◇ 護衛竜騎士: カワイイが渋滞して制御できないのですが
※引きつづき、土(黄)の竜騎士シャイラ視点です。
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毎日一度、新聖女様が光の柱を上げていく。それは大変ありがたいのだが、何故か場所と時間を毎回変更される。初日は早朝、馬車の屋根の上。昨日は夕刻、宿泊予定の街の正門。今日は昼の休憩中、街道から外れた野原だった。
そのせいで、近隣の人々が次はいつかと待ち構え、集まったまま離れようとしない。来週はかぼちゃ祭りでまとまった休暇を取っていた人も多いのだろう。近くの大きな街で楽しむつもりが、行く先を王都に変更した者も増えていると伝え聞く。
「聖女様はロクに見えないってのに、すごい人だかりですねー」
横のスレインが馬上で呑気そうに胡坐をかき、口笛を吹いている。
数少ない女性の竜騎士として一時的に身辺警護を担当させたのだが、確実に人選を間違えた。メメ様は男の竜騎士が寝所に立ち入ろうが文句ひとつ言わないし、赤髪の戦闘狂はそろそろ夜間の外回り警備へ戻すべきか。
この血生臭い後輩も含め、竜騎士というのは国の中で最も花形職業だ。竜と契約できるのは毎年ほんの数人だから、平民や移民出身でも一代限りの貴族扱いになる。制服のまま街に出れば、私にすら女性陣から歓声が上がる。文武両道の代名詞みたいなもんだから、子どもたちも憧れの眼差しで見上げてくる。
今もそうだ。外宿に泊まる竜や竜騎士と別れ、街中の目抜き通りを軍馬に乗って行進していると、皆がうれしそうに手を振ってくれる。
そして宿泊先となる領主館では、自慢の美しい馬がずらりと勢ぞろいして待機していた。メメ様が跳び上がらんばかりに喜ばれる。
「普通なら竜騎士に向ける声だよな、あれ」
「普通の娘さんは馬や竜に上機嫌で突撃したりしませんから。しかも撫でくりまわす目的でなんて」
後輩のディルムッドが少し恨めしそうな顔で肩を落とし、クウィーヴィンが呆れている。
正直、今をときめく若手騎士二人が揃って素通りされるのは……口には出さないが小気味好い。
神殿では、メルヴィーナ様が四六時中ディルムッドを猫なで声で追いかけ回し、取り巻きのお嬢様方が暇さえあればクウィーヴィンに媚びを売り……互いの嫌味や牽制で一触即発の最悪な職場だった。
「ルルロッカ様! 鳥はお嫌いですかな?」
前第三師団長のアルトゥール卿閣下が、腕に立派な鳥を乗せてやってくる。昨日の昼、予測不可能なタレイア卿閣下が御夫君の所領にやっと戻られ安堵したというのに!
軍や警備隊が通信用に使う軍鷹だ。一般人向けの手紙を運ぶ鳥よりも賢い種の、そのまた賢い個体を選りすぐってはいるが、体もひときわ大きい。
数代前から、どの聖女様も生き物を『不浄だ』と毛嫌いする。今では神殿周りの鳥塔が全て『仮移転』と称して撤廃させられてしまった。鷹匠たちが不便さを訴えているが、王都ではいまだに狭く辺鄙な簡易の塔に押しこめてしまっている。
メルヴィーナ様の目に入ろうものなら、「斬り落とせ」と金切り声を上げられるだろう。しかも厄介なことに、それを許可する法律まで魔導士協会が作ってしまった。
「いけません、鳥を御前で披露するのは――」
鳥籠の中の小鳥ならまだしも、目つきの鋭い猛禽類なぞ言い訳が立たない。馬に夢中になっていたメメ様が振り向こうとしたので、間に入って視界を遮ろうとした。だがアルトゥール卿閣下もすかさず横にズレるではないか。
メメ様が途端に大きな瞳をさらに大きく見開いて――ん? 顔をほころばせた。
「カワイイ!」
「でしょうでしょう。ルルロッカ様ならお気に召すと思いましたとも」
『九年大戦の魔熊大佐』と呼ばれたアルトゥール卿閣下は、大柄の私でも見上げるほど背が高く、筋骨隆々。なのにルキアノス領地伯のお屋敷で初お目見えした際、メメ様が恐れる様子はなかった。
あの巨大熊が恐くないのかと他の引退竜騎士連中が確認すると、しばらく逡巡したメメ様は「カワ、イイ?」と小首を傾げてみせる。
皆が詰め寄り、可愛いの定義を確認したら、メメ様は熊好きが高じて熊の人形を連れ歩いていたという驚愕の事実が発覚した。グウェンフォール様が憑依したという人形は、『南の太った謎の魔獣』と報告を受けていたのだが……。
普段、目の前に登場するだけで子どもに泣いて逃げられ、女性に卒倒されるアルトゥール卿閣下は、至極ご満悦。それ以来、何かと理由をつけてはメメ様の御前に出没する。
「向こうに何羽か集まっております故、餌をあげてみますか?」
ワクワク顔のメメ様が勢いよく首肯した。
屋敷の裏庭で隠れるように鷹たちの世話をしていた鷹匠が当然ながら慌てふためき、アルトゥール卿閣下が取りなす。その間、メメ様は大人しくしゃがみこみ、地面を闊歩する鷹を間近でご覧になっていた。
はれて餌を手ずから与えた後は、落ちていた羽も記念にもらい、それはそれは嬉しそうだ。
『聖女様は無類の鳥好き』
この様子も、翌日の新聞に華々しく掲載された。
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「シャイラ護衛隊長~! おはようございまッス!」
翌朝、宿の一階広間に出ると、どこからともなく現れたのは聖女新聞の編集主幹だ。表向き、私は休暇中だし、そもそも護衛隊隊長の任は解かれたと説明したのだが、くたびれた茶色の外套をまとう糸目の中年男は今日もこう呼んでくる。
注意しようと思うが、地味を極めた胡散臭そうな記者はすぐに周囲に溶け込んでしまうのだ。
メメ様が訪れる先々で、光の柱を上げていることをつぶさに報じてくれるのはありがたい。当初は静観を決めこんでいた王都新聞までもが、同行取材するようになった。
とはいえ、『関係者の話』として出てくる目撃談は、メメ様が如何に竜好きかを熱く語る内容が多い。情報漏洩しているのは、明らかに竜騎士だろう。しかも神殿から煩く規律違反を問われない(だろうと本人たちは高を括っている)引退勢に相違あるまい。
「ルルロッカ様の馬車を曳く馬なんですけどね、今日は鬣を三つ編みにしておりまして、最後の一つをお手ずから結んでいただけると……」
「ルルロッカ様、先導の竜なんですけど、こういう飾りを鞍に付けてみようかと思いまして、こちらの造花も一緒に挿してやっていただけると……」
またもや老人たちが暴走している。竜騎士といえば国を代表する生え抜きだ。国家行事にも前列で参加させられる規律正しい集団のはずなのに、引退すると何故ああも自由奔放になるのか。
「ガッテンショチ!」
メメ様は馬や竜のところに連れていってもらえるかぎり、何のご不満もないらしい。ニコニコと頷いていた。ちなみに、あの下町言葉は誰が教えたのだろう。王都に到達する前に訂正せねば――。
「ルルロッカ様、珍しい生き物を見つけましたよ!」
外の広葉樹から跳び下りた前第一師団長のトゥルリオラ卿閣下が、窓から乱入してきた。カブトムシのような虫を大葉の隙間から出してみせる。
窓の外を確認すると、巨木の幹周りには精霊四色の糸飾り。どう見ても領主屋敷の守護樹だ。
眩暈がしてきた。
「蜘蛛もお好きだと伺ったのですがね、触っても安全そうなのが見当たらなかったものですから、こちらを」
――いや、それはディルムッドの奴が『森で魔蜘蛛を楽しそうに観察していた』と報告していただけで。何故、虫を献上するという発想に至るのですか。
メメ様が甲虫をためらうことなく指でそっと持ち上げられるものだから、周囲の老騎士たちがやんやと褒めちぎる。
「それからこちらは樹洞に巣食っていた四十四年魔蝉なんですけれどね、幼虫ですから大丈夫です」
硬い甲虫を手の平に乗せ、角度を変えては眺めていたメメ様に、今度は二回りは確実に巨大な白い物体を見せた。駆除対象の危険生物は流石にマズイだろうと駆けつけたのだが……いっそう笑顔になられた何故だ。
「カワイイ」
「ええ、よく解ります。食べたくなりますねぇ」
『狂気の竜騎士姫』と恐れられた数々の伝説の持ち主は、新聖女様を虫話が出来る貴重な相手として認定してしまったらしい。したり顔で頷いている悪食の先輩は放っておくとして、メメ様の言語体系も意味不明である。
『聖女様は無類の虫好き』
この様子も、翌日の新聞に華々しく掲載された。
引退勢がこんな裏工作をせっせとしているのは、神殿で私たち現役が苦労しているのを改善してやりたいからだろう。
迷い込んだ生き物の大小や数にかかわらず、竜騎士は通常の業務を差し置いて排除に駆けずり回らされる。近辺の鳥塔や騎舎は次々に解体されていく。窓辺に飾る小さな植木鉢一つ、持ち込むことが許されない。乾ききった息の詰まる職場なのだ。
「カワイイ!」
メメ様は今日もそう宣言される。竜にも馬にも鳥にも虫にも。そして生きとし生ける全てのものへ。
あれはある意味、祝詞なのかもしれない。
オルラがおどけてメメ様に尋ねたところ、私まで『カワイイ』を頂戴してしまった。そんなことは言われたことがないから世辞だと思うのだが……『凛とした大輪の花』のようだと、改めて手帳に書いてくださったのは忘れられない。
『カワイイ』の多義化について問い正すことができないのは、きっとそのせいだ。
旅が始まってから毎日、髪の短いメメ様はそれこそ頭に雅やかな大輪の花を四つ、飾られるようになった。『森の女王』から直接もらったという希少な花に、オルラが保存術を施したものだ。
花の精のような聖女様がかける祝福の魔法。
祈らずにはいられない。殺伐とした神殿にも遍く降り注ぎ給えと。
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