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#008「リラクセーション」

アラン「青森檜葉は、木曾檜、秋田杉と並ぶ日本三大美林の一つ。節の無い部分を使って仕上げた木肌は、非常に美しい」

  *

コユキ「このお店は、淀川さんのお父さんのお店だったんですね」

ケイゴ「そうだよ、バイトくん。俺が高校生くらいまでは、親子三人で店に立ってたんだ。もう、五年以上前の話だけど」

コユキ「あれ? 栗子さんは?」

ケイゴ「ここでマドンナさんが働くようになったのは、マスターの両親が引退してからだ。それまでは、時々遊びに来る幼馴染でしかなかった」

コユキ「へぇ。栗子さんは、淀川さんの幼馴染なんですね」

ケイゴ「母親同士の仲が良いんだとさ。これ以上詳しいことは、マドンナさんに訊いてくれ」

  *

リツコ「亜嵐さんが生まれたとき、亜嵐さんのお父さんは本厄近かったのよ。だから、とっくに七十を超えてるわね」

コユキ「跡取り息子として、大事に育てられたんですね」

リツコ「お祖父さんを戦争で亡くしてから、戦後の高度成長期を、お祖母さんと二人で苦労しながら切り抜けてきたそうで、息子には辛酸を嘗めさせたくないという気持ちが強かったみたい」

コユキ「ひと回り年下の女性と結婚して、子供に恵まれて、郊外の一軒家で楽隠居。人生の後半から、大逆転ですね」

  *

アラン「元は、喫茶店ではなかったんだ。戦後に祖母と父が改装するまでは、西欧の田園地帯に建ってるようなサロンを模した建物でね。曾祖父が、英国人建築家に依頼して造らせたものだったんだ」

コユキ「あぁ、それで広いお庭があるんですね」

アラン「よくもまぁ、上流階級や貴族趣味への憧れを形にしたものだよ。過去の話だから、自慢に思わないで聴いて欲しいんだが、曾祖父は明治に生まれた士族の家柄を誇る人間でね。造船業で莫大な富を築いた豪傑だったんだ」

コユキ「いわゆる船成金ですね?」

アラン「そうそう。その典型だね。戦前は大地主で、ここから駅前まで、自分の私有地だけで歩いて行けたそうだ。山形の蔵王や神戸の六甲山には、別荘もあったらしい」

コユキ「桁違いに凄い人ですね。理解の範疇を超えてます」

アラン「しかし、美田を残したのが良くなかったようだ。家督を継いだ大正生まれの祖父は、病弱で生活力のない坊ちゃんでね。風流人で道楽者で、ことごとく身上を潰してしまったんだ」

コユキ「困った放蕩息子ですね」

アラン「まったくね。ただ、屋根に明り取りの出窓があったり、内風呂が完備されてたりするのも、祖父の発案によるものだから、そこは高評価してる」

コユキ「浴室だけ純和風なのは、後付けだからなんですね」

アラン「そう。青森檜葉を贅沢に使った浴槽なんて、よく考え付いたものだと思うよ。一種の遊び心だな。――もう、沸いたんじゃないかな?」

コユキ「そうですね。それでは、お先にお湯をいただきますね。いつも、すみません」

アラン「気にすること無いよ。オジサンのあとに入るのは嫌だろう?」

コユキ「そんなことありませんよ。淀川さんは、レディー・ファーストなんですね」

アラン「そういうのではないさ。ただ入浴中に、まだ上がらないのかと急かされたくないだけだよ」

  *

アラン「バンはフランス語で風呂、ビバはイタリア語で万歳。語学も、時に意外な場面で役に立つものだ。――おや?」

――アラン、天井の一点を見つめる。

アラン「この前、宮部くんの部屋にいたのは君かね? どこから入ってきたんだい?」


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