12. 扱いが雑すぎです
≪ん? ああ、この人形のことか? これを焼いてしまったらワシの居場所がなかろうが≫
≪焼くのはこっちの腐れ外道! 年取って油断して呪術陣であっさり死んじゃった、みっともないジジイよ≫
おう。外道ジジイなのは片耳へにょりん猫さんに同意するが、ご遺体に火を放てと言っているのかね? つか『呪術陣』って何よ。
ここは『霊山』と呼ばれる、本来は神聖な場所なんだって。何百年も前から山の南東側の中腹に、『神殿』が建っている。麓には王都が広がり、その王都を挟んで神殿とはちょうど反対の西側に王様の住むお城。この全体を城壁がぐるりと囲っていて、二人はその中に住んでいる……『いち一般人』て自己申告したぞ。
でも神殿では、賄賂や脅迫などの違法行為が何十年も横行していた。とくに上層部の腐敗が酷いらしい。
≪ちょっと待ってください。『神殿』に住んでいるのは『神官』ではないのですか?≫
≪それは古代王朝のことじゃな。現代では、神殿勤務は魔道士じゃ。その監視役として竜騎士本部も併設されておるが、金や女で籠絡されておるのう≫
皆、王都から通ってるんだって。老人が方角も入れて話してくれたから、やはり現在地は北半球と判明。
そいで二人は魔道士幹部らが何を企んでいるのか、ずっと調査していたらしい。霊山が怪しいとふんで、裏手にあたるこの北東側にこっそり来てみれば、数人がかりの複雑な結界が張ってある。
構造を調べに調べつくして道具を整えて、結界に開けた穴からようやく中に入ったはいいけれど、魔力を使い尽してしまい、警戒した魔道士幹部が前々から放っていた呪術陣に見つかって倒れたと。
≪……呪術陣って生き物なのですか?≫
≪いや。しかし呪術の効力によっては放ってから数日間、対象を探して外を彷徨わせることが出来る。難解すぎて今は廃れた技じゃ≫
あなた死んでるんだから、廃れてないじゃん。
というツッコミは置いておいて。
≪てことは、外に出れるんですよね。結界の穴って今も?≫
≪空いてはおるが、この道の先ではないぞ。場所が知りたかったら、ワシの体を焼け≫
ぬぉぉぉっ、なんと鬼畜な。そりゃさ、荷物を譲ってもらえるのなら出来る限りのことはしてあげたいよ? けど、人間を火だるまにした経験なんてないし、無茶だってば。
≪あーもう。さっさと装飾品外してよね、ほら≫
苛立った猫が、老人の肩に被りつき、強引にケープを引っ張って遺体をぐるりとひっくり返した。ペルシャ猫って大柄な男性をこんな風に動かせたっけ?
≪わたしは人間と契約した魔獣なの、本物の猫じゃないんだから当然でしょ≫
昨日こっちへ来たばっかなんだし、『当然』が何か判るわけないじゃん。――ていうか、『魔獣』って何! 心臓部分に『魔核』という魔素の塊がある種々雑多な獣の総称だそうだ、なるほど、わからん。
私のいた世界では、竜も魔法も魔獣とやらも御伽話の中だけの存在なんだから。
≪え゛ええええっ≫
あ、フィオが一番驚いてる。説明しなかったっけ?
≪だってだって、火と氷を出す竜は? 大きくて優しい森の主は? すっごくわるい魔法の王様は? なんでみんな、魔法なしでそんなに強くなれるの?≫
……私の出身世界、フィオの頭の中でどうなってるんだ。こちらに歩いてきた猫がぎょっとしてたから、ある意味、脅しになって成功なのか?
うん、余計な訂正はしないでおこう。フィオを守るんだもの。交渉役の私は、なめられないようにしなきゃ。
≪ま、まずは! そうね、ここと、ここのブローチ、外しなさい。それから左右の袖口に魔杖が一本ずつ入ってるから、取り出すわよ≫
……この猫、私の元世界を丸っと鶴っと聴かなかったことにした! ぬぬぬ、主導権を握ってくるぞ。
でも、売れる物を譲っていただけるのなら従うしかない。そいで、どうやったって死体と接触することになるよね、やだなぁ。うー、我慢だ、芽芽。
言われたとおりにアクセサリーを外す。質屋や古物商で捌こうとした日にゃ、警察が呼ばれそうな代物である。どれも大粒の宝石が埋まってるんだもん。売れるのか、これ。
ゴツイ指輪を一個ずつ外していく作業で、生の死体に触るのにも抵抗はなくな……~~らないけどっ、なくなったと必死に自己暗示中。
「うぇぇぇぇっ」
顔を限界までしかめて、こみあげる吐き気をやりすごしていたら、フィオが場違いなくらいに目をキラキラ輝かせる。
≪きれぃ……≫
ローブの下に隠すように掛けてあった首飾りを、片耳へにょりん猫が口に咥えて引っ張り出したのだ。御伽話のお姫様に似合いそうな、繊細なデザイン。月明かりと同じ赤・黄・青・紫の四種類の石が交互に美しく配置されていた。
で、老人の頭を浮かせて取り出すのは私の役目なのね。吐かなかった私、エライ、天才、最高。……もう死体剥ぎなんて、したくないいいっ。
≪ちょっと、さくさく動きなさいよ≫
≪やだぁ……≫
≪きれー!≫
天を仰ぐ私を無視して、猫が袖口に潜る。引っ掻きだしたのは、二本の棒。
煌めく宝石にフィオはふたたび感動しているが、こっちの心は擦り切れトンボだよ。ねぇ、そこな四本足や、ご遺体を踏みつけまくりすぎじゃない?
≪ほら、さっさと袋に入れちゃって!≫
≪はぁ……≫
猫が棒を目の前に持ってくるので、大人しく受け取る。もはや反論する気力も湧かない。
そのまま手掴みで藍色リュックの内ポケットに突っ込む。そしたらなぜか、老人と猫からめちゃくちゃ驚いた気配が伝わってきた。気のせいかな、息を呑んで目をまん丸にされた感じがしたのだけど。
≪魔杖よ、それ≫
≪でしょうね≫
だって、袖口に入ってるってさっき指示されたし。森の中で、私が蛇杖を発見した時にフィオから説明受けたし。
フィオが好きそうなキラキラ魔女っ子具合だ。私は自分の木の枝のほうが、自然なフォルムでしっくりくるけどなぁ。ところどころ捩れてコブも出てるけど、触り心地が良いのだもん。
≪こっちも入れられるかしら?≫
もう一本、猫が咥えてくるので、同じくリュックに突っ込んだ。
『魔杖』はどちらも30cmくらいの透明な棒で、最初の一本は青系、もう一本は四色の、様々な宝石が内側にも外側にも嵌め込まれていた。
魔術で作った特殊な強化ガラス、と念話で脳内変換された。罠虫篭の透明な壁面といい、私のプラスチック製の所持品もそこまで怪しまれるものではないかもしれない。
≪でも私のこと奇抜ってさっき言ってましたよね、なぜ?≫
そもそも荷袋や人形まで含めてあらゆる色合いが有り得ないし、上から下まで形も変。と、マウント猫が全否定してきた。……せめて説明して。
何より私の服が黒一色なのに、南の大国風デザインでないのが違和感を放っているらしい。ミーシュカのベストやリボン飾りも色が変だって。どうやら四つの月の色である、赤・黄色・青・紫のどれかをメインにするのがこの国風。
『化繊』は念話で通らなかったものの、つるつるした合成の生地は存在する。ただし、ドレスに仕立てるのが『普通』。登山靴もゴツすぎて魔獣の足みたいだって。
この国では歩行用の木の杖も販売されているけれど、今どきホームレスだってまっすぐ整えられたものを持つ。平民なら彫刻を入れてペイントするし、貴族なら金属の装飾が加わる。対して私の蛇杖ちゃんは、どう見ても風雨に晒された廃木材、ひんまがってて禍々しいと。
~~~~っ、魔王のテイなんだから、逆にいーのっ!
あと、女性は髪をお団子にまとめるものらしい。私だって後ろで括っていたのに、それじゃ寝起きだとディスられた。男装用のズボンも、私のようにぴっちり体型に沿わせるのは破廉恥であると。
ストレッチ素材なんだよ。編みタイツ的な変態扱いすな!
おまけにこの世界の動物のぬいぐるみは剥製に近いリアルな作り。
勝手に中に入っておきながら、≪これが熊じゃと?! 強さが全く感じられん!≫とミーシュカの形にまでクレームつけやがった。私には人形持ち歩くなんで幼児かとか、その外見で最高学府への入学寸前はありえんとか。
≪てぇぇえいっ! もー丁寧に話すのやめた! 取引するなら、こっから対等に話させてもらうからねっ≫
≪おう。構わぬぞ。それより外に出るならその格好は控えろ。ワシの外套を被れ≫
≪…………やだ。脱がしたくない≫
≪兵士に目をつけられて、しょっぴかれたいか?≫
≪……~~やだけど、脱がす≫
遺体からローブを外すのは、フィオと猫が手伝ってくれても困難な作業だった。モカシンみたいな革靴も脱がす。足を風呂敷みたく覆うデザインだったから、紐をほどいて大きさ調整したら、なんと私のゴツイ靴がまんま中に入ったよ。
……でもあんまり履きつづけたくない。大きさを確かめた後は、リュックに入っていた折り畳みのエコ袋に入れて、老人の斜め掛け袋のほうに詰め込――。
≪お前さんの袋に入れろ!≫
理由を問い詰めたら、≪なんでもなのじゃ≫の一点張り。私のリュックの半分くらいの収容量だけど、空っぽなのに! あ、猫がエコバッグをガブっと噛んで、リュックに強制的に突っ込んだ! 横暴!
≪服は外套だけ回収したらいいから、さっさと丸めちゃって!≫
猫の尻尾が、たしたしと鞭のようにしなる。
勝色のローブは、畳もうと動かすたびにむわっと何かが鼻を突く。生ゴミのような腐敗臭はしないけど、すんごい男臭い。強烈なお酒の臭いもする。あとはなんだ、松ヤニみたいな匂いと、フランキンセンスのような男性用香水かな? あんま意味ないと思う。
漢服みたいな麻の斜め襟のシャツは、裾が足の膝まであった。その下はパジャマみたいなゆったりした厚手ズボン。足先は手編みっぽい厚手の毛糸靴下。死体なのに虫はたかっていないし、腐敗も見られない。
老人を殺害した呪いは、発信元の魔道士が術を解くまで遺体の状態保存もするらしい。相棒の猫が動けなくなったのも呪いのせい。
ちなみに老人が亡くなったのは、二・三日前。猫はその横でじわじわ黒化していっていたとか。
私たちが来るまで老人の意識は戻らなかったらしく、その間この猫は独りぼっちだったわけで。それは……辛いね。
≪あれ? じゃあ、呪いが邪魔して火で焼けないじゃない≫
≪……通常の火ならね。魔術で作った火なら問題なし≫
そんなものなの? いまいち納得できない私を無視して、猫はそう言い放つと遺体に情け容赦なく噛みつき、道の真ん中まで引きずった。
≪ほら。これであんたがご心配の山火事は起きないわよ。狙いを外さなきゃね≫
なんかこの猫ヤダ。言うこと聞きたくない。
≪芽芽ちゃんなら出来るよ、ボク応援する!≫
よっしゃ、見てて! 頑張っちゃうもんね、私。
※「擦り切れトンボ」なる表現は、「尻切れトンボ」の芽芽流アレンジです。生き物の連想が好きな子なので。




