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73.化けの皮を剥がす

「メメ様?」


 オルラさんが心配してくれるので、大丈夫だよと微笑んだ。重ねた契約書を分けて、一枚をヘスティアさんに渡す。

 お互い、中身の情報だけを腕輪の中へ吸収させた。すると何も書かれていない魔紙だけが残る。図書館の転写とは逆の手順だ。


 私が使ったのは爺様の黒い腕輪。結界用の魔石と同じ色だから、そういう役割かと思ってたら、契約書類入れだった。他の人から()き集めた署名情報もここに入っている。


「さて、国の言質(げんち)も取ったことだし、詳しく教えていただきましょうか」


 暗黒街のウェイロンさんが、椅子をこっちに向けた。お洒落(しゃれ)ダリ(ひげ)のファンバーさんが「陛下にご無礼であるぞ」と(たしな)めているが、あれから私は何を質問されても笑顔で(かわ)して、丸一日まったりしていたからね。

 なんならもっと待たないといけないかと思ったのに、竜を王宮までかっ飛ばすという荒業でヘスティアさんとディルムッドとクウィーヴィンの若手細マッチョ三人組(トリオ)が往復してきた。


 ~~~私の汗と涙の全行程を半日で済ませやがったのだ、理不尽だっ!


「帰りに霊山周辺を偵察しました。神殿奥の周囲だけなのですが、確かに結界らしきものが上空を覆っており、中へ入れないようになっています。王都の巡回警備空域よりも相当に下です。竜としては圧迫感がかなりあるでしょうね」


 フィオってば、ちゃんと飛べてなかったんだ。辛かったろうな。


 クウィーヴィンがガーロイドさんたちへ報告していた。その隙に、オルラさんが別のマグカップを持って来てくれる。様々な野菜と動物の骨を、一日かけて煮込んだスープ。

 トゥットルッカが魔素対策なら、こちらは肉体の滋養にいかにも良さげ。


 緑の温スムージー(トゥットルッカ)を飲み終わり、そのドロッとした液体を口の周りにつけたまま、ニッコリ歯まで見せていたのが美的に大変アウトだったらしい。

 昨日から、トゥットルッカの入っていたマグカップは速攻で回収され、直後に透き通ったコンソメ味のスープを渡されてしまうのだ。

 これはこれで美味しいから別にいーけどさ、ふんす。


「先日、黄金倶楽部(クラブ)(たま)り場で魔核を大量に浸した小箱を発見した。王宮に戻ったら漬け液の調査結果が出てて、呪詛(じゅそ)を織り交ぜた上位魔獣の血だった。恐らく古代竜との奴隷契約で使用して――」


「フィオ!」


 ヘスティアさんの報告に、思わず割り込んだ。すごく不味くて気持ち悪いものを食べさせられたってフィオが言ってたよ。

 爺様の講義によると、魔核は魔物にとって最大の急所で魔素循環の中心、心臓みたいなもの。獣肉に呪詛(じゅそ)を施した魔核を埋め込んで食べさせ、魔獣を隷属させるという方法が古い時代に行われていた。


「フィオ、ニク、キライ」


 竜なのに肉が苦手になった原因だよ。


「ワルイ、マドーシ、ワルイ!」


「虹竜のフィオは魔導士らに呪われた魔核を食べさせられて、肉が嫌いになったのですね」


 ディルムッドの解釈に、うんうんと(うなず)く。なんでかな、空色執事のイーンレイグさんも結構察してくれるんだけど、紫の竜騎士が一番解ってくれる。

 この人なら大丈夫かな、ちょいちょいと私がいるベッドまで近づくように手招きして、枕元に用意していた手帳を広げる。


「グウェンフォール様が霊山に忍び込んだ理由ですか」


 そうだよ。部屋を見渡すと、皆が真剣な顔をこちらに向けていた。


「セージョ、コレ」


 『偽者』という字を指す。四代続けて偽者聖女で、栗鼠(りす)も精霊の眷属(けんぞく)どころか単なるゾンビだということを説明する。

 神殿って生き物禁止でしょ、死体だってことがバレないようにするためだよ。あれって一定期間過ぎると腐敗が進んで捨てないといけないから、交代用の栗鼠(りす)の死体もストックしてるの。


「アタシ、多分それ用の保管箱を見たことあります! 侍女たちの間では『開かずの箱』って仇名(あだな)で呼んでいます。冷却魔法が掛けてあって、神殿長(モスガモン)以外は触れるのすら禁止なんです」


 オルラさんが手を挙げた。どうやら聖女の部屋の隅に置いてあるらしい。

 そんなとこでよく寝起きできるな、と思ったけど、地球の冷蔵庫に食肉が入ってるのと大差ないのかもしれない。魚や海老なんて丸ごと冷凍したりするわけだし。


「いやしかし、光の柱は上がっていますよ? 大祭の直前に聖女が体調を崩して一年毎になり、最近では二年毎と頻度は減ってきましたが、あれは魔術で出している波動ではありません」


 美お婆タレイアさんが怪訝(けげん)そうな顔をしている。『光の柱』は聖女が精霊とつながった証拠らしい。でもそれならば、大祭の日の神殿の祭壇でないと上げられないって理屈がおかしいの。

 現に五代前の聖女様は、出身地の村近くで光の柱を上げたでしょ。聖女になってからも、竜騎士と一緒に赴いた遠征先の森の中で上げたりしてたでしょ。


「バカな、祭壇の置かれた広場全体が魔道具だと?!」


「成程。神殿の中でも一早くあそこは花壇や樹を全て撤去してますよね。栗鼠(りす)の死体に昆虫や鳥を近づけないためでもあるのでしょうが、もしその当時、床の基底部分から手を加えていたとしたら?」


 ヘスティアさんだけは可能性を検討しはじめてくれる。

 魔道具というのは、動力源の魔石消費率を考えて、出来るだけ小さく作ることを目標とする。世の常識に逆行する発想だから、ウェイロンさんたちは受け入れ難かったみたいで、一様にポカンとしていた。


「ただ、それに見合う魔石を確保できたとしても……大金を投入して複数の巨大な魔石を連動させて、(ゆが)みは魔導士がその場その場で調整していくとしても……波動の質はどう変えるのですか?」


 そっからが爺様の研究成果だ。賢そうなスーパーウーマンさんにも手帳の図を見せる。広場には『闇魔術』が仕込んであるの。


 聖女の力は古代、『光魔術』と呼ばれた(たぐ)いのものなんだって。扱える人は僅かだし、精霊と(つな)がらないとどっちにせよ使えないから、廃れちゃったらしい。でも闇魔術は帝都で受け継がれて、研究が続いていた。

 強烈な光は色濃い闇を生み出す。陽があたれば陰ができる。つまり精霊魔術の対極には禁忌の闇魔術があり、両者は波動の広がり方だけで見ると非常に似通っているのだ。

 地・水・火・風の魔術とは別系統。魔導士本人の体内にある魔素を主力として起こすものじゃないから、現代人には感知されにくい。波動の質を『どう変える』んじゃなくて、そもそもの発生源からして全く違うものなの。


 他に細かいトリックも必要らしいけど、そこまでの説明は魔術素人の私に求めないでおくれ。カチューシャが爺様から聞いた話だから、又聞き伝言ゲームだし。


 ボーンブロスのスープに浮かんだ乾燥花びらを、こっそり舌先でつつく。今日は風の日だから紫の『風緑果(ナトッカ)』だ。

 光緑果(トゥルロッカ)ほどの幻の花ではない。でも土緑果(ニヤッカ)水緑果(スハッカ)火緑果(クツッカ)風緑果(ナトッカ)は、どれも上位魔獣の住む森の奥深くにしか咲かない魔草だから、本物はやはり希少だ。

 正体は、この前お会いした『森の女王』。私のバッグに入っていた生花は、オルラさんが保存処理をしてくれた。大福餅みたいな『森の使い』がコロコロ休む、サイドテーブルに飾っている。


「……魔術には対価が必要となります。闇魔術が禁忌とされるのは、その対価が人間の身体の一部や命そのものだからです」


 うん、子どもが行方不明になったのは、今回だけじゃないと思う。広場の闇魔道具の動力源だからね。

 多分、大祭の度に一人か二人。冬の魔獣襲来時期に祭りの日をズラしたでしょ。どさくさに紛れて誘拐するのだ。

 出来るだけ小さい子とものほうが運搬しやすい。ただし神殿から出すのは竜騎士による監視の目が厳しいから、骨は今でも神殿内か霊山の中に埋め捨てられている。


「つまりグウェンフォール様が霊山の裏手から神殿に入ろうとした目的は、遺体を見つけ、広場のカラクリを暴くことが目的だったと」


 ま、そんなとこです、とヘスティアさんに(うなず)いた。爺様本人を呪い殺す儀式は、もうちょっとややこしいから、恐らくは複数の魔導士を犠牲にして、神殿外で行ったっぽいけどね。


「~~~帝国魔導士の原因不明の連続死か! 儀式の場は、恐らく帝国大使館の地下だ。王宮に提出した設計図と合致しないんだよあそこはっ」


 独り納得したヘスティアさんが頭を抱えている。


「大掛かりな魔道具なら、魔石も大量に消費したのかもしれん。子供も確保して、栗鼠(りす)とて傷一つ付けずに仕留めるとなると……それで『黄金月』との(つな)がりか? 暗殺ギルドをいろいろと使い回してそうだな。

 財宝をどこかに()め込んでいるのだろうと探っていたが……公金に手を付けないと資金が足らなかったのか」


 ウェイロンさんも(うな)り声をあげる。多分それも限界だったんだと思う。もう聖女四代分も偽装を続けているんだもの。

 一番手っ取り早い大金の稼ぎ方は戦争だ。だからね、あの人たちはなんとしてもこの国を戦争の渦に巻き込むよ。


「グウェンフォール様は、夏休暇のたびに九年大戦前まで隣国の領土だった場所へ行かれると伺ったことがあります。あの近くは今も国境間近です。竜を嫌っておられるとの(うわさ)も根強い。

 隣国の竜騎士が騎竜に襲わせたと死因を偽装し、期を同じくして古代竜が現れたと世論を(あお)れば……国民は陛下の出征を切望するでしょう。

 救国の恩人の(かたき)も打てず、建国神話の象徴である虹竜の動きにまで逆らったとなれば……王家の正当性が揺らぎます。帝国はその隙を見逃しません」


 イーンレイグさんが、両手で顔を覆った。声が震えている。


 寝台のすぐ傍では、ディルムッドが呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。


「……もし聖女が偽者続きだったとしたら、説明は付きます。この国の天候が年々悪化し、魔獣が狂暴化し、水が腐り、畑の収穫が減っていることの全てが」


 隣国はアヴィガーフェ、つまり古い言葉で『生んだ国』と呼ばれている。

 この国はヴァーレッフェ、『守護する国』。

 両国を狙う帝国シャスドゥーゼンフェは『支配せし国』。


 それぞれ省略されているのは、目的語の『精霊を』。つまり人間が精霊を、生み・守護し・支配するのだと現代の小学校では教えるらしい。そして人間が繁栄するため、精霊の恵みを引き出すのが聖女だと言われていた。


 北方の大地は、深い森と大雪と魔獣が蔓延(はびこ)っている。人々は身を寄せ合い、街を壁で囲み、地下も掘って、外の自然と戦う。毎年訪れる厳しい寒さを前にして、春まで越せるだろうかと震えながら、精霊を逃すまいと追いすがる。


 でもね、本来の古代語の解釈は違う。それぞれ省略されているのは、主語の『精霊が』だ。つまり精霊が国土を生み、生きとし生ける物を守護し、大地を支配するという意味だった。


 聖女は、精霊側の使者。人が汚した大地を浄化し、人が無為に奪った命を弔い、人が傷つけた森を癒す。人のために祈るんじゃない。精霊のために歌うんだよ。


「我々は一体どこで道を――」


 ごめんね、発端は知ってるけど言えない。


 君たち三人組を待っている昨日、カチューシャが洗いざらい教えてくれたけど、誰のせいかは言いたくない。私は某『しがない教師』にすごくすごくお世話になったから。


 何十年も精霊に背を向け、民を欺き続け、この国は今まさに滅びようとしていた。







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