8. 日向ぼっこします
ミニピラミッドの頂点に登ったギャップガエル王に見送られ、私たちは光る道をさらに進んでいく。
立ち枯れの木がほとんど消え、当初の針葉樹による常緑の森っぽい景色に戻った頃には、太陽がだいぶ上の方に移動してきた。仮にこの惑星の自転が左回転で、私たちが北半球にいるのだとしたら、北東へ移動しているのだと思う。
でも方向感覚なんて当てにならない。南半球なら、こうして影の出来る方向は南側だ。同じく東から太陽が昇っているのに、逆向きに動いているような感覚になってしまうんだって。
フィオの語彙に「春夏秋冬」があったから、地軸自体は適度に傾斜してるはず。でも一年がどのくらいの長さで、季節の変化がどの程度かは未知数なのだ。
今はおそらく秋らしい。確かに、赤や黄色に色づいている広葉樹や、実のなった蔓もちらほら。でも、小竜は『ついこの前まで雪があった』とも言っている。……夏はどこ行った。
細く湧き水の流れる川辺をやっと見つけて、周囲の岩場に腰掛ける。太陽熱を吸収し、猫さんお出でませなポカポカお座布団だ。
リュックの底に入れていた、結界用の小石四つを岩の上に並べる。奥宮に参拝した後に浄化してあげる予定だったんだよね。ミーシュカも隣に出した。
しばらく皆でゴロンと日光浴。あれ? 岩と岩の間で渦潮もどきが発生している。漁に使えそうな細かい目の網と、寂びたワイヤーが絡まったせいで、水が堰き止められているのだ。
なんだろな、また罠かな。相当に年季が入ってて、当初の形状は不明。たぶん小動物が飛び込んだら閉まる檻篭みたいなものだったんだと思う。
≪黄色の天道虫だよ、フィオ!≫
濁流にもまれながらも、必死になって泳いで泳いで……溺れているな、これは完全に。
川上で喉を潤していたフィオへ、水に浸していた素足を軽く振りながら報告した。向こうからでも見えるように、網ごと杖の先に引っ掛けて差しだす。
≪うわぁ! キラキラしてるねぇ≫
フィオが目を輝かせた。昆虫好きな小学生男子みたい。なにせ2センチは超える特大サイズだからね。
≪確かによく見かけるのはもっと小さいけど、この子くらいの大きさは、時々いるよ?≫
確認すると、この世界的にはそこまで珍しくなかった。でも色がとっても綺麗だって。六つ星天道虫になるのかな、オレンジ色でダイヤモンドの紋が左右の黄色い羽の上に二つずつ、真ん中に二つ。道に敷き詰めたタイルと同じ蜂の巣型を描く配置だ。
お互いの言葉で「テントウムシ」の発音を披露し合う。やはり竜語は「キ」だの「ギ」だの、はっきり聞き取れない波長振動だの、人間の喉では再現が難しい。
二人で観察した後は、土手に咲くノゲシっぽい黄色の花の上に杖から移してあげた。
劣化した罠の網糸は千切って細かくする。針金みたいな部分も、岸辺へ放り投げる。今の私に出来るのはバラバラに離しておくだけ。やりすぎると、私の存在がバレてしまう。
だからカエルのバケツ罠も割ったりせず、横に倒すだけに留めた。どうか暴風雨のせいだと思われますように。
ここの檻の成れの果ては、水飲み場に来た獣が興味本位であっちこっちに散らかしたと思ってくれますように。
そこからは工作タイム。蛇杖には窪みがいくつかある。薄い所が気になっていたんだよね。スイスナイフでぐりぐりと押したり削ったりすると、グリップ部分より少し下で1センチほどの穴が簡単に開いた。
リュックの中は巾着袋で小分けして、整理整頓してある。1つ1つの袋につけていた飾り鈴を全て外して、穴に通した紐の輪っかにまとめる。ギャップガエルの立ち枯れワールドはホラーだったもの。魔除けと獣除けを兼ねて、錫杖もどきを作ってみた。
シンデレラの魔法使いのおばあさんになりきって、周囲ぐるりと祝福の魔法でもかけるみたいに振ってみる。シャンシャンシャンと音が鳴って良い感じ。
≪不思議な音だね! 宇宙の音だね!≫
ミーシュカのガムラン心臓の話を覚えていてくれたみたい。フィオが水をパシャパシャさせながら、はしゃいでる。
これまで我慢して取っておいた、蓬の蒸し饅頭を口に含んだ。半分は残そうと思ったのに、お腹が猛烈に空いて空いて、完食してしまった。
玄米茶も飲みきったので、水を汲んで魔法瓶に満たす。成分を気にしても仕方ない。少なくとも竜が飲んで安全な水なのだ。
サバイバルの『3の法則』である。3分間、空気が無い状態が続くと人間は生きていけない。3時間、適切な体温を維持できなければ、そして3日間、水を補給できなければ生死を彷徨う。
お腹を壊して脱水症という可能性もよぎるが、意地でもここの水に適応しなきゃ、生き残れない。
小川の中では、小さな気泡をつけた水草の群れが揺らめいている。明るい緑色が眩しい。
さっきのカタバミもどきで足の皮膚は荒れてなかった。次に見つけたら食べてみよう。靴下を履きなおす際には、新たに発見したミントっぽい香りの葉を挟んだ。民間療法とパッチテストの兼用である。
結界の小石はリュックに仕舞い、愛熊は頭だけポフッと出てもらって準備完了。意気揚々と歩きだそうとしてフードを被った瞬間、上から何かが落ちてきた。鳥の糞だったら泣く。
≪あ、テントウムシさんの贈り物だ≫
フィオが嬉しそう。両手を頭の上に恐る恐る伸ばすと、固い小石みたいなのがパーカーの窪みに引っかかっていた。
べっこう飴とげんこつ飴が斑になって……琥珀の原石? デコボコだけど、尖ったところはなくてツルツルしている。なんかの樹脂が固まったっぽい。
燃やした時の香りで正体を確かめるのは無理。売れたらお金になるかも、と狸の皮算用してしまう。
竜の目撃談によると、さっきの六角形天道虫が私の頭の上に飛んできて、落としていったらしい。水に浮きそうな軽さとはいえ、この大きさの塊を運べるもの?
辺りを確認しても、黄色の虫は見当たらない。水が湧き出る泉のほうへ、両手を合わせてとりあえずの御礼。横でフィオも、私が提案した通りに首だけペコリとしてた。ずんぐりむっくり体型で腰からお辞儀は大変だからね。
ふたたび探検開始である。




