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◆ 風の竜騎士:姉貴分と魔導具

※同じ頃、芽芽たちがうろつく霊山の反対斜面、

 つまり王都を見下ろす南側の神殿にて。

 ふたたび風(紫)の竜騎士ディアムッド視点です。

 昨夜、中級魔道士ダランが仕事をしていた部屋へ忍び込みます。




◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇




深夜に突然、大地が激しく揺れた。

俺ら竜騎士も魔道士も緊急召集され、市井を飛び回った。

あちこちで家屋が倒壊したものの、死者はゼロらしい。


そして翌日。

真夏でもお目にかからなかった見事な晴天が広がる。


ここは大陸最北の地。

秋の最初の月でも昨今では異様に肌寒い。

事実、灰を塗りこめたような曇天が続いていたというのに。

瓦礫(がれき)の整理をしながら、汗ばむ陽気に皆が困惑していた。


昼休憩になると、仮眠をとりに寮へ戻る者あり、

親戚縁者の様子を確認しに行く者あり。

神殿は、奥に進むほど閑散としていた。


昨夜遅れて登場した神殿長(モスガモン)は、完全な白髪だった。

(うわさ)では、聖女や副神殿長まで髪が白くなっていたという。

それはつまり、身にまとった魔素を大量かつ一気に消費したということ。


こうして性質(タチ)の悪い連中が出払っている今がチャンスだ。

昼休み一刻では、髪の魔素染めは不可能だからな。


そのせいで、当初は王宮が疑いの目を向けてきたくらいだ。

大規模な地魔術のせいで地震が発生したのではないかと。

実際には、被害があまりにも広範囲で一笑に付されたわけだが。


人間の操れる魔素なぞ、たかが知れている。

だからこそ魔道士は魔宝石や魔染料に(すが)るのだ。

違法な魔素増強薬(ポーション)にすら手を出す。

そうして大金をはたいても、所詮わずかな底上げ止まり。


だが、それでいい。

過ぎた力は、人類を滅亡させてしまう。


王都を挟み、西の王宮と対極をなす東の神殿。

山の中腹を切りぬいた巨大な建造物は、一階が途中から地下一階になる。

切り替わった地点からは、竜騎士は幹部しか入れない。

自分のような幹部候補生でも、言い訳がきくのは回廊近辺のみ。

そこから外れ、さらに山側の奥まった扉の先。

一部の魔道士だけが入会を許された、黄金倶楽部(クラブ)(たま)り場だ。


潜入することの危険は承知している。

だが、何かが隠されているという気がしてならない。

一昨日の夜、貴族街の内壁で決行したガサ入れもそうだ。

黒い古代竜の夢を見た翌日には、根拠のない直感が必ず当たる。


『勘で突っ走るだなんて、困ったワンちゃんですこと! 度重なる筋肉強化のせいね。ディアムッドったら、そのお歳で脳みそ全体を石化なさいましたの?』


コミーナのお決まりの説教文句が脳裏に響く。

中級魔道士に昇格してからは、余計に口うるさくなった。

俺の姉のようなものだからか。

正確には、彼女の母親が兄の乳母を務めた。


そのコミーナも、最近ではすっかり意気消沈している。

この夏、行方不明になった兄の幼い娘エルリース。

彼女にとっても(めい)同然だ。

休暇返上で皆が探し回り、早二月(ふたつき)が経つ。




◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇




神殿奥深くの特別室。

木彫り細工を制服の内ポケットから取り出した。

手の平大の(ちょう)を模した魔導具だ。

触角部分の針金に指を突き刺して、胴体部分の魔石に血を吸わせる。

閉じ合わせた薄い羽根を左右に開くと、魔法陣が浮かび上がった。


神殿内部は魔術が作動しづらい。その対策だ。

血を媒介に、体内の魔素をごっそり持っていかれる。


次は万能鍵を執務机の引き出しに差し込む。

そして結界粉を鍵穴から吹き込んだ。

魔術除けの手袋でガードしながら金縁の取っ手を引いた。


全てがグウェンフォール様の発明品である。

高性能の魔導具を真剣に開発してくださる。

貧しい家庭用から、魔道士を監視する竜騎士専用まで。


これほど民に寄り添える上級魔道士は希少だ。

毒舌のコミーナですら尊敬のあまり、絵姿を部屋に飾っている。

だが頭の固い同業者も多い。

先週も、グウェンフォール様を公然と罵倒していたな。


『陛下! あやつは国籍不明の経歴不詳、ふん! 所詮は、ひとところに落ち着くことのできぬ変わり者ではございませぬか。ふん!

 かぼちゃ祭りは、我が国の伝統行事。我々のような古参の貴族と同列では、流石にご先祖様方のご理解を得られますまい。ふん!』


(しわ)だらけの顔を嫉妬と怒りで赤黒くさせていた老害、モスガモン。

他人を蹴落とすことで神殿長にまで昇りつめた血統至上主義者。

常に青い髪を三つ編みにして腰まで垂らしている。

演説をぶつ際には異様に大きな鼻を鳴らすのが癖だ。


来月半ばに王都で開かれる第一秋祭り。

審査員の席次を巡って争うとか勘弁してほしい。

恒例の目玉企画は『かぼちゃ比べ』だぞ。

そもそも論として、なぜに国王陛下はあの御方の出席を求めたのだ。

農作物の品評会に救国の英雄を引っ張り出して何になる。


職場の長(しんでんトップ)の言語進退が恥だ。

そして一国の長(こくおうへいか)の思考回路が謎だ。


俺が生まれて間もない頃。

グウェンフォール様はこの国(ヴァーレッフェ)に突如いらした。

あわや王都陥落という危機的状況を救ってくださったのだ。

隣国アヴィガーフェとの九年大戦を勝利に導いた大恩人である。


その後も我が国に留まり、貴重な研究を惜しげなく発表されている。

魔道学院の学長として、後進の指導も引き受けてくださった。

戦後の急速な復興は、ひとえにグウェンフォール様のおかげだ。


とはいえ、もうご老体。

かぼちゃ好きという噂も皆無。


宮廷の調整会議に急遽(きゅうきょ)出席を求められ、

終始無言を貫いていた。

あれは完全に(あき)れ果てていらしたのだと思う。


昨今は()め息をつきたくなるようなことばかり続く。

偉大なる救国魔道士の発明品をもってしても、豪奢(ごうしゃ)な机の中は白だ。

不自然なくらいに怪しい物が存在しない。


そして不自然といえば。

展開した蝶の魔法陣が時おり()()()

この奇妙な違和感の正体は――。




「……先輩、悪趣味ですよ(のぞ)きは」


「職場で他人の引き出しを漁る後輩に言われたくはないな」


石壁がぐにゃりと(ゆが)み、女が現れた。

膝丈の短い薄紫の衣の上に、灰色の長外套(がいとう)

昼食の出前だとでも誤魔化すつもりだろうか。

酒場で新人の給仕女がするような格好をしていた。


「上級魔道士のお休憩室に無断侵入とは、悪い子だねぇ」


「……そういう貴女は神殿そのものに無断侵入していますが」


ここは聖女の住まう神域。

魔道士と竜騎士が厳重に警護し、部外者は立ち入り禁止だ。

出前は通用門の詰め所までしか許されない。


「行方不明になった(めい)っ子を諦められないのは解るが……身内が首を突っ込むのは感心しないな。たとえ上級魔道士の関与が疑われたとしてもだ。

 黄金倶楽部(クラブ)の地震誘発疑惑にかこつけて、竜騎士側の捜査権でも発動するつもりか? 一昨日のように、上司が神殿長を(なだ)めてくれるとでも?」


思わず舌打ちした。

昔からそうだ、何もかも見通すような目。


()()陛下に報告なさいますか、ヘスティア様」


「同じ色の(よしみ)で見逃してあげても構わんよ、ディアムッド」


俺の制服の差し色にも使われている紫は、風の精霊の守護色だ。

お互い幼い頃から馴染(なじ)んだ笑顔を見せ合い、探りを入れる。

コミーナ同様、厄介な小母(おば)――もとい、姉貴分だ。


おまけに、風の月の風の日生まれ仲間。

さらには、この北国(ヴァーレッフェ)の最上位貴族の本家筋でもある。

向こうは火の選定公家、俺は風の選定公家。

同じ師に剣の稽古をつけてもらった。

だが歩んだ道は異なる。


一足先に竜騎士となるかと思いきや、ヘスティア様は竜との契約をしなかった。

何年か前には親に勘当され、行方知れずに。

帝都でも有名な商家の道楽息子と駆け落ちしたせいだ。

皇帝の間諜(かんちょう)になったのではという(うわさ)も立った。


それが今年になり、しれっと現れたのだ。

竜騎士と魔道士が守りを固める神殿内部に。

夜間だったからか、その時は見習い魔道士の草臥(くたび)れた格好で。


この国を売るような人ではない。

恐らくは『闇夜の(からす)』。

表向き存在しないことになっている、国王陛下直属の諜報(ちょうほう)部隊だ。


「交換条件は黄金倶楽部(クラブ)の情報ですか?」


「まぁ、それは後で酒でも飲みながら。今は――漁るぞ」


ヘスティア様が袖口に忍ばせていた魔杖(まじょう)を手元まで滑らせる。

首席卒業したのはヴァーレッフェ王国の()()学校だけではない。

シャスドゥーゼンフェ帝国の()()()大学院でも偉業を成し遂げたという。

味方につけられれば、頼もしいことこの上ない。


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