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81.目が光る


****************




 毎日恒例となった光の柱上げ。新年の神殿じゃないと無理なんて言わせない。


 地面は草の生えている原っぱから畑から街道から、時間も朝昼晩、いろんな精霊の刻に、立つ位置や近くにいる人も変更していく。よん豆やカチューシャに敢えて離れてもらうこともあった。


 断続的に雨模様の今日は、一階と二階をつなぐ大階段の真ん中で披露した。


 風の流れと(ちょう)を模した螺鈿(らでん)細工がキラキラ反射する、踊り場から見下ろす。濃淡の紫大理石をモザイク状に敷き詰めた吹き抜けの大広間は、(ひざまず)く人々で埋まっていた。

 お世話になっている使用人の皆さんにも、大勢見ていただけたみたいで何より。


「ルルロッカ様~!」


 誰だろう。人間に擬態している何かが、下から手を振っている。不気味では全然ないのだけど、両目がぼんわり優しく紫色に光っていた。

 シュナウザー犬水色(ひげ)のイーンレイグさんや、ダリ風赤(ひげ)のファンバーさんのように、高級そうなジュストコールを羽織っているから……王宮関係かな。


 つるぴかな頭部と反比例するかのように、口と顎と(ほお)からは薄紫色のふさふさ綿飴(わたあめ)が福々と胸まで垂れている。お腹がポッコリ出ていて、「ホゥホゥホゥ」てサンタ笑いが似合いそうなご老人。


 その横で遅れて頭を上げ、こちらを見つめる線の細そうな中年男性も、目がぽわわんと光っていた。こちらは青い光を宿している。服もやっぱり高級そうな総刺繍(ししゅう)のジュストコール。

 ただし顔色が異様に悪い。白肌が多少青みがかっていても、ここまで死人(キョンシー)っぽいのは初めて見た。


「――私の伯父である風の選帝公と、その隣は水の選帝公です」


 背後に控えていた竜騎士の中から、紫マントのディルムッドが私に近づき、紹介してくれた。


「四大精霊全ての眷属(けんぞく)が顕現されたので、本来ならば火の選帝公と土の選帝公も早急に挨拶に来るべきなのですが」


 苦虫を()み潰したような顔。どうやら不敬だと憤っているらしい。お偉いさんなんて、来られても面倒なだけなんだけどな。


 使用人の皆さんが左右に道を開ける中、貴族社会の頂点に立つという選帝公の二人が階段を上がってくる。


 額には、複雑なビーズ刺繍(ししゅう)を散りばめた太めのヘッドバンドをしており、人間の第三の目があると言われる額中央には、大きな卵型の宝石が()まっていた。


 サンタさんは濃いアメジストで、キョンシーさんは濃いサファイア……と思ったけど、インクルージョンの入り方が星みたい。

 六条のスター効果のあるアメジストなんてあったっけ。どえりゃー紫なルビーなのかな? こっちの世界にしかない石なのかな?


「聖なる極光(オーロラ)よ、精霊と共にヴァーレッフェを(あまね)く照らし給え。

 ……聖獣様まで弊家にお迎えできるとは、まこと光栄の極み」


 そっか。風の選帝公なら、ここはサンタさんの別荘ってことか。旅用の簡易ドレスをちょこんと摘まんで、ご挨拶する。


 ブラウスやポケット、袖の折り返しにボタン飾りと、オルラさんが精霊四色をできるだけ均等に配分していた。普通は一色だけを自分の基調にしているから、私がどれかを贔屓(ひいき)していると曲解されるのはマズイんだって。


「無事の御到着、なによりでございます。風の選定公家、当主を務めております」


 私の数歩前、先ほどよりもずっと至近距離でヘッドバンドのサンタ老人が福々と笑う。改めて観察すると、額の大きな星入り紫石よりも、やっぱり本物の両目の方が不思議。こちらも濃い紫の色をして……。


≪カチューシャ、この人の目の奥、なんで光ってるの? これって照明の当たり具合?≫


 困惑していると、もふもふ犬の後頭部に視界が占領されてしまう。カチューシャが階段の手すりへ器用に上がり、私と同じ高さから選定公を眺めだしたのだ。


≪芽芽、あんたまだ回復してなかったのね≫


 え、何が?


≪ちゃんと肉体の目で見なさい! 光ってなんかないわよ≫


 ――いやでも。二人の目だけ、本当に光ってるんだってば。

 反論しようとしたら、着地ついでに両前脚を私の足の上に落とした! ぬおっ、何その反則攻撃!


「ルルロッカ様!? 大丈夫ですかっ」


 シャイラさんとディルムッドが二人(そろ)って()いてきた。周囲の人々も蒼白(そうはく)になっている。


「ダ……ダイジョブ」


 涙目になりながらも、へろっと笑って誤魔化す。精霊よん玉が肩や頭に留まって、口々に慰めてくれる。

 う゛~っ、凶暴犬め。どんなにSな愛情表現だって受け止めてやるんだから、見てなさい。


 私は床にしゃがみ込むと、白い犬をがしっと抱え込んだ。こいつめ、こいつめ。


≪離しなさいっ、牙娘!≫


≪やだもん、ぐりぐりしてやるっ≫


 てえええいっ、もふらせろっ。白い毛並みに顔を埋めると、首元に頭をぐりぐり押し付け、ぎゅむーっと抱きしめた。


≪それより目よ! まだ光ってるのっ?≫


 えー、なんのこと。ああ、サンタさんたちか。もふり心地の良さに、世界の全てを忘却していたわ。


≪あれ、そこまで光ってない、かな? さっきほどは……発色してない≫


 だんだん普通の人間の目に見えてきた。


≪あの老人の肉体の目は焦げ茶色だよ≫


 しゃんしゃんしゃん、と鈴を鳴らしながらカチューシャの頭の上に着地した、タウが教えてくれた。


≪でも、肉体の中に入っている微細な身体の方は、紫色の目≫


 微細な身体……幽体ってことかな。


≪四公家の当主はね、代を継ぐ儀式でそれぞれ守護月の光を目に取り込むの。それをもって精霊の加護を受けた人間代表のしるしとするのよ≫


 ナイアもカチューシャの上にやって来て、解説してくれる。


≪地が黄色、水が青色、火が赤色で、風が紫色?≫


≪そう。昔は肉体の目も誰もが判るくらいはっきり変化しとったんやけど……今じゃ、中の微細な目が変わるかどうかも怪しゅうて≫


 私の足元に来たビーが悲しそうに()め息をついた。


≪でもこの二人はちゃんと加護を受け続けているね。選帝公家を守護する精霊に、恥じない生き方をしているってことだよ≫


 まだ天井で赤い尾ひれとリボンをひらひらさせているアルンが、自分のことのように胸を張った。きっと同じ精霊としては誇らしいのだろう。


≪守護精霊って実体があるの?≫


 どんな子だろう、会いたい! 辺りをキョロキョロ見渡す。


≪じゃなくて、四大精霊が古代、四つの月に遺した恩寵(おんちょう)が、月を映す水鏡のように瞳に宿るんだ。色の濃淡が変わったり(きらめ)くのはそのせいさ≫


 なんと(みやび)やかな仕組み! 感心していると、ご機嫌斜めなカチューシャが、ぶるっと頭を振って紫シマナガエと青蜻蛉(トンボ)を追い払ってしまう。


≪今時、そんなのが見えるのは特殊な『精霊眼』を備えた者だけよ。高等過ぎて廃れた古代のムダな魔術の一種!

 牙娘が駆使できるレベルじゃないから、やっぱり魔力がまだ暴走しているわね≫


 だからしっかり休息しろと言ったのに、とお説教が始まった。

 うー。すみません。でも食事は頑張って沢山摂ったよ。ヨガも瞑想(めいそう)もしたよ。


≪じゃなくて、寝台で休みなさい≫


 顔をぐいっと近づけて、めちゃんこすごまれた。サモエド・スマイルはどこいったよ、あんなに可愛……いえ……ハイ……ごもっともでございます、お(ねえ)様。


 肉球パンチの気配を察して、早めに謝っておく。ふう。メンチ切られるだけで無罪放免となったようだ。


「あのルルロッカ様……」


 サンタさんが苦笑しながら、すぐ隣で片膝を突いた。カチューシャにくっついたままの私と同じ目線に合わせ、おずおずと話し出す。ディルムッドに引き続き、さっきからタウが通訳中。


 毎週平日四日目の風の日生まれと、第四週目の祝日の風の満月生まれ。つまり風の加護を受けた人は、タウが担当なのだ。

 ビーが土で、ナイアが水で、アルンが火の加護。

 四大精霊のどれでもない、というか、どれでもある聖女の日生まれの人は、カチューシャが訳すということで落ち着いたようだ。


「新聖女様は精霊の眷属(けんぞく)様方や聖獣様とずいぶん仲睦まじいのですな」


 そうかな、普通じゃない? 家族で友だちだもん。


「私は初めて拝見致しました。神殿の火の聖女様は侍女に精霊の眷属(けんぞく)を運ばせるのが常でございますし、魔導士の契約獣に至っては拘束したまま一定の距離を保ちます故」


 ゾンビ栗鼠(りす)は仕方ないとして、契約獣まで奴隷扱いとは酷いね。(じじ)様クラスでも生前はまともに念話で意思疏通(そつう)できなかったみたいだし、力で押さえつけるしかないと思い込んでるのかも。


「私が幼少の頃お会いした五代前の聖女様は、ご自分の精霊の眷属(けんぞく)をよく膝に載せては可愛がっていらしたと伺っております。(もっと)も現在のように(しま)入りの聖火鼠(クツルル)ではなく、一風変わった聖水蛙(スハルル)だったそうですが」


 新聞で見たよ! イボイボのヒキ(ガエル)ちゃん! コキュコキュ鳴く可愛い子だ!


「――小さな青緑色の(カエル)ではございませんぞ?」


 茶色だから……この階段手すりの格子の色!


「そうです、茶色で大きく、あまり美しい容姿では……でもお好きでいらっしゃるのですな」


 こくこくこく。

 熱心に(うなず)いたら、さらに苦笑されてしまった。隣でカチューシャが糸目になってきている。でも両生類もぬるぬるが魅力的だと思うんだけどなぁ。


「伯父上、ルルロッカ様は竜とも大変仲が良いのですよ」


 ディルムドが自慢げに報告する。


「あの気難しいダールが、それはもう懐いておりまして」


 うん。そもそも大変気さくなお兄さん竜だからね。気難しくない。


「~~~~素晴らしい! もっとお傍近くで拝見しても!?」


 会話にいきなり割り込みだしたキョンシーさんの鼻息が荒い。さっきまで直立不動で無言だったのは、感動に打ち震えていたからだったようだ。


「えっとですね、水の選帝公閣下は、無類の生き物好きでして……王都の各校で魔獣()()()教えておられる、()()()()()()教授です」


 ディルムッドが必死にフォローしてる。衣食住そっちのけで徹夜で本を読んだり、研究対象が現れると猪突(ちょとつ)猛進していくタイプだな。精霊学オタクのガイアナさんと話が合いそうだ。


 だってホラ、目が血走ってるし、はーはー興奮して気持ち悪い。

 精霊よん玉が私の首元に、『森の使い』のよん豆が袖の中に隠れた。しかも今回は、カチューシャまで私を盾にしようとしてるぞ。


 選帝公ってことなら、機嫌は損ねないほうがいいのだろうけど……私が阻止するべきだろうか。迷っていると、人の波を()き分けて、大階段を上ってくる人物がいた。


「あのー、すんません! 緊急事態っす!」


 西角目鳥(パフィン)を頭に載せた聖女新聞のレイモンドさんだ。温厚そうなサンタさんが、目の中の光を炎のように(たぎ)らせ、不自然なくらいに満面の笑顔で迎える。


「いつぞやの()()潜入記者君じゃないか。どうしたのかね?」


「おっと、これは閣下。えっと、御前を失敬。うちの51が本社から持ってきた情報っす。先ほどから、王都新聞の号外が出回っているらしくって……」


 茶色の地味モヤシ人が、話しながらものすごーく決まり悪そうに視線を逸らした。51君にまで、啄木鳥(きつつき)のごとく髪の毛を連続的につつかれている。


 いつも周囲に溶け込んでしまう地味の権化みたいな記者さんは、数年前に四つある選定公爵家の全てにニセ使用人として潜り込んで、暴露記事を連発したらしい。この別邸でも、正規の使用人の皆さんから現在進行形で疫病神扱いされてて、レイモンド氏を呼びつけた当の私まで忠告された。


「あのっすね、火の選定公の三女が、新たな赤の聖女として名乗りを上げました。聖火鼠(クツルル)が現れたとかなんとか」


 ……うん、確かに悪いニュースを拾ってくる才能はあるのかも。だけど情報戦だと思えば、これも貴重なカード。


 二階を見上げると、四方の隅には旧師団長さんが一人ずつ。青の美お婆(タレイア)さんも今日、ターシュに乗ってやってきて、四人が(そろ)ったのだ。


 私は護衛役の竜騎士たちを手招きすると、カチューシャに教えてもらった単語を手帳に書いてみせる。


「ゴハン、ソシテ、コレ」


「承知致しました。皆にも申し伝えます」


 土の竜騎士(シャイラさん)が、壁際に控えていた引退竜騎士の一人を私の傍へ呼ぶ。それと入れ替わるように、紫の竜騎士(ディルムッド)がレイモンド氏を引っ張りながら一階へ降りていった。







****************



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