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◆ 風の竜騎士:大魔道士と地脈

※引きつづき、風(紫)の竜騎士ディアムッド視点です。




◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇




にしても、魔杖(まじょう)は魔道士の命だったはず。

床石をガリガリと()がすのに使いだしたぞ。

相変わらず雑なお方だ。


「先輩、これの片割れって追跡できます?」


騎士章の裏に忍ばせていた耳飾りを見せる。

正八面体にカットされた紫水晶がぶら下がっていた。


「風の選定公家ってのは、魔力測定の儀もまだの子供に贅沢(ぜいたく)だな」


ヘスティア様は即座に持ち主を()ててきた。

まぁ夏の間、王都を騒がせた連続行方不明事件だからな。

精霊大通りの買い物途中で(さら)われた(めい)のエルリース。

一人目の被害者となった。


「一族久しぶりの女児誕生で、甘やかしてしまいまして」


普段使いにするには豪華すぎる宝石だ。

他家の顰蹙(ひんしゅく)を買うのもやむなしと苦笑する。


「――消されてるな。紛失防止の魔法陣の痕跡が皆無だ」


これまでの鑑別と判を押したように同じ答えだ。

それでも期待をしてしまう自分がやるせない。


「やっぱり」


諦めと共に(こぼ)した台詞が、なぜかヘスティア様のそれと重なる。

魔杖(まじょう)で乱暴に地面を掘り返していたが、収穫ゼロだったらしい。

膝丈の服もあらわに、しゃがみこむのはどうにかならないのか。

おまけに、おっさんが(うな)ったような()め息まで。


「ったく。こんな最奥で、鑑定魔術がさくっと編めるのが異常なんだよ。昨夜から何かが変化してってやがる」


俺が怪訝けげんそうな顔をすると、説明しなおしてくれた。

神殿内部では、複雑な術式を組み込まないと魔導具すら動かない。

上級魔道士が感情に任せて安易に魔術を発動させぬよう、

強固な結界が設置してある。


「かつて大魔道士シャンレイ様が、魔術による殺傷事件を憂いたせいってのは、半分真実で半分(うそ)だ。あたしらの祖父母の代でも、神殿の昇降機や聖女の祭具は余裕で使えてたんだからな」


「たしか誤作動で魔道士が事故死したんでしたっけ? 大型の古い魔導具は動力源の魔石を外され、新たに納入されたものは入念に対策が――」


「その肝入りの魔導具が、今日になってから随所で警報音を響かせっぱなしだ。奇妙なことに、また誤作動を乱発してるんだよ。何十年も前に大金を投じて対策済みじゃなかったのかいってね」


成程、それでこんな場所まで調べにきたのか。

神殿内部の結界は地震直後に確認済み。

上級魔道士が問題なしと、報告書にこぞって署名したのだ。

支援の名目で王宮関係者に入られては困るからな。

会計監査で何度も疑いの目を向けられ、王宮と対立を深めている。

陛下が正面から攻めても、神殿長なら門前払いするだろう。


「もともと都市部は地脈が乱れがちだ。帝都でも属国の首都でも同様にな。それが郊外の自然に近づけば軽減されていくというのに、この王都だけは特殊だ。霊山に密接した神殿内が何故か一番、酷く乱れる。

年々悪化して、今じゃ術式を編むのもひと苦労――ってのが、地震の前までの真相。

それが易々と可能になった。地震の後も、刻々と地脈が変化しているのだろう」


辺鄙(へんぴ)な森には、魔獣をも狂わせる『魔素(だま)り』があるらしい。

だが人間が密集する場所では逆に、空気中の魔素は希薄になる、

というのが定説ではあるが、『地脈』だと?


「……それは三流商人がエセ健康魔導具を売りつける時の口上でしょうに。特に何も感じませんよ」


「それは地脈乱れに身体が慣れきっているだけだ。王都生まれでも魔素異常があると、如実に息苦しさを感じたりするぞ。

 だが現に、あたしの夫は昨夜から慢性的な片頭痛がぴたりと止んだ。……先天的魔素欠乏症なのに、だ」


逆に、よく成人できたな。

不躾(ぶしつけ)にもそう言いかけて、口をつぐむ。

ヘスティア様には、お見通しだったのだろう。

苦笑されてしまった。

魔素欠乏症の患者は短命だ。


「グウェンフォール様の見立てでは、肥満体質のおかげで延命したのだろうと。幼少期から祖父母が甘やかしてな。帝国で一、二を争う豪商ゆえ、金に糸目をつけず、魔素の濃縮された深森の果実を与えていたんだ。

 それでも身体の節々の痛みは常態化していた。なのに、地震の後から嘘みたいに調子がいいんだ。

 加えてここ数刻、変則的に地脈が整えられていっているのが、さらなる症状の改善に(つな)がっている」


「新聞によると、余震なるものが存在するようですから……」


「違う。時々、ズレていた部品が定位置に戻ったかのように急に変わる。いずれも霊山の、どこか上の、地表面を流れる地脈が復活して、神殿で増幅されている。

 ここら辺は、グウェンフォール様に照会せねばならんが……あたしも治療魔術を学んで、多少は体感できるようになった」


……残念だが、時の流れは人を変貌させるらしい。

ここまで異端思想に毒された方ではなかったのに。

神殿が巨大な魔導具だとでも言うつもりか。

グウェンフォール様まで与太話に感化されているかのような語り口。


魔道士のくせに、魔杖(まじょう)を肩(たた)き棒として使いはじめる。

騎士にとっての剣と同等だろうっ。


と、(いさ)めかけようとしたところで、扉の取っ手が点滅した。

これまたグウェンフォール様の発明された監視魔導具だ。

誰かが廊下側から開けようとしている。


ガサツさ筆頭格のヘスティア様も、魔杖を教科書どおりに構えた。

すぐさま部屋の防音結界を担っていた魔導具を空中に浮かせる。

(ちょう)の形をしているせいで、あたかも本物が飛ぶようだ。


――即時の解除方法をよく御存知で。

やはり『闇夜の(からす)』なのか。

陛下が神殿に送り込んだ間諜(かんちょう)なのか。


「あれぇ? 開け方はこれで合ってるはずなのにぃ……」


部屋の扉の鍵穴に、魔法鍵を差し直す音がした。

そして女のように甲高い声。

この部屋を任されたルキヌスが囲っている、初級魔道士だろう。

こちらの仕掛けのせいで、向こうの音だけが筒抜けとなっている。


「急いで移さないと神殿長(モスガモン)様にどやされるぞ。あの箱は『特別』なんだろ?」


「ん、そう。ワンちゃんたちがぁこの辺の再点検に来るとかってぇ。宝物庫の前まで持ってっとかないと、お仕置きされちゃうの」


つまり、竜騎士に見られたくない何か。

それを運びだそうと参上した新人子ザルが三匹。

天井近くで気配を消せば誤魔化せるだろうが……

夜勤あけで隠蔽の身体強化はキツイな。


「勘弁してくれ! またか!」


「やばい! あんだけ煩いと、お宝のほうに犬が集まってくるぞ!」


「もぉヤダ! 箱なんかぁ後でルキヌス様に頼んじゃえ!」


突如、廊下に鳴り響く警告音。

宝物庫に近づくチャンスとばかりに、

反神殿長派の竜騎士幹部が押し寄せる様子が目に浮かぶ。

扉の向こうの魔道士らも、同じ光景がよぎったのだろう。

バタバタと慌てて立ち去っていく。


「魔導具の誤作動さまさまだな。今の内にずらかるか」


ヘスティア様がニンマリと口端を上げた。


「流石にやりすぎでは?」


「おい。あたしゃ何もしとらんぞ。神殿で時差式の魔法陣なんざ仕込もうものなら、徹底的に追跡されるだろーが。

 言ったろ? 地脈の流れが急に整う瞬間があるんだよ。霊山の中を調査できればもっとはっきりする」


「無茶です。それこそ神殿長に口封じされますよ」


初夏に亡くなった若手竜騎士。

うちの上司(エイヴィーン)閣下が自殺偽装に協力すると説得して、

やっと霊山の中に入れたのだ。

だが不審な点は一切見つからなかった。

捜査魔導具を駆使したというのに、

この部屋と同様、不自然なくらいに何も。


なぜ四大精霊はこうも神殿長派に(くみ)するのか。


「そう不貞腐れるな。足掛かりなら得たぞ」


紫の魔杖(まじょう)の先が指し示したのは、扉の横の大箱。

竜騎士の魔獣狩りでもお馴染(なじ)みの保存箱だ。

魔獣の死体を入れ、神殿に運び込むのは何度も目撃している。


「確かに執務室の中に設置するのは(まれ)ですが、黄金倶楽部(クラブ)の地下闘技場で実験するためでしょう」


「馬鹿もん。魔核を抜いた魔獣なんざ、どんな魔術で使えるってのさ」


ヘスティア様が魔杖を使い、大箱の蓋を浮かせる。

中に詰め込まれた中位魔獣はどれも目が白濁していた。

つまり、真の心臓ともいうべき魔核が失われて久しい。


箱の周囲に目を凝らすと、陰になった床石が一枚わずかに浮いていた。

引き()がすと、地中に小箱が埋め込まれている。

こちらは施錠していなかったようだ。


なんの抵抗もなく蓋が開いた。

ぎっしりと中に並んでいたのは謎の液体に浸かった小粒の魔核。

契約獣を一時的にすら呼べる等級でないのは、素人の俺でも判る。


「子ザルが『移せ』と命じられたのは、大箱の方かねぇ。他に大した物もないみたいだし」


「問題は小箱の方です。小遣い稼ぎの横流しですか? ルキヌスは上級魔道士ですよ?」


「にしては禍々しい。よもや呪われた魔獣の血液で漬けているのではあるまいな」


ヘスティア様が顔をしかめる。

禁忌の術か確認してもらいたい。

が、左の親指に巻いた(ひも)が急に締まった。

一階から地階へと切り替わる『境い目』で

見張りに立つ部下(バノック)からの合図だ。


「とにかく出ましょう。神殿長(モスガモン)派に感づかれる前に」


蓋を閉めようとしたら、ヘスティア様が横から小箱の中に何か滑り込ませた。


「なっ! それは(めい)の――」


「石の一つくらいケチるな。完全に無効化されてるから術を入れやすかったんだよ」


探知魔術の類いか。

爪先ほどの宝石は箱の液体の中に沈んでしまった。

耳飾りの残りはというと、俺の手元に放り投げてくる。


「誘拐事件の証拠として必要なら、似たような石をぶら下げとけ。耳に触れる本体が残ってりゃ、出世頭の竜騎士様なら本物で押し通せるだろ」


大雑把な姉弟子はそう言い放つと、自分のスカートを勢いよく持ち上げた。

裏生地を強引に()がし、謎の液体を少しだけ染み込ませる。

そして魔杖を振って、床石を元どおりに直してしまった。

言いたいことは山ほどあるが、もう時間がない。


無人となった地下の廊下を走りながら、またもや()め息がこぼれた。







◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇





※同時刻の霊山:

 芽芽とフィオがピラミッド地蔵を見つけては、せっせと傾きを直してます。地脈が整っていってるのに、二人は気がついていません。道路の白線だけを歩くゲーム的な、謎の達成感で遊んでるだけという(笑)。


 ちなみに、大箱の魔獣肉に小箱の血まみれ魔核を埋めたものが、フィオの餌でした。吐き出して正解。拘束されたのは盛夏の頃なので、風烈騎士団の麗しの団長閣下による霊山捜査よりも後です。


 芽芽の召喚前は、こういった細かなタイミングもなぜか神殿長派が有利になってしまう世界でした。

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