#019「眠られぬ夜」
アラン「こんな夢を見た」
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アラン『異端児とは、風雲児にして問題児であるものだね』
モブ壱『そうかね? ――実を言うと、君のように頭の切れる人間を殺してしまうのが惜しいんだ。どうだ、取引をしないか? 応じるなら、君だけは助けてやろう』
アラン『どんな取引か知らないが、僕は学問を悪用する人間に荷担する気は無い。お断りだ』
モブ壱『知識は豊富、語学も堪能だが、賢明ではないのかな? どうも君は、自分の立場を理解していないようだね。我々の同志として迎えようという誘いを断ることは、せっかく名誉を授けられる機会をフイにするということだ』
アラン『南アフリカ共和国でアパルトヘイトが撤回される前、名誉白人という不名誉な称号を与えられた国の人間として言わせてもらうが、押し付けられた名誉ほど、不名誉なものは無い』
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アラン『最大多数の最大幸福。ベンサムの功利主義か。マイノリティーや社会的弱者の排斥運動は、いずれ自らの首を絞める結果に終わるものだ』
モブ弐『少々の犠牲は已むを得ない。年寄りに若い芽を摘み取られないように、跋扈蔓延する旧弊を払拭すべきなんだ』
アラン『守り、破り、離れる。まずはセオリーに沿ってみることだ。新しい鋳型を作るのは、それからだ』
モブ弐『そんなことしてたら、いつまで経っても改善されない。我々には迂遠な手段を選んでいる時間が無いのだ』
アラン『親父狩りに、姥捨て山。若い頃の加害者も、いずれは、年老いて被害者になる。一人は皆のために、皆は一人のために。病や老いに侵されず、生涯を健康体で過ごせる人間は稀なのだから、互いに尊重し合い、支え合わねばならないというのに』
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アラン『壮大な理想像に、現実離れした桃源郷。君たちは、新世界の神様ですか? 自意識過剰で、被害妄想が激しくて、選民思想に凝り固まっている。傲慢な独裁的貴族支配者は自ずと怠惰に走り、労役に苦しむ奴隷民を生むだけだ』
モブ壱『そう、悲観的な観点で捉えることはない。我々に従えば、決して悪いようにはしない。約束しよう』
アラン『体育会、軍事教練、新興宗教。大声信仰に、軍団形成に、派閥争い。縦社会の上意下達。絶対服従の強制』
モブ壱『どうしても、考えを改めることが出来ないようだね。いやぁ、残念だよ。まったくもって、勿体無いものだ。しかし、我々にも都合があるからね。悪く思わないでくれ』
アラン『何を、す』
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コユキ「淀川さん。淀川さん」
アラン「ンンン。あぁ、宮部くんか」
コユキ「勝手に部屋に入ってしまって、ごめんなさい。でも、お手洗いから戻ろうとしたら、唸り声が聞こえたものですから」
アラン「ドア越しに聞こえるほどだったか」
コユキ「相当、魘されてる様子でしたけど、何か嫌な夢でも見たんですか?」
アラン「とんだナイトメアだよ。宮部くんに話すには、少々衝撃が強すぎる」
コユキ「ショッキングかどうかは、わたしが判断することですよ。話してみてください」
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アラン「どうだい。僕は、最低な人間だろう? 失望しただろう。軽蔑するだろう?」
コユキ「えぇ。最低な人間ですね、淀川さん。自分を卑下して、現実逃避して、殻に閉じ篭ってしまうんですから」
――コユキ、アランを丸めた雑誌で叩く。
アラン「宮部くん。せめて、コメカミは避けてほしい」
コユキ「今度からは外しますね。――目を覚ましてください、淀川さん」
アラン「眠気なら、すっかり消えてるよ」
コユキ「そういうことではありません。淀川さんの心は、十年以上前から布団に包まったままなんです。そうしていれば、それはそれは温かくて快適なことでしょう。でも、それでは駄目なんです」
アラン「こうするより他に、自分以外の人間に迷惑を掛けないで解決する方法があるとは、僕には到底、思えない」
コユキ「ほら。そうやって、自己完結してしまう。誰かに言葉で伝えないと、これからもずっと心の裏に闇を抱えたまま生きなきゃいけなんですよ? そんな人生、ちっとも面白くないじゃありませんか」
アラン「僕の人生が面白くある必要はない。それに、僕がどう生きるかは、僕が決めることだ」
コユキ「そうはさせませんよ。わたしに全部話してください。殻に閉じ篭ろうとしたら、何度でも叩いて追い出しますから。さぁ、さぁ、さぁ」
アラン「分かったから、そう詰め寄らないでくれ。すべて、洗いざらい話し合おう」




