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18. お花を食べて水を汲みましょう

 まだ管理小屋が近いから落ちつかない。少しずつ傾きはじめた太陽を背に山道を進んだ。


 しばらく平坦(へいたん)な道が続いたり、ふたたび下り坂になったり。そして相変わらず、膝丈のピラミッドが距離標(マイルストーン)みたいに時たま出現する。


 森の中では(こけ)むして朽ち果てていたけど、ここら辺ではきちんと補修されて、おまけに側面が月色の赤や黄色や青や紫にペイントされるようになった。ピサの斜塔みたいに斜めっていたり、クフ王のピラミッドみたいにてっぺんが外れていることもない。


 広葉樹も増えてきた。紅葉しているのは砂糖楓(メイプル)かな。馬で外乗り(ホーストレッキング)したら気持ち良さそうな景色。


 犬も竜も一番遅い私の速度に合わせてくれる。しかもフィオが荷物を全部引き受けてくれた。

 そして一人だけ歩く必要のない熊ジャック犯が、いろいろと解説をしてくれる。


≪かつては旅人がよく利用した旧街道ゆえ、この辺りは植林も含め、当時つぎこんだ整備が残っておる。とはいえ()()()()()の上以外は森に浸食されて、今は滅多に人が通らんから安心せい≫


 フィオの説明ではどっちも『昔の道』だった。でもおじいさんは、両横にだけ菱形(ダイヤ)にカットした煉瓦(れんが)を並べたこの砂利道を『四つ足の道』、そして私が最初に森の中で発見した蜂の巣型(ハニカム)タイルの敷き詰められた道を『六つ足の道』と呼ぶ。


 一番古い時代の六つ足(ハニカム)の道のような、踏んだら光る技術は失われて久しい。後世の四つ足(ダイヤ)煉瓦に組み込まれた魔法陣は、その劣化版。雑草が生えにくく、落ち葉や雪も(たま)りにくいんだって。


≪でも万が一、人が通ったら?≫


≪わたしがいるわ≫


 なぜだろう。まったく安心できないよ、スプラッタ犬。

 私と同じ背の高さに戻ったフィオが、≪ボクもいるよ≫ってのほほんと微笑んでくれた。貴重な癒し要員である。意味解ってなさそうだけど。


≪じゃあ、なんでフィオのお母さんは、昔の道は避けろってアドバイスしたんだろ?≫


≪そりゃあ、竜騎士が魔獣討伐で利用するからじゃろ。一般人なら、はぐれ竜と出くわしても向こうが逃げてくれるが、騎士は隊列を組むからのぉ。遭遇しようものなら捕獲されようぞ≫


 フィオと私がギョッとすると、おじいさんが≪そういう時は、魔獣除け太鼓が遠方からでも鳴り響く≫と教えてくれた。森の中で何か採取する一般人も同様。私の杖の鈴飾りとは違って、地を()うような不快な低音を奏でるらしい。


 ただし竜騎士隊が狙う上位魔獣は、音で逃げてくれない。縄張りを荒らせば、ガッツリご登場する。中位魔獣は音が苦手な子と、平気な子がいる。そいで傭兵(ようへい)レベルでも(わな)で捕まえられる。下位魔獣は魔樹除けの音で確実に逃げるし、魔核が小さいから人間側もスルー。お金にならない。


 遠くに畑が見え隠れする麓まで到達したら、一カ所だけ、ピラミッドと同じ四色の花が群生する茂みが目に留まった。

 両手の平よりも大きな……月下美人?

 地球なら花弁は純白で、夜中に咲いたはず。もっと高温多湿のところで、たったの一晩。こちらでも葉っぱはサボテンぽく肉厚だけど、針葉樹に斜め上からカポっと(かつら)みたいに被さっている。


≪ふわぁぁぁ……いい香りぃ≫


 フィオがうっとり(つぶや)きながら吸い寄せられ、真っ赤な花をぱくっと口に含んだ。って、えええっ!? 花食べるのかい、きみは。


≪美味しい~っ≫


 満足げに目をしばたいて、もしゃもしゃと花を食べてる。


≪…………ぬぁぁぁっ! ******、戻って来い!≫


 熊老人がパニクりだした。しばらく無言だったのはフリーズしてたせいらしい。

 先を歩いていた白犬も振り返ると、あんぐり。顎が外れそうだね。ダッシュで戻ってきた。


≪アンタ、死にたいの!?≫


 もしかして危険? サボテンだし(とげ)があるから? でもフィオは警戒してないよ?

 そう返すと、年長組が二人して「このお花畑どもがぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」と、怒りやら(あき)れやら焦燥感やら諸々ない交ぜにした奇声を上げた。


魔草(まそう)なのよ! ねぇ、お願いだから常識持って!?≫


 なんかカチューシャが泣きそう。


 今朝の怪しげな森が『魔植物』の巣窟だって指摘されたんだっけ。無事に通過してきたって言ったら、おじいさんと犬に大いに驚かれた。ものによっては、毒持ちの危険な草樹もあるらしい。


≪はぁ~、ありえないわ。霊山のせいかしら。そうね、霊山のせいよ。もういいわ。牙娘、あんたも少し(かじ)ったら?≫


 とうとう現実逃避をはじめた白犬が、すこぶる投げやりに提案してくる。


≪こんな大きな花、私はあんまり食べる習慣ないけど、ここの人は食べるの?≫


 美味しいのなら食べてみようかな。濃厚なジャスミンみたいな香りがする。


≪いいえ、食べないわ。魔草だもの≫


≪カチューシャ! 常識どこ行った?≫


≪人間は散った花びらを回収して香水にしたり、乾燥雄しべをお茶にするのよ。健康に良いんですって。

 子竜みたいに咲いてる花を引き抜けるなら、後ろ側から吸うといいわ。蜜が()まってるから。

 まともな食事してないのでしょ。その時にある物、口に入れとかなきゃもたないわよ≫


 最初からちゃんと説明してくれないことを怒るべきなんだか、気遣いに感謝するべきなんだか、対応に困る。

 とりあえず教えてもらったお礼をカチューシャに言って、月下美人さんに≪いただきます≫と一言断って、手近な青い花を摘まんだ。


≪お~、甘ぁい≫


 結構いける味だった。なぜだかカチューシャが唖然(あぜん)として――あれ、見間違いかな? フィオと道路わきに並んで、そこここの月下美人モドキをひょいひょいっと摘まんだ。


 赤も黄色も青も紫も、花びらの色は違えど味は一緒。でも蜜だけちょことっと吸って、こんなに見事な花をぼとっと捨てるのも申しわけなくなってきた。フィオみたいに丸ごと食べてあげられたら良いのだけど……かなり苦酸(にがす)っぱい。

 試食した各色の花びら四枚だけ、漢方薬だと思って飲み込んだ。そこからは、地面に落ちた花を拾うことに専念する。お茶も試してみたいが、それより何より老人のローブに散りばめて、芳香剤の上書きをしたい。




 ついでに休憩しますか。四色ピラミッドの横の長岩に腰かけて、リュックから水筒を取り出す。……この軽さだと次の一杯で最後だ。


≪カチューシャ、この近くって川が流れてないか知ってる?≫


≪水くらい、魔力を使え≫


 老人が、なぜそんなことも思いつかないのだ、という(あき)れた口調で言う。そういえば、水の玉があったか。でもあれ、眩暈(めまい)がしちゃうんだよね。


≪お前、まさか場所も選ばず、空気中の水分を闇雲に凝縮しおったのか? 初心者ならば、すぐ近くの地下水を()み上げるか、水分を多く含む植物を探して取り出すのが常識というものじゃ!≫


 だ・か・ら、魔法の世界の『普通』なんて知るわけないもん! 唇をアヒルにして不貞腐れてると、何が危険だったのかを説明してくれた。


 一番近い自分の体内から絞りだしちゃう可能性だってあるんだって。

 間違って周囲の人をターゲットにしようものなら、その人の体内魔素が咄嗟(とっさ)の防御反応を起こす。魔術を仕込んでいる人相手なら派手に吹き飛ばされちゃう。なにそれ、チップを埋め込む的なトランスヒューマン?


≪宝石に防御の魔法陣を仕込むのじゃよ。ワシのを回収したであろうが。刺青で肌に直接、という方法もあるな。

 しかし生贄(いけにえ)の子らは、血という水分を抜かれ、干からびておった。何故じゃ?≫


≪あ、そっか! 防御反応が起こせない状態にされてたってこと?≫


≪おそらくは低温で仮死状態にされておったな。しかし通常の肉体は寝ていようが、血を大量に搾り取れば、魔素が暴走し、魔素神経が修復不可能な状態になる可能性が高い。それ故に何日もかけて薬物漬けにし、精神干渉の魔術も行い、魂を分離させておいたのであろう≫


 そのほうが痛みはなさそうだけど、なんか(むご)い。


 そもそも体内の魔素は使い方を間違えると、魔素過剰や中毒症、はては欠乏症など様々な病に(つな)がりかねない。だからこそ補助具で感覚を磨いて、同時並行で知識もつけないといけないんだって。


 フィオを助ける前に、命を犠牲にしたら悲しませてしまう。反省だ。


≪より質量の重い土や水魔法というのは、大気と相性の良い火や風属性とはコツが違うのじゃ。森の中では、まずは水茸の付いた樹を探せ≫


 水を沢山含んでいる(きのこ)だから『ミズタケ』なんだって。しばらく歩くとカチューシャが見つけてくれた。


≪ってぇ、なにこの横にデカイ樹! しかもめちゃくちゃ青いんですけど、あのキノコ!≫


≪そうよ。だから水分が多いってことでしょ≫


 発見者のカチューシャがふふん、と自慢げに応える。


≪たーだーし! 今度は距離を保ちなさいよ≫


と犬鼻で示した先には、太い枝からぶら下がるモップみたいなキノコ。

 色が明らかに毒持ちじゃん。白くないヤマブシタケというべきか、赤くない全身毛むくじゃらの妖精(キジムナー)というべきなのか、何はともあれ真っ青だ。

 樹のほうは、葉っぱが大きな椿(つばき)(くし)形。完全にマメ科だわ、モンキーポッドだわ。地球基準だけど、カオスな植生だ。つまり魔樹なんだわ。


≪お前、()()がいいの。ここまで立派な『******』は麓でお目にかかれんぞ、普通は≫


 どうやら樹の名前みたい。老人とカチューシャの念話は、脳内通訳が機能しないことがよくある。こっちの人間界での名称を何も考えずに使っているときだ。まぁ私だって、『犬吠埼(いぬぼうさき)』って地名を『犬の吠え声のする岬』だの、『鳥取』を『水鳥を捕る人が住んだ場所』だの、いちいち意味づけしながら話さないからねぇ。


 さっきの蜜の美味しい月下美人が『森の女王』、(ひげ)モジャ水キノコをいくつもぶら下げたこの樹が『森の王』って、意味を()めなおしてくれた。


≪ふわぁ、とっても強そうな名前だね。森のみんなを守ってるんだね≫


 距離感ゼロのフィオがキラキラした瞳で巨木を見上げ、ゴリラのドラミングの真似を始める。緑竜の中の『王様』のイメージがピュアすぎて(まぶ)しい。


≪水の補助具を握ってみよ。水茸の水分は、元は森の王が地中から吸い上げたもの。一番色の濃い水茸に目線を集中し、森の王の中を循環する水魔素を、茸と樹皮の接点ギリギリで、茸側から抽出するのがコツじゃ≫


 細かいな。遠くからだと接点なんて見えないよ。

 まずはフィオの隣に行き、森の王様へ一緒にご挨拶。コバルトブルーの特大キジムナー茸の真下に巨大な根っこが盛り上がって、ちょうどいいソファになってた。大きな幹をまたいで座る。


≪~~~~おまっ……何を考えっ……だからっ……魔樹だと!≫


≪はぁぁぁ。きっとこいつら、精霊に蹴られつくしたのよ。蹴るもの残ってないくらいに徹底的に!≫


 ふたたび老人が絶叫ムンク状態になって、糸目のカチューシャはドン引きしたチベットスナギツネ状態。そんなことより、水が欲しいの。


 誘導の再開を丁重にお願いした。

 ……自分自身を水そのものと同化するのね。補助具と一緒に握った空の水筒も、清らかな水で満たされているとイメージ。これまでの成功例を踏まえ、水を司る神様や水の精霊にもお願いしてみる。


≪そこまで!≫


 カチューシャの声がして、慌てて視線を切り替えた。

 お、ギリギリ零れてない。

 水筒と指輪を地面に置き、お礼の気持ちをこめて、森の王様と水茸へ両手を合わせる。


≪今度は何じゃ?≫


≪お水を分けていただいたお礼のポーズ≫


≪ふむ。礼には及ばぬ≫


 え? いや、おじいさんにじゃなくて。……あ゛、確かに老人に教わらないと出来なかったことだよね。改めて、熊のぬいぐるみにも手を合わせとく。

 ついでに、いつかでいいから、確実に成仏してくれますよーに。







****************





※モンキーポッドは、別名アメリカネムノキ。某家電会社のCMソングで有名でした。

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