79.異種間交流する (28日目)
※芽芽視点に戻ります。
≪お主が聖女だな!≫
夕方、新たに滞在する領主館手前で馬車から降り、竜舎へ入る竜たちを見送った直後だった。いきなり上空から念話が投げかけられて、どでかい物体が急降下。
シャイラさんが咄嗟に身を挺して庇おうとしてくれているが、脳裏に響いた騎竜の声は落ち着いていた。これなら問題なく避けてくれると思う。
「御前ですよ、正気ですか!」
私の後ろに控えていたディルムッドも真剣に怒っているから、危険な着地方法だったのかもしれない。
目の前にどーんと濃い紫の竜が降り立ち、粉塵が派手に上がる。全身の鱗から『やってやったぜ』感があふれていた。
「ふぉっふぉっふぉっ! こりゃ失敬!」
その上から背高のっぽの老人が登場した。紫マントなので紫小雀のタウが、ディルムッドの発言から引き続き脳内通訳してくれる。
干からびた樹木族のような縦長の顔と体型だけど、防護服の下はきっとマッチョ。だって自分の愛竜から、ひとっ跳びに着地してみせたのだもの。
「前第四師団長フェルムッド、只今参上仕った!」
右手を軽く心臓の位置にあて、左腕を背中側に回し、優雅なお辞儀をしてくださる。
「リュウ、ナマエ?」
「ほうほう。早速、竜からですか。まっこと宜しいですな! 我が相棒の名はフェルンですぞ。ちなみに私めは、『疾風の死神』とも呼ばれております」
地球だと改造したバイクで高速道路を驀進させてそうな、ちょい悪イケジジ樹木族が胸を張った。
にしてもこの国では、師団長になると物騒な仇名をもらえるというシステムなんだろうか。他の三人の印象から、残りの一人も変人街道を極めていそうだと思ってたので驚きはない。
≪飛ぶのが得意なのですか?≫
≪おうよ。まだまだ若い連中には負ける気がちぃともしねぇな≫
自慢げなフェルンの鼻先を撫で撫でさせてもらう。竜舎の中の後輩たちが歯の隙間からシューシューと音を出して控えめに一斉抗議していたが、実際に気流の読みにかけてはダントツなんだって。
フェルンを奥の竜房に入れるのをお手伝いさせてもらいながら、竜の皆から今日も竜話を聞かせてもらう。良い一日だ。
「ここの領主とは古い飲み友達でしてな。ルルロッカ様が喜ばれること必須の場所へお連れしましょう」
フェルムッドさんがそう言って、家畜小屋のほうへ案内してくれた。
ここ数日は、にぎやかな街の中央の領主館に泊まったのだけど、今日はルキアノス領地伯のお屋敷みたいに、街から少し離れたところに独立して建つ領主館。もちろん周辺の牧草地帯と共に、魔獣除けの高い壁で囲ってある。
大勢の見物客が押し寄せているせいで、一日中ずっと馬車の中だったのだ。歩いて鍛えるチャンスは貴重。
人家もまばらな丘を下ると、シャイラさんとオルラさんのご実家を彷彿とさせる光景が広がった。
放し飼いの尾長鶏が、松の木にずらりと乗っかっている。アヒルが牛と共に牧草を食んで、マガモが岸辺で休んで、溜め池の中には白鳥もいる。
ただし、どの子もビミョーに精霊四色のどれかで、真っ白な羽の持ち主はいない。塗料で着色しているわけではなく、魔術も採り入れた長年の交配の賜物なのだ。
「匂いは平気ですかな?」
「ダイジョブ!」
全然オッケー牧場です。なのでそちらの兎さんを触らせてください。手がさっきからワキワキしておりますのワタクシ。
人に慣れていそうな子を探して周囲を見渡すと、竜舎では見かけなかった新顔のおじさんがいた。栄養が全て脳みそに吸収されたモヤシ体形。しきりに手帳へ書き込んでいる。そして鰐より何より肩に乗せた西角目鳥がね。
「カワイイ! ナニ?」
太短い嘴が精霊四色ストライプなだけで、あとは地球と一緒かな。困ったような目元が愛くるしい。羽はお顔と胸からお腹にかけて真っ白なくせに、他は真っ黒。体型もパンダみたいなぽってりさん。
ちょこちょこと微妙に角度を変えるパフィンの頭の動きを真似したら、かくれんぼが得意な聖女新聞の茶色記者も柵の陰に発見できた。同じ種類の鳥を頭に乗っけている。何故だ、君たちは波乗り専門だろう。
「えっと……聖女新聞のレイモンドは御存知ですよね。王都新聞は穀倉街道に入ってから、帝都新聞は昨日から記者が同行しております」
訊きたいのは地味モヤシ人のことじゃない。あの鳥がいたら絶対に目に付いたはず。察しの良いディルムッドが珍しく外してきたので、カチューシャに質問してみるか。
≪この国では、聖女の前に鳥や愛玩動物を持ってくるのは控えるものなの。神殿魔導士が不敬だって煩いから≫
ただのゾンビ栗鼠対策なだけじゃん。あとは神殿内に埋めた死体の堀っかえし防止かな。
≪鷹好きだって記事も出たことだし、牙娘の場合は普段通り、記者鳥込みの取材形式で大丈夫だと思われたんじゃない?≫
あー、あの生き物シリーズね。なぜだか私の記事は、そういうのが多い。もっとこう、魔導士をビビらせる魔女っ娘系の話を特集して欲しいのに。
『記者鳥』は、記者個人が取材先から最寄りの新聞支社へと情報を送るときに使うんだって。お仕事が終わったら、すぐさま記者の元へ戻ってくる。
≪でもどうやって? 取材場所って定まってないのに?≫
最寄り街の『鳥塔』や記者の現在地が判るよう、『地図石』と言われる特殊な魔石を足元に装着しているおかげらしい。記者の側も、魔石板手帳とセットになった『鳥指輪』を嵌めているんだそう。
目を凝らすと、どの記者もスクールリングみたいな太い指輪をしていた。
「トリ……ナマエ?」
「ただ単に『記者鳥』ですよ。騎竜のような魔術契約をしないので、個体ごとの登録名は特に存在しません。メメ様のお国では違うのですか?」
そういや騎士や警備隊が飛ばす『軍鷹』も、個体名ではなく番号呼びだった。地球だと囚人を連想するけど、お世話している人たちは、愛情たっぷりに「11番君」とか「75号ちゃん」とか話しかけていたから、文化の違いだな。
少なくとも現代の地球では情報伝達に鳥を常用しない。愛好家が伝書鳩レースを楽しむ程度だ。片言と手帳に書き加えた単語で説明すると竜騎士皆にどえりゃー驚かれてしまった。
「それは不便ですね。この国では伝言雀も飛ばしますし、書記鳥も使います。新聞社には新聞鳥もいます」
なんだそれ可愛い。ディルムッド、全部丸っとリピートしたまえ。
『伝言雀』は、精霊四色のどれかの色をした雀さん。タウよりは二回り以上大きくて、全身一色だし、もっと濃い色。一般人が手紙を送る際に使うそう。
官公庁専用の『書記鳥』は、蛇食鷲のことかと思いきや、鳩の一種だった。頭に冠羽を生やしているのなら、扇鳩だろうか。精霊四色の混ざった羽色らしいけど。
『新聞鳥』は『軍鷹』よりも大型で、決まった航路だが長距離の高速移動をする。手帳に描いてもらった嘴の形だと、ペリカンっぽい。中央の本社から全国の支社へと新聞情報を届け、『記者鳥』が各支社に預けた記事情報を本社に持って帰るんだって。
そんなに鳥が沢山利用されているのなら、街中や道端にも降りてきてくれれば良いものを。そうカチューシャに愚痴ったら、≪普通は道草なんてしないわ。鳥塔の中で休んでいるか、目的地まで一直線に飛んでいるものよ≫と返された。
「グンダカ……キシャドリ……シンブンドリ……デンゴンスズメ……ショキドリ」
薄桃色の垂れ耳兎さんを抱っこさせてもらいながら、お仕事鳥シリーズで語学学習だ。おじいさん竜騎士たちが肩を震わせているが気にするもんか。
「鳥や兎も宜しいですが、ここには犬も沢山おりますよ?」
おおう。是非ともお見せくだされ。フェルムッドさんの後について、特大の犬舎にも入れてもらった。
――ふぉおおおおおお~! 長毛長鼻のボルゾイ犬が、室内砂場を走り回るというパラダイスが目の前に。
「ここの領主一族は軍犬の繁殖と訓練に長けておりましてな」
「カワイイ!」
「おや、ルルロッカ様に興味津々ですぞ。是非とも撫でてやってくだされ」
最初は恐る恐る手を伸ばす。尻尾をマックスに振って歓迎してくれているし、ちゃんと躾されていて、噛んだりはしなさそう。競い合うようにお腹を見せてアピってくるので、ドッグランに入らせてもらってからは思いっきしモフることにした。
≪カチューシャ、これよこれ! ちょっとは犬の習性を見習おう!≫
ツンデレ星出身のボス魔王猫め。尻尾は鞭じゃないし、肉球は下僕を踏みつけるピンヒールではない。
≪野生と矜持が欠けてるわ。まとめて血祭りにしてやろうかしら≫
≪皆がおびえるでしょ。お行儀よくしないと、全身モフり地獄行きにするよ≫
天邪鬼な白犬が、ふんとそっぽを向いた。本当はマッサージされるの、好きなクセに。今日は他の子たちにも、私のテクニシャンぶりを披露してしんぜよう。
クリーム色の毛が、薄っすら精霊四色のどれかの色味がかっているのは、野菜と同じく交配の際に魔術も使うから。犬舎にいた獣医さんに手帳の文字で確かめると、遺伝性疾患は特にない長寿種とのことで安心した。
しばらくすると、記者鳥がどんどん外へと羽ばたいていく。あの子たちも、地球の似た鳥種とは習性がだいぶ異なるらしい。何世代にも渡り、人間に懐きやすい、情報伝達に優れた個体を育成してきたのだ。
手を振って見送っていたら、無口なシャイラさんが「はぁ」と大きな溜め息をつく。
「ダイジョブ?」
「……明日の新聞の見出しが浮かんだだけですので、お気になさらず」
どういうことだ。問い詰めようと思ったけど、ワンコたちがモフモフの催促をしてくる。嗚呼、へそ天ドミノは天国なり。
もう今日の宿泊場所、ここじゃ駄目かな。半分以上、本気でお願いしたら、現役のディルムッドとシャイラさんが頭を抱え、引退竜騎士さんたちが挙って味方になってくれた。
「犬の毛まみれでは晩餐会に出られません!」
皆を呼びに来たクウィーヴィンが、おじいさんたちのブーイングを物ともせずに怖い顔を作って却下する。
「ルルロッカ様、あからさまに嫌そうなお顔をなさらないでください。そして先輩方は無責任に煽らないでいただきたい。これでも出席者は最小限に抑えてもらっているのですから!」
知ってる、同席するのを領主一家だけに絞ってくれてるのは。でも召使いや竜騎士がずらりと居並ぶ衆人環視の中って、食べた気がしないんだもの。何度も毒見された料理は半分くらいに減って、冷えきっているし。
テーブルに並ぶカトラリーも、トゥーハルさんお手製の木彫りとは違い、一つ一つがずしりと重たい。必ず精霊四色のどれかの色をしているし、念話を通らなかったから、こちら独特の鉱物と魔術を用いた合金のようだ。
わんわんパラダイスでぎりぎりまで粘ったら、ディルムッドにお姫様抱っこされてしまう。こういう時こそ乗馬だと思う。少し前に乗せてもらった口髭つき長毛種っぽい老馬さんとか。番号もちゃんと覚えてるよ。
「33バンどん!」
「あの馬を連れてくる時間はございません。私で我慢してください」
こっちがへむっとアヒル唇で抗議するのを無視して走りだす。お年を召した竜騎士たちも余裕で坂を駆け上がってくる。もはや人間まで魔改造していると聞いても驚かないぞ。
≪家畜の交配と同じなわけないでしょ。竜騎士は体内の魔素を肉体に直接纏わせるのが得意なの!≫
カチューシャのツッコミで思い出した。懐かしいな。爺様が霊山の崖下りで提案したアレか。
≪魔導士のは魔素を魔杖で一旦外に出してからの肉体強化魔法陣! 竜騎士の覇気とは全然違うわ≫
……異文化って難しい。
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