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プロローグ(ヴァーレッフェ王国)

 コマドリだろうか。「ピョロロロ……」と喉を転がせるような高い声が聴こえる。愛熊と二人ぼっちで空港行って、日本に戻って数日後。

 太陽の光が森の中まで優しく降り注ぎ、清々しい朝の空気で満たしていく。


 抱き枕にしたのは、昨日拾った棒っきれ。通称、『蛇杖(へびつえ)』だ。すべすべの触り心地で、くねくねと1メートル以上はあるし、ぽこっと丸い尖端(せんたん)小さい猿(タマリン)の頭みたい。額にくっつけてみると、ひんやりする。


 ……残念ながら、ここは日本でも熱帯雨林(アマゾン)でもない。さっきの歌声は鳥でない可能性すらある。周囲はモミや松、(かば)(かえで)の混ざった混交林っぽいけど、色合いや形に微妙な違和感がある。


 それでもいつもの癖で、朝一番は寝床の四隅に手を伸ばす。配置した四つの小石を順番に回収しなきゃ。結界を解くから左回りだ。


 一つ一つ感謝をこめつつ()でて、別々の風船巾着袋でくるめば、四つのちりめん饅頭(まんじゅう)の出来上がり。餡子(あんこ)となった石さんたちは、お休みタイムに突入する。


≪おはよ~≫


 寝床にしたのは、崩れかけた古代の(とりで)。寝袋代わりにしたのは、闇夜を溶かしこんだような勝色(かついろ)ローブ。

 一昨日から着たきり(すずめ)な上着の(しわ)を伸ばしつつ、残りの仲間にも挨拶した。声には出さず、頭の中で意味をこめて思いを飛ばす――念話だ。


 右隣にちょこんと座り込んだ緑の小竜は、私と同じ背丈だが、横に広がるずんぐりむっくり体形。なぜか気まずそうに固まっていた。


≪えっと、あの……芽芽(めめ)ちゃん、ボクお腹が空いちゃって……ご、ごめんねっ、食べる?≫


 お腹の上に桃色の花が(あふ)れてた。両手にも握っているから、すでに朝食を開始していたらしい。

 片方の腕にはめているのは、私が昨日つけてあげた杏子(オレンジ)色の髪留め(シュシュ)。お守りとして、大切にしてくれているのが(うれ)しい。


 こんなに優しい子なのに、すぐ遠慮して縮こまってしまう。


≪食事、本当に盗って来なくていいわけ? やせ我慢してみっともない≫


 左隣の白い大型(サモエド)犬は、逆にとっても偉そう。起きあがった私より低い位置で寝そべっているのに、はげしく上から目線という高度な顔ワザを披露し、フンと鼻息まで立ててみせた。

 これでも心配してくれているんだと思う。カチューシャ(ねえ)さんは、口は悪いが面倒見はいいのだ。


≪パン一塊(ひとかたまり)(ふもと)の民家から失敬しても問題はなかろう≫


 年老いた男性の声も脳内で聞こえる。これは(じじ)様。私の大切な熊のぬいぐるみを住処とする困った幽霊だ。魔法にすっごく詳しいくせして、『ただのしがない教師』だと自己申告中。


≪朝はお水だけでも平気だってば。今日は街に行くんだし≫


 せめて白湯(さゆ)が作れるといいのに、と(つぶや)いたら爺様がやり方を教えてくれた。

 なるほど。青い結晶を握って念じると、葉っぱの朝露が集まってくる。赤い団栗(どんぐり)に握りかえて、沸騰したお湯をイメージするのね。


 自信がないので、地球製の水筒は地面に置いた。体内の魔力とやらを、少し離れた場所から注ぎ込む。


「うぎゃっ! やばっ!!」


 狐火(きつねび)みたいな炎がぼぼぼっと出現した。一瞬だけだったので、ステンレスのコップ部分は幸い無傷ですんだけど! 朝っぱらから、心臓にめちゃくちゃ悪い。


≪熱分だけで水温上昇させる、というのは少々難易度が高かったかのう……まぁ、なんじゃ。修練あるのみじゃ≫


 爺様があっけらかんと宣言する。ここでさ、都合よく白湯が一発で作れちゃったら、夢オチかなとか、肉体は意識不明で入院してるのかなとか思えたのに。現実逃避もままならない。


≪芽芽ちゃん、大丈夫?≫


≪うん、私は平気! でも水こぼしちまったい。勿体(もったい)ないから、とりあえず白湯はあきらめるよ≫


 水たまりを発見したら、おいおい練習していくつもり。フィオに心配させたくないので、明るく応えた。


 魔法だって技術なのだ。爺様に言わせると、楽器の演奏と一緒らしい。理屈を説明されて頭で理解しただけじゃ、全然足りないってこと。

 パガニーニやスクリャービンの超絶技巧も長年の猛特訓の集大成だ。それを天賦の才能の一言で片づけようものなら、彼らだって激怒するだろう。地道な練習を積まなければ、思い通りに動いてくれない。




≪そうだ。フィオが隠れやすくしなきゃ≫


 気持ちを切り替え、(のぞ)き穴をリュックにつけることにした。スイスナイフを取り出し、帆布(はんぷ)生地の織り目の間をぐりぐりと広げる。


 荷物を下に敷き詰めて、タオルを畳んでクッションにして。

 あとは、つっかえを……うん、爺様の魔杖(まじょう)二本が前腕くらいで丁度良い長さ。横に落ちてた木の枝や、針金みたいな細い(つた)も使ってバッテンに組むのだ。


≪魔杖で心張り棒じゃと!≫


 熊のぬいぐるみの中で、何か面倒臭い幽霊がもんどりうってる気がする。気にすまい。きっと気のせいだ。地震列島の出身者として大いに誇れる筋交(すじか)い工法ではないか。


≪フィオ、この中って居心地どう?≫


 緑の竜がリュックを(のぞ)き込んで、延々(えんえん)首を傾げてる。真剣に考えてくれているのは伝わるんだけどさ。そいで昨日も極小サイズをちょこっと見せてもらったから、スペース的には大丈夫と思うんだけどさ。

 とはいえ今日からは長時間の隠密行動。弟分の君が心配なのですよ。


≪……実際に試してみよっか?≫


 それが一番早いと思うよ、とリュックの口を両手で広げてあげる。

 くるりと空中で回転した竜は、あっという間に私と同じ身長からバスケットボールくらいに小さく変化すると、すぽんと中に入り込んだ。


≪落ち葉とか敷いたほうが柔らかい?≫


≪んー、これでも大丈夫だよ、多分≫


 のほほんとした少年の声。リュックから、小鹿(バンビ)みたいなチビ角がちょこんと出てる。その両斜め下では、ちび(うさ)な耳も、ひょこひょこ動く。髪留め(シュシュ)は天使の輪っかのように、緑の後頭部に引っかかっていた。そしてトドメは、妖精のようなピュアな瞳。


 はう、極上の癒しかな。ここに世界の全てのカワユイが凝縮されている。


 (じじ)(いわ)く、許可申請しないと街に竜は入れてもらえない。かといって野良竜のフィオの場合、登録された騎竜のように外の宿場に預けるわけにもいかず、こうして荷物の中に隠すより他ないのだ。


 もういいよ、と頭を()でると、ふたたび私と同じ背丈に戻った。遠慮がちに腕を差し出すので、お守りのシュシュを通してあげる。こんな無邪気な子を、自分たちの利益のために狙う人間がいるなんて。


 でも地球も同じだ。象牙やサイの角の密猟といい、ライオンのハンティング・ツアーといい、一体何が楽しいのだろう。

 水筒のお水を味わいながら、元いた世界に(しば)し思いを()せた。


 スイスナイフを握りなおし、リュックの表面についていたナイロン製のタグを取り外す。肩(ひも)の調整部分のプラスチックは、二枚常備していたハンカチでそれぞれ巻いて、ぎゅっと結んでみる。

 かどっこにカモミールやミモザの花がちょこっと刺繍(ししゅう)されているけれど、生成りだし、リネン地だし、この世界でも目立つまい。


 すると、わきへ置いた熊のぬいぐるみが大変ワザとらしく、コホンと(せき)払いの()()を寄越した。


≪ワシの収納袋も、大樹の刺繍を外しておくのがよかろう≫


≪えー、可愛いのに!≫


≪これは校章じゃ。すぐに怪しまれるぞ≫


≪~~~~取る≫


 目を()くってことは多分、有名な学校なんだ。ナイフの刃先で薄緑の糸を引っ張り、袋の中央に施された複雑なステッチを解く。青空を濃くした(はなだ)色の布地によく映えて、密かに気に入ってたのにな。


≪なんの学校?≫


≪まぁその、王都のとある魔術関係の学校といったところかの。えーとその……そう、人から(もら)ったのじゃ!≫


 またそうやって誤魔化す。バッグの中にも同じ紋章つきの巾着袋があったじゃない。あ゛ーもー、『しがない教師』像が完全に崩壊していくよ。




≪あ、そうだ。こっちの袋はフィオが隠れるから、(じじ)様は外に出てもらわなきゃ≫


 自慢の謎ベア、魔グマ将軍のミーシュカ殿には、すっぽんぽんで首からぶら下がっていただくしかない。


 私のリュックに力づくで二頭押し込んだら、フィオがへちゃげちゃいそうだもん。魔法の収納袋だという爺様の斜め掛け袋(ボディバッグ)は、生き物系を入れるのがなんだか怖い。街でいろいろと買い物するのに、ぬいぐるみを抱えて片手が塞がっているのも困る。


 ビーズ刺繍(ししゅう)を施した豪華絢爛(けんらん)な手作りのベストを脱がして、リュックの底に仕舞った。


 ついでに裁縫(さいほう)ポーチを引っ張り出し、首元の山葵(わさび)色のリボンも解く。ネックストラップとして熊の背中側に()いつけるのだ。

 熊首の周りに二重に巻きつけ、ダブル(ちょう)結びまでしてたから長さは十分。


≪痛い?≫


≪いや。全く感じん≫


 試しに針で前脚をつつくと、中の爺様が返事をしてくれた。もうちょっと思い切ってぶすりと刺しても平気らしい。そこまではシンクロしていないのかな。ほっとすべきなのか、幽霊の不自由さに同情すべきなのか悩むところだ。


≪もっとざくざく刺しなさいよ≫


 いや、そういうプレイじゃないからね、お姐さんや。白い犬が(のぞ)き込んではやたら(あお)ってくる。スプラッタよりも、リボンの薄緑色に注目しておくれ。桑の葉染めした麻紐(あさひも)を、かぎ針でスターステッチに編んだ私の力作だぞ。


≪ボクのせいだよね……ごめんなさい≫


 急に向こうでフィオががっくりと項垂れた。先の(とが)った金属で何をするのか、じっと観察していたらしい。


≪え、いやそういう問題じゃなく。こっちのほうが動きやすいだけだから≫


≪うきゅ……芽芽(めめ)ちゃん一人だったら、すぐに街に行けたのに……≫


≪逆に一生無理だったと思うよ。捕まって牢屋(ろうや)でしょ、今≫


 最悪は口封じで『お片づけ』されていたんじゃないかな。だからフィオのおかげだよ、と慰めるのだけれど、世界最強種(ドラゴン)はすっかりしょげ返ってる。

 落ちつきんしゃい、と丸まった肩を優しく(たた)いた。


 ――それにしても。なんでこんなことになっちゃったんだろう?


 エメラルドのように輝く(うろこ)()で心地を堪能しながら、一昨日からの怒涛(どとう)の展開を頭の中で逡巡(しゅんじゅん)してみた。

 二晩寝て、目が覚めて、やっぱり竜が動いている。熊ジャックした正体不明の(じじ)様幽霊と、相棒の変な犬『もどき』までもが普通に脳内でしゃべってる。

 おまけに現在の私たちは、狂気の魔道士集団から絶賛逃亡中。


 正直、現在地も行き先もよく解っていない。私、これからどうなるんだ?




 ※「スイスナイフ」はアーミーナイフのことです。言葉にこだわる子なので、仏語のun couteau suisseという呼び方を採用しているのだと思われます。

 「熊ジャック」は芽芽(めめ)語。(じじ)様は、ハイジャックやバスジャックならぬ、熊乗っ取り犯なので。

 その熊のミーシュカは、いつの間にか大佐から将軍に昇格。マグマ大佐をイメージできない芽芽が、魔王軍として強そうな役職名を任命しています。

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