◎ 国王ラグンヴァルド: 贖罪
※ヴァーレッフェ王国の現国王ラグンヴァルド視点です。
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王都を囲む郭壁。東外門の前に広がる空閑地で待っていると、濃い紫色の馬車が沿道を埋める観衆の声援を受けながら近づいてくる。風の選帝公本家の公用車だが、屋根の上ではためくのは風紋旗ではない。王家の四大精霊旗だ。
張り出し櫓の頂上に設置された日輪太鼓が叩かれた。それを合図に地上でも、東区音楽隊が月巻貝や星彩琴で歓迎の音楽を奏ではじめた。
竜や人混みに慣らされた軍馬が足並みを揃えて誇らしげに停まる。すぐさま颯爽と降り立ち、馬車の扉の前に跪くのは、竜騎士前師団長の四人。残りの竜騎士勢は、警備のために騎乗したままだ。
「聖なる極光よ、精霊と共にヴァーレッフェを遍く照らし給え」
先に下車した風の選帝公に断りを入れ、降りようとした繊弱な少女へ、私自ら手を差し出した。
細長い花びらを垂らした『森の女王』の髪飾りもさることながら、薄布を重ねた南国風のドレスまでもが優雅にそよぐ。浅緑の服には精霊四色で花の立体刺繍があしらわれ、光沢のある濃い緑の帯が胸元の異様に高い位置で結ばれている。
華奢な手は、絵画に描かれた渡り人とも異なる不思議な色味だった。刺青が身体のどこにも施されていないらしいが、大罪人にはとても思えない。しかし肌に加護を入れぬ文化なぞ存在しようか……我を忘れて観察してしまいそうになり、慌てて気を引き締める。
この国の王である私が直々に、新聖女様を王都へと迎え入れるのだ。そしてそれを大勢の民に目撃させ、証人とする。
神殿の長年の不正を四大精霊様の御前に曝さんという今、王宮の立ち位置は明確化しておかねばならぬ。事の運び方によっては、各地で暴動が起きかねないからだ。
馬車との段差のせいで、新聖女様の後に続いた白い大型犬と、目が真っ直ぐ合ってしまう。悠久の時を生きる聖獣様の新たなお姿だ。
左右には、小型の不可思議な生き物。精霊の眷属様が天を舞い、時の鐘とも異なる鈴の音を響かせる。そして『森の使い』が元気よく跳ねては、大地を祝福する。
……これが、本物の威光か。空気が淀むことなく浄められ、生きとし生ける物たちに愛される。
昨夜やっと全員が集まったという、周囲の護衛役も驚きで息を呑むのが伝わってきた。神殿を不当解雇された元魔導士たちだ。万が一、神殿長派が新聖女や私を攻撃してくれば、彼らが身代わりとなるらしい。
本来なら凶悪犯を使う危険な術だというのに、今回は新聖女様の身辺は信奉者だけで固めるべきだと主張されてしまった。敵が生贄術や傀儡術を使いこなすのであれば、魔力封じの首輪を装着した囚人なぞ、さっさと死体にして操ろうとするに違いない。
加えて新聖女様はお身体が大変弱く、護身術も学ばれておられぬ。それ故、私までもが今回はかつてないほどの護身用魔道具を身に付けさせられた。咄嗟に盾となるような動きが出来るのやら。いささか自信がない。
祭りだというのに、城で待機となった息子のオズガーはすっかりお冠だった。私が公務を行えなくなる事態に陥れば、幼い王子の名の元に、妃が指揮を執ることとなる。そのことをまだ理解できぬのであろう。
「……聖女様?」
無言なのは緊張しているせいだろうか。大輪の花飾りの下、俯いた顔を覗きこむと、目が真っ赤だった。これ以上泣くまいと、唇を噛み締めている。
「一体何が――」
「陛下! ルルロッカ様も。ささ、こちらへ」
同じ馬車から一人で元気よく降りたアイラ姫が、強引に割りこんでくる。私の腕を引っ張りながら、手元の音消し魔道具を作動させてみせた。加えて読唇術で読み取られぬよう、口元を手で隠す。
「申し訳ございません。先ほど、例の鱗をご覧になってしまわれて……」
あれか。霊山裏で発見されたという虹竜の鱗。攻撃を受けたのでなければ、そう何枚も落ちるものではない。神殿に攫われた虹竜を家族扱いしていたのであれば、さぞ衝撃的だったであろう。
ヘスティアたちからも、『精神状態が不安定で、とかく常識が通じない』と聞いている。
昔から王族と上位貴族の後継ぎならば教わることだが、異世界の思想では自殺は厳しく禁じられているらしい。金輪際、死後の救済が得られなくなると信じこんでいるのだとか。それでも渡り人の一定数は帰られないと判ると死を選ぶ。それがどれほどの絶望なのかは、私にはとても想像がつかぬ。
その上、今回の原因は時空の歪みではない。禁忌の闇魔術で強引に連れてこられたのだ。生贄となった子どもの無残な死体も目撃しているらしい。
生まれた頃から見知っているせいか、防げなかったアイラ姫に非難めいた目を向けてしまった。罪悪感に苛まれた顔をしているから、反省はしているのであろう。
起こってしまったことは仕方がない。窓の大きな祝典行進馬車の扉が侍従長のオクストンによって開けられた。私は新聖女様の手を取り、乗車を助ける。
それを見届けた秘書官長のルーアグも、後ろの護衛馬車に乗り込む。前の護衛馬車には、侍従次長のイーンレイグが既に座っていた。
今回は古参の官吏がこちらに多く出向き、若手を城内に留め置いている。神殿で何かあれば、老いた者が精霊を欺きつづけた責任を捨て身で取り、次世代に国を任せよう。皆、そう決意しているのだ。
私も新聖女様やアイラ姫と向き合う形で座る。横には、魔導士協会のラウィーニア会長が陣取った。
四方八方から民衆に見えるよう、窓の面積が大きく取られた特製馬車とはいえ、狭い空間で女性陣ばかりというのは落ち着かない。しかも床の中央には聖獣様までいらっしゃるのだ。
引退竜騎士らが馬から降りる。代わりに元魔導士の身代わり護衛役が騎乗し、都民の歓声が上がる中、馬車がゆっくりと進みだした。
屈強な竜騎士は覇気を纏い、我々の馬車の周囲を伴走する。東門を無事通過して、城と神殿を東西に繋ぐ精霊大通りを目指していた。
老婆が低く嗄れた声で、「ルルロッカ様」と呼びかける。
「神殿長派の欺瞞をグウェンフォール様は何故、誰にも打ち明けなかったのです? 何故、単身で忍び込むなどと危険なことを? かなり前に『協力してくれた友人を死なせたせいだ』と、本当にそうおっしゃったので?」
昨夜から風の選帝公の別邸に詰めていたらしいから、そこで知らされた情報だろうか。聖獣様や精霊の眷属様たちに通訳してもらっているという新聖女様は、しばらく彼らに視線をやっていた。
「……ソウソウ」
「その『友人』が誰か、伺っておりますかな?」
闇夜を溶かしこんだような黒の瞳をひときわ大きく見開き、少女が小首を傾げる。人間ではなく、花の妖精と紹介されたほうが納得できた。
白い犬に変化した聖獣様から何か言われたようだ。手帳を取り出し、単語を書き込んでいる。そして斜め前に座る会長ではなく、正面の私に見せてきた。小柄な少女の手が届かないと思ったのか、それとも老人には読みづらいと思ったのやら――。
「ぐうぇんふぉる、イツモ、コレ」
「『春の火の月』、『水の週』、『弔い』……ええと、毎年、その時期になるとグウェンフォール様がその友人を弔って何かされていたのですか?」
新聖女様が熱心に頷いた。すると会長が嗚咽を洩らしながら、両手で顔を覆ってしまう。
「九年大戦の直後、王都外で変死体として発見された我が夫のことでございましょう。やっと平和の時代が到来したというのに、グウェンフォール様に何やらこき使われて無駄死にさせられたのだと、当時は酷く恨んでおりました。偉大なる英雄に、この婆は取り返しのつかぬことを――」
「会長、取り返しのつかぬのはこの身も同じだ」
――四代続けて偽の聖女を擁立し、精霊と民を欺いてきた。
初めて知った夜は、『ご先祖様に申し訳が立たぬ』とエドウェルディーナに縋りついて泣いた。妃も涙を流しながら、『まだ希望は残されております。新聖女様がいらっしゃいます』と私を励ましてくれた。
それでも後悔の波が絶え間なく打ち寄せ、やがて怒りをも巻き起こす。
五年前、オズガーの妹となる赤子が流れた時には神殿で葬儀を行った。小さな棺の前でしおらしく祈りを捧げてみせた偽聖女や神殿長は、子どもたちが殺される闇の儀式に参加していた。そして偽の光の柱を上げる度に、生贄として子どもの命が犠牲になったという。
復讐してやりたい。そして何より、見抜けなかった自分の愚かさが許せない。次から次に恨み節が積み重なっていく。
巨大な怒りに呑み込まれそうになるのを踏みとどまれたのは、『闇夜の烏』らがもたらす新聖女様の報告だった。
虹竜の救出だけをひたすら望み、時には監視の目をくぐり抜け、単身で神殿に赴こうとしていた。深夜、滞在先を秘密裏に脱出しようとしたのを、竜騎士らが何度か阻止している。
そもそもロザルサーレ手前で発見されたのは、虹竜の奴隷契約を解除してもらうべく、青い馬の連峰を目指していたせいらしい。
『陛下! 新聖女様は、おぞましき儀式で召喚されたというのに、泣き言一つおっしゃらず、ほんの少し前に知り合った虹竜を救おうと奔走されています。その気高きお姿を見て、四大精霊様すべてが眷属を送られたのです。
つまりこの地はまだ、精霊の皆様に完全に見捨てられてはおりませぬ』
エドウェルディーナに叱責されても、思い起こすのは年々酷くなる天災の数々。
本当にヴァーレッフェは、新聖女様を通して四大精霊様と繋がっているのだろうか。手の平ほどの小さな眷属の皆様は、新聖女様の両肩に止まっていた。
黄色い針鼠は鼻をひくつかせ、青い蜻蛉は羽を震わせ、赤い魚はヒレをなびかせ、紫の雀は顔を左右に傾ける。どれも半透明な姿で、向こうがうっすら透けて見えた。
それぞれの奏でる鈴飾りの音といい、なんと儚げであろう。
あと少しで切れてしまう細い糸を、王である私は決して手放してはならない。
「ワルイ、ハ、シンデン! シンデン、ワルイ、トテモ!」
新聖女様が両手で拳を作り、会長と私を見据える。
「ソレユエニ……イッショニ、コワス!」
にこっと無邪気に微笑まれたのだが、これはどう返せば良いのやら。
「左様ですな。ぶっ壊しましょうぞ」
会長が吹っ切れた顔で、地獄の窯の蓋が開いたような不気味な笑い声を立てた。どう見ても暴走しかけている。
「解体祭りですね!」
建築業に詳しいアイラ姫も俄然やる気だ。こちらは年中暴走しているせいで、実の父親である叔父上ですら、とうの昔に匙を投げている。
一応、神殿というのは国の貴重な文化財なのだが……いや。そうだな、穢れきった場所だ、所詮は。
本日の第一収穫祭は、別名をかぼちゃ祭りと呼ぶ。今年はどこも不作で、帝国に頭を下げて輸入させてもらった。
『民の心を鎮められよ』と神殿長にせっつかれ、『我が国の北の守りですからな』と属国扱いをしてくる帝国使節団の顔色を窺った、あの忌ま忌ましき日々。
「新聖女様のお心のままに。後始末は私が引き受けましょう」
そう決めたら心までが、この秋空のように晴れ渡っていく。
カボチャ提灯が街灯の合間を繋ぎ、馬車道と歩道の合間は彫刻を施されたカボチャが並ぶ。帝国産のせいか、どれも四大精霊様の赤・黄・青・紫の色合いは薄く、灰がかっていた。
月巻貝の吹き方や星彩琴の調べが変わる。先導の馬車が、精霊大通りに入ったのだ。
オズガーの治世では、ヴァーレッフェ特有の濃い精霊四色のかぼちゃを飾ってみせよう。
いざ、神殿へ攻め入らん!
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※地球から迷い込んでくる『渡り人』は北半球の白人系が多いため、自殺への禁忌など、アブラハムの宗教に基づく行動様式が記録に多く残っています。
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