★ 契約獣:変幻自在(へんげんじざい)
※霊山で固まっていた片耳へにょりん灰色猫、もといカチューシャの視点です。
「14.結界を突破します」まで数刻、戻ります。
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娘を霊山の結界まで案内してあげた。巨岩の隙間が竜の大きさでは通れないと判り、一緒じゃなきゃ下山しないとゴネ出すのよ。
≪青い馬の連峰≫
なんであんな場所のことを思い出したのかしら。気がついたら、娘に竜の奴隷契約が解けそうな場所を教えていた。
グウェンフォールとしては直ぐに神殿に連れていきたい筈よね。だけど普通の人間が忌避する竜をこんなに大事にするんだもの、なんだか放っておけないじゃない。
まるで同じ種族の友人のように、ううん、家族のように扱っているの。変な子。
≪ボクもっと小さくなれるよ?≫
竜が奇天烈なことを自己申告してきた。って、ヤダこいつ、古代竜だわ!
≪まさか……古代竜か? そうか、それでか! あやつらめ、古代竜を見つけおったか!≫
グウェンフォールがやや遅れて、その事実に気付く。
古代竜って竜の中でも頭脳派よ。魔法どころか、人間が『魔術』と呼ぶ大技も扱えたりする。ちなみに当然わたしも使えるわ。ま、この点は、グウェンフォールを含めて人間なんかに教えてあげるつもりないけど。
古代竜なんて、長年生きていてもお目にかかったのは数えるほど。でも皆、長老格だったからか、体格も知識も精神性も威厳たっぷりだったと記憶しているわ。
なのにこの緑竜ってば色も奇抜だし、雰囲気も幼いし、帝国かぶれのボンクラ魔道士に悪用されかけているし。最近の竜の大陸って大丈夫なのかしら。
隙間を通れるくらいに小さくなった竜を先に歩かせ、小娘がやけに得意げに結界をくぐる。
≪待て。魔石を回収しろ≫
性悪老人が、罠に嵌めようとしていた。地属性と相性悪かったらどうするのよ。
≪これよ。この石が結界の穴の四隅に固定してあるの≫
ま、わたしも援護するけどね。そしたら娘が何も考えずに手を伸ばしてくる。
≪『**』っ! ダメだよ、そんな風に触っちゃダメ!≫
さすがに古代竜は解ったみたい。結界を構成中の魔石に直接触ったら、衝撃波を受けるわよ! 神殿にもモロばれでしょーが!
しかもそれ以前に、何か魔導具を使おうとするわよね、人間なら普通は!
余りの常識のなさに呆れ果てて、止めるのも忘れていたわ。何なの何なのこの娘、バカなの?
≪って、また勝手に私のこと試した! するなとは言わないけど、この竜を危険に曝す可能性があるものは禁止! 神殿の魔道士を誘き寄せる可能性があるものは絶対禁止!≫
娘の怒る方向が変。自分は試してもいいけど、竜を巻き込むなですって。昨夜初めて会った獣なのに、どうしてそんなに庇えるのかしら。
さらに不思議だったのが、地属性である結界魔術もあっさりと解いてみせたこと。頭がいいんだか、悪いんだか、異世界人ってさっぱり掴めない。
でもこの肝の据わり方はタダ者じゃないと見た。
霊山の中を歩いていると、娘が竜の様子をしきりに覗っていた。ようやく決意したのか、遠慮がちに話しかける。
≪奴隷契約のこと、知ってたんでしょ≫
≪…………うん。ごめんね≫
≪謝るところじゃないから! 謝るとしたら、むしろ人間の私だし!
ほんと、ごめん。最低だよね、人間。こんな契約、絶対にしちゃいけない。
殺された魔獣にだって失礼だよ、そんな非道な理由で殺されるなんて浮かばれないよ。
『**』はもっと、浮かばれないよね、やってられないよね。ほんと、ごめん≫
娘が竜に幾度も頭を下げている。なんでそんなことで泣けるの、人間のくせに。
確かに古代竜相手なら、相当数の魔獣を犠牲にしたでしょうね。あいつらにとって、他の生き物なんて単なる道具だもの。
目的のためには手段を選ばない。それがこの国の、そして人間全体の『普通』なの。グウェンフォールだって、神殿の誤謬を正すために協力者ですら騙し、友人の命ですら失った。
死人が多い時は、目的の前に『偉大な』とか『崇高な』って言葉をつければ、『仕方がなかった』で済むのよ。
そんなことも理解できないなんて、幼い娘だこと。
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一番遅い足取りの小娘に合わせて歩くと、大分掛かって霊山の出入り口まで到着した。時時足元がおぼつかないし、何もない所でコケそうになるし、鈍臭いったらありゃしない。
もう少しで管理小屋が見えてくる地点にやっと到達。
≪だから次の角を曲がったら、竜に乗るか、身体強化の魔術を使うかするの。横手が急な崖になっているからそこを下りなさい≫
こっちが色色と提案してあげたのに、娘が悉く抵抗する。竜にも乗れないし、身体強化の魔術も出来ないし、崖も降りられないしって! じゃあ、何が出来るのよ!
異世界人、マジ使えない。あーもう、イライラする。
≪小娘、あんたの名前は?≫
娘の名前は、メメだと言った。向こうの世界の文字で牙みたいな草。牙の絵を二つ続けるなんて、やっぱり奇天烈。でも根性はありそうな名前だこと。
≪わたしの名前も付けていいわ≫
これまではディラヌーって通称を使っていたけど、グウェンフォールとの契約が切れかけてるし。新しい名前を付けさせてあげる。
≪えーと。じゃあうーんと……正式名称が――≫
「イェカチェリーナ」
≪で、愛称が――≫
「カチューシャ」
≪とかは?≫
二つ名! しかもうんと頭が良くて、外交にも長けた、立派な施政者の名前なのですって。
この国にしょっちゅう喧嘩売ってくる、南のシャスドゥーゼンフェ帝国は女に継承権がない。だけど、向こうの世界には女帝がいるのね。しかも嫁ぎ先を乗っ取って全権掌握だなんて素敵の極み!
≪ふふん。悪くないわね≫
神殿の背後には絶対にシャスドゥーゼンフェが控えている。あいつら、精霊の渦潮の底また底に沈めてやるわ。
≪次は姿ね。新しい外見をちょうだい≫
≪意味が解りません≫
≪猫の姿だとこの男の契約獣って露見しちゃうでしょ、だから別の姿に変わらなきゃならないの!≫
渋る娘を急かすと、結局は素直に候補を考え出した。自分が何やっているのか、全く解ってないのだからチョロイわ。
≪おい。こやつの契約獣になるつもりか?≫
そこまで黙って様子を窺っていたグウェンフォールが、秘密の念話で話しかけてくる。
≪そうよ。悪い?≫
≪悪くはないが……命令で拘束されたら主人を裏切りにくくなるだろう。娘が神殿に戻りたくないと怖気づいたらどうするつもりじゃ≫
≪そんなの、上手く言いくるめればいいじゃない。第一、このわたしが人間との契約ごときで絶対服従になると思う?≫
自分の契約時を思い出したらしい。グウェンフォールが押し黙った。
≪こうして繋いでおけば、娘が逃げたって居場所が判るわ。さっき手持ちの食糧を分け合おうとしたでしょ。だから頂くの≫
わたしが食べるのは、干からびた果物なんかじゃないけど。
≪ま、こやつの膨大な魔力なら食べても問題なさそうだな≫
でしょ。しかも今、こうやって流れ込んでくる魔力が、とっても気持ちいいの。穢れがちっとも感じられない。獣に対する拒絶感や優越感が全くないわ。
この娘は他の生物にも心を開けるのね。自分と同等視している。
≪しかし居場所が常時、探知可能とは……一方的な感覚共有の類か?≫
あ、浮かれてつい失言しちゃったわ。≪それでワシのときも姿を要求されたのだな……≫とぶつぶつ唸っている老いぼれ魔道士は暫く放置ということで。
≪あら、白も久久でいいわね≫
牙娘が真っ白い大型犬の姿をくれた。これまでって『聖獣』に戻ったときの毛並みに因んで、『銀の猫』ってこの国の人間には形容されていたけれど、実際は地味な灰色だったのよ。
おまけに昔飼っていた猫がそうだったからって、グウェンフォールは片方の耳だけ垂れさせた姿を咄嗟に想像しちゃうし。でも今回はどちらの耳もちゃんと動く! ほら、ピンと立っているわ。
≪わたしはカチューシャ、白い犬!≫
嬉しくなって、空中に飛び上がる。そのまま一廻りしちゃった。




