+ 中級魔導士: 美しさは変
※中級魔導士(土)のダリアン視点です。
初めて芽芽に会った日の深夜、王都にて。
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「――どうだった、新聖女様は?」
ネヴィンの屋敷に戻ると、ネリウス兄さんが顔を合わせるなり質問してくる。
「一言でまとめると……神殿の偽聖女よりも手に負えない」
僕はポテスタスが差し出してくれた魔導士御用達の温かい栄養剤の小杯を飲み干し、皆に先ほどの会合の様子を報告した。
「もうね、すっごい変人。何アレ、常識が一切通じないんだよ!」
「ふひひ。竜に念話で命令できるってのは強みだな。解き放って神殿を踏み潰させるって?」
「ポポ……ポテタたちの職場が、もご、無くなっちゃう、の?」
一通り説明が終わると、ネヴィンがいつもの引き笑いで大受けしている。ポテタは挽き肉とカボチャ餡入りの精霊蒸かし饅頭を食べながら慌てている。その横でパトロクロスはあんぐりと口を開けたままだ。
「派手に竜を暴れさせた時点で、王都の民は竜を追い出そうとするぞ! 新年なんぞ待たずして!」
真面目なネリウス兄さんは、自分の竜が破壊行為に利用されかねない未来に悶絶した。
新米竜騎士は、騎獣契約なるものを上級魔導士を介して竜と結ぶ。なのに新聖女様はそれを無視して竜に命じることが可能だとか。これまで周囲の竜騎士たちが何度も確認しているらしい。
「まぁ、どの竜騎士も、ルルロッカ様に自分の竜がすごく懐いているって話していたから、竜側に害をなす可能性は低いのかな……。
フィオって虹竜も、自分の大事な家族だって宣言してたんだ。一刻も早く神殿に助けに行くって言うのを、こっちが頼み込んで、虹の湖で待たせてしまってて。それで機嫌が悪かったのかも」
「聖女新聞に書かれていた馬とか鳥は?」
「あれも誇張じゃなかったみたい。さっきの会合で頭に鷹の羽を飾りにして挿して現れたからね。鷹と遊んでいて、分けてもらった宝物なんだって。
馬舎は竜舎と共に、毎日顔を出しているらしいよ。犬とか虫とか、蜘蛛まで好きなんだとか」
実家で犬も猫も飼っているポテタが感激している。今もネヴィンの飼い猫を膝に抱えさせてもらっているし。
「森の使いは? 本当にいた? ふひひ」
ネヴィンは珍獣好きだ。飼ってる猫だって、帝国南西部の砂漠に生息している短毛のオッドアイ。貴族街の端に捨てられていたヤツだけど。
「うん。水の選帝公閣下の講義では、森の奥深く、集団でふぁ~っと風に流されているだけって習ったけど……初級の魔法実験でやるアレあるじゃん。あの時の興奮させた灰ネズミより、おかしなことになってた。
『森の女王』の蕾に擬態したと思ったら開花してみせたり、『森の王』の団栗になって四方八方へ転がったり、すごかった。
ガイアナ先生の仮説によると、新聖女様が精霊元素を分け与えているから、人間と一緒にいても消滅しないんじゃないかって」
「ふひひっ。聖獣様を契約獣にしていたら、そっちでも魔力を与えているはずだぞ」
つまり、とんでもない量の力を持っているってことだよね。竜騎士勢はそこら辺の不気味さが解っていなさそうなので、説明しておく。
「にしても、子どもを生贄にしただと? 偽の光の柱を上げるだけでなく、異世界の少女まで強引に召喚するとは」
小柄なトゥレンス卿が怒りに震えると、何倍にも大きく見えてしまう。
そこら辺は、新聖女様が退出してから、教えてもらった情報。四人揃い踏みした前竜騎士師団長の采配で、神殿の立体模型図を囲み、明日の段取りを話し合ったのだ。
アイラ姫は侍女の一人として、コミーナ嬢は護衛の魔導士として、新聖女様の元に残ることとなった。
僕だけ従者の服装に着替え、風の選帝公家の王都本宅へ向かう馬車の一つに紛れこんだ。御者と事前に取り決めていた貴族街の路地横で速度を落としてもらい、こっそり下車した。
「そういうことでしたら、私、明日は神殿に出勤します!」
今まで大人しく話を聞いていたフェディラが、急に顔を上げた。兄の副神殿長に妊娠がバレそうになって、今週ずっとこの屋敷に避難していたんじゃなかったのか。
「これまで、聖火鼠でもなんでもない赤栗鼠の死体を後生大事に籠に入れて、持たされていたのは上級侍女の私です。操っていたのは多分、近くにいた兄たちでしょう。
そんなことすら気づかなかったのですから、片棒を担いでいたと責められても申し開きができません」
「いや、それは妹なら身内だし、言う事を聞くとふんで――」
「今更ですが、新聖女様のおっしゃる、腹をくくりたいと思います。明日はこの子の父親の敵を取る日です」
ネリウス兄さんが思いとどまらせようとしたけど、お腹をさするフェディラの決意は固かった。
水の竜騎士オズワルドは本当は自殺じゃなくて、他殺だった。数日前に教えてもらったばかりのネリウスや僕やポテスタス、そしてパトロクロスは掛ける言葉が見つからない。
トゥレンス卿が神殿長におもねる意思表明として、自殺を偽装したんだって。確かにあの頃から、長年連れ添ったグルムラ夫人を邪険にしはじめ、ネリウス兄さんは師団長のことを僕たちに相談するようになった。
今、フェディラを唯一説得できそうなグルムラ夫人は、昨日の時点で風の師団長エイヴィーン卿の家に行ってしまった。アイラ姫から変装道具一式を借りた挙句、『神殿長側なのか、はっきりさせてくる』と書置きを残してたもんだから、こっちは大慌てだったけど。
そりゃ最終的には、あちらで夫人をそのまま保護してくれることになったし、色魔の権化みたいなエイヴィーン卿の真意も確認できたよ? でもさ、夫人もフェディラも無謀すぎるんだってば。
「まだ妊娠が完全に発覚したわけではありませんし、明日はそれどころじゃないでしょう。早めに行けば、いつも通りに栗鼠運びを押し付けてくるはずです。
たとえそれが無理でも、祭壇近くに到達すれば、火の選帝公の三女が持ち込む栗鼠の真偽を確かめられるでしょうし」
「あ、あの! でしたらポテタも! ほら、儀式の時って、雑用係が、必要、じゃないですか」
ポテスタスの顔も珍しく凛々しく、珍しく活舌が良い。多分、お腹の赤ちゃんを守らなきゃって咄嗟に思ったのだろう。こういうとこ、打算的な僕は敵わないなって痛感する。
「~~~~解ったよ、もうっ!
じゃあ朝、フェディラは僕と偶然を装って、神殿奥のメルヴィーナの部屋まで一緒に行く。そして僕は神殿長に御用聞きをして、土の塔に戻ったら、ルキヌスの名前を使ってポテタを祭壇の手伝いに捩じこむ。ちゃんと正装に着替えておけよ?」
人の説明の途中でまた食べはじめたポテスタスは、返事の代わりに猫の片手をハーイと挙げてきた。前言撤回――すこぶる心配だ。
「それで、新聖女様は『宝玉』なるものをお探しなのだな? グウェンフォール様が、神殿長派を無力化する鍵になると遺言されたのだな?」
ネリウス兄さんが確認してきたので、頷いた。
「そう。そっちのほうもポテスタスからお祖父さんに至急、連絡を入れてほしい。
祭壇の広場全体が巨大な闇魔道具となると、熟練の職人を何名か神殿内に入れないと、解体どころか魔石の探知も難しい。
子どもは仮死状態で運び込むだろうから、儀式に及ぶ瞬間までは待つけど、必ず救出する」
ふたたび猫の右手が挙がる。その横で猫の左手も挙がった。引きこもり野郎のネヴィンだ。
どうってこともない風に、ポテスタスの持参したイカの香草干しをしゃぶっている。この前の大雨の霊山みたく誰にも会わない深夜ですら、外に出るのが怖くて仕方なかったクセに。
パトロクロスまで平然と、タコの衣揚げが入った大葉包みに手を伸ばした。って、僕も食べるけどさ!
だって今夜は決戦前日。
これから、あちこち回らないといけない。
ヘスティア様の指示で、神殿から追い出された神殿関係者のうち、信頼の置ける者を王都に呼び戻している。儀式が終わるまで、僕たちにはロクに寝る時間も許されないだろう。
職人らは新聖女様のお付きの者と称して入れるから、服装も変えてもらわないといけない。アイラ姫の提案で、今夜中にここへ届く手筈にはなっている。
馬好き聖女様に合わせた馬丁独特の帽子と服に、後見役の風の選帝公家のブローチと襟巻さえしておけば、神殿入り口で咎められることはないだろう。
トゥレンス卿も立ち上がり、身なりを整えはじめた。
「搬入物の検問は魔導士側にバレないように、二重に行うのだな? であれば、儂は今から神殿へ行く。
土のガーロイドは一家総出で新聖女様側に付いたし、火のルウェレンは王族だ。風のエイヴィーン本人がいかに神殿長寄りに見せかけようと、風の選帝公が後ろ盾に名乗り出たとあっては警戒しよう。
ならば、儀式の子どもは青の門を通過させられる可能性が高い」
あの別荘には水の選帝公閣下も挨拶に来ていたけど、正式な後見人は風の選帝公閣下だ。年中無休で生き物を追いかけ回している偏屈学者だから、稀に水の選帝公として動いても一族の総意として見られないという残念っぷり。
「でしたら私が赴きます。師団長閣下は、クウィーヴィンらと水の塔で待機なさってください。新聖女様のおっしゃる『色仕掛け』が、情報収集を意味されているならば、塔地下の作戦本部を拠点とするでしょうし……」
と、ネリウス兄さんが立ち上がる。
「いや。今日の今日まで神殿長のご機嫌取りをしてきたのだ。その儂が門に詰めれば、向こうは見逃してもらえると期待するさ。本部はお前に任せたい」
「でしたら俺も門へ。前からダリアンと付き合っていると勘違いさせていますから、特にルキヌス辺りが油断するでしょう」
パトロクロスも、暗青色のマントの留め具を装着しなおした。ポテスタスが慌てて大葉に包みなおした精霊蒸かし饅頭は、ちゃっかり受け取って裏ポケットに納めている。
「あの! 皆の噂のことは、ちゃんと前師団長四人の前で訂正してきたから! 新聖女様も、恩赦を確約してくださったから!」
部屋を出て行こうとする竜騎士たちの背に向かって、僕は思わず叫んだ。
腐敗したこの世の中、綺麗事だけでは渡っていけない。神殿に留まろうとすれば、正義にもとる汚れ仕事もやらされる。だから神殿長一派を捕まえて、そっちに全部の罪をなすりつけ、僕たちは無罪放免なんて思っちゃいない。
それでも……。
深い雪の下で咲く幻の花、光緑果を守る伝説の鼠が、この想いを四大精霊に届けてくれるのであれば。
守護月に召されるときには伝統に則り、冥銅貨を恵んでもらえるのであれば。
僕らは、ドブの中で必死に足掻いてみせる。
たとえ神殿に入る資格が明日で失効しようとも。
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