+ 中級魔道士: 友情は値千金
※ひきつづき、地の中級魔道士のダラン視点です。
芽芽が召喚された時刻に近づいていきます。
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幹部用の特別室を出ると、ちょうど財務長が脂ぎった巨大な腹部と乾ききった金髪鬘を揺らしながらやってきた。
その後ろには、司書次長が付き従っている。クセなのか常に黄赤色の髪をいじり、四六時中目を泳がせてた。
二人とも、黄金倶楽部の面子だ。
赤の聖女と鉢合わせして、八つ当たりされたくないんだろーな。儀式とやらが始まるまで、この中で待機するつもりだ。これでうちの上司は確実に足止めされる。僕が神殿最奥部から急いで姿を消す必要もなくなった。
ちょっと気分転換してますってノリで、宝物庫の前までお散歩。
入り口は、上級魔道士でないと開けられない魔法陣で施錠されている。先月終わりにルキヌスにねだって中を見せてもらったら、市場で見かける安っぽい木箱が五個転がってただけ。
あれから同じような木箱をさらに一個搬入した。申請書類には「餌用魔獣の死骸」ってあったし、竜騎士が中も検分している。
『でもさ、もしもだよ? どこにでもあるような木箱に見せかけた、魔導具だったら? 帝国中央軍区みたいな認識阻害の魔法陣を設置すれば……』
毛虫眉上司が『引きこもりモグラ』と馬鹿にした、ネヴィンの指摘が脳裏をよぎる。
同期の中でもひときわ優秀な中級魔道士なんだ。かなり打たれ弱くて何か月も欠勤しているけど、発想が柔軟で、細かい所にもよく気がつく。
『先輩! もごご。ほれなら箱はいじらなくへも、敷き詰めた魔獣肉に裸の魔導具を押し込めば、もぐ、なんとかなりまてんか? だって、もご。魔獣の体内に存在すふ魔核だって、工夫すりぇば、そのまま動力源の魔石代わりに……』
新米魔道士のポテスタスも真剣に考えてくれたっけ。
いつも何か食べてはモゴモゴ言って、活舌の悪さを誤魔化そうとするけれど、守銭奴ペルキンみたいな蔑まれていい悪質デブじゃない。魔導具師の両親に愛されて育った、素直で善良な肥満児だよ。
「――ひいいっ!」
全身が総毛立つ。いつの間にか竜騎士なみの巨漢老人が足音も立てずに背後へ周り、僕のお尻を節くれだった指で揉んできた。
「うひょひょひょひょ、ダランじゃないか。この爺と遊んでいくかえ?」
暗殺ギルド『黄金月』との窓口を長年引き受け、陰の神殿長と目されるアルキビアデス。なで肩と垂れ下がる紫の長髪を震わせ、下品な笑いをこぼしていた。
「ふん、稚児遊びは後の楽しみにせぬか」
さらに後方から、モスガモン神殿長の声がした。こちらへ歩きながら、乾いた細唇をわざとゆっくり舐めつくす。三つ編みにした立派な青ヒゲが腰まで届く長老格だってのに、もう勘弁してよ。
ほらまた、酸っぱい臭いがして吐きそう。一緒にご登場した赤の聖女まで、老人二人に軽蔑しきった目を向けてるじゃん。
それにしても……神殿長と何一つ似ていない。髪や目の色が違うのは世間でもよくあることだけどさ。大きな鷲鼻を持つ祖父に対して、実の孫だという聖女のは細長く、鼻先が完全に上を向いている。唇も厚くて大きい。
魔力量の多い平民の子を攫い、相続権のない婚外子として育てるってのが、かつて帝国で横行したらしいけど……まさかね。ここは北のヴァーレッフェ王国だし。
今夜は何の魔法陣を組むつもりなんだろう。魔獣闘技の研究でもなければ、失敗続きの契約獣召喚でもないはず。だって聖女は生き物全般を病的に嫌う。
王都暮らしの身としては、馬舎がなくなったって関係ないけどさ。この赤髪女が鷹塔まで神殿の外に移転させたせいで、僕ら事務方はすんごい迷惑。仮措置みたいだし、いい加減、元に戻してくんないかな。
「何見てるのよ。中級魔道士風情がうろつかないでくれる?」
「これはこれは聖女様。大変失礼いたしました」
ダンスの才能に見放された彼女には出来そうもない、とびきり優雅な礼を披露して、扉の前からゆっくりと去る。
聖女付きの上位侍女、フェディラが数日前から仕事を休んでいる。そのせいで聖女の機嫌はダダ下がりだ。
癇癪を起こして別の上位侍女を解雇したばっかりだし、人手不足なんだよね。護衛竜騎士だったその子の姉のシャイラまで左遷させるとか、ホントあり得ない。
大体さ、メルヴィーナが聖女に選ばれる時点で精霊の趣味を疑うよ。あんなワガママ厚化粧女のどこが良いわけ?
あーあ。いっそのこと隕石でも落ちないかな、神殿長室とかに。そいで霊山ごと崩壊したらいいのに。
貞操の危機に怯える職場なんてホント嫌じゃん。でもシャイラの左遷先に僕まで移動願い出したら、詮索されるよね。
そういえば不吉な革命彗星が接近してるんだっけ。
精霊の逆立ち運にならないかな。
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恋人役を演じてくれてる同期ネヴィンの屋敷に着いて、深夜になって。
いきなり轟音が響き渡る。机の上から落ちた陶器の皿が派手な音を立てる。床に積み重なった本の山が崩壊する。
「地震だ!」
毛虫眉が『脳筋トラ』と呼んだ竜騎士のパトロクロスが、手入れ中の剣を握りしめたまま立ち上がった。
それまで呑気に蒸かし芋を頬張っていた後輩のポテスタスは、真っ青になって毛布を被ってしまう。ネヴィンと僕は、腰帯にぶら下げていた魔杖を頭の高さまで伸ばす。
ま、まさか僕の不穏な願いが叶っちゃったなんてこと、ない……よね?
――この時の僕は知らなかった。
数か月前から魔素異常を口実に封鎖された霊山で、陰謀が進行中だったなんて。
ましてやこの地震以降、神殿長派が瓦解していくだなんて思いもしなかったんだ。
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※「1.ある日、生贄になる」で芽芽を召喚した、神殿の様子です。ちなみに今回の登場順だと、
・「一昔前のリンゴ毒蛾ホスト」 → 事務代理ルキヌス
・「お手々ワキワキのでっぷり鬘疑惑」 → 財務長ペルキン
・「使いっパシリのチンアナゴ」 → 司書次長グナエウス
・「なで肩のゴマフアザラシ老人」 → 陰の神殿長(結界長)アルキビアデス
・「オウム鼻の三つ編み老人」 → 神殿長モスガモン
・「残念髑髏美女」 → 赤の聖女メルヴィーナ
です。
芽芽が「さびれた農場のオンドリ」と呼んでいた、
副神殿長ファルヴィウスは、まだ神殿奥に到着していません。
深夜の王都地震は召喚後ですが、白竜の手の中で意識を飛ばした際に起こったため、芽芽は感知していません。
召喚に参加した魔道士の髪や髭の色が異なる理由は後々、説明があります。




