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プロローグ(地球)



「みか、じゃなかった。そこの、取って」


 テーブルから立ち上がったら、今朝初めて話しかけられた。空っぽのお皿を置き直し、ブランド物の革製キーケースに手を伸ばす。


 私は『めぐみ』だ。『みか』じゃない。


 まぁ、うん、親だってお腹を痛めて産んだ子の名前を言い間違えることもあるよね、頻繁(ひんぱん)すぎるけどね。でもだったら、せめて謝りませんかね?


 いつも優しく『めめ』って呼んでくれたおじいちゃんは、もういない。


 芽って漢字を二つ並べるんだよ。()()だから、愛情こめる気なければ、これまで通り、使ってくれないままで……全然、平気の河童(かっぱ)巻きだもん。


 忙しい忙しい、と愚痴りながら出勤する女の人の後ろ姿を無言で見送る。『いってらっしゃい』と言ってあげてもいいのだけど、どうせ返事はないから省エネで。


 自分のと母のお皿を持ち直した私は、横の空いたお皿も(つか)む。ハッシュブラウンに山盛りかけたケチャップの残りと、ベイクドビーンズの汁に親指が汚れそうになって、「おとと」と声を上げる。


「…………」


 皿の持ち主である男の人は、無言で目の前のスマホ画面を(にら)んだまま。こちらも間もなく出勤する。つけっ放しのテレビからアナウンサーが時刻を告げると、ガタリ、と椅子から立ち上がった。


 自分の朝食の片づけをしてくれるなら『ありがとう』だし、誰かが慌てていたら『大丈夫?』だよね。と父に説いても無駄なのは何度も証明済み。私も無言でお皿を食洗器に入れた。


 ちなみに今日の私は、空港に行って、国際線の飛行機に乗る。一日かけて日本のおじいちゃん家に帰るのだから、流石に一言くらいあるかなと身構えていた私が馬鹿だった。


 高校を卒業したばっかりの未成年だぞ。一人娘だぞ。『気をつけて』くらい言ってほしかったな――なんて期待はもうしないけどさ。

 いつの間にか人気のなくなった家の中、抱きかかえたテディベアの頭の上に、こてんと顎を乗せる。テレビの中で、子ども向けの甘ったるい家族ドラマが再放送されていても、関係ない。


 だって私の周りは、結界で守られているもの。ソファの上に置かれたのは、河原で拾っただけの、四粒だけの、ほんの小さな握り石だけど。

 おじいちゃんに教えてもらった、おまじない。「ないしょの魔法だよ」って笑いかけてくれた本人は、一年前に死んじゃったけど。


 大丈夫。私には唯一無二の親友がいるじゃないか。


 珈琲(コーヒー)牛乳色の足裏に小花が刺繍(ししゅう)してあって、ベルベットのベストを着ている。つぶらな瞳のオシャレな子熊だ。


 これまで声は聴こえたことがない。でも、いつか(しゃべ)るんじゃないかと待ちつづけている。


 たとえば……

 学校から帰っても誰もいない無機質な家。

 冷えたご飯の置かれた味気ない食卓。

 こわい夢から覚めても闇に沈んだままのベッド。


 そんな時でも、愛熊のミーシュカは必ず傍にいてくれたから。

 だから話しかける。返事はまだないけど、そこは気にしちゃダメだ。


 いつもどおりの二人っきりの毎日。それが『普通』の世界だった。


 そして『普通』の(はじ)っこの境界線上で、熊のぬいぐるみを抱えてポツンと座っているのが私。きっと明日も明後日も明々後日も変わらない。

 四つの小石の結界越しに、無表情な『普通』がやって来ては過ぎ去っていくはずだった。


※お読みいただき、ありがとうございます。

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