◇ 土の竜騎士: ルルロッカ保護!
※土(黄)の竜騎士ガーロイド視点です。
◆.。.:*・°◆.。.:*・°◆.。.:*・°◆
領主館の別館地下、隠し部屋の閂が音を立てる。
机の上には神殿の表帳簿の写し。
相変わらず決定打となる証拠は見つかっていない。
それでも監査で揺さぶりをかけられるのか。
幼馴染三人と不毛な議論の真っ最中のことだった。
まだ夜更けだぞ。神殿魔導士に嗅ぎつけられたか。
皆が一瞬、椅子を立ち上がりかける。
しかし開け方自体は、危険を知らせる合図を孕んでいない。
「お、おババ?!」
「母上様とお言い! いい歳して嫁も見つけられん親不孝者が!」
だからって息子へ暗器を飛ばすのは止めろっつーの。
なんなんだ、このおっそろしい鋼鉄製の鈎爪は。
知らねーぞ、これ。親父殿が愛用していた元書斎机なのに。
――だから! 爪は! 追加すな!
一体何個、仕込んでいやがるっ。
「ちょ、ちょっと待ってください。タレイア様、後ろの二人は?」
壁に張り付いて避難したイーンレイグが、問いただす。
長年の職業病で、いかなる時でも笑顔は忘れない。
その横ではウェイロンがあからさまにドン引きしていた。
凶悪な顔が輪をかけて強面になってるぞ。
ファンバーは……なんでオレを盾にしてるんだ。
いや、「竜騎士であるしな!」じゃねぇよっ。
「今晩は貸し切りにさせてやるって約束だったが、何やら緊急事態らしい。伝説の魔樹と一緒にやってきた追加の客だ」
『魔樹』と言われてぎょっとしていたら、おババ――じゃなかった。
おふくろが、手の平大の丸い葉を一枚ぶん投げた。
ふざけた筋力のせいで、鋭利な小刀のごとく見事に机へ刺さる。
ツンとした薬品臭の中に、さっぱりした花の香りがした。
「私の竜が騒ぐから外に出たら、空から竜二頭と本物の『転寝癒しの樹』が降りてくるんだ。精霊の悪戯かと驚いだよ。
万年暴走娘の紹介な上に、楽隠居した私まで話に加わるべきだと言われてしまえば、ここへ連れてくるしかあるまい?」
おふくろは、水の第二師団を率いて九年大戦でも活躍した竜騎士だ。
今では現役を退いているが、青竜のターシュとの契約は切っていない。
予備役として国への騎士登録も継続中。
近隣で行う冬の魔獣討伐じゃ、未だに指揮権を放しゃしねぇ。
なぜそんな面倒な人間まで巻き込んでくれるよ、お前ら。
第四師団所属のディルムッドと、第二師団所属のクウィーヴィンか。
それぞれ竜が人を運搬する時の専用袋を抱えてやってくる。
一つは中身も人間だな。もう一つは単に荷物か?
そしてあの偉そうに風切った白い犬は――。
「……カチューシャ、でしたよね?」
そうそう、そんな名前だった。流石だ、イーンレイグ!
人の顔と名前を覚えるのが仕事なだけはある。
王宮じゃ、入れ替わり立ち替わり煩い貴族が訪れるからな。
「おい、その中身――ルルロッカか!」
オレの譬えが通じたらしい。
壁際の長椅子の上に袋を横たえたディルムッドが、得意げに頷いた。
中からは意識を失っている少女が顔を覗かせる。
フードの中に潜んでいた、小妖精の光玉まで外に出てきた。
じゃなくて……紫の小鳥と、赤い魚に、青いトンボ?
「そちらの三匹の正体は不明です」
扉の前に陣取ったクウィーヴィンが、淡々と宣言した。
「ですが、白犬のご正体をご覧いただければ、最優先の事態であることがご理解いただけるかと」
抗議を差し挟む隙も与えず、水の竜騎士が犬の前で片膝をつく。
馬鹿丁寧に「お願いいたします」と頼み込んでみせた。
すると白い毛並みが揺らぎだして――。
静かに佇んでいたのは、額の精霊十字を光らせた九尾の狐。
竜騎士なら全身の肌が粟立つ、この独特の波長。
人間ではありえない魔力の量のせいだ。
我が祖国を守護する聖獣様以外に考えられない。
おふくろもオレも、慌てて床に跪いた。
九年大戦が終わってしばらくした頃だ。
グウェンフォール様が九尾の狐様との契約に成功した。
120年ぶりの快挙だ。
以来、神殿の大きな儀式のたびに、真のお姿を現してくださる。
おふくろは先代の第二師団長として。
オレは現第一師団長として、間近で接してきた。
王宮の三人も、神殿の行事には努めて参加している。
体感はせずとも本物だと判断できたようだ。
片膝をつき、右手を心臓に当て、最敬礼の姿勢を取っている。
「聖獣様は最早、『銀色猫』のお姿は取られません。現在、契約を結ばれているのは、そこに寝ている少女です」
水の竜騎士が明かした衝撃の事実。
グウェンフォール様は単に行方不明じゃなかったのか!
すでに月に帰られてしまったとは。
「なんと偉大なお方を我々は……嗚呼、神殿の悪事を白日の下に曝し、魔導士らの無礼を償わせたかったのである!」
外務次官のファンバーが、悔しそうに声を絞り出した。
酔うとグウェンフォール様の名を挙げ、酒を捧げるのが癖なのだ。
あの方の発明品がなければこの国はとっくに経済破綻している。
そして帝国に隷属されていただろう、と熱く語って。
「殺ったのは誰だ。俺が落とし前つけてやる」
待てウェイロン、お前は監査長官だろうが。
「あの方は魔導士上層部とは対立していた! 神殿で密かに何かを探っていらしたのだ。食堂に潜入させた部下が上げた報告の該当箇所は、俺が握りつぶしたがな!」
だ~か~ら、国の官吏が何やってやがる。
というか、あの目つきの悪い給仕はやっぱりお前の部下かっ。
他人の縄張りに出入りさせる時は先に言え!
クウィーヴィンが今夜起こった襲撃事件を報告していく。
帝国の暗殺ギルド、『黄金月』が出てきただと?
ディルムッドは、遡ってルルロッカとの出会いを語った。
香妖の森でついぞ攻撃されなかっただと?
途中、おふくろが代表して、聖獣様にも仔細を確認していく。
「まずは少女の介抱を優先――」
仕切り屋のおふくろが指示を出しかけた時だ。
ルルロッカが目を覚まし、小さな身体を起き上がらせようとした。
聖獣様は即座に犬の姿に戻り、傍へと駆けていく。
その後は、少女が頷いたり、首を振ったり。
どうやら本当に念話で通じ合っているようだぞ、これは。
黒髪の少女は、こちらを何度も目線で確認してくる。
怯えながらも、やがて何かを決意したらしい。
白犬と化した聖獣様が、背負い袋を近くまで咥えて持っていった。
少女が、がさごそと中から筆記具や薄い木板の束を取り出す。
先端には丁寧に文字が一つひとつ書いてある。
自分の隣に並べて、それを見ながら単語を書きはじめた。
高価そうな本も引っ張り出し、中の文字を指さしては書き写している。
◆.。.:*・°◆.。.:*・°◆.。.:*・°◆
「あまり根詰めないほうが宜しいですよ、果物でもいかがですか? ガウバ程度しかありませんが……」
イーンレイグが小さく切ったガウバの実を皿に載せて近づいた。
ニコニコと害のない雰囲気を醸し出すのが油断ならない。
幼い少女の風貌とはいえ、異国の上級魔導士なのだから気を――。
「……がうば……」
ルルロッカの大きな黒い瞳が、ひときわ大きく見開かれる。
ぼろぼろと大粒の涙が溢れ出した。
「お、お気に召しませんでしたか?! すみません、他は酒のアテみたいなのしかなくてですね、お時間をいただければ、もう少しマシな物をご用意――」
「が、うば! スゥキ、フィィ……オっ」
泣きじゃくっている上に、発音は舌っ足らず。
南の魔術の詠唱、では無いよな?
「あの緑の子竜だね。ガウバはフィオが好きな果物? それで今はどこに?」
傍に控えたディルムッドだけは、理解できたようだ。
ルルロッカがしゃくり上げながら頷く。
「マドーシ……ワルイ……ぐうぇんふぉーる」
手帳のあちこちを指して、なんとか説明を試みている。
「え? フィオは古代竜だった!? しかも奴隷契約? 禁忌の? だから神殿の魔導士が取り返しに来て、攫っていった? ……い、いやそんなことが、まさか!」
ディルムッドが頭を抱えだしてしまう。
それを尻目に、イーンレイグまでルルロッカの横にしゃがみ込んだ。
手帳を堂々と覗き込む気だな。
「この『隣、国』というのはアヴィガーフェのことで宜しいでしょうか、『カチューシャ』様? それで『戦争』。本当に本物の『古代竜』が存在するので? ということは……よもや『虹』の古代竜を戦争に担ぎ出すつもりではありますまい?」
侍従次長のほうは、聖獣様と意思疏通しはじめた。
驚愕した皆が長椅子に詰め寄りかけ――。
ルルロッカの呼吸がおかしい!
「待て。過呼吸だ、これ以上は保留だ」
慌ててオレが止めに入った。
本人も何が起こっているのか解らないのだろう。
口をパクパクさせて、混乱している。
肩を震わせ、涙も止まらず、ひどく苦しそうだ。
「メメ、いいか、息をゆーっくり吐くんだ。大丈夫だから」
ディルムッドが背中をさすり始める。
しばらくして、外套を握りしめていた少女の手が緩んだ。
「……ふぃお……コレ」
まだ呼吸が荒いのに、手帳の文字を必死に探して指さす。
「コレ、オネガイ」
顔をくしゃくしゃにさせて、ディルムッドに懇願している。
「神殿に捕らわれたフィオを、助け出してほしいのだな。解った、出来うるかぎり手伝うから!」
……どうやってそこまで理解したんだ、お前すげーわ。
正解だったらしい。やっと安堵したのだろう。
力が抜けたルルロッカは、ソファに沈み込んでしまった。
奇怪な光玉三つが少女の頭上をくるくると回り出す。
そしてほんの一瞬だが、三色の光の柱が立った。
途端に部屋が精霊の波動で充たされる。
『天の恵みを地上にもたらさん。魔は祓われ世界が歌う奇跡の訪れ』
初代聖女様を称える有名な詩の一節だ。
今では誇張表現だと解釈されていた。
だが見てみろ。
萎れかけていた鉢植えの葉が緑を取り戻している。
宝飾品の石は、どれも輝きを増した。
地下の密室の淀んだ空気がすっかり浄化された。
オレたちの長年溜め込んだ疲労も消えている。
「せ、聖女、様!? ほ、本当に現れたのである!」
ファンバーが腰を抜かさんばかりに叫んだ。
そういえば、聖女新聞が年寄り農家の噂話を記事にしてたな。
「聖獣様、お答えいただきたいのですが、この方は聖女様なのですね?」
クウィーヴィンが動揺しながらも、改めて訊ねる。
聖獣様はすっと鼻先を持ち上げ、縦に下ろされた。
その視線の先には、完全に意識を失った少女。
「彼らは精霊の眷属ですか」
水の竜騎士の問いに、聖獣様が厳かに頷かれる。
光の柱から謎の姿に戻った生命体が三匹。
否、『眷属』の皆様方は、少女の傍近くに舞い降りた。
「~~~っ、屋敷の警備を最大限引き上げてくる! 初代聖女様以来の革命彗星! しかも秋なのに晴天が急に増えた! 恵みの大嵐も久方ぶりに到来した! 『森の王』が守ろうとしている! いいか、命に代えても丁重に扱えっ」
おふくろが部屋から飛び出していった。
「タレイア夫人がいなくなったら、女性陣ゼロでしょうがっ」
イーンレイグが呼び止めようとするが、おふくろは聞いちゃいねぇ。
扉すら開けっ放しだぜ。クウィーヴィンが慌てて閉めている。
国王陛下の奥向きの世話してるお前と、若い竜騎士二人組。
そっちに任せときゃ大丈夫だとふんだんだろうよ。
しょっちゅう男臭い騎士集団束ねて野宿してるからな。
感覚がおかしいんだ、すまねぇ。
「ちょっと待て、理解が追いつかん。話を整理させてくれ」
ウェイロンが崩れるように椅子に座り込む。
暗殺ギルドのボスみたいな面とガタイだが、突発事態に弱いのだ。
その前で、背の低いファンバーがそわそわ行ったり来たりしていた。
諸国で鍛えられた外交官だけあって、腹も肝もでっぷり据わってやがる。
「初代聖女様でも精霊の眷属は二体であった! 実にすごい聖女様が降臨されたのである!」
聖女様が複数いる場合は眷属の数で序列が決まる。
ここ十代くらい続けて、同時代に現れた聖女様はお一人のみ。
誰もが一体の精霊の眷属しか連れていなかった。
つまり、目の前で横たわった少女は、現在最高位。
前代未聞の聖女様の誕生ってことだ。
もちろん、国王陛下と同等の保護対象となる。
従魔契約を結んだということは、聖獣様のお墨つきでもある。
ああ、こりゃ、緊急事態だわ、うん。
グウェンフォール様がらみの話も突けば何やら出てきそうだな、
神殿の連中がやらかしやがった悪事が芋づる式に。
伝説級の古代竜までテンコ盛りで。
なんっつーか、流石はルルロッカ様!
どん詰まりだったこの国の歴史がひっくり返るぞ、おい。
面白くなってきたじゃねぇか!
◆.。.:*・°◆.。.:*・°◆.。.:*・°◆
※お読みいただき、ありがとうございます。
もしお手間でなければ、ブックマークや評価をぜひお願いいたします。
下の方にスクロールして【☆☆☆☆☆】を押していただけましたら、作者の脳内が幸せMAXやる気スイッチONになります!
すでに押してくださった皆様、感謝の気持ちでいっぱいです。
今日も明日も、たくさんいいことがありますように。




