫?


≪当たり前じゃろ≫ 


 ……ど、どうしよう。見かけからして地球人とだいぶ違う。


※お読みいただき、ありがとうございます。

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