#031「冬本番」
リツコ「中学・高校時代の亜嵐さんが、どういう人間だったかって? そうねぇ」
コユキ「写真が残ってないんです。だから、よくよくのことなのではないかと思いまして」
リツコ「その当時、あたしは小学生だったからねぇ。細かいことは分かんなかったけど、ビジュアル系に傾倒してたみたいだったわ。黒っぽい服ばかり着てた時期があったの」
コユキ「それは初耳ですね。それから、それから?」
リツコ「オリジナルの歌詞やサインを書いたノートがあったはずよ。まぁ、真っ先に処分したことでしょうけど」
コユキ「一緒に燃やされたでしょうね。他には、何か思い出せませんか?」
リツコ「他人との接触に神経質になったり、太陽光を避けたり、食事を摂らずに生きる方法を模索したり。当時は変に感じなかったけど、いまにして思えば、ちょっと変わった言動が目立ってたような気がするわ」
*
リツコ「恥ずかしがることないわ。思春期や青年期に、誰しもが通る道よ」
アラン「他人事だと思って。過去の話を訊かれても、忘れたことにしてほしいね」
リツコ「忘れようとすればするほど、記憶が強化されるものよ。覚えておこうとしたことのほうが、案外アッサリと抜け落ちてしまうのと反対にね」
アラン「そうだろうか?」
リツコ「そうじゃないかしら? 子供の頃の恐怖感は、日頃は存外に忘れてるものよ。船や車に乗ると酔ってしまうから、遠出したくなかったり、エスカレーターの一段目に乗るときに勇気が必要だったり、降りるときに巻き込まれて挽き肉にならないかと心配したり、エレベーターで閉塞感から息苦しさを感じたり、このまま出られなかったらどうしようかと案じたり、鉄道のガード下や、工事現場や建築現場の騒音に、世紀末のような危機感を抱いたり」
アラン「粉ミルクの缶に描かれた少女の永遠性に疑問を持ったり、合わせ鏡は異世界に繋がると信じたり、揚羽蝶に停まられたら、養分を吸収されてミイラにされると思い込んだり、架空の友達を作り上げたりね。知識や経験の不足を、想像力で補うものだから、とんだ誤解をしてしまう」
リツコ「歯医者や注射は、大人になっても嫌なものだけどねぇ」
アラン「あの苦手意識は別物だね。僕も、なるべく御世話にならないように心掛けてるよ。――それは、ともかく。僕のことを言いふらすことは、金輪際承知しないよ。こちらにも考えがあるんだ」
リツコ「あら。何をするつもりなの?」
アラン「栗子くんの手許に僕の古い写真が眠っているように、僕の手許にも栗子くんの昔の赤っ恥ショットがあるからねぇ。どこにあるとは言わないが、置いてある場所は把握してる」
リツコ「分かったわ。お互いのために、平和協定を結びましょう」
アラン「理解が早くて助かるよ」




