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#022「群がる大衆」

リツコ「今年のボジョレー・ワインの解禁は、十七日か」

ケイゴ「それは、酒が飲めない俺に対する当て付けですか、マドンナさん? それとも、さっきのスティック菓子が気に入らないとか?」

リツコ「違うわよ、桂梧くん。単なる感想よ。それから、スティック菓子は気に入ってるわ。欲を言えば、記念日になってる金曜日に食べたかったものだけど」

ケイゴ「すみませんね、月曜日になって。でも、あの日はタイミングが合いませんでしたから。――ところで。ボジョレー・ヌーボーって、要するにニュー・ボトルでしょう? そこまで有難がる理由が、俺にはサッパリですよ」

リツコ「造り酒屋に杉玉が飾られると、新酒が恋しくなるの一緒よ。その年の目新しさが魅力なの」

ケイゴ「酒林の譬えはピンと来ませんけど、初物に価値を置くのと一緒ですか?」

リツコ「そういうことよ。初版刷りの書籍とか、初開業の記念乗車券とか、初回限定版のグッズには、それ以降には無いプレミアが付いてるものでしょう?」

ケイゴ「そうですね。マニアやコレクターには、堪らないんでしょうよ。――それにしても、毎度のことながら、褒めてるのか貶してるのか解らない評価ですよね、コレ」

リツコ「そうね。まぁ、キャッチ・コピーとして目を惹くけど」

ケイゴ「京都人の御世辞みたいなものでしょうか」

リツコ「本音と建前が違うってことね。褒めてるようで、貶してる。表面は思い遣っているようでいて、裏に憤りを隠してる。――コンビニで予約できるとは、手軽で安くなったものね」

ケイゴ「ペット・ボトルなら野口英世以下、瓶入りでも福沢諭吉以下で買える赤ワインに、どれほどの価値があるんでしょうねぇ」

リツコ「一万円で、他に何が買えて?」

ケイゴ「一万グラムのアルミニウム」

リツコ「十キロ・グラムのアルミニウムなんて、何に使うっていうのよ?」

ケイゴ「ダンベル、漬物石、ドア・ストッパー、一円玉ドミノ倒し」

リツコ「桂梧くんに訊いたのが間違いだったわ」

  *

アラン「小さいとき、どうして日本の紙幣は長方形なのだろうと思ってたんだ」

リツコ「そこに疑問を持つとは、やっぱり変わってるわね。正方形や三角形のほうが良いとでもいうの?」

アラン「そうではなくてさ。円というからには、硬貨と同じで紙幣も丸型であるべきだと考えてたんだ」

リツコ「製造途中のアルミ缶の蓋や、餃子の皮みたいなるわね」

アラン「あるいはオブラートか。ついでに、切手や収入印紙や約束手形も真円にしてしまおう」

リツコ「国立印刷局が忙しくなるわね。あと、某ボード・ゲームも内容が大きく変わるわね」

アラン「そろそろ刷新されないものかなぁ。――年末年始になると家族が集まるから、親戚の家では、よくボード・ゲームで遊んだものだ。帰省ラッシュには辟易させられたけどね」

リツコ「一斉に同じ方向に動くから、一時期に集中して混雑するのよ。日頃から全社員数の八割が働いてる状態で仕事が滞りなく回るような制度が整っていれば、閑散期と繁忙期の偏りが無くなるのに」

アラン「定常状態かい?」

リツコ「もしくは、動的平衡と言っても良いわ。人体や自然は、そういう風に出来てるんだから」

アラン「フム。近代以降の家庭と職場が分離される状態は、自然状態とは言い難いものがあるのは確かだね。それに、どうも日本では家族経営にネガティブなイメージを抱いてしまう節が強い点が、僕には納得行かない」

リツコ「ラテン系の諸国だと、一家で上手に経営して、地元に大きな地盤を築いてるわよね」

アラン「利点ばかりでないことは確かだけど、そこまで毛嫌いすることも無かろうに」

リツコ「いよいよ、資本主義社会の限界が近づいてるのかもしれないわ。刹那の勢いに飲まれ、集団で愚かな決断を下し、一時的な熱狂が冷め、総員が絶望の淵に突き落とされる。そんな終わりの始まりでなければ良いんだけれど」

アラン「今年起きた出来事が、のちのちの将棋倒しに繋がる最初の一駒でなければ。そう願わずにいられないね」


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